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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第2章 欲望は底知れぬ】
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15.犬も食わないケンカ

 結局、ミァンが言った通りの担当となり、一人と一頭は、一度別れた。夕方に、この噴水前で落ち合うことになっていた。

 ミァンは影になっている区域に舞い戻る。数本向こうの通りが大勢の人で賑わっているのが嘘のように、しんとしている。たまに、女が誘う声を出しているのを聞く程度だ。

 この辺りの酒場は、昼は店を閉めているらしい。情報収集といえば酒場、という考えのあったミァンは、さっそく行き詰まってしまった。

 商売女に話を聞くこともちらりと考えたが、ミァンはそれを避けた。特に理由はなかったが、その手の女に接触することが嫌だったのだ。それは最終手段に取っておこうと決め、ミァンはふらりと路地裏に入る。

 ただでさえ暗い通りが、建物と建物の間に挟まれてさらに暗くなっている。そんな場所に、ぽつぽつと露天商が店を出していた。路地裏の商人たちは、ミァンに目は向けるが、声をかけようとしない。

 メェメェに騒ぎを起こすな、と言われてしまったので、ミァンもあまり危ない商売の者には声をかけたくなかった。

 露天商を見極めていると、ふと見知ったものが目に入った。ミァンは無意識に、その店へ寄っていく。店の前に立った娘を、露天商はじろじろと見た。


「それ、黒林檎だね」


 露天商は驚いたように目を見開く。


「知っているのか」

「美味しいよね」

「食べたこともあるのか。こんな若い子が……」


 露天商は果物を売っていた。店に並べられた果物の数は少ないが、種類は豊富だ。そして、どれもこれも希少で手に入りづらいものを扱っていた。


「果物屋さん?」

「そんな可愛らしい言葉で表すか。まあ、間違っちゃいないが。うちはな、ちょっと刺激の強い果物を扱っている店だ。本来なら、お子様にはまだ早いんだぜ」

「そうなの? お母さんがよく採ってきてくれたんだけど」

「どんな親御さんだ……」


 露天商は心底ぎょっとして言う。

 どんな、と言われてもミァンは答えることが出来ない。下半身が蛇で、その身体を使ってするすると木に上り、実を取ってくるお母さんです、と内心で呟く。


「特にこの黒林檎の入手は難しいってのに。それでも、どうしても欲しいって奴がいるからわざわざ仕入れてるのによ。肝心のそいつが来ねえんだよな」

「……どんな人?」


 ミァンの問いに、露天商は考えるように唸る。


「どんなって。愛想の良い若い男だよ。ああ、そうだ、黒林檎が主食だなんてことをほざいていたな。すごく痩せていたから、あながちそれも嘘じゃなかったりしてな」


 そこまで言って、露天商は訝しむようにミァンを見た。


「なんでそんなことを聞くんだ?」

「私、その人知ってるよ」

「へえ」


 露天商は目を丸める。


「私が彼に初めて黒林檎を渡したの。たぶん」


 ミァンはその時のことを思い出し、胸糞が悪くなる。


「彼の代わりに買っていってあげようか」


 払うお金も、もとは彼のものだ。

 人間と亜人では通貨が違う。人間の街に潜入するからには、当然お金が必要になるだろう。そう考えたリッカは、ミァン達に人間の世界で流通するお金を持たせてくれた。それは、ハイドグの懐から出てきた巾着だった。死人にお金は必要ない、と。

 彼の職を考えれば、それも誰かから奪ったものの可能性の方が高いだろうが。


「そうだな、果物は新鮮さが命。これ以上置いといても腐っちまう。それぐらいなら、お嬢ちゃんに買っていってもらった方が良いな」

「じゃあ、一個――」


 と言いかけて、ミァンはメェメェのことを思い出す。彼にお金を渡すのを忘れていた。


「やっぱり、二個で」

「はいよ。一個で五百リム、合計で千リムだな」


 人間の世界での通貨単位だ。ちなみに、硬貨はないらしく、流通するのは紙幣のみだ。

 それが安いのか高いのか分からないまま、ミァンは紙幣を一枚渡す。露天商は薄気味悪い笑みを張りつかせ、紙幣を受け取った。二つの黒林檎は、そのままの状態で手渡しされる。

 ミァンは両手に持った黒林檎を弄びながら、露天商に尋ねた。


「この街の地下層について、なにか知らない?」


 露天商の動きがとまる。辺りに目を走らせた後、彼は声をひそめて言った。


「お嬢ちゃんの方こそ、何を知っている」

「何も。どこから下りたら行けるのかな」


 露天商にならい、ミァンも声をひそめて答えた。露天商の目が険しくなった。


「地下層に行きたいだと? 大人ぶるのもいい加減にしろよ」

「その言い方だと、この区域以上に酷いところ、ってわけだ。そして、ほとんどの人はその存在すら知らない。なんで?」

「どこで調べてきたかは知らないがな、お嬢ちゃんの冒険もここまでだな」


 黒林檎を弄ぶ手を止める。ミァンは腰の剣の重さを確認した。

 しかし、露天商は憮然とした表情で腰を下ろしたままだ。近くの物陰から、人が飛び出してくるなんてこともない。


「なぜなら、俺も存在は知っているが、行き方は知らんからだ」


 ミァンは拍子抜けした。

 二つの意味で落胆した表情を浮かべるミァン。期待を裏切ったことを感じ取った露天商は、彼女のために自分の記憶を探った。


「地下層では、ありとあらゆるものを売っている、らしい」

「本当?」

「噂だ、噂。さ、商売の邪魔になるから、もう行け」


 露天商は手をひらひらと振る。邪魔も何も、彼女が来るまでは客どころか人すらいなかった路地裏だ。ミァンは露天商が、地下層に関しての話題を避けているように感じた。

 噂とはいえ、情報をくれたことは確かだ。ミァンは大人しく引き下がることにした。

 黒林檎にキスをし、感謝の意を伝えると、ミァンは路地裏から出ていく。




 それから、ミァンは他の情報も探るために、街行く人に聞き込みをした。

 陽が傾くにつれ、影の区域に人が増え始める。しかし、ほとんどの者が街の外から出稼ぎに来た商人や傭兵だったため、街のことを詳しく知る者は少なかった。知っていたとしても、サジュエルが突きとめた情報まで。つまり、地下層があるらしい、というところまでだった。そして、地下層のことを知っていても「都市伝説だろ」と笑う者の方が多かった。

 最終手段に取っておいた娼婦たちは本格的に仕事を始める時間になってしまい、ミァンのような小娘は相手にしてもらえなかった。それどころか、同業者かと間違われて、良い顔をされなかった。

 身につける鎧や腰の剣が目に入らないのか。間違えるにしても、傭兵だろう。と、内心で大憤慨するミァン。頬を膨らませるという、いかにも子供っぽい仕草のまま、彼女はメェメェと合流するために噴水がある広場まで戻っていた。

 酒場で聞き込みするにしても、彼と一緒の方が良いと判断したからだ。

 街が残照に染まる頃、店の明かりが灯り始める。昼間は薄暗くて判り辛かった店の全容が、派手な光により明らかにされる。噴水が、残照と店の灯りを反射して、オレンジ色に輝いていた。

 夜の街が、目を覚まし始めていた。

 広場にも人が多くなる。一仕事終えた商人らしき男たちが、ミァンの近くで世間話をしている。メェメェを待ちながら、なんとなく彼らの会話に耳を傾けた。


「魔族との戦争って、どれぐらいの影響があると思う?」

「最近、魔族に襲われる商人が多いらしいぜ」

「傭兵を雇ったほうがいいかもな」

「商人たるもの、大事な商品を守るために護身術を身につけておくものだ」

「今までだって、盗賊に襲われる可能性はあったわけだし」


 街から祖国へ行き来する道中の話をしているらしい。


「フーフバラの方では魔族の被害を聞かないけど」

「あそこは魔族がいなくても、ずっと内戦状態だし。危険地帯だろ」

「別に、フーフバラに魔族がいないわけじゃないぜ」

「え、そうなの?」

「ああ、あそこはちょっと――」


 商人の一人が、ミァンに目を向けた。顔をそむけていたが、話を聞いていたことがばれたのかもしれない。

 なんだよ、と続きを催促する他の商人たちの肩を抱き、商人は話の輪を縮めた。肩が触れ合うほど近くで顔を突き合わせ、さらに商人はミァンに聞こえないよう小声で続きを喋った。

 聞き終えた商人たちは、なぜか色めき立つ。彼らは顔を見合わせ笑い、色街の方へ歩き出した。

 最後まで話を聞けなかったミァンはもやもやとする。聞かせたくないような話だったのだろうか。




 陽が沈み、広場を見上げれば丸い星空が見えるようになった頃。メェメェは駆け足で戻ってきた。蹄が石畳を蹴り、カッカッと音を立てる。その独特な足音を、ミァンはもう聞き慣れていた。


「すまん、遅れた」


 息を切らしながら、メェメェは言う。

 ミァンは小言を言ってやろうかと思ったが、面白くないのでやめておいた。彼はそれだけ真剣に聞き込みをしていたのだろう。

 その苦労を労うように、ミァンは黒林檎を差し出した。メェメェは物珍しそうに黒い林檎を見た。


「買ったのか」

「一緒に食べよ」


 そのために二つ買ったのだ。メェメェの答えを待たずに、ミァンは自分の分の黒林檎を食べ始める。

 カシッと林檎がかじられる。その音にメェメェは唾を飲み込んだ。彼女はメェメェが口にしやすい位置で林檎を持った手を固定させている。

 黒い果物など口にしたことないが、ミァンが美味しそうに食べている様だけで、警戒を取り払うには充分な光景だった。メェメェはミァンの手から、黒林檎を食べた。一口食べれば、二口目をすぐに食べたくなる。魔性の味だった。

 ミァンとメェメェはあっという間に完食してしまう。メェメェは種を噛み砕き、芯さえも残さず食べてしまった。ミァンは食べ残した芯をメェメェに与えてみる。すると、彼は何も言わずにそれも食べてしまう。黒林檎を気に入ったらしい。

 一息ついた後、彼らは本題を持ち出した。


「ほとんどの人が地下層の存在すら知らなかったよ」

「だろうな。出稼ぎに来た商人か、観光目的に来たような人間ばかりだ。つまり、ほとんどが外から来た奴だから、街のことを詳しく知らない」


 ミァンはそんな中で手に入れた情報を、メェメェに聞かせる。


「危ない場所なのは間違いなさそう。でも、どうやって行くかは分からなかった」


 メェメェの反応は、ミァンの期待したものではなかった。彼は地道に聞き込みをしていたらしいミァンを憐れんでいた。そして、自分の発想力を鼻にかけていた。


「この街の八つの柱の内部は、二階層へ上がるための階段になっているらしい。そして、地下層へ下りる階段はその中の一つにある」


 やけに詳しいメェメェに、ミァンは驚いて彼を見る。


「地下層へ下りる階段があるのは北門と東門の間にある柱だ」

「なんで分かるの?」

「門番に聞いたからな」


 メェメェは得意げに言った。ミァンはその意味を考え、あっと気付く。

 街にいる人間のほとんどは、街の外から来た人間だ。それならば、街をよく知っているであろう職の者に聞けばいい。


「北門の門番はいつも暇だ、って言ってただろ。聞きにいったら、俺は案内係じゃねえ、とか文句言いながら教えてくれたぞ」

「じゃあ、地下層のことを隠しているわけでもないんだ」

「というよりも、地下層に興味を持って調べている時点で、地下に入る資格はある、みたいな言い方をされたな」


 求める者には等しく開かれる扉のようだ。地下層への行き方は分かった。あとは、そこに何があるのか、ということだけ。


「他は?」

「曰く、聖職者が見たら卒倒しそうな場所、だそうだ」


 この広場から見える色街も充分、聖職者が見たら卒倒しそうな場所だと思うのだが。ミァンは首を傾げる。メェメェは何かしてもらいたいのか、うずうずしていた。ミァンが見上げると、彼の目が見下すように笑っていた。


「俺様は、この広場を離れてすぐにこれを思いついたんだぜ。やっぱり、頭の出来が違うんだな」


 ん? とミァンは目を細める。


「小娘が得たのは、噂程度の情報と、黒林檎二つ。まあ、林檎は上手かったけど。たったそれだけ。この任務、俺様だけでよかったな」


 メェメェは目的を達成すると、調子に乗るらしい。彼はミァンから、すごい、の一言が欲しかったのかもしれない。

 だとしたら、この発言は不要なものだった。


「よくないよ。メェメェ、こんな時間まで何してたの」


 ミァンは冷静に言った。

 メェメェはハッとして、口を閉じる。だが、遅かった。


「“すぐ”気付いたんでしょう? こんな夜になるまで、門番とお話ししてたなんて言わせないよ?」


 いやに静かな口調。

 噴水の向こうで、キスをするカップルが羨ましい。と、メェメェは目をそらした。

 彼の態度に、ミァンは爆発した。


「まさか、女のケツ追ってたわけじゃねえだろうなあ! 私のことを迎えにくるどころか、時間に遅れやがって! 無駄足踏んだじゃねえか!」


 キレたミァンと向き合うことができないメェメェ。広場にいた人間たちがミァンの怒鳴り声に、何事か、と彼らを振り返る。

 ミァンはメェメェの二本の角の根本を掴み、無理矢理、顔を合わせた。


「シモの管理がなおざりで、不祥事起こすような駄馬を褒めろって? 無理だよ! 身の程を知れ!」

「ちょ、小娘、そんな大きな声で。あと、角掴むな!」


 広場の騒ぎの中心にいるのは、奇妙なコンビ。しかも、片方は珍しい賢獣だ。注目を浴びない方がおかしい。

 人の目が集まり始め、一人と一頭の言い争いが過熱すると、見ていられなくなったのか、一人の男が近寄ってきた。そして、ミァンとメェメェの肩に手を置く。


「痴話喧嘩なら、よそでやってくれないか」

「そんなんじゃない!」

「そんなんじゃねえ!」


 同時に顔を向けられ、男は困ったように笑う。仲が良いね、などと言おうものなら、こちらまで巻き込まれそうだった。

 それでも、他人に声をかけられたことで、少し頭が冷えたらしい。ミァンはメェメェの角から手を離した。メェメェはほっとした表情を見せる。

 男も肩に置いた手をどけ、ちらりと野次馬に目を向けた。


「女の子がこんな時間に出歩くものじゃない、特にこの区域は。宿はどこ? 送っていくよ」


 男はごく自然にそう言った。

 ミァンはここで初めて、宿をとるのを忘れていたことに気付いた。彼女はそれを男に告げる。

 すると、男は親切すぎる申し出をした。


「では、私がお二方が泊まれるような宿を手配しよう」

「ありがたいが、なんでそんなことするんだ」


 メェメェは驚いて尋ねる。なにか裏があるのではないか、と勘ぐってしまう。

 しかし、男は表裏のなさそうな笑みを浮かべて言った。


「私はこの街の自警団の一員でね。治安維持のためなら、それぐらいやるのさ」


 ミァンはメェメェと顔を見合わせる。それから、彼らは男の申し出に甘えることにした。 


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