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鋼鉄のフロイライン  作者: 九十九 大和
第二章 交易
7/28

娘、それと奴隷商人

諸君、アハトゥンク!

どうも、一か月ぶりに御座いますね。

最近は、喪女の方に気を取られていて、中々執筆する暇がありませんでした。

今回は少しだけ長めに作っております。

それではどうぞ!


あと、これからQ&Aコーナー的なモノを作って行きたいので、質問などを、ドシドシお願いします!!


コンコンと扉がノックされ、裾等にフリルを使った、軽そうな萌黄色の簡易ドレスを着た女の子が入って来た。

手には、ティーセットが載った銀の円いプレートを持っている。


「お父様、お茶を御持ち致しましたわ」


お父様ぁ?

この金髪少女が、アウクトベルク執政官の娘?


部屋に入って来た少女は、カールのかかった長い金髪に、スッと芯の入った鼻筋、そしてぱっちりした碧眼。

俗に言う美少女なお嬢様だ。


確かに、優しそうな眉許や金髪はアウクトベルク執政官に似ているが…

まぁ、娘なのだろう。


「おぉ、よく来た。ショウサ殿、紹介致します。私の娘のマリアシャルテ=アウクトベルクです。ハイ。マリアシャルテ、こちらはショウサ殿だ」


アウクトベルク執政官の娘、マリアシャルテと紹介された少女が、ドレスのスカートの端を摘まみ上げ、丁寧なお辞儀をした。


「マリアシャルテでございます。どうぞお見知り置きを」

「これはご丁寧なご挨拶、ありがとうございます、お嬢さん。私の事は少佐とお呼び下さい」


わざと、仰々しいジョンブル紳士の真似をして、お辞儀を返してみた。

こういう時は、意外に役立つ時もあるものだ。


「まぁ…ショウサ様」


何故そこで、顔を赤くする?

私は女だぞ。

まぁ、私もたまにシューリーと遊ぶ事位あるが…

…だが、これをネタに少しおふざけをしてみるか。


「だが、アウクトベルク執政官に美しい娘がいたとはな。まったく、アウクトベルク執政官も人が悪い。土産を持って来れなかったではないか」


いかにも残念そうな顔で言ってみた。

これは中々面白いかもしれないな。


「いえ、そんなお気になさらず!ハイ!」


アウクトベルク執政官が、両手をブンブンと激しく振る。

ちょっと焦ってるみたいだ。


「だが、何も渡さないで帰れば、誇りあるドイツ軍人の名折れ」

「いえ!本当にお気になさらず!わたくしの手違いですので!ハイ!」


アウクトベルク執政官の両手を振る速度が、どんどん加速していく。

ちょっと可哀想になってきたから、ここいら辺で止めておくか。


「まぁ落ち着け。実はな、最初から土産を持ってきている」

「いえ!…え?」

「お嬢さん、後程差し上げよう。せっかくお茶を用意してもらったので、先ずはそれを頂こうか」

「は、はい!ただいまお入れ致しますわ!」


素早くテーブルに並べていく。

見事な手捌きで、あっという間に芳醇な香りを放つ、濃いガーネット色の液体が入れられた、ティーカップが出来上がった。

香りからして、どうやら紅茶の様だ。

ティーカップからの紅茶の良い香りが、数々の調度品で彩られているこの部屋に、更なる色を与えて行く。


「とても良い香りだな」

「はい、帝国産の最高級茶葉を使いましたの」


マリアシャルテが、アウクトベルク執政官の前にティーカップを置きながら、にこやかに笑う。

裏表の無い、心からの笑顔は実に美しい。


きっと、大人なったら良い娘に成長するに違いないな。

将来が楽しみだ。


「そうか。では頂こう」


花をあしらった模様のティーカップに口を付け、香り高いそれを一口、口に含む。

ほのかな甘味の後に、すっきりとする苦味がやって来て、かなり美味い。

かつてイギリスに行った時に飲んだやつよりは、断然美味い。


「…美味い」


私を窺う様に見ていたマリアシャルテの顔が、パッと明るくなった。

その間、アウクトベルク執政官は、始終ニコニコしていた。

ひょっとして、意外…ではないかもしれないが、親バカと言うヤツなのではないだろうか。


「さて、アウクトベルク執政官」

「なんでしょう。ハイ」

「少し、この街を見て回りたいのだが、可能だろうか」

「えぇ、何の問題がありましょうか。どうぞ、皆様方でご堪能下さい。ハイ」


よし、後で娯楽代わりに見て回るか。

あいつ等きっと、狂った様に喜ぶぞ。


「では、誰か案内人をお着けしましょう。ハイ」

「すまないな」


マリアシャルテがなんだかそわそわして落ち着きが無いが、敢えて指摘するのは止めておこう。


「いえ、とんでも御座いません。ハイ」


この人も、日本人の様に腰が低い人だな。

ミヤビも割りと低い方だが、愛想が無い。

彼を見倣って欲しいものだ。


マリアシャルテの煎れてくれた、紅茶を飲み干してから立ち上がり、部下達より先に戦車の所まで案内してもらった。

もちろん、マリアシャルテに土産を渡す為だ。

土産と言っても、内職して自分で作った双眼鏡だがな。


一号車のコンテナに仕舞ってある、自作の双眼鏡が入っている箱を取り出して、何故かかなり大袈裟に梱包されているそれの、緩衝材やら余計な物を取り除く。

幾つか作った中でも、一番出来の良い物を持ってきたので、自分なりには良い物と言う自信がある。


「お嬢さん、これは双眼鏡と言う物で、遠くの物を良く見る為に使う道具だ。これを差し上げよう」

「まぁ!ショウサ様、ありがとう御座います!!一生大切に致しますわ!!」


早速、あげた双眼鏡を覗いてはしゃいでいる。

子供とは良いものだな。

なんと言っても、見ていて飽きる事がない。


はしゃいでいるマリアシャルテとは対照的に、恐縮しきって、脂汗まで滲ませている。

私は弁えと言うものを知っている大人だからな、別に虐めたりしないぞ?

虐めたり、しないぞ?


「えぇ、あの、その、いえ。ハイ…」

「どうした?」

「た、大変高価な物を…娘に頂きまして…あの。ハイ」

「気にするな。これは、私が造った物だから、少し不恰好で申し訳ないくらいだ」

「そんな事御座いませんわ!!」


マリアシャルテが、 走り由ってきた。

少し、頬が上気していて、熱を持ったみたいに赤くなっている。


「不恰好だなんて、そんな事ありませんわ!ショウサ様のお造りになった物が、不恰好なはずありませんもの!!」

「そ、そうか…」


なんだか、こちらが気迫に押されてしまった。

そこまで熱く語られても、嬉しい事には嬉しいが、少し困ってしまうな…

私だって完璧では無いから、不恰好な物くらい平気で造ってしまう。


「…まぁ、だからアレだ。そう言う事だから、気にするな」

「え、えぇ、分かりました。ハイ」


マリアシャルテは、私産の双眼鏡を大事に胸に抱いて、満面の笑みで笑い掛けてきている。

うむ、そう言うのには、どうやら弱いな…


部下達が来る間、マリアシャルテとアウクトベルク執政官と一緒に、他愛もない世間話をして時間を潰した。

その中で聞いた話なのだが、どうやらアウクトベルク執政官の奥方、つまりマリアシャルテの母親は、難病を患って、寝たきりの生活を送っているらしい。

我々の所持している薬品で、治るものだったら治してやりたいものだな。

これからも何かと世話になるだろうからな、恩を売ってもバチは当たらないだろう。


屋敷の玄関扉が開く音がして、真っ白な白髪をオールバックにした、優しげな壮年の執事が一礼して、出てきた。


「ショウサ様のお付きの皆様をお連れしました」

「えぇ、ご苦労。ショウサ殿、皆様が来られたようです。ハイ」

「そのようだな」


そのまま、執事は扉の前に控えていたメイドに頷いて指示を送り、指示を受けたメイドが扉を開けた。

開いた扉から、真っ先に飛び出して来たのはミヤビだった。


「少佐殿!!ご無事でありますか!?」


コイツは…っ!!

やっぱり連れて来たのは間違いだったかもしれない……

叱らなければならない時はきちんと叱らないと、後で困るのはコイツらだからな。


「無事も何も、アウクトベルク執政官に失礼であろう!!歯を食い縛れ!!」


腕を伸ばして胸ぐらを掴み、左足でミヤビの右足を踏んで固定し、右手で頬を叩く。


パンッ


乾いた音がミヤビの頬からして、張った頬が紅くなる。

ミヤビは唖然としていたが、思考が追い付いて来たようで、眼が潤んできた。


「前にも言った筈だ。我々は招かれている側であり、取り引きをさせてもらっている側だと」

「で、です…が…」

「ご託等聞きたく無い、返事はどうした!返事は!!」

「た、大変申し訳ありませんでしたっ!!」


既に眼はこれでもかと潤んでおり、あと少しで溢れ落ちてしまうだろう。

まったく、泣きそうになるのだったら、最初からやらなければ良いのに。


突然の事で、アウクトベルク執政官とマリアシャルテは、思考が追い付いていない。

ただ唖然としている。

この程度の事など、軍隊では日常茶飯事なのだがな。だから、シューリーやナハトも破裂音には驚いても、あっけらかんと言った顔をしている。


「部下が失礼した。許して欲しい」

「…え?…えぇ、私達は大丈夫ですのでお気になさらず!ハイ」


話し掛けても、暫く呆然としていたのは面白かったな。


「……ぁ、そうか…いや、すまない」

「え、えぇ…」


おかしい、私も一瞬意識が飛んでいたみたいだ。

アウクトベルク執政官の事を言えないな。

……しかし、いや、違うな。


「お嬢さんも、驚かせて申し訳ない。だが、これが軍隊と言うものだとも、理解して貰えたら、嬉しい」

「そんな、ショウサ様!私は何とも思っておりませんから!」


マリアシャルテが、双眼鏡を両手で持ったまま、首を横にブンブンとふる。

気を使わせるのは、何とも惨めなものだな。


「そうか…それでは、気を取り直して、街で買い物を兼ねた散策を行いたい。それと、申し訳ないが前金を頼めるか?アウクトベルク執政官」

「えぇ、分かりました。執事長を案内人としてお使い下さい。直ちに、金貨60枚をご用意致します。ハイ」

「助かる」


私もつくづく甘いな。

よし、久々に遊ぶのも悪くない。

今度は、基地の全隊員を連れて来よう。


「全員整列!」


私の号令に、頬を張ったばかりのミヤビも、各戦車ごと縦二列に並んだ。

全員、しっかりと歯を噛み締めて、顔を若干上に向けて背筋をピンと伸ばして休めの姿勢をとる。


「アハトゥンク!これからの作戦を伝える」


ザッ!


一斉に、休めから気を付けに移り、踵を打ち鳴らした。


「これより、この街で散策を行う!ついては、各員に一枚づつ金貨を配布する。その金貨一枚の価値は非常に高い。一般人の月収約三ヶ月分らしい。気を付けて使えよ!以上」


一瞬唖然としていたが、次第に一人一人にやけ面になっていき、誰かが堪えきれなくなったようで、叫びだした。

それにつられて、周りの連中に伝播していった。


「「「フラー!フラー!!」」」


本来なら叱り飛ばすが、今日くらいは大目に見るか。


「全員、前進開始!!」

「「「了解!!」」」


やはり、自分も久々の休日に浮かれてたのかも知れない。





「美しい街並みだな」


アウクトベルク執政官の所の執事長に連れられ(執事長の名前はセバスチャンと言うらしい)、戦車で前進してきた広い道を歩く。


聞いた話しによると、どうやらこの街で一番広い通りらしい。

名前は、陽光通りだとか。

なんでも、毎年夏至と冬至の朝日が、門からこの通りを真っ直ぐ抜けて、領主の館だけをを美しく輝かせるのだそうだ。


まるで、何処か古代の神殿のようだな。

だが、美しいものは一目で良いから見たいものだ。

まだ機会はありそうだしな、焦る事は無いだろう。


昼過ぎと言うのもあるのか、中央通りでもある陽光通りは、素晴らしい活気と賑わいを見せ、とても先日のドラゴンに滅ぼされかかった街だとは思えない。

いや、だからかもしれないが…


あちらこちらで客の呼び込む声が飛び交い、食べ物の美味そうな匂いが鼻をくすぐる。

数日前から見たら、とてもじゃないが信じられない光景だ。

部下には無駄使いし過ぎるなと言ってしまったが、どうやら私が無駄使いしてしまいそうで恐ろしい。


ふと顔を上げると、ここの住民達と眼が合った。

今まであまり気にしなかったが、かなり好奇の視線を浴びていたようだ。

住民達の視線には、忌避や嫌悪と言った色は無く、どちらかと言うと好奇心が強い。

たまに欲情した様な視線を感じるが、直ぐに引っ込む。

何故だろうか?


セバスチャン殿の先導も有ってか、陽光通り限定だがかなりスムーズに見て回れた。

何処が名所なのか、どの店の食べ物が美味いか、どの道は入っても良いがこの道は駄目だ等々。


最後に、門の前まで来てから、改めて注意事項をセバスチャン殿から聞いて、晴れて自由行動の開始となった。

もちろん、安全の為に三人以上で行動する事と、銃剣と拳銃の所持を義務付けた。

銃剣は良いが、拳銃は外から見えないように、そして発砲は本当に命の危険を感じた時以外の使用を厳禁としてある。

何を考えているのか、ミヤビだけはカタナを持ち出して、腰に吊っている。

ミヤビの着ている軍服は、ドイツ軍の戦車兵士官服を着ているのだが、元の大日本帝国陸軍の軍装から装備を付け足して改造しているようだ。

良く見ると、上着の隙間から十四年式拳銃が収まったホルスターが見える。

百歩譲って、カタナと十四年式拳銃までは良いだろうが、何故腰に柄付き手榴弾が三本も下がっているんだ?

こんな街中で、手榴弾を使う気でいるのか?

あの少尉は…

色々な意味で思考が追い付かなくなってきた…

なんだか頭痛がしてきたぞ…


「イヒヒ…少佐はこの後暇かねぇ」

「……!!」


後ろから、博士に話し掛けられた。

博士自体は怖くは無いが、声と話し方が薄気味悪い。

はっきり言って、決して夜か背後から声を掛けられて良いものでは無い事は確かだ。

あれは、人を殺せる力が有ると思う。


「博士!!なんの前触れも無しに背後に立つな!心臓に負担が掛かる!」

「…私自身に悪気は無いんだけどねぇ」


瓶底眼鏡の影響で、目許の表情はあまり分からないが、端から覗いている眉尻が若干下がっていた。

これは悲しんでいるのだろうか。


「イヒヒヒ…それで?そこのところはどうなのかねぇ」

「…あ、あぁ。適当に軽食を挟みつつ、ここの住民と交流をしてみようと思っている」


私は興味が有るのだ。

ここの文明高度から、食生活、生活水準、教育基準等々暫くこの世界で生活していくのだから、その程度は指揮官として知っておきたい。

あと、ここには元の世界には無いモノがある。

前回のドラゴンも然り、魔法も然りだ。


そう言ったモノを手っ取り早く知るのには、現地人と直接交流を持つ事だ。


「……それは私も興味があるねぇ。特に奴隷制度辺りにねぇ…」

「奴隷……か」


さて、博士は何をやらかすつもりなのやら。

全ては神の思し召しとか言うヤツだろうな。


「まさかとは思うが、人体実験に使おうとは思って無いだろうな?」

「イヒヒヒ…、私を鬼畜か何かと勘違いしてないかねぇ?私は単に、その制度等に興味があるだけだねぇ」


博士は口元をニヤニヤさせながら、両手を擦り合わせる。


本当にそれだけで有れば良いのだが…

まぁ、博士が細菌兵器や毒ガスらしき物を持ってきた事は無いから、それを信じるしか無いがな。


「分かった分かった!それで、奴隷市場へは直ぐに行った方が良いのか?」

「後でも構わないねぇ」

「了解した」


セバスチャン殿に奴隷市場の場所と情報を求める為に、辺りを見回して黒い燕尾服と白髪頭を探す。

彼は良い意味で目立つので、直ぐに見付かった。

シューリーが、何か食べ物をセバスチャン殿に手渡して笑っている。

セバスチャン殿も何か一言二言言って頭を下げた。

どうやら、セバスチャン殿はネルケとシューリー組に付いてくれているようだ。


しかし、あの人見知りの激しいシューリーがなぁ。

珍しい事もあるものだ。

取り込み中申し訳ないが、聞くだけ聞かせて貰おう。


博士を伴って、三人の居る出店の前まで近付いて行く。

鶏肉を焼いている、香ばしい香りが鼻をくすぐった。

どうやら、そこの出店は焼いた鶏肉を出すらしい。


シューリーは、片手に包みを持ってセバスチャン殿と話しているが、一方のネルケはと言うと、笑顔でガツガツと鶏肉を一心不乱に貪り喰っていた。

何故か鬼気迫る様な威圧感を感じる。


「モグモグ……ガジガシ……ムグムグ……バリバリ…あ、隊長!」


しまった、眼が合った!


ネルケが包みを両手で持ったまま、こちらにトコトコと走って来た。


「お、おぉ、ネルケ。楽しいか?」

「えへへ、楽しんでまーす!隊長これ美味しいですよぉ」


満面の笑みを浮かべながら、両手に掴んでいた包みの中身をこちらに見せてきた。

だが、ネルケが見せて来た包みの中は、綺麗に肉だけ削がれた状態の骨が二本あっただけ。

しかも、軟骨まで上手い具合に食されている。

既に何の料理だったかまったく分からない。


「あー…、ネルケ。中身が骨だけになっているのだが」

「あれ?…ぁ、あはははは。ごめんなさい…」

「だ、大丈夫だ。気にするな。どうせ博士が買うだろうからな」

「イヒヒヒ、何故私が買うことになっているのかねぇ」

「いや、もう買っているだろう」


博士がやれやれとばかりに肩を竦めるが、その両手にはしっかりと包みが握られている。

なんとも説得力に欠ける姿だ。


「イヒヒヒ、少佐食べてみたまえ」

「ありがとう」


博士に手渡された白い紙の様な包みを開くと、ほわっと先程匂っていた香ばしい香りが漂い、仄かに立ち上る白い湯気の向こう側には、薄い焦げ目の付いた黄金色に照り輝く鳥の股肉が、私の食欲をそそらせる。


これは…確かに美味そうだ。

なんの肉を使っているかは分からないがな。


「それでは……はむ」


パリッと皮が弾け、熱々の肉汁が滴る。

鶏と違い、肉はこってりと脂がのっているが、しつこく無く口の中で解れてしまう。

照り輝いていたのは、どうやらレモンの様な酸味を持った果汁が掛かっているせいらしく、その果汁の酸味が、これがまたこってりとした肉と合う。

なんとも計算されつくした味なのだろうか。


「…美味い。パンとビールが欲しいな」

「イヒヒヒ、そう言うと思って、パンも一緒に買って来ているんだけどねぇ」

「でかした!」


博士からパンを受け取り、肉と交互に食べて口中調理する。


なんとも美味い。

フランス侵攻時に食べた、イタリア料理よりもイケるかもしれないな。


最後に、少しはみ出た肉汁が付いた人差し指を舐めた。


「隊長!えへへ」


ネルケが何処からともなく取り出した、猫のアップリケが縫い付けられているハンカチで、口元を拭ってくれた。


なんだか申し訳ないな…

それよりも、背徳感が出てくるのは何故だ?

…おや?

何か忘れているような気が……

ハッ!セバスチャン殿に用事が有ったのだった。

ミイラ捕りがミイラになったな。


「セバスチャン殿」

「おぉ、これはショウサ様。如何致しましたでしょうか」


シューリーには申し訳ないが、二人の会話の間に割り込む。


「シューリー、すまないが少しだけセバスチャン殿を借りるぞ」

「…は、はい」


シューリーが、コクコクと頷いた。

それを確認してからセバスチャン殿に向き直る。


「少し聞きたいのだが、奴隷市場は何処で開いているのかが、知りたいのだが」

「ほぅ…ショウサ様は奴隷に興味がお有りで?」

「私はそこまででも無いが、博士が有るみたいなので少し見学しにだな」

「成る程。それではご案内致しましょうか?」

「いや、悪いだろう。二人で話していたのに…」

「た、隊長…!私は、大丈夫…ですから」


シューリーが、両手を胸に抱きながら言って来た。


何から何まで申し訳ない…


セバスチャン殿が抜けて、ネルケとシューリーの二人だけで行動させるのは、さすがに危ないと思ったので、一緒に来させる事にした。


ここへ来た時のように、セバスチャン殿に先導してもらい、陽光通りの真ん中まで進む。

領主館を正面にして、右手側に無骨な石造りの建物が建っており、少し広めの入り口には日中でも篝火が焚かれ、入り口の左右に立っている厳つい門番の隣に置いてあった。


「ここか」

「はい、ここにございます。では参りましょう」


入り口を潜り中に入ると、赤い絨毯が奥の受付まで敷いてあり、香でも焚いているのか、ハーブの香りが漂っている。

奴隷市場と言う言葉にある、汚ならしいというイメージは無く、どちらかと言うと清潔だ。

こざっぱりしている。


「ここで暫し御待ちを」


そう言って、セバスチャン殿は一人で受付に歩いて行き、受付嬢に何か耳打ちした。

耳打ちされた受付嬢は、受付の奥にある扉を開けて中に消え、直ぐに樽の様に丸々肥えた男を連れて出てきた。

その樽男は、セバスチャン殿にへこへこお辞儀をして、顔に浮かんだ脂汗をハンカチで拭った。


奴隷商人の方は、先入観そのままだった。


そこでも一言二言会話をした後、樽男を連れてこちらに戻って来た。


「こちらは、この奴隷市場の元締めをしていらっしゃるアイゼハイマン殿です。アイゼハイマン殿、こちらはショウサ卿にあらせられる」


いつの間にか、様から卿に変わっていた。

樽男こと、アイゼハイマンと紹介された奴隷市場の元締めは、アウクトベルク執政官とは違って、不快な肉付きをしている。

顎等は三段になっている。一体、人間どう言う食生活を送れば、ここまで肥えられるんだ?

その代わり、着ている服装は至って清潔だ。


「少佐だ」

「アイゼハイマンです!こ、この度は、我が商会の奴隷市場を、を、御指名頂きます、ましてありがとうございます!」

「お、落ち着け」


緊張し過ぎているのか、噛み噛みになっていて、何を喋っているのか聞き取り辛い。

見た目の割りに、かなり小心者のようだ。


「も、申し訳ございません…」

「気にするな」


アイゼハイマンは、深々と頭を下げてきた。

腹が大きく出ているせいで、どうにも背中を曲げるのが辛そうだ。

先程から見て、腰も中々低い人物らしい。

見た目はアレだが、中身はまるで外見に反している。


「早速ですまないが、奴隷制度についてと、購入する時の手順等を教えて貰えないだろうか」

「え、あ、はい!喜んでご教授させて頂きます!」


アイゼハイマンは、ぎこちなく笑いながら、へこへことお辞儀する。


悪意は感じられないのだが…

なんだかなぁ…


「そ、それではまず、奴隷制度のご説明から始めさせて頂きます。

奴隷とは、


借金を払えなかった者


人拐いの被害者


戦争の捕虜


口減らしの為に親に売られた者


この4つのどれか一つの理由で、奴隷市場に送られて来た者が奴隷となります。

奴隷になった者は、こちらで奴隷紋と言うモノを魔法で刻印させて頂きます。

先程の4つ以外の理由で奴隷にしてしまうと、法律に乗っ取りその者は罰せられます。

奴隷になりましても、救済措置が幾つかございます。


借金で奴隷になってしまった者は、残った借金を全て返済し終わると、自由になれます。


人拐いの被害者で奴隷になってしまった者は、一定額以上の上納金を主人に納める事で、自由の身になることが出来ます。


戦争の捕虜と口減らしに売られた者は、何か素晴らしい功績を立てるしかございません。

素晴らしい功績に関しては、その奴隷の主人が決めますが、一部の特例で奴隷市場が介入する場合がございますのでご了承下さい。


その他には、奴隷が主人かその関係者と(つがい)になる場合は、奴隷では無くなります。


尚、奴隷同士の間に産まれた子供は、奴隷では無く市民になりますので、その時は奴隷市場か役所にご報告下さい。


基本的に奴隷は、主人の命令に絶対ですが、性行為の強要及び命を失う危険性のある命令におきましては、例外となっております。


性行為でありましたら、性奴隷を購入頂くか、相手の同意が有れば大丈夫です。

命を失う危険性が有るとは、例えば毒性を確かめる為の経口実験等でございます。

その場合ですと、死刑囚を使って頂くしかございませんので、役所へ行って頂く必要がございます。


そして最後に、奴隷一人辺りに金貨一枚の人頭税が掛かります。

ですが、この人頭税は年に一度なのでご注意下さい。


以上が奴隷制度の内容になりますが、何かご質問はございますか?」


成る程、大体は理解出来たな。

だが、奴隷にも人権の様なモノがあるとは。

この国の法律は、かなり高度に作られているのかもしれないな。


「質問は大丈夫だ。進めてくれ」

「わ、分かりました。続きましては、当市場におけるルールをご説明致します。


まず始めに、競り以外での奴隷購入時は、奴隷の状態を表す、S A B C D E のランク毎に定められている金額に、奴隷自体の値段を足した額を支払って頂きます。


購入して頂く奴隷につきましては、性奴隷か一般奴隷をまず選んで頂いて、それからお求めの条件でお探し致します。

そして、条件に当てはまる奴隷の中から、お選び頂く形になります。


次に、競りに関しての説明に移らせて頂きます。

競りは、この奴隷市場の建物の奥で開催致しますが、入場の際に銀貨三枚をお納め頂く形になります」

「それは、冷やかしがあまり入らない様にするための入場料だろうか」

「はい、そうなります。競りでは、奴隷自体の値段を競って頂く形になります。競りの最小金額は、銀貨一枚からとなります。

競りには状態ランクに掛かる料金はございませんので、ご了承下さい。

以上で、ご説明を終えさせて頂きます。ご静聴ありがとうございました」


かなりしっかりとした説明をしてくれた様だ。

お陰で、全体像は理解出来たな。


「イヒヒヒ、奴隷紋とは何かねぇ」

「あ、はい。奴隷紋とは、奴隷が命令を聞かなかった時や、主人を害しようとした場合等に、痛みによる罰則を与える為の物です。刺青と違い、魔法で刻印するので、自由になった時には消滅致します」

「面白い仕組みだねぇ」


博士は、ホクホクした顔で両手を擦り合わせた。

この時は、博士の機嫌がすこぶる良い兆候だ。


魔法の研究を始めそうだな。

博士ならやりかねん。

基地に新しい施設を建設してくれと言い出さなければ良いが…


「ショウサ卿、こ、これから競りが始まりますが、試しにご参加致しますか?今日は特別に入場料は頂きませんので…」

「ほぅ…」


これはちょうど良い機会なのでは?

今後奴隷を買うような機会が回ってくるかも知れないからな、見ていって損はしないだろう。

ならば、ここは見ていくか。


「皆はどうする?嫌ならここで待っていてもらう形になるが」

「僕は見ようかなぁ」

「…わ、私も…見ま、す」

「イヒヒヒ…見ないと言う選択肢は存在しないねぇ」

「よろしい。ならば決まりだな。それでは、よろしく頼む」

「わ、分かりました!」



『何それ漢字豆知識クイズー!パチパチパチ

このコーナーでは、普通使わない単語やトリビアな漢字の読み方とかを出題します!

正解しても何も無いけどね。

それでは行きます!


『鵤』


これはなんと読むのでしょうか!

出来ればパソコンで調べるのはやめましょう。

そして、前回の答えの発表です!


『已己巳己』とは、『いこみき』の事です。

いこみきとは、それぞれの字形が似ていることから、お互いに似ているもの、紛らわしいもの、と言う意味です。』

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