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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第2章 欲望は底知れぬ】
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17.光の届かない地で

 ミァンとメェメェは宿で朝食を取った後、地下層へ下りる階段があるという柱に向かっていた。

 サルバドールが彼らに紹介した宿は、ちゃんと賢獣が泊まれるように設備が整えられた専用の宿だった。普通よりも若干広めに空間が取られた部屋と、種族ごとに用意される食事。これはメェメェの舌にも合ったようで、今日の彼は上機嫌だ。

 ただ、他の客の姿はほとんど見られなかった。賢獣は数自体が少ないため当然かもしれないが、宿は普通に人間が泊まる部屋もあるのだ。その疑問を宿主にぶつけると、宿主は煮え切らない返事をした。

 客の前でこんなことを言うのは何だが、と前置きをして。表向きは、教国も賢獣を人間と同等として扱っているが、中にはそれを嫌う者たちがいる。ケダモノと同じ宿に泊まるなど御免だ、と考える者が少なくない。結果がこれだ、と宿主はがらがらの食堂を指差した。今のところ目に見える嫌がらせはされていないが、それもいつまで持つか。そう宿主は締めくくった。

 メェメェはその情勢を知っていたのかもしれない。だから、ミァンに説明する際、“今のところは”と強調した。賢獣もいつ『魔族』に含まれるか分かったものではない、と。

 ミァン達は所持金を宿代でほぼ使い果たしていた。もともと少なかったのもあるが、特別な宿であるだけ料金は高めに設定されていたのだ。宿側の事情を聞いた後でもあったし、彼らはまけてくれなど口が裂けても言えなかった。

 メェメェはミァンを背に乗せて、街を駆け抜ける。街行く人が、珍しい角の生えた馬を振り返る。ミァンは流れてゆく街並みに目を向け、頬に当たる風に顔をほころばせる。

 いつか、街ではなく自然の中を、彼とこうやって走りたい、と思った。

 巨大な柱が近付いてくると、メェメェは速度を落とし始める。宿からここまで、かなりの距離があったはずだが、メェメェのお陰でほんの数分で着いてしまった。彼らは見たこともない大きさの柱を見上げる。


「どこから内部に入ればいいんだ」


 ミァンは彼の背から降り、柱を触れてみる。冷たい石の感触だった。

 柱に触れたまま、ミァンは移動し始める。彼らが最初にいた位置のほぼ反対側に、扉があった。メェメェと目を合わせた後、ミァンはその扉を押し開けた。

 ギィ、と擦れる音。内部に足を踏み入れると、壁にかけられた松明に灯がともる。突然燃え上がった炎に、ミァンは驚いて咄嗟に、隣にいたメェメェのたてがみを掴んだ。


「そういう魔法だ。田舎娘」

「べ、別に、びびってないし」


 メェメェの目がおかしそうに輝いていた。たてがみを離し、ミァンは憮然と言う。


「上に行く階段はあるけど、見たところ下へ行く階段はないね」


 柱の内部では、巨大な階段が螺旋を描いていた。二階層まで行くのは、そうとう時間がかかりそうだ。この分だと、地下へ行くのも同じくらいかかるかもしれない。

 メェメェは床に視線を落とし、内部を歩きまわる。そのうち、メェメェは何かを見つけたらしく、ミァンを呼び寄せた。


「これ、引っ張ってみろ」


 床に取っ手らしきものがあった。蹄の足しかない彼には引っ張ることが出来ない。ミァンは言われた通り、それを引き上げる。重い地下への扉を、ミァンは唸りながら引き倒した。扉が床に落ちた瞬間、埃が舞う。

 ミァンとメェメェは咳をしながら、埃が落ち着くのを待つ。

 視界がはっきりすると、地下へ向かう階段が現れた。


「当たり!」


 喜ぶミァンとは対照的に、メェメェは憂鬱そうだ。


「階段、狭そうだな」


 文句は言うが、進まないという選択肢はない。メェメェが先に、階段を下りて行く。

 しばらくすると、階段を下りきることが出来た。二階層へ行くための途方もない階段と違い、良心的な長さだった。

 階下にはまた扉がある。取っ手も鍵穴もない不思議な扉だった。その横には、小さなガーゴイル像が鎮座していた。宝石の目が輝き、まるでこちらを睨んでいるかのような錯覚にとらわれる。

 ミァンはメェメェに助けを求めた。

 メェメェは像に近付き、なにかを待つ。


『お前達は何者であるか』


 ガーゴイル像が口を開き、ひび割れた声を出した。機械的な口調で、像そのものに意思があるようには思えない。これも魔法の一つだろう。


「『秘められしものを探究する者である』?」


 メェメェは答えた。が、語尾が上がり、疑問形になっていた。

 しかし、言葉さえ合っていれば、それでも良かったようだ。扉が自動的に開き、ガーゴイル像は再び口を閉ざした。


「どこで聞いてきたの、それ」

「門番がぺらぺら喋った」


 門番としてどうなのか、などとミァンは野暮なことは言わない。

 ミァン達は開かれた扉の向こうへ、歩きだす。

 地下街を照らすのは、松明ではなく街灯だった。数メートルおきに背の高い街灯が立っている。そのお陰で、地下だというのに暗くない。一階層の夜の色街のような派手な光ではなく、落ち着いた明かりだった。

 地下層も、地上と変わらず店が並んでいる。しかし、大半が閉店の看板を下げていた。窓のカーテンは絞められており、中で何を売っているのか、どんな店なのかも分からない。

 地上より細い道には、人影すら見当たらなかった。そのため、人に話を聞くわけにもいかない。

 ミァンとメェメェは、地下層のもっと奥まで行くことにした。もともとの目的は地下層の偵察だ。隅々まで探索し、リッカに報告しなければならない。

 先に進むにつれて、街灯の明かりが少なくなっていく。街灯自体は立っているのだが、灯がともっていなかったり、消えかかっているものが多くなる。

 そして代わりに、人の声が聞こえるようになった。ひそひそと、声を潜めた会話。ようやくミァン達が人の姿を見たのは、階段からだいぶ離れた場所だった。

 フードを被って顔を隠した男。一人で不気味に笑う腰の曲がった老婆。薄汚れた衣装を着た子供たちが、ミァン達の前を裸足で走り抜けていく。その後を、包丁を持った太鼓腹の親父が追いかけていった。

 街の作り自体は地上とそう変わらないのに、そこにいる人間が明らかに異常だった。

 ミァンはメェメェに密着する。メェメェも彼女のことをからかったりはしない。


「暗黒街か、スラムか、その両方を兼ね備えているのか」


 メェメェは呟く。

 腰の曲がった老婆が、いつの間にかミァン達に近づいていた。老婆がメェメェに触れようとする。直前で気付き、メェメェは飛び上がって離れた。ミァンも剣の柄に手を当てる。

 老婆は不気味な笑い声を上げた。


「角、売らんかね」

「つ、角?」


 老婆はメェメェの角を見ていた。白く濁った目を飛び出さんばかりにして、凝視していた。


「そうさあぁ、わしが金に変えてきてやろうかねえぇ」


 メェメェは落ち着きなく尻尾を振る。すると、今度はそちらにも目を付けられた。


「その毛でもええよぉ。ちょうど、ここに鋏が――」


 老婆が持っていた籠から、鋏を取り出した。その時、籠に掛けられていた布がめくれ、中の物が覗いた。籠の中には、大量の髪の毛が渦を巻いていた。


「売りません。私たち、急いでいるので」


 放心しているメェメェのたてがみを引っ張り、ミァンはその場から急いで離れる。老婆はじっと彼らを見ていたが、追ってくることはなかった。

 老婆が見えなくなったところで、メェメェはやっと言った。


「俺様の角に値段をつけるとは、失礼な奴だ」


 声が震えていたため、強がりであることがバレバレだ。ミァンは、ただ黙って頷く。

 メェメェは地上でも目立っていた。地下であってもそれは同じだ。だが、地上の人間たちは物珍しさからくる好奇心で彼を見ていた。地下の住人は違う。まるで、メェメェを金目のものでも見るかのようにして、餓えた目を向けていた。

 足早に地下の中心部に向かうミァン達。地下が地上と同じだけの面積があるのならば、今目にしたのはほんの一部にすぎない。場所を移動すれば、別の面が見えるかもしれない。

 中心に行くほど、開いている店が増え始めた。地上ほど威勢の良いかけ声ではないが、客寄せもやっている。ここまで来ると、地上の商店とほとんど変わらなかった。街灯がついていなくても、店が明かりを出している。

 ほっとしたミァンは、メェメェに寄りかかる。強張った背中から、メェメェの緊張が伝わってくる。彼は警戒を解いていなかった。


「小娘、剣は握っておけ」

「ここも危ない区域?」

「……スられるかもしれない。手から離すな、っていう意味だ」


 メェメェは堅い面持ちのまま、近くの店に寄っていく。ミァンもその店の前に立ち、何を売っているのか窺った。

 肉屋だ。草食のメェメェがなぜ、こんな店に興味を示すのか、とミァンは彼の横顔を垣間見る。メェメェの表情が強ばっている。目が陳列された生肉から離れない。

 ミァンは不審に思い、もう一度、陳列棚をよく見ようとした。

 その時、肉屋の店主が表に現れた。恰幅の良い中年男性で、手に肉切り包丁を持っている。


「何をお求めですか」


 ざらついた声音が、嫌な響き方をした。ミァンは知らず知らずのうちに、背筋を伸ばす。

 すると、店の奥の様子が目に入った。店主が表に出てきた際に、扉が開かれたままになっていたのだ。


「……な、これ――っう、ぷ」


 肉屋の加工場から、言葉にできない臭いが漂ってきていた。目に映った光景に、ミァンは吐き気を催し、口を押さえる。


「初めてですか」


 なにが、などと聞けない。

 天井から吊り下げられた肉の塊は、人の形をしていた。皮が剥がされているため確信はないが、おそらく亜人だ。床に、羽や毛が散らばっている。意識すると、血の臭いが、一層濃くなったような気がした。

 見ていられず、ミァンは加工場から目をそらす。しかし、視線を移動させた先にあったのは、陳列棚の細かい肉の塊。先程は何とも思わなかったそれが、元は何であったのか。考えずとも分かり、吐き気がより酷いことになった。


「セイレーンのモモ肉。ハーピーの手羽先。ミノタウロスの牛肉。サテュロスの山羊肉。ケンタウロスの馬肉。マーメイドの魚肉」


 店主は肉切り包丁で肉を順に指し、商品名を述べていった。


「亜人の肉を、売ってる、なんて」

「人肉も取りそろえております」


 ミァンの頭の中が真っ白になった。

 もともと肉食のアラクネ達とは訳が違う。彼女達には彼女達なりの、食に対する思想があった。

 しかし、これは違うではないか。食べなくてもいいものを、嗜好品として売っている。そこにアラクネのような敬意はない。


「どこから、この肉を調達するんだ」


 メェメェは自身の角や尻尾を切られそうになった時よりも、落ち着いた声を出した。

 店主はメェメェを見る。舐めるような視線が、彼の筋肉質な身体の上を走る。


「地下に畜産場がある。地下生まれ、地下育ち。たまに、外で仕留めたやつを持ち込まれることもある」


 店主が、肉切り包丁をもてあそび始めた。

 嫌な予感がしたミァンは、メェメェのたてがみを引っ張り後ずさりする。メェメェは角を低く構えながら、後ろ歩きをした。


「新商品に、バイコーンの馬肉、なんてどうかな」


 冗談ではない口調で、店主が言った。


「ないと思うぜ」


 メェメェは威嚇を含んだ声音で答える。

 すると、店主は案外あっさりと引き下がった。


「そうか、ないか」


 それだけ言うと、肉切り包丁を持ったまま、店主は加工場へ姿を消す。

 加工場の扉が、今度はしっかり閉じられると、ミァンはへなへなとその場に座り込んだ。そんな彼女に、メェメェは自身の背中に乗るよう、鼻先でつついて促した。


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