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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第2章 欲望は底知れぬ】
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20.死霊術は異端になり得るか

 街道で一休みするメルビン一行。彼らはルーシャ帝国を出て、トムセロ自治都市に向かうところだった。人の集まる街には、情報も集まる。大陸を闇雲に探したところで、一人の娘を見つけ出すのは不可能に近い。まずは情報収集というわけだ。

 これを提案したのは、ミルタだった。正直、彼女はメルビンのあまりの計画性のなさに愕然としていた。彼はまさに、今まで闇雲に探してきたのだ。

 旅先で見つけた他の異端を裁けるし、というのがメルビンの言い分だった。


「男の一人旅って恐ろしい……」


 ずぼらに見えても、仮にもミルタは女。それも、シャダの身の回りの世話を長年してきただけのことはある。旅の手配は、ほとんど彼女がやっていた。


「感謝している、世話係」

「誰が世話係だ! ボクは付添い人だっての。それも、先生専属のな。オマエはオマケだ、オマケ」


 メルビンはミルタに何を言われても顔色一つ変えない。それがまた、彼女には腹立たしい。最初のうちは目をつけられないように、出来るだけ猫を被っていたのだが、一緒にいるうちに段々と素が出てきてしまっていた。

 メルビンにいたっては、今のが素なのかどうかも分からない。結局、彼が自身の感情を見せたのは、旅立つ前のあの一瞬だけだった。

 メルビンは辺りを見回した。


「ボーグナインはどこに?」

「あのなあ、オマエ、先生は年上だぞ? 偉い先生だぞ? なんで、呼び捨てなの。なんで、オマエの方が偉そうな口きいちゃってるの」


 ミルタは忌々しそうに言う。シャダ以外には、目上の者だろうが敬語を使わないミルタが言ってもあまり説得力はない。


「ボーグナイン自身が、『国を離れた以上、役職など関係ない』と言っていた」

「年上!」

「たかだか数年長生きしているぐらいで、敬わなくてはならないのか」


 聖職者が皆、こんな考えを持っているわけではないよな。と、ミルタは耳を疑いたくなる。


「奴は、私がどんな喋り方をしようが呼び方をしようが気にしない、と言った」

「さっすが先生! 懐が深い! でも、ボクはこの審問官を殴りたくてたまらないです」


 こぶしを握り、ミルタはメルビンを睨む。悔しそうに歯を食いしばっているので、実際に殴ったらどうなるかぐらいは分かるようだ。


「お前がこぶしを痛めるだけだろう。それより、私の質問の答えがまだ返ってきていないのだが」

「先生は常に探究心に満ちているのです。ちょっと気になるものを見つけたから、と先ほどデグラ荒野の方へ歩いていきました」

「“見つけた”?」


 メルビンは訝しげに首を傾げた。盲目のシャダにその言葉を使うのは不適切なような気がした。

 ミルタはなぜか得意げに笑う。


「先生は目が見えなくても、他の感覚が鋭いですから。凡人とは違うのだよ、凡人とは」


 凡人、と言いながらミルタはメルビンを指差す。見え透いた挑発に乗ることなく、メルビンは聞く。


「お前は追わなくていいのか」

「オマエに林檎の皮むきなんか頼まれなきゃ追ってたよ!」


 ミルタはむき終えたばかりの林檎を、彼に投げつけた。メルビンは器用にそれを受け止める。そして、綺麗に皮のむかれた林檎を感心して見た。


「私はこんな風に綺麗にむけないんだ。いつも皮ごと食べていた」

「だからなんだ!」

「見事だ」

「褒めてもなんも出ねーからな!」


 ミルタは叫びながら、シャダが去った荒野の方へ走っていった。

 地面にはとぐろを巻いた林檎の皮が落ちている。メルビンは投げ渡された林檎を食べながら、荒野に背を向けた。あの場所は好かない。教国が忌み地として指定しているだけのことはある。

 ん、とメルビンはいったん思考を止める。あの死霊術師達は聖職者の眼前で、立ち入り禁止区域に入っていった。


「…………」


 今食べている林檎を見ながら、メルビンは考える。

 今回はこの林檎に免じて、厳重注意で済ませてやろう、と。




 ミルタは過去の文明が転がる地を歩く。遺跡には目もくれず、彼女はシャダの姿を探した。自らの視力に頼るミルタよりも、身体のあらゆる感覚を使うシャダの方が、何かを見つけるのは得意だった。

 後ろを振り返っても、街道にいるメルビンの姿が見えなくなった頃。ミルタの前に、魔族が現れた。


「っ!」


 犬の獣人だ。ミルタは反射的に、死体の召喚呪文を唱え始める。獣人は彼女の詠唱終了を待たずに、襲いかかってきた。鋭い爪が生えた両手を振り上げ、飛び跳ねるように移動する。しかし、爪がミルタに到達する前に、獣人は荒野に放置されていた壺に躓いて転んでしまった。

 ミルタの詠唱が尻すぼみになる。

 獣人はそれっきり起きなかった。


「ミルタ、大発見だと思わないか」


 犬獣人の死体の向こうで、シャダが興奮して言った。彼の周りには、犬以外の獣人の死体が倒れている。

 ミルタは犬獣人の死体を跨ぎ、シャダに近付く。


「先生が動かしたんですね」

「そうだ。魔族の死体も使役できるのだな」


 ミルタはしゃがんで、獣人達の死体を調べた。シャダがこの場で倒したとは考えにくい。死体はもともとここにあったものだろう。

 獣人の体毛がよれている。身体には鋭い切り口がいくつも付けられていた。傷痕付近の毛は血により、固まっている。


「ナイフの傷、ですかね」


 シャダもミルタの横にしゃがんだ。そして、獣人の死体に手を伸ばす。シャダは無遠慮に、その身体に手を置き、傷口を触った。彼の手に乾いた血がつく。


「数日前か、遠くても二週間前ぐらいだろう」

「使役するなら、充分過ぎる状態ですね」


 身体のどこかが欠けているわけでもない。


「さっきの動かしかたは不自然だったな。やはり、慣れが必要か」


 シャダはぶつぶつと今後の改良点を述べ始める。魔族など、そうそう出会うものではない。彼は常日頃から、魔族の死体と出会ったら試したいと思っていたことがたくさんあったのだ。誰もやったことがないことをやる、ミルタが言ったように、探究心ゆえに。

 ミルタは、シャダの思考を遮るように言った。


「先生、これはやめましょう」


 シャダは口を閉ざした。ミルタの語調がいつになく真剣だった。


「身近に異端審問官がいる状況です。下手なことはするべきではないかと」


 ミルタはメルビンのことを信用していなかった。それは向こうも同じかもしれない。メルビンが何を思ってシャダを旅に誘ったのか、その真意は分からない。彼女は、シャダが心配だからついてきたのだ。そして、一番警戒するべき人物はメルビンだった。


「死霊術師は、ただでさえ嫌疑の目を向けられやすいです。それなのに、魔族の死体なんかを操ったら、異端認定、されかねません」


 今の大陸では、異端に認定されることは、そのまま死を意味する。シャダが黙って殺されるはずがないし、ミルタも許さないが、聖職者が相手では分が悪い。それに、シャダはそんなことを望んでいない。

 なんとかして説得しなければ、という思いにミルタは駆られていた。


「実際に、教国に居を構えていた研究者が“異形の者を連れている”という理由で、異端認定された話も聞きます。その人は召喚術? とかいう新しい魔術の研究をしていて――」

「ミルタ、分かった。このことは二人だけの秘密にしよう」


 シャダは獣人の死体から手を離し、立ち上がった。


「本当ですね?」

「ああ」


 念を押すようにミルタが言うと、シャダは一切の迷いなく頷く。

 それから二人は並んで街道に戻り始めた。荒野には獣人の死体が吹きさらしのまま、残された。



 *****



 トムセロ自治都市の東門は大勢の人で詰まっていた。街の中に入ろうとする人と、外に出ようとする人が入り乱れて、てんやわんやになっているらしい。いつもの賑わいとは違った。人の様子が慌ただしい。そしてなぜか、門を警備しているのは門番ではなく、傭兵らしき男達だった。

 メルビンは異変を感じつつも、街に近付いていく。騒ぎが耳に入ったらしいシャダは、ミルタに説明を求める。だが、彼女もなんと説明したらいいのか分からなかった。


「何かあったんですかね」


 今しがた街を抜け出てきたばかりの商人の馬車が、三人の横を通り過ぎていく。

 メルビン達が東門に辿り着くと、傭兵の一人が彼らに気付いた。男はメルビンの羽織るマントに目を見張った。


「げっ、来るの早すぎじゃね……」


 男の漏らした声に、もう一人の傭兵も彼らに気付く。傭兵は神経質そうに眼鏡を指で押し上げた。


「どういう意味だ」


 まるで来ることが分かっていたかのような言い方をする傭兵に、メルビンは問いかける。

 すると、二人の傭兵は顔を見合わせた。その一瞬で二人は意思疎通をしたらしい。焦りが消え、余裕が取り戻される。顔に傷痕のある男は、ふてぶてしい笑みを浮かべた。眼鏡をかけた男は作り笑いで対応する。


「いえいえ、なんでもありません」

「街で何かあったのか」


 眼鏡の男は少し思案した後、言った。


「ええ、ちょっと……。今、街に入るのはおすすめしませんね。申し訳ないですが――」

「街の地下に魔族がいたって、どういうことよ!」


 メルビンは声が聞こえた方を向く。少し離れたところで、子供を連れた女が叫んでいた。相手をしているのは、腕章からして自警団の者だろうか。

 メルビンがそちらに向かおうとすると、顔に傷痕のある男が、自身の大柄な身体を使って立ちふさがった。咄嗟の行動だったらしく、わたわたと腕を振り、弁明しようとする。


「な、なんでもねえ! 地下で魔族が飼われてたとか、その肉を食った人間がいるとか、人身売買とか、そんな事実全く――」

「バカルディ!」


 眼鏡の男――コイーバが、バカルディのみぞおちを殴る。対してダメージを負っていないようだったが、バカルディは言葉を止めた。殴ったコイーバの方が痛そうに手をさする。彼は顔を青ざめさせていた。

 メルビンはぎろりと傭兵達を睨む。シャダは杖の髑髏細工を撫で始めていた。


「詳しく聞かせてもらおうか」


 睨みに堪えられなかったコイーバは、バカルディの胸倉をつかんだ。


「この馬鹿! 馬鹿ルディ! なんで余計なこと言うんだ!」


 メルビンはすらりと剣を抜く。その顔に迷いがなかった。

 コイーバはバカルディの胸倉から手を離し、その背に回り込む。彼を盾扱いした。バカルディの背後で、コイーバは泣き言を言う。


「なんで、ぼくの周りには暴力に訴える人ばかりなんだ……」


 メルビンは剣を二人の傭兵に向けた。


「正直に言えば、正義の鉄槌が下されることもない」

「……三日前に地下から魔族を連れ出した人がいて、それが大騒ぎになった感じですね。街の人は地下の存在なんか知らなかったし、ぼくも初めて知った。地下に何があったか、はこの馬鹿がいった通りです」


 コイーバは観念したように言った。バカルディが対抗して剣を抜かないように、彼の手を押さえている。

 メルビンは剣を下ろした。しかし、鞘に収める気配はない。


「そうか。では、その地下とやらに案内してもらおうか」


 彼らに断るという選択肢は与えられなかった。


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