『終末者』の兆し(2)
諸君、アハトゥンク!
取り敢えず、今月二回目の更新です。
「サ、サリン…?」
「そうだ。なんでも頭のトチ狂った科学者連中が作ったらしい……って、博士の事では無いぞっ!そんな顔で私を見ないでくれ!!」
「…イヒッ」
「……ま、まぁだな。なんでも気化する前の液体が一滴でも皮膚に触れると助からんそうだ」
「そ、そんな危ない……」
「毒ガスだからな…確か、神経の伝達を阻害してどうのとか言っていた気がする。あの総統でさえ、どんなに負け戦になろうとも使わないと言っていた程だぞ」
確か、あいつは先の大戦で塩素ガスに酷い目に遭わされていたな。
それの所為もあるかも知れんが、こればかりは私も同意せざるを得ない。毒ガスなど、なんと冒涜的であれ程背徳的な物は無い。生命を掛けてお互いを殺しあう戦場で、これ程尊厳を踏み躙る兵器は存在せず、憤怒を巻き起こす物は知らない。
「いいか、取り敢えず込めて置け。もしかしたら迫撃砲の榴弾が結界を破るかも知れんからな。私はそれを出来るだけ使いたくはない」
毒ガスなど無い方がいいのだ。
改めて戦場を見渡す。
連中は盾を構えた重装歩兵を前面に押し出して、その後ろから騎兵が槍を構えてジリジリと近づいて来ている。
ここまでの距離は、もうそれ程ある訳では無い。
機銃にしがみ付いているナハトを引っぺがし、後ろで待機している守備隊の連中に隊列を組んでおくようにと伝令として出す。
そして、自分が代わりにMGを撃つ。
もう替えの銃身が無いので、水筒で素早く銃身に水を掛け、ジュッと言う蒸発する音を聞きながら引き金を引く。
シャラララン!シャラララン!
四発撃つと一拍開けてもう一度四発撃つ。こうする事によって、熱による銃身の寿命を延ばす事が出来る。
弾薬ベルトの最期の弾が飛び、ガチンと撃針が空を切った音が響きMGが止まる。
薬室の蓋を開け、弾頭が全て無くなった弾薬ベルトを放り捨てて、鷲章の焼印を押された木製の弾薬箱から新しい弾薬ベルトを抜き出し、初弾から三発目を溝に添えて蓋を降す。
パチンとしっかりと蓋が閉まった事を確認してから遊底を引いて撃針を後退させ、狙いも付けづに引き金を引きっぱなしにする。
再びシャラララン!と独特な射撃音と強めの反動が来るが、きちんと受け流して正面に展開している歩兵の横隊を薙ぎ払う。
非常に優秀な7.92×57mmモーゼル弾は、約秒速800mで飛翔し、木製に薄い鉄板を貼り合わせただけの盾を貫通して後ろの重装歩兵の胸部プレートをやすやすと穿ち、キノコ型に変形した弾頭で人体組織を引き裂いて背中から抜けた。
鎧や盾を貫通した事で変形した弾頭に抉られては、まず助からないだろう。かと言って、直接人体へ撃ち込まれると腕の一二本は簡単に千切れ飛んでしまう程の威力を有しているのは確かだ。どちらが良いとははっきりとは言えないが、どちらにせよ相手を行動不能に陥らせるには十分過ぎる火力だろう。
事実、運良く胴体部分ではなく手足と言った末端部分に弾が命中した歩兵は、痛みのあまりに転げ回って苦痛の悲鳴を声高々に喚き散らす。
敵の悲鳴は味方を高揚させ、敵の士気を下げる。
兵士は機械では無い。一人の人間なのだ。為す術もなく、ただひたすらに蹂躙されていく仲間を見て正気でいられる筈が無い。
今は頭上からの攻撃には気を配らなくて良いが、今だに前面からの銃弾と榴弾に四肢を引き千切られ、運が悪ければ粉微塵に吹き飛ぶ様な状況で、冷静に真っ直ぐ進めるかと言ったらNOだ。
後は隊列が崩壊して、相手が背中を向けて逃げ惑うのを待てば良い。
「まぁ、そう上手く行かんのが人生だな」
スッとラーケンが前面に現れて、紅く光るランスの先端をこちらに向けて来た。
狙いは………私の様だ。
ピリッとうなじに嫌な怖気が走り、直後にランスの先端から紅い何が射出させるのが見えた。
なんだか、アレに当たっては不味い気がしたので、MGを持ったまま横に転がって地面に落ちる。
強か背中を強打して息苦しさを感じるが、それよりも頭を両腕で守って地面に伏せる。
瞬間
爆音と閃光が轟き、宙を舞った土砂が落ちて来る。
そっと顔を上げると、ティーガーの手前に着弾しており、地面が抉り取られて戦車掩蔽壕の一部が崩れてしまっていた。
………あ、危なかったかもしれん……
もし先程の攻撃がティーガーに直撃していれば、その衝撃でガス弾のサリンが漏れ出す可能性もあったかも知れない。
しかし、まさか魔法がこれ程の威力を有しているとは思わなかった。
もしかしたら下手な榴弾よりも威力があるかもしれない。
向こう側で歓声が聴こえる。
実に癪に障る声だ。
折角へし折れ掛かった士気であったのに。
結界があとどの程度まで持ち堪えるかも分からない。まだ正面に結界が無い間に『サリン』を撃ち込むしかないのか……
前面にはまだラーケンが居る。
連射は出来ないのか、真紅のランスが構えられたままになっていた。
しかし、これ程の威力が有るのに、何故あの時『ドラゴン』の身体に傷を付ける事が出来なかったのだろうか。
何か違いがあるのか?
高速で思考が回転するのを感じながら、なんとか抜け道を探していると、ラーケンが再びランスを構え鋒を真っ直ぐこちらに向けた。
来る
そう確信した。
次は直撃する。
下手な10.5cm砲の榴弾と同等の威力を持った物がティーゲルに当たれば、少なく無い被害が出るに違いない。
少なくとも、まだ内張装甲を施して居ないティーゲルは、剥がれた装甲板が内側で散らばるだろう。
その切れ味は折り紙付きだ。
運良く内側に被害が出なくとも、油圧系か履帯に損傷が回れば大きい的にしかならない。
どうする
どうすればいい
どこで判断を誤った
ランスの先に紅い光が集束を始める。
「シューリー!やむ終えん、う………っ?!」
やられる前にやる。
覚悟を決めてガス弾を使おうとした時、何処からかキュルルルルルと聞き慣れた音が聴こえて来た。
こんな爆音が轟いている中でだ。
おかしい、本能がそう告げた瞬間、ティーゲルによじ登り、ハッチから中に叫ぶ。
「ネルケ!早くガス弾を引き抜いて弾薬庫に戻せ!!」
「……っ!!?」
パッと動いたネルケは、遮断機を降ろして弾を引っ掴み、弾薬庫の鍵の空いていた所に射し込んだ。
瞬間、途轍もない炸裂音と爆轟、そしてガラスが割れる様な音が聞こえた気がした。
一瞬遅れて襲って来た恐ろしいまでの爆風に吹き飛ばされ、地面に三度程叩き付けられた後に数メートル転がされる。
「………ぐはっ!!」
意識が刈り取られそうな衝撃に、肺から酸素が無理矢理吐き出される。
視界が点滅し、平衡感覚が喪われて、今自分がどの方向に向いているのかすら分からなくなってしまう。
頭がガンガンと殴られた様な痛みを発し、身体中が悲鳴を上げて、力を入れるだけで激痛が走る。
口内の何処かが切れたのか鉄臭い血の味と、苦い土の味が混ざって吐き気を催す酷い味がした。
耳はキーンと耳障りな金切り音しか拾わず、暫くは役に立たないだろう。
『なんてザマだ……』
久々に感じる猛烈な不快感と屈辱感。
たった数秒の間に何が起きたのか本能的に悟ったが、あり得ないと言う気持ちが前に出て来てしまう。
だが、聞き慣れた音だ。
そう。あの音の正体。それは……
「クソッ…………なんだあの榴弾はッ!!」
榴弾。
それは弾の内部に火薬が詰められた砲弾の事を指す。
用途はそれぞれで、対人や装甲車の様な対車両、はたまた要塞などを攻撃する為にも用いられる砲弾だ。
飛翔音が聴こえてから着弾したと言うことは、砲弾は音速を超えておらず、それは距離的問題で炸薬を減らしたか、砲弾その物が非常に重くて十分な運動エネルギーを与えられなかったかの何方かだ。それか、両方か。
何方にせよ、迫撃砲の釣瓶撃ちにも耐えていた結界を一撃で葬る程の榴弾だ。
相当に大きい物だったに違いない。
だが、そんな物は持って居ない。
アハト•アハトはそもそもこんな威力では無いし、それこそ1t爆弾でも落とさないとこんな事にはならない。
第一、そんな重量級の爆弾は攻城砲くらいしか思いつかない。
新手の敵……その可能性も否定出来ないのが今は一番痛い所だろう。
しかし、この世界にはソ連の連中やイギリス紳士共は居ない筈だ。
そして見た所、原始的なマスケット銃すら無い、そもそも銃と言う概念すら無い世界で、榴弾などある筈が無い訳だ。
頭が最大の警鐘を鳴らすが、ここで逃げるわけにも行かず唯々前を見据えて、身体が動ける様になるまで待つしかない。
「最近………私ばかり貧乏クジを引ていないだろうか……?」
思い当たる事が多過ぎてもう思い出す事も出来ない。
まぁ、当然と言えば当然だろう。
しかし、戦車の上から叩き落とされたのは初めての経験だ。
あまり嬉しい初体験とは言えないが……
「…隊長!隊長ーッ!!」
砲手用ハッチが開き、シューリーがこちらに走って来る。
良かった、戦車内は無事なようだ。
戦車が撃破された時の搭乗員は悲惨な末路を迎えるのだ。擱座するのはまだ幾分もマシな物だが、内部に砲弾が飛び込んで来た時は最悪だ。
変形した砲弾が最初に機器をぶち壊し、貫通した時に発生した破片が車内で散弾の様に跳ね回る。運の悪い事にしまってある砲弾に直撃したり、エンジンに直撃したりするともう堪らない。エンジンは一瞬で火を噴き上げ燃料のガソリンを爆発させる。砲弾は一度に誘爆して荒れ狂う爆炎は行き場を求めて、数tはある砲塔を車体から吹き飛ばすのだ。
勿論、そんな中で人間が生存出来る筈が無い。
爆発で即死なら苦しまずに済むが、焼き殺されるのはとても苦しいだろう。この特務特隊では、戦車乗りになる時には通過儀礼を行い、撃破されたT-34の中を覗かせるのだ。確かに戦車兵は歩兵と比べたら安全だろうが、撃破されたら万に一つも助からない。その覚悟を決めさせる為に人型の炭と成り果てた搭乗員を見せるのである。
そして、ほとんどの連中はそこで辞退するか、余計に覚悟を決めるのだ。ちなみに、大抵の連中はそこで吐いた。
ともかく無事であったシューリーに抱き締められて、全身に激痛が走る。
「ぐをっ?!…ま、待てシューリー!力を入れるな、痛い!」
「きゃっ!…た、隊長!?」
「い、良いから、肩を貸して来れ……早く戦車に…」
「…りょ、了解!」
生まれたての子馬の様にカクカクして言うことを聞かない足を奮い立たせて、脳天に突き抜ける痛みを歯を食いしばりながら抑え込む。
「グゥ………ッ!!」
あまりの激痛に視界が点滅して気が飛びかける。
スッと力が抜けた膝の下に手が入れられて持ち上げられた。
そう、所謂お姫様抱っこと言う奴である。しかし、相手はシューリーで有るが……
出来れば、その状態でも走らないで欲しいものだ……
★皿★
「ウッヒョー!初弾直撃とか!!ねぇ見てた軍曹、見てた?!」
「ええ、見てましたが…司令官殿、いささか近過ぎはしませんでしたか?向こうの隊長が戦車上から吹き飛んで居ましたが……」
「………嘘!?少佐ちゃん吹っ飛んだ!?……ま、不味いよ……私殺されちゃう!」
「司令官殿が……?何があったか存じ上げませんが、まさかそれ程なのですか?」
「ひぃぃぃぃ〜!戦車で引き回されるかもぉ〜ッ!」
「そ、それはさすがに………それなら、今から謝っておいた方が得策ではないでしょうか」
「おお、先に謝るのね!やりましょう早速やりましょう。私の寿命がガリガリ削れる前に」
背中を丸めながらそさくさと通信機に向かって歩み寄り、周波数を合わせる。
『所属不明部隊からの攻撃を確認、各車警戒を厳にして下さい。迫撃砲要員は、周囲の安全が確保されてから、攻撃を再開して下さい……』
聞いたことのある声が聞こえてきた所で、周波数を合わせるダイヤルから手を離す。
一通り通信が終わった所で、通信機のボタンを押し込み声を出す。
「Hello、少佐ちゃん!生きてる〜?」
その言葉に、軍曹がコケた。
ちなみに、Helloはドイツ語でもあります。




