事後処理
諸君、アハトゥンク!
とりあえず最新話です。
今回はアウクトベルク執政官の意外な側面が見れるかも知れません。
コツコツと長靴の踵に打ち込んであるリベットが、廊下の床に当って規則的な音を出す。
瓦礫や壊れた調度品の破片は既に綺麗に片付けられており、床だけ見れば元に戻ったようだ。
まぁ、顔を上げると否応なしに理不尽な破壊の爪跡がしっかりと刻まれているのがわかる。
一つの扉の前で止まり、ノックをした後に返事を待たずして開けた。
「体調はどうだ?執政官殿」
「えぇ、殆ど回復しました。ハイ」
ベッドの隣に簡易な机を設置して、その上に積み上がった書類に向かっているアウクトベルクに挨拶をした。
どうやら、元気そうだ。
あのデスクの下から助け出された時、彼は肋骨を三本ほど骨折しており、デスクの下に避難した時に落下して来た瓦礫にやられたようだ。
実は、あの時あの部屋にはマリアシャルテもおり、マリアシャルテを落下物から庇いながらの避難であった為であると、後ほどマリアシャルテから聞いている。当の本人は、腹がつっかえて早く入れなかったと言っているので、そう言うことにしておこう。
「だいぶ書類が溜まっている様だな」
「えぇ、なんせかなりの被害が出ましたから…全体の15%の建物が倒壊、死傷者多数に家を失った事による難民で教会がパンク寸前、原因が突発的な迷宮の出現とはいえ、なんと国王陛下とケアネス公爵閣下に御報告して良いのやら…ハイ」
「ふむ、苦労しているのですな。…あぁ、それと今日は見舞いの酒を持って来た」
「これは御親切に…有難く頂きます。ハイ」
秘蔵のヰスキーを一瓶手渡し、窓の外を眺める。
街をぐるりと取り囲む街壁が一部ポッカリと崩壊して、向こうの景色が見えた。
ちょうど、あの下の所に迷宮の入り口があるのだそうだ。
それなりに入り口も大きいらしく、現在はこのハーベゲルンの国元の国軍が調査の為に封鎖している。
聞いた所によると、迷宮はそれなりに危険が伴うものの、それ以上の利益があるそうで冒険者や商人も集まってくるらしく、ある種の祝福みたいなものらしい。
しかし、迷宮自体絶対数が少ないので、持ってない国からは喉から手が出る程欲しいようだ。
これも、一種の外交手段と外貨獲得の良い餌と言うわけだ。
きっと、この街も更に大きく発展していくだろう。
「そうだ…良いことを思いついたぞ」
「えぇ、なんでしょうか?ハイ」
「あの国軍連中の調査が終わってからで構わないから、我々も迷宮探検をさせてはもらえないだろうか。最近資金が出て行ってばかりだからな」
「み、耳に痛いです…ハイ。ですが、今の所許可は出し兼ねます。ハイ」
「何故だ?」
「えぇ、それは…」
何かを言いかけては良いよどみ、言おうか言うまいか悩んでいる様だった。だが、暫く様子を見て黙っていると、どうやら決心したらしく一つ咳払いをしてこちらに向き直った。
「えぇ、私は男爵位を持ってはおりますが陪臣に過ぎず、ケアネス公爵領の一都市であるハーベゲルンを公爵閣下から任されているだけでして、今回の事でハーベゲルンの執政官を降ろされるかもしれません。ハイ」
しかも、と一拍空けて暗い顔をする。
「最悪の場合、迷宮誕生を事前に察知することが出来なかった責任をとり、斬首または自害せねばならないかもしれません。ハイ」
「な………っ!あれは不可抗力では無いのか?」
「えぇ、本来は前兆無しに発生します。ですが、迷宮が齎す利益の大きさ故に他の貴族が何らかの行動を起こすに違いないでしょう。ハイ」
「そうか…確かに、男爵だと難しいだろうな」
斬首される自分の姿でも想像しているのか、青ざめた顔には何時もの脂汗すら掻いていなかった。
しかし、こちらにしてみれば折角助けたのに、担当を変えられてしまえば補給拠点を失う事になる。
現在、交流のある都市がここにしか無いだけあって、喪失するのはあまりにも痛すぎる。
どうにかならないものだろうか…
「私が力になれるかわからないが、協力出来る事なら協力しよう」
「ありがとうございます!ハイ」
数日後…
窓の下には、黒塗りの車体に金細工
を施した豪華な馬車が止まっている。
どうやら、自分と愛する家族、そしてこのハーベゲルンの運命を左右する人物を乗せた馬車が到着したした様だ。
執務室の扉がノックされ、執事長のカーチスが入って来た。
「失礼致します。御館様、御客様が御着きになられました。御準備を……」
「あぁ…分かった(注、アウクトベルク執政官です)」
「………御館様、例えどの様な結果になりましても我等使用人一同は御館様に着いてまいります」
「カーチス…ありがとう、すまん。行こうか…(注、アウクトベルク執政官です)」
「かしこまりました」
執務室を出て、長い廊下を歩き玄関広間へと向かう。
丁度玄関広間へ到着し、玄関へと体ごと向き直った時に扉が開き執事を伴って、豊かな白髪を靡かせて若きケアネス公爵閣下と問題の人物が入って来た。
王家の紋章である王冠にユニコーンが金糸で刺繍された緋色の宮廷礼装を纏い、常に隙の無い雰囲気を醸し出している人物。
「こ、これは王太子殿下!それにケアネス公爵閣下、ご機嫌麗しゅう…ハイ」
「うむ、貴様がレーベン•フォン•アウクトベルク男爵か…確か、以前は騎士だったな」
「そ、そうであります。ハイ」
「まあそう硬くなることは無い」
そう言うと、王太子ゲルメニアン殿下は徐に殺風景な玄関広間をぐるりと一周した。
そして、本来ならシャンデリアが下がっているはずの天井を見上げながら、ふむと鼻を鳴らす。
こちらとしては殿下の挙動一つ一つにヒヤヒヤとさせられていた。
「相当にやられた様だな」
「は…?あ、はい。面目ございません。ハイ」
「言い訳はしないのだな…」
「それは、みっともなくございます。ハイ」
「はっはっはっ!そうか、みっともないか!」
「殿下、だから申し上げましたでしょう。そこの小心者の小男はその様な男だと」
「そうだったな!はっはっはっ!!」
公爵閣下と王太子殿下の二人の世界に入られてしまい、こちらは完全に蚊帳の外になってしまっている。
カーチスに袖を引っ張られ、応接室に通す様に促される。その言葉にいまだ立ち話状態であったのを思い出した。
「王太子殿下、公爵閣下、応接室にご、ご案内いましますので…ハイ」
「分かった。さ、殿下…」
「良い、ここで構わぬ」
「殿下?!なにを…」
「良いと言った。我々はもてなされに来た訳ではあるまい。私は父上に任された職務を全うするのみ。もてなされるにしても、それが終わってからだ」
ついに来たか…
生唾を飲み込み、額の汗をハンカチで拭う。
胃袋がキリキリと締め付けられる様に痛み、拭ったはずの額からダラダラと汗が流れて引かない。
「皆の者控えよ、勅命である」
その重みある言葉に跪き頭を垂れる。玄関広間の空気が、重く締め付けられる様に感じた。
「これより、私の言葉は王陛下のそれと考えよ。ハーベゲルン執政官、レーベン•フォン•アウクトベルク。先に王陛下からの預かり言を述べる。此度の大惨事、これは余も心を痛める事態である。しかし、迷宮が既存の街の下から現れると言う、前代未聞の事態に見舞われるも早急に対処し混乱も少なく収拾させたその手腕、誠に見事であった。また、そなたは率先して臣民に対し貴族が貴族たらしめる姿を率先して示した事は、誰もが出来る事では無い。余はそなたの様な良い臣下を持てた事を幸運に思う。…だそうだ」
若かりし頃に一目だけ目にすることが出来た殿上人。あの王陛下の精力的な姿が瞼の上からはっきりと思い出す事が出来る。何故だか涙が止まることは無かった。
「……勅命!」
「はっ!」
「ハーベゲルン執政官レーベン•フォン•アウクトベルク男爵は本日を持ってハーベゲルン執政官の任を解任」
一瞬、あの銀髪が美しい軍人、ショウサ殿の姿が脳裏にチラついた。
どうやら、願いを叶える事は出来そうにありません…
「アウクトベルク男爵の爵位を返上………服毒による死を賜る」
「……!」
覚悟をしていたとはいえ、流石に厳しいものがある。
せめて、せめて家族だけは…!
これは悪魔に魂を売り渡しても護らなくてはならない!!
「恐れながら!」
「無礼者!控えよ!」
ケイネス公爵閣下が腰のサーベルに手を掛け、私に向かって殺気と怒気を飛ばして来た。しかし、ここで引くわけにはいかない。
「良い、ケイネス。なんだ、申してみよ」
「はっ、恐れながら。私は謹んで死を賜る所存でございます。ですが、使用人や家族まではどうか、どうか御許し下さい(注、アウクトベルク執政官です)」
「言いたい事はそれだけか?」
「……はい」
「ふっ…実はな、まだ続きがあるのだ。…しかし、今回の事件は情状酌量の余地とその功績を鑑み、恩赦により死罪を放免。レーベン•アウクトベルクに伯爵位を授け、ハーベゲルン領主に任ずる」
その言葉にはっとして顔を上げる。
ニヤリと笑った王太子殿下の顔が見えた。
「以上、異議申し立て有る者は前に出よ。……無ければこれにて勅命の終結を宣言する。アウクトベルク伯爵の活躍を期待する」
「………」
「返事はどうした?」
「は…ははっ!お任せを!」
私の様子を見てか、面白くなさそうにケイネス公爵閣下が鼻を鳴らした。元々、このハーベゲルンはケイネス公爵閣下の領地。しかも、迷宮があるのにも関わらず私に奪われてしまった様なものである。更に陪臣であった筈の私が直臣になってしまったので、あれこれ指図する事も出来なくなってしまった。王陛下のご配慮で有ることは明白なのであるが、では何故ケイネス公爵閣下はここまでいらっしゃったのか分からない。
「はっはっはっ、アウクトベルク伯爵。貴様わからないと言った顔だな」
慌てて顔を触ってしまった。
「ふふふ、実はな?貴様をハーベゲルンの領主するよう私に進言したのはそこのリディ(ケイネス公爵の名前。ケイネスは苗字)なのだ」
「…え?」
「殿下!それは言わない約束ではありませんか!」
「別に良いでは無いか。リディはな、誠実は肉体を持って生まれてきた様な貴様が他の連中に指図されない様に、ハーベゲルンの権利まで手放してだな」
「殿下、それ以上は私も怒りますよ」
「お、落ち着け」
ギロリと人を殺せそうな程の目付きで王太子殿下を睨んだケイネス公爵閣下に、あまりの殺気を感じ取ったのか、必死に弁明を始め出した。
ここは一つ、話をそらす為に助け舟を出すことにした。
「公爵閣下…有り難き幸せ!」
「ふん、別に貴様の為にやったことでは無い。勘違いするなよ」
「それでも、私は…」
「…好きにしろ」
「はい」
ニヤニヤとした表情で私と公爵閣下のやりとりを見ていた王太子殿下は、さっと顔色を元に戻して、跪いている私の顔を覗きそんだ。
「な、なんでしょうか。ハイ」
「時に伯爵…オルケーの連中をどうやって退けたんだ?私はそれが気になる。どう考えてもハーベゲルンの守備兵では退けられる筈が無いのは明白だ。しかも、あのラーケンが居たとなればなおさらだ」
「そ、それは…」
「それにだ、迷宮が出来てからまだそれ程時間は経ってない筈なのだが、街門からここまで馬車で乗り付けられる程、街道の瓦礫が除けられていた。これは一体どう言うことだ?説明して欲しい」
「確かに、殿下の仰る通り…アウクトベルク、説明しろ」
しまった…あまりショウサ殿達の存在を知られたくは無いのに…
張り切り過ぎましたね。
「じ、実は…」
「ほぅ?馬を使わない鋼鉄の馬車を操る乙女達の集団か。面白いな…よもやとは思うが、あの龍も倒したとか言わないだろうな」
「………」
「はっはっはっ!とんでもない女達だな!是非とも会ってみたいものだ!」
あぁショウサ殿、暫く此方には来られませんように…ハイ




