競り
諸君、アハトゥンク!
一か月と数日ぶりで御座います
アイゼハイマンに連れられ、受付に向かって右にあった階段を昇る。
二階は、一階の半分程の広さで、窓は無く、天井にぶら下がっている豪華なシャンデリアの水晶が放つ、陽炎の様に揺らめく明かりが部屋の隅々まで照らす。
光量はそれなりに強く、蝋燭の灯りではない事は明らかだ。
これも魔法で光を得ているのだろう。
奥には両開きの大きい扉があり、今はまだ固く閉ざされている。
二階の待合室であろうこの広間には、それなりの数の人がお互いに談笑していた。
中世時代の傭兵の様に、レザーアーマーに身を包み、刃渡り60cm程もある片手両刃直剣を背負っている者や、どこぞのマリー・アントワネットが着ていそうな、大量のフリフリが使われているドレスを着用し、パピヨンマスクのような仮面で顔を隠している者。
街で良く見掛けた、行商人の様な格好をしている者と、実に様々だ。
我々が階段を上がって、この広間に姿を現した時点から、広間に居た人々の視線を浴び続けている。
ここでは、街で受けたような、こそばゆい悪い気がしない視線ではなく、かなりの劣情が混じっていた。
欲情や独占欲、嫉妬にかすかに混じる殺意。
一つ一つ挙げていったら、キリがない程だ。
私の斜め前に、アイゼハイマンが居るのを見て、連中の笑みが深まる。
推測するに、我々が今回の競りの目玉商品とでも思っているのだろう。
私はどうか知らんが、シューリーやネルケは美少女と美女だからな。
数人、貴族風の男女と行商人風の男が、アイゼハイマンに挨拶をしに近付いて来た。
そいつ等の視線は、我々に釘付けだ。
「これはこれは、アイゼハイマン殿。ご機嫌は如何かな?」
仮面で目許だけを隠した、男貴族その1が、早速アイゼハイマンに話掛けた。
「おぉ、これは卿ではありませんか!私はぼちぼちですが、卿も御息災でいらっしゃいますか?」
「ははは、私こそぼちぼちだよ。そこで、君の後ろに居るお嬢さん方の事なのだがね」
卿と呼ばれた男は、こちらをクイッと顎で指した。
「こちらに御出の方は、ショウサ卿にあらせられます。後ろの御三方は、ショウサ卿の部下の方々です」
アイゼハイマンが、卿と呼ばれた男に、なんと返そうかと返答に詰まった瞬間に、我々の後ろに控えていたセバスチャン殿が、すかさず前に出て言った。
一瞬、急に出てきたセバスチャン殿に、ギョッと驚いた顔をした『卿』達であったが、すぐに元のニヤケ面に戻った。
「おぉ、君はアウクトベルク執政官殿の所の…」
「セバスチャンにございます」
「そうそう、セバスチャン君だったな。先程、私の聞き間違いで無ければ、そこの銀髪の美しいお嬢さんの事を、卿と言わなかったかい?」
『卿』は、私の事を指差して言った。
こちらに来なかった貴族風の連中の数人が、『卿』の取った行動に、白い目を送っている。
どうやら、この男は礼儀作法がなっていないようだ。
とんだ失礼千万な男だな。
私が直々に教育してやろうか…
まずは手始めに、コイツの人差し指を鋭剣で切り落として、次に首に紐をくくり付けてから、戦車で市中を引き回すとかどうだろうか。
きっと楽しい事になるだろうな。
「その指を降ろされよ!!」
突如、セバスチャン殿が鋭く怒鳴り声を放ち、『卿』を威嚇するように威圧した。
見た目も物腰も柔らかく、穏やかな人物だったので、あまりに突然の事に驚いてしまった。
シューリーなどは、今にも泣きそうな顔をしている。
ネルケは、眼を丸くして唖然としている。
まるで鳩が豆鉄砲を食らったようだ。
驚いているのは我々だけでは無い。
真隣にアイゼハイマンは勿論の事、『卿』とその取り巻き達、それと広間にいた客達全員だ。
それほどの声量だった訳だ。
「…ぉ…ぃや、き、君!誰に対して口を聞いているのか分かっているのか!?」
ショックから回復し出した『卿』は、仮面に隠されていない部分を真っ赤にして、怒りに拳を震わせながら、セバスチャン殿に言い返した。
「分かっておりますとも。ヴァンデクリフト騎士伯爵閣下」
ほぅ、コヤツ騎士の成り上がり貴族か。
三日前の青二才のように、この国の騎士は、コイツのように自分勝手なヤツしかいないのか?
ふむ、もう面倒臭いから、ここいらで終いにさせよう。
「双方落ち着かれよ。セバスチャン殿、私は怒りを覚えていないと言えば嘘になるが、事を大事にしようとは思っていない。それに、ヴァンデクリフト騎士伯爵とか言われたか?」
「ぅ……そ、うだが…」
「貴公も私に対しての無礼を働いた訳だ。ここでお互いに無かった事にして、場を収めないか?ちなみに言って置くが、私は余所の国の軍人だ。この意味が分かって貰えるだろうか」
私は暗に、『お前は勝手に余所の国の軍人に無礼を働いた挙げ句、それを咎めた人間に対して逆にキレると言う、許しがたい事をしたが、私が一歩退いてやるから少し黙ってろ』と言っているつもりだ。
「ぐぬぅ…!………分かった。運が良かったな!セバスチャン殿」
忌々しそうに舌打ちをして、取り巻きと一緒に広間の奥へと戻って行った。
私が先程、余所の国の軍人と言った事で、入って来た時に受けた視線のほとんどが比較的好意的なモノに変わった。
私達の服装から、この国の人間で無い事など一目でわかるだろうにな。
博士など、我関せずとばかりに、知らぬ間に広間を猫背でうろうろしている…
「お目汚し、申し訳ございません」
「いや、私達の為にやってくれたのだろ?悪い気がするはずが無い。すまないな」
「勿体無きお言葉、痛み入ります」
セバスチャン殿が、我々に頭を下げたので、急いでフォローに入る。
完全に蚊帳の外になってしまっているアイゼハイマンは、苦笑いしつつ顔の汗をハンカチで拭った。
「で、では、こちらへどうぞ」
アイゼハイマンが、奥の扉の隣に立っていた従業員二人に向かって、手のひらを横に振ると、指示を受けた従業員が深く一礼してから、固く閉ざされていた扉を左右に開いた。
その扉の中に、ぞろぞろと客達が入って行く。
ほとんどがその扉の中に消え、次は我々のようだ。
広間に居た連中が、すべて中に消えたのを確認してから、アイゼハイマンがこちらを振り返って、一礼をした。
「御待たせ致しました。それではこちらへどうぞ」
アイゼハイマンが身体の向きを戻し、中心の扉でない所に向かって歩き出した。
その真っ正面には壁しか無い。
「すまない、そこには壁しか無いが」
「あ、失礼しました。ご説明しておりませんでした…ただいまから、皆様を貴賓席へお連れ致します」
貴賓席か…
前回座ったのは、一体何時だっただろうか。
アイゼハイマンは、そのまま真っ直ぐと壁に向かって歩いて行き、壁に接触したと思いきや、さらにそのまま壁を突き抜けて見えなくなってしまった。
視覚と現実が一致しないので、とても奇妙な気分だ。
好奇心に駆られたネルケが、恐る恐るアイゼハイマンの消えた壁に手を伸ばし、触ろうとした。
ネルケの手は、壁に接触したと思いきや、なんの抵抗も無く貫通した。
壁に手が突き抜けたように見えて、なんたか気色が悪い。
こうなったら、さっさと行ってしまった方が得策だろう。
「よし、皆私に続け。ボサッとするなネルケ」
「ひゃっい!?」
壁に手を捩じ込んだ真似をしていたネルケの尻を撫でて、一足先に壁に突入する。
明るかった視界が、急に薄暗くなった。
瞬きを繰り返して、眼を慣らす。
段々と見えてきた。
そこはオペラハウスの個室に似ていて、細長い部屋があり、壁の片面がくり貫かれていて、眼下に会場が見える。
くり貫かれている方には、一列椅子が並んでおり、椅子と椅子の間には果物が盛られた盆が乗っている小さな机があった。
その部屋の真ん中に、アイゼハイマンが立っていて、私達を待っている。
私が一歩前に進むと、後ろから続いて来たネルケが、私の背中に衝突した。
「うわっぷ」
「おっと、すまない」
「隊長ェ…」
眼が合うと、頬っぺたを膨らませて尻を押さえた。
「ほら、何時までも膨れてるな」
ネルケの背中を押して、先を促す。
ネルケが退いてから直ぐにシューリーが入って来た。
生まれたての小鹿のように、小刻みに震えている。
「シューリー、何の問題もない、大丈夫だ」
「は、はぃ…」
セバスチャン殿は、もちろん何でもない表情で入って来た。
そして最後が博士だ。
白衣のポケットに両手を突っ込んで、肩を震わせながら入って来た。
博士の場合、肩を震わせているのは、笑いを噛み殺している時だ。
大丈夫そうなので、敢えて何も言わなかった。
「それでは、どうぞお好きな席にお座り下さい」
アイゼハイマンが、椅子を指差して言った。
ネルケが真っ先に真ん中に座ってしまったので、私は一番端に座ったアイゼハイマンの隣に腰を下ろす。
そして私のもう片方には博士が腰を下ろした。
「そろそろ始まります」
「了解した」
会場の明かりが落ち、眼下のステージにスポットライトの光が当たる。
高価そうな服を着た男が一礼した。
「それではこれより、競りを開始致します」
その言葉を合図に、足枷と手枷を嵌められた筋肉質の成人男性が、ここの職員二人に連行されて、ステージに出てきた。
「それでは始めに、この奴隷は共和国から侵略して来た兵士の一人です。御覧の通り、とても逞しい肉体をしており、力仕事に役立つでしょう!銀貨10枚からで御座います!」
ちらほらと、数字を書いた紙を貼り付けた40cm程の棒が上がる。
「あれは何をしているのだ?」
「はい、あれは奴隷に値段をつけているのです。数字一つで銀貨一枚上乗せと言う意味です」
「成る程…」
面白い事に、一回で上がった紙で一番値段が高い紙を司会者が読み上げて行く。
「銀貨40枚、銀貨46枚、銀貨60枚!…60枚以上の方はいらっしゃいませんでしょうか!……それでは、銀貨70での落札となります!」
「ん?10枚多くないか?」
「いえ、最初の値段が銀貨10枚だったので、それに60枚上乗せと言う事なので、正しいです」
なんだか言い方がややこしいな…
だが、大体実態は掴めた。慣れれば案外なのかも知れない。
次々に奴隷達が売られて行く。
男、女、子供、老人、亜人もいた。
少し良心が痛むが、この国の奴隷制度はしっかりしているので、まだ平気だ。
しかも、奴隷自体にも理由があって奴隷をしているのだから、同情するのはお門違いだな。
「それでは!本日の目玉商品に入りたいと思います!今回の奴隷は何と男!奇妙な言葉を話し、会話はほとんど出来ませんが、この男を捕らえるのに兵士が20人以上斬り殺されたそうです!!戦争や旅のお供にどうでしょうか!」
舞台に、五人の従業員に縄で引っ張られて、一人の男が入ってきた。
カーキ色のズボンに同じく半袖の上着、足にはゲートルを巻いて、金色の星が付いた鍔つきの帽子を被っている。
「hanase!kisamaraorega、teikokugunzintosittenorouzekika!!」
男は、かなり引き締まった肉体をしていて、見せる筋肉では無く実践的な筋肉だと分かる。
しかし、どこかで見た事のある服装を…
「お、おい博士。アレは…」
「イヒヒ、ヒ…少佐の予想は間違って無いねぇ」
そう、黒い髪に黒い瞳、そしてどちらかと言うと平たい顔…間違い無く日本人だ。
だがどうしてここに?
……放って置く訳には行くまい…一応盟友だからな。
それに隊にはミヤビも居るからな、ここで見捨てたら目覚めが悪い。
「私も競りに参加出来ないだろうか。…どうやらアレは盟友のようでな」
「…ほ、本当で御座いますか!?分かりました、それでは直ぐにあの方を下がらせましょう」
「待って欲しい、それでは貴殿の顔に泥を塗る。それに勉強にもなるからな」
「分かりました…お気遣い感謝致します…」
アイゼハイマンの許可が取れたので、彼奴を早速買い取ってみる。
「それでは競りを開始致します!金貨一枚からで御座います!」
目玉商品との説明の為か、結構な数の紙が上がる。
舞台上の司会者が、「金貨一枚!」と言ったのが聞こえた。
『何それ漢字豆知識クイズー!パチパチパチ
このコーナーでは、普通使わない単語やトリビアな漢字の読み方とかを出題します!
正解しても何も無いけどね。
それでは行きます!
『萍』
これはなんと読むのでしょうか!
出来ればパソコンで調べるのはやめましょう。
そして、前回の答えの発表です!
『鵤』と書きまして、『いかる』と読みます。
いかるとは、アトリ科の鳥で、太く黄色い嘴が角のようである事から、この字を当てるそうです。』