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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第2章 欲望は底知れぬ】
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19.小鳥のさえずり

 メェメェは地下を駆け抜ける。道行く人は驚いて彼に道を明け渡す。誰もが、彼の背に乗る者をしっかり見ることはできなかった。まさか、ハーピーが乗っているなど、考えもしない。それも、人間であるミァンが一緒の状況で。

 だから、地下の住人はバイコーンが疾走する様を、地下の日常風景だと片付ける。人に言えない理由で逃げているのだ、と。それはある意味で合っているのだが、地下がその光景から数時間後に崩壊するなど、この時は誰一人思っていなかった。

 メェメェは地上に上がる階段にたどり着く。テュエラはメェメェの速さに驚いて、声を出せないでいた。

 ミァンは階段を上る前に、メェメェを立ち止まらせた。


「なんだ?」

「ちょっと、やることが」


 ミァンはそう言ってメェメェから降り、剣をすらりと抜く。テュエラは恐る恐る、メェメェは首を傾げて、彼女を見る。

 ミァンは地下の番人ガーゴイル像に近付いた。ガーゴイル像が口を開こうとした瞬間、彼女は像の首を跳ね飛ばした。像の首が床に当たって砕ける。

 一瞬の静寂の後、地下にけたたましい警告音が鳴り響いた。

 メェメェとテュエラが目を丸める中、ミァンは彼の背に飛び乗る。


「メェメェ、行って!」


 メェメェは言葉を返す時間も惜しい、と地を蹴った。行きは嫌がっていた階段も、数段飛ばしで駆け上がっていく。




 メェメェが地上に飛び出すと、柱の前には人だかりが出来ていた。先ほどの警告音を不審に思い、人が寄ってきたのだ。


「ひっ……」


 テュエラは見たこともない数の人間に脅え、咄嗟にミァンに抱きついた。両翼がミァンの背に回される。ミァンはこれから起こることを予期し、彼女のことをしっかり抱きしめた。

 人々の目が、ハーピーに集まる。そのうちに、一人の女がテュエラを指差し、叫んだ。


「ま、魔族よ!」


 途端に、集団はパニックに陥る。女や子供は悲鳴を上げて逃げ惑い、男は各々に武器を取った。それでも、攻撃することは躊躇している。

 テュエラは自分に向けられた刃の数に、人間とは比べ物にならないほど甲高い悲鳴を上げた。ハーピーの悲鳴に、人間達は武器を取り落とし、耳をふさぐ。ミァンとメェメェも間近でそれを聞き、鼓膜が破れそうだったが、耳をふさぐことはできない。


「小娘、その小鳥ちゃんを黙らせなくていいのか!」

「むしろ、騒ぎが起きて好都合だね!」


 ミァンとメェメェは叫びながら会話する。

 テュエラは長々と悲鳴を上げていたが、ついに声が枯れたのか、口を閉ざした。目が潤んでいる。人間は地べたに尻をつき、呆然とミァン達を見上げていた。

 彼らが恐る恐る耳から手を離して、最初に聞いたのはハーピーのすすり泣きだった。


「この魔族は、地下から連れ出したものだ。トムセロ自治都市の地下では、魔族が飼われている。これは由々しき事態だ」


 ミァンは集まった人々に、そう言った。


「魔族だけではない。地下では人間すらも商品になって、売り買いされている」


 人間達は、言われた意味を瞬時に理解できなかったようだ。最初に集まっていた人々の頭が働き始めた時、テュエラの悲鳴に駆けつけた人間達が現れた。彼らは最初の人達と同じような行動をした。まず、倒れた人達に手を差し伸べる。それから、騒ぎを起こした人物を確認しようと、ミァン達に目を向ける。そして、ハーピーの姿を見つけて、声を漏らす。


「魔族だ」

「なんで、こんな街中に」

「あの魔族、泣いてる……?」


 しかし、反応は少し違った。テュエラがミァンに抱きついて、すすり泣いていたからだ。

 ミァンは人だかりの中に、探す男の姿がないことを確認すると、メェメェにこの場を離れるよう頼んだ。テュエラの印象は人々にしっかり刻みこまれたことだろう。地下に関しては、最初にいた人達が次に来る人達へ、口から口へ伝えていくはずだ。




 メェメェは街を駆ける。ミァンはまだ街を出るように言っていない。去る前に、男を見つけ出さなければならない。街を行く中、自分たちが出来るだけ目立つように、ミァンはテュエラの姿を人に見せつけた。テュエラはミァンにしがみついていただけのため、そのことに気付いていない。ひたすら、人間の動揺の声に耐えていた。

 ミァンがあちこちで騒ぎを起こして、ようやっと、目的の人物が彼女達の前に現れた。男の姿を見たメェメェは納得した表情をする。


「……とんだお騒がせコンビだな」


 ミァン達の前に立ちはだかったサルバドールは、記憶に新しい顔に、眉をひそめる。彼の隣には、昨夜と同じくティピカがいた。彼らは夜間のパトロールを終えたところだった。


「街の自警団は、地下に行った方がいいよ」


 ミァンはテュエラを二人に見せつけた。二人は息を飲む。二人とも、魔族を間近で見るのは初めてだった。そして、ただの街の自警団が、魔族に対処しなければならない日が来るとは思いもしなかった。

 サルバドールは剣に手をかけようとする。


「この子は、地下から連れ出したの」


 ティピカが、サルバドールの袖を掴んで止めた。ミァンが真剣な目でそう言ったためだ。

 サルバドールは戸惑い、ティピカを見る。彼には、ミァンが言っていることが悪ふざけにしか聞こえなかった。


「地下だと? あんなものはタチの悪い都市伝説じゃないか」

「そうだね、地下には信じたくない光景が広がっていた。魔族や人間の命が、売り買いされていた」


 ミァンは淡々と述べる。


「この街の地下で、あなた達が“魔族”と呼ぶ種族が、人の手により増やされているのは事実。それだけでも確認しに行った方がいい。地下へ下りる階段は、北門と東門の間の柱の中にある。番人は壊しちゃったから、たぶん誰でも入れると思うよ」


 サルバドールとティピカは目を見合わせた。二人は、聞いた話に顔を青ざめさせている。

 自警団の二人が動けずにいると、向こうから数人の男が寄って来た。その男達の顔を見て、サルバドールはわずかに驚いた顔をする。


「よお、自警団のにーちゃん。数時間ぶり」


 ラム率いる傭兵達だった。仕事をしている様子ではない。

 最初にミァン達に気付いたのは、コイーバだった。目にしたものを信じられず、彼は眼鏡を拭いてからまた、彼女達を見た。


「た、隊長、あれ、魔族では……」


 コイーバの震えた声に、ラムは自警団の二人の向こうにいる黒馬に目を向けた。そして、その背に乗っているものを見つける。

 ラムの目が輝いた。迷いなく、背中に背負っていた大剣を引き抜く。コイーバ以外の隊員が、隊長にならって剣を抜いた。


「たしかに、あれは街の自警団には手の余る相手だな。退治したら、報酬よろしく」


 メェメェは後ずさる。ミァンは交戦する気がなかった。ミァンは現れた傭兵達には目もくれず、ずっとサルバドールのことを見ていた。

 ラムが前に飛び出した時、サルバドールは剣を抜いた。抜いた刃をミァンではなく、ラムに向ける。ラムはすんでのところで立ち止まった。訳が分からない顔で、ラムは向けられた刃を見る。傭兵達はサルバドールを睨んだ。

 ティピカはどうしたらいいか分からず、おろおろしていた。


「何が正しくて、何が正しくないのか。あなたなら正確に判断できるはず」


 ミァンはサルバドールの背に言葉を投げかける。彼の肩は強張っていた。


「あなた達の正義に期待してる」


 最後に傭兵達のこともちらりと見た後、ミァンはメェメェに合図した。メェメェは身をひるがえし、街を出るため、東門に向かって走っていった。


「あ、おい、逃がしたじゃねえか。どういうつもりだ」


 ラムは睨みを利かせ、にサルバドールに聞く。

 サルバドールは剣を向けたまま、固く言った。


「一緒に来い。貴方達の力が必要かもしれない」


 頼みではなく、命令だった。

 断ったら、力づくでも連れて行かれそうだ。暇な傭兵達には、体力を使ってまで逆らわなければならないほどの用事はない。ラムは面倒臭そうに、了承した。


「金はあるんだろうな?」


 自身の職を忘れることなく。


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