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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第2章 欲望は底知れぬ】
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14.トムセロ自治都市

 多くの遺跡が残るデグラ荒野を、角の生えた馬にまたがる少女が横切っていた。

 教国からは忌み地として立ち入り禁止区域に指定されているデグラ荒野。それでも、古代のロマンを求める冒険者たちはこの地を訪れる。現代の技術でも作成不可能な道具――オーパーツが多く出土されるためだ。それが、教国がこの地の立ち入りを禁じる理由の一つにもなっているのだが。

 また、デグラ荒野は盗賊たちの根城でもある。人の立ち入りを禁止されており、人が住めそうな廃墟がごろごろ転がっている。ならず者にとっては絶好の隠れ家なのだ。そのこともあって、常人は余計に足を踏み入れようとしない。そしてもう一つ、盗賊たちの仕事場としては持ってこいの、トムセロ自治都市がそばにある。

 大陸中の代物が一堂に会する街。物資の流通は、この街を中心に行われている。当然、人の行き交いも多い。商人はもちろんのこと、旅人や、傭兵が立ち寄り、街をうるおわせていく。どんなものも商品となりえ、あらゆる商いが許される場所。それが、トムセロ自治都市だった。

 そして、ミァン達は今、その街を目指している。人間の街に転移陣はないので、歩きだ。歩いているのはメェメェだけだが。

 ミァンはメェメェの角を掴み、その背で揺られていた。初めて彼の背中に乗ったのは、つい数日前のこと。大きな背の安定感に驚いたものである。


「私が選抜されるのは分かるけど、メェメェは大丈夫なの?」


 ミァン達はリッカに、街に入ることを要求されていた。


「お前さん、本当に何も知らないんだな」


 メェメェが呆れたように言う。

 ここ数日、彼女と一緒に過ごした上での感想だ。あのカラス共はどんな教育を施したのだろう、とメェメェは何度思ったことか。ミァンは世間知らずだった。


「なにが?」

「じゃあ、恒例のお勉強タイム」


 彼は、これを言うのにも慣れてしまっていた。


「この世界の種族は大きく分けて四つだ、と人間は主張している。曰く『人間』『亜人』『賢獣』『精霊』だ。精霊や賢獣は、人間と亜人を引っくるめて『人類』と呼んでいるけどな。俺は、この中の賢獣だ」

「賢獣、って賢い獣? メェメェが?」


 ミァンも打ち解けてきたのか、最近、遠慮というものがなくなってきた。


「おい、笑うな。『賢獣』の定義は、言葉を解す獣形態の種族、だ」

「ああ、なるほど」


 納得し、ミァンはあれ、と思いついた。


「ってことは、サジュエルも賢獣?」

「そうだ。あれだけ一緒にいて知らなかった方が驚きだけどな」

「そういえば、メェメェは私が亜人に育てられた、って聞いても驚かなかったね」


 メェメェは荒野の砦跡に目を向ける。


「珍しいことではあるが、前例がないわけではない。その逆も然り、だ」


 そう言って、メェメェは話をもとに戻した。


「人間は亜人を『魔族』と呼び敵対しているが、賢獣や精霊は『魔族』に含まれていない、今のところは」

「だから、街に入ることもできる、と?」

「そうだ。お前さんも一緒だし、まず大丈夫だろう」


 それからしばらく、メェメェは黙って歩き続けた。ミァンは横目で遺跡を見ながら、メェメェが言ったことを考える。

 賢獣や精霊は、魔族に含まれない。つまり、それが意味することは、彼らは人間と敵対する必要がない、ということ。


「メェメェはなんで亜人の味方をするの?」


 ミァンの純粋な疑問。メェメェは答えをはぐらかした。


「色々あるんだよ、色々」


 納得していない空気が背中から、ひしひし伝わってくる。仕方なく、メェメェはもう少し授業をすることにした。


「賢獣は国を持つことがない。賢獣は国ではなく、個に仕える。我の強い連中が多いから、集団生活に向かないんだ。我というよりも、クセかな。変わり者が多くて、一筋縄でいかないような連中ばかり。俺なんか、まだマシな方だからな」

「言われてみれば、サジュエルも変わってるよね」


 ミァンは平然とそう言ってのける。

 とりあえず、満足したらしい。それから街が見えてくるまで、二人の間に会話はなかった。数日間、こうして二人きりでいたので、話題が尽きてしまったのだ。

 見えてきた巨大都市の風貌に、ミァンは身震いした。ミァンの震えを感知したメェメェは、ひひっと笑う。


「田舎娘め、人の多さに驚いてちびるなよ」

「あなただって初めてだって言ってたじゃない。なに私だけ田舎者扱いしてるの」


 トムセロ自治都市は、巨大な八つの柱に支えられた二階層の街だ。ドーナツ状の円形で、二階層目の真ん中には丸い穴があいている。

 この街には地下があり、本当は三階層なのだ。という情報を仕入れたリッカは、トムセロ自治都市の地下について調べてくるようにミァン達に頼んだ。参謀は、流通の多いこの街を襲撃するつもりでいた。それだけで、人間側には大打撃を与えることが出来る、と。

 地下の情報を仕入れたのは、おそらくサジュエルだろう。あるらしい、というところまでは調べたが、さすがにカラスの姿では地下までは入れない。そこで、より適した人材にバトンタッチしたというわけだ。

 ミァン達は北門から街に入るつもりでいた。

 門番がこちらに気付いたところで、ミァンはメェメェから降りる。彼らが並んで近付いていくと、門番は疑り深い目でミァン達のことを見た。


「お前達、どこから来たんだ?」

「どこって……」


 ミァンは言葉を濁す。まさか、街に入る前の段階で疑われるとは思っていなかった。


「北にはロジリア亡国しかないだろ? まさか、そこから?」

「亡国?」

「ああ、一夜にして全てが滅びた、というある意味伝説の――って、知らないのか」


 嘘でも知っている、と言った方が良かったか、とミァンは後悔する。

 しかし、彼女の後悔をよそに、門番は彼女たちを街に入れるための手続きを始めた。ミァンが呆けていると、門番はなぜか謝った。


「いや、北門から入る奴って少ないんだよね。もう退屈で退屈で。分かってるよ、デグラ荒野から来たトレジャーハンターだろ? 賢獣連れてるなんて、やり手なんだな」

「俺様がこいつを連れてるんだよ」

「頼もしい賢獣さんだね」


 門番はそう言って、門を開けた。


「ま、稼いだもんを売って、この街を潤わせてよ」


 にやりと門番は笑う。

 その言い方や笑みから、ミァン達は察する。おそらく、この街の門番などあってないようなもので。たとえ、相手が盗賊だろうと街に入れるのだろう。どんな方法で稼いだかなどは二の次で、街がにぎわえばそれでいいのだ。

 開いた門から、ミァン達は足早に街へ入る。早く門番の目の届かないところまで行きたかった。




 歩きながら、メェメェは言う。


「迂闊だったな。回り込んででも、東門から入ればよかった。あっちなら、ルーシャ帝国がある方面だから、人の出入りが多いだろ」

「出る時はそっちを使おう」


 舗装された石畳の道路いっぱいに、人が溢れていた。威勢の良い客寄せの声があちこちから聞こえる。皆、他店の声に負けないよう声を張り上げていた。客だって負けてはいない。値引き交渉の会話が、人の間をぬってミァンの耳にも届く。店主が泣かされていた。

 ミァンはメェメェのたてがみを掴み、はぐれないようにする。メェメェの姿を見つけるのは容易いが、この人の波で離れてしまったらなかなか合流できない気がした。

 ミァン達は人をかき分け、なんとか群衆から脱出する。人の熱気に息がつまりそうだった。

 街に入って早々、疲れている。


「やっぱり私は田舎娘だったよ……」

「どうやら、俺もみたいだ……」


 ヨルムグル城下町がそれなりに賑わう時間帯でも、ここまでではない。それの十倍は人がいそうだった。

 群衆から離れて、改めて見てみると、人の衣装は様々だ。各地からこの街に来ていることがよく分かる。ここは人間にとっては重要な場所である。それを認識し、ミァンは気を引き締めた。


「とりあえず、街の中心部に行こう」


 群衆に背を向け、メェメェはとぼとぼと歩き始める。ミァンもそれに続いた。

 中心に向かうと必然的に、二階層の影になっている区域へ足を踏み入れることになる。健全な賑わいを見せていた通りから外れるにつれ、酒場や娼館が多くなっていく。客層も、傭兵などといった荒くれの職業の者が多くなる。今の時間帯は、それほど人がいない。夜に賑わう場所なのだろう。

 メェメェがちらちらと道端の娼婦を見ている。歩くたびに、女の大きな胸が揺れていた。

 ミァンは無言でメェメェの頭をはたく。


「いってぇ、何するんだ」

「虫が止まってたよ」


 しれっと言うミァン。

 影の通りを抜けると、陽の当たる円形の広場に出た。広場の中心には、巨大な噴水が鎮座していた。噴き出す水は、二階層に届きそうなほど。落ちてくる水は、もはや滝と言ってもいいような水しぶきと轟音を出している。

 噴水のふちには鳥の群れがとまっていた。サジュエルはこれに紛れていたのかもしれない。

 広場に人はいなかった。ここには店もない。


「さて、どうしようか」


 ミァンが切り出す。


「地下層について調べるんだろ。二手に分かれて、聞き込みだな」

「ふーん」

「な、なんだよ」


 疑わしそうに眉根を上げるミァンに、メェメェは動揺した声を出す。ミァンは肩をすくめた。


「私と離れて、さっきのお姉さんと遊ぼうとか思ってないんだったら、それでいいよ」


 メェメェは口をつぐんだ。ミァンと目を合わせようとしない。


「私が影になってる区域を担当するから、メェメェは人混みの方へ行ってね」

「あんな色街に、お前さんみたいな小娘が行ったら危ないだろ」


 心配は本心からくるものらしい。

 ミァンは大丈夫、と言いながら剣を半分ほど抜く。


「いざとなったら、これがあるから」

「……街中で騒ぎ起こすなよ」


 メェメェの心配は別のものに置き換わった。


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