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デュラハンの弟子  作者: 鴉山 九郎
【第1章 糸は紡がれる】
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12.信仰する死霊術師

「シャダよ、暇を取るつもりはないか」


 開口一番にそれか。

 女は舌打ちをこらえる。ここは玉座の間、軽率な行為はするべきではない。それも、上司が隣にいる状況で。自分の行動の一つ一つが、上司の評価に関わりかねないのだ。

 玉座に腰を据えるのは、十数年前、周辺の小国を配下に置くため統一戦争を起こした張本人。自身もまた小国の王であったが、つい数年前、悲願を達成し、帝国の覇王と呼ばれるまでに上り詰めた男。

 君主としてはまだ若く、黒い髪は艶やかで、立派な髭を生やしている。それでも、本人は最近髪が薄くなった、と嘆いているそうだ。

 戦場で猛威を振るえばよかった時代は終わり、小国から大国の王となり、本人もまだ環境の変化に順応していないのかもしれない。国内の混乱も続いている。いまだ戦禍の傷痕が残る地は数え切れないほど。

 だから、普通ならばこんな時に人手を減らそうなどとは思わないはずなのだが。


「陛下はわたしの身を案じておられるのでしょう。しかしながら、そのような心配は無用です。陛下がわたしを足手まといだと思われないうちは、そばにおいてくださいませ」


 膝をつき、こうべを垂れ、答えたのは死霊術師の男――シャダ・ボーグナイン。

 統一戦争において多大な貢献をした、王の近しい臣下の一人。出自は不明だが、臣下の中にはそのような者も少なくはない。王が生まれや育ちに関係なく、能力に秀でた者を集めた結果だ。争いの時代は、それが上手く作用した。

 王より若いのだが、さきの戦場で視力を失っており、長く伸ばした髪は真っ白に染まっている。

 閉じられた目の代わりに、彼は常に付添い人の女を連れていた。彼女もまた死霊術師であり、シャダの右腕とも呼べる部下だった。


「そうかそうか。やはり、お前はそう言ってくれるか。その言葉を期待していたのだよ、もう行っていいぞ」


 王は朗らかに言った。

 そう言っておきながら、王が明日もまた同じことを聞くために、ここへ呼ぶと知っている女の顔は浮かない。

 シャダはゆるりと立ち上がって一礼し、玉座の間から出て行く。目の代わりであるはずの女が、慌てて後を追う形で走っていった。




「絶対、明日も同じことしますよ」


 乱暴に口を開く女。

 シャダはよく知った城の廊下を、白い杖をついて歩く。杖は死霊術に使うもので、視力を補助するためのものではない。なにかの骨で作られた細身の杖で、持ち手の部分に髑髏細工が彫られている。


「ミルタ、おちつけ。あの方が疑心暗鬼になるのも無理はない」


 シャダはたしなめるように言った。


「重臣の一人が裏切りやがったからですか。アイツなら、半年ぐらい前に首チョンパされたじゃないですか」


 見えないと分かっていながらも、ミルタは自身の首に手刀を当てる。


「あいかわらず、おもしろい言い回しをするな、おまえは」

「話逸らさないでください」


 毎朝毎朝、呼び出されて無駄に緊張するのはもうこりごりだった。質問は毎度同じ、そしてシャダの答えも変わらない。シャダ本人よりも、隣で聞いているだけのミルタの方が内心はらはらしている。

 この苦行が始まったのは、半年前。王の重臣の一人が裏切り行為をし、処刑された時からだった。王の一日は、配下の忠義の誓いを聞かなければ、始まらないらしい。


「わたしの言葉を聞いて、安心していただけるなら、それで充分じゃないか」

「その安心は一日しか持たないみたいですよ」


 ミルタが意地悪く言うと、シャダはため息をついた。


「わたしの答えを聞いていったんは落ちつくが、すぐにまた不安になってしまうのだな」

「正直、あの人は上に立つ人間じゃないですよ。戦場でのカリスマは凄いけど、政治には向いてないです。国統一しようぜ、っていうのも自分の力を誇示するためにやった若気の至りだったんじゃないですか」

「若気の至りで統一しちゃったのか、それはすごいな」

「先生!」


 どうにも真剣に考えていないように見えるシャダに、ミルタは非難するような声を上げた。ミルタは額に手を当てる。


「この国、大丈夫かな」

「ミルタが心配するほどか、それは深刻だ」

「心配には先生のことも含まれてますよ」


 噛みつくように言うミルタ。

 シャダが呼び出される頻度は異常だ。王は他の臣下にも同じような質問をしているらしいが、こう頻繁ではないと聞く。王がシャダをとりわけ懐疑的な目で見ているのは、疑いようもない事実だ。

 シャダを蹴落とすために、誰かがありもしないことを王に吹き込んだのかもしれない。彼の立場はかなり上にある。それだけ、王の信頼も厚いはずなのだが。現状の王の信頼など、息を吹けばかき消えてしまうほどのものだろう。

 彼の地位を狙っているというのも考えられるが、単純に死霊術師が国の中枢にいることを快く思っていない可能性もある。

 死霊術師は、敵味方を問わず戦場で恐怖をばらまいた。その印象は強い。

 敵からしてみれば、さっきまで共に戦っていた戦友が、動く死体として蘇り自分に襲いかかってくるという悪夢。殺せば殺すほど、敵の数は増えていく。

 味方だって、うかうかはしていられなかった。戦死すれば、自分もその仲間入りだ。皆、必死になって生き延びようとしたためか、長引いた大戦でも戦死者は少なかったという。

 シャダ一人がいれば戦況は大きく傾いたが、双方の士気は下がった。


「あのヒゲ、先生が裏切る可能性があると本気で思ってるんですかね。目と鼻の先にいる、いかにもな野心剥き出しのメガネには気付かないで」


 すれ違った衛兵たちが、足を止めてシャダに頭を下げる。

 普段なら気持ち良くなるその光景も、今のミルタには忌々しかった。息巻く彼女は衛兵たちを睨みつける。とばっちりを受けた彼らはそそくさとその場を離れていった。


「ミルタ、自分の主君のことをそのような言い方をするのはやめなさい」

「主君?」


 ミルタは鼻で笑う。


「ボクが仕えるのはただ一人、死霊術師シャダ・ボーグナイン。先生、アナタです」

「その死霊術師はこの国の王に仕えているのだが」

「ボクは、先生の命令は聞きますが、王の命令は聞きません」


 シャダを忌み嫌う者は多いが、部下からの信頼は厚い。死霊術師自体の数が少ないため、徒党を組めるほどではないのだが、それを脅威だと思う者も城の中にはいるのかもしれない。

 もっとも数の問題など、適当な死体で補ってしまえるのだが。


「……わたしは部下からの反逆におびえる必要はないのだな、と喜んでおこうか」

「ええ。そんな奴がいたら、ボクがぶっ飛ばします」

「ほんとうに、良い部下をもった」


 複雑な表情で、シャダはしみじみと言う。

 城の外に出た時、ミルタはあっと思い出したように声を上げた。辺りに目を向け、近くに人がいないのを確認する。それから、声の調子を整え、改まって言う。


「先生は本当に素晴らしい方です」

「そうか」

「で、ですね。そんな素晴らしい先生にお恵みをしてもらいたいのですよ」

「はっきり言ってくれないと分からないのだが」

「お金、貸していただけませんか」


 シャダは立ち止まる。

 目は見えていないのだが、ミルタの方へ顔を向けていた。その顔は無表情で、彼女にも彼が何を考えているのか分からない。

 しばらくして、シャダは妙に納得したような顔で頷きながら歩き出した。


「なるほどなるほど。今までのはわたしをおだてるための、長い前振りだったというわけだ」

「ち、違います。先生を尊敬しているのは本当です。ですけど! ボクのツケが溜まりに溜まっていてですね。酒場のオヤジに、これ以上やったら出禁するって言われてしまって」

「ミルタは小難しい話をしているより、そっちの方がらしいな」


 シャダはにっこりと笑う。


「冗談じゃないんですよ、お願いします。後で絶対に返しますから!」


 懇願するミルタをおいて、シャダはけらけらと笑いながら先を行く。

 彼は部下からの信頼が厚いが、部下に恵まれているかどうかは定かではない。



 *****



 ルーシャ帝国の首都にある教会に、一人の男が立ち寄っていた。

 マントを羽織っており一見、ただの旅人のようにも見える。しかし、そのマントに描かれた紋様こそが、彼が何者であるかを示していた。

 男はカリム聖教国からやって来た異端審問官だった。名をメルビンという。

 教皇にある任務を課せられ、それを達成するべく一人で各地を奔走している。と言えば聞こえはいいかもしれないが、実際は魔族との全面戦争でこのような事案に人手を割けない、という理由からだった。

 もっとも、教国側が戦争などという言葉を公に使ったことはなく、大陸の洗浄、大規模な魔族駆除、などとうたっている。

 彼は最近建てられたばかりだという教会の中を、任務とは関係なく、個人的に視察している最中だった。

 そろそろ外に出よう、とメルビンが入り口に向かった時、人の話し声が教会に近付いてきた。


「あの筋肉ダルマ、ボクの身体見て『お前は戦士になった方が良い。武器を持って戦う体つきだ』って言いやがったんですよ。どんな目でボクのこと見てんだ、って。『俺が直接鍛えてやるぞ、ガハハ』とかほざきやがって」

「彼のところに行くのか」

「なんでそうなるんですか! あんなオヤジ臭い奴の下、嫌です! だから、さっきからボクは先生一筋だと――」

「ミルタ、教会では静かにしなさい」

「はい」


 一組の男女が、教会の中に入ってきた。先ほどの会話の主だ。

 二人の背丈はほとんど変わらない。女の方は女にしては背が高く、胸が大きく、全体的にがっしりとした雰囲気を与えている。逆に、男の方は男にしては小柄だ。

 彼らとすれ違う際、メルビンは男の風貌にぎょっとする。

 異様な空気を身にまとっていた。持っている髑髏細工の杖など、神聖な教会には似つかわしくない代物だ。

 女の方もよく見れば、耳に髑髏の形をした銀細工のピアスをぶら下げていた。

 自然と剣に手が伸びる。が、教会の神官がにこやかに二人に対応している姿を見て、剣を抜くのは思いとどまった。メルビンは神官に目で合図を送る。

 神官は二人との会話を切り上げて、メルビンに近付いてきた。


「彼らは何者だ」


 声をひそめながらも、鋭い言い方でメルビンは神官を問い詰める。


「ああ、あの方たちは陛下にお仕えしている死霊術師ですよ」

「死霊術師?」

「ええ、死体を操る術を――」

「そんなことは知っている。なぜ、死霊術師なんかが――」


 言いかけて、メルビンは思い出した。

 ルーシャ帝国の死霊術師は有名だ。戦場での活躍はもちろんだが、彼にとってはもっと重要な情報がある。

 神官は穏やかに言った。


「あの方が、首都に教会を作るよう、陛下に進言してくださったのですよ」


 カリム聖教の、熱心な信者だということ。


「戦争が終わってすぐのことです。教会は、人の心が安らぐ場所である、と。信仰が人を救うのだ、とカリム聖教の布教に一役買ってくれましてね」


 戦争で傷ついた人々は、教会に心のよりどころを求めた。結果、ルーシャ帝国ではカリム聖教の信者が急速に増えた。教義がちゃんと伝わっているかどうかは別として。


「名前はなんという」

「シャダ・ボーグナイン様ですよ。お弟子さんはミルタといいます。あ、今は弟子ではなく付添い人でしたかな」


 二人の死霊術師は、真剣な面持ちで祈りを捧げている。


「信仰する死霊術師、か」


 メルビンは思慮深げに、目を細めた。


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