新たなる戦場の香り(2)
おまたせしました。
馬が走る事で、金属製の甲冑がチャリチャリと擦れる音がする。
眼前には隊列を整えて、さながら戦列歩兵の様に槍衾を並べた騎兵の横隊が待機している。相手には数の有利がある為、私とラインハルト騎士の二騎程度には何の反応も示さない。それに、白旗を括り付けた棒を靡かせていた事も大きいだろう。
三十メートル程手前で止まり、ラインハルト騎士が大声で尋ねる。
「私はハーベゲルン自由貿易都市所属、フェルディナン王国二級騎士であるラインハルト・フォン・ヴァンダーファルケと申す者!ハーベゲルンの使者として参上した次第、貴殿らの指揮官殿に御目通り願いたい!」
ラインハルト騎士が名乗りをあげてから暫くすると、騎兵の横隊中央が横に割れ、装飾の派手な甲冑を着込んだ青年が馬に乗って進み出て来た。
「我はオルケー王国一等騎士ラーケン・グリンデスだ。司令官のフェルドマン伯爵閣下がお会いになるそうだ。我について参れ」
「あいわかった」
ラーケンと名乗った青年騎士が反転し、一定の距離を置いて我々も着いて行く。騎兵や歩兵達の視線が集中しているのが分かる。どれもこれも、敵意か無関心の二色しか見て取れない。連中から顔が見えないように、しっかりと兜の位置を直す。
敵陣の一番奥に大天幕が張られており、その前でラーケンが下馬したのでそれに続く。
一瞬、小さくくぐもった声の様な音が聞こえた様な気がする。
「今、何か聞こえなかったか?」
「……だいぶ小さくですが」
ラインハルト騎士も聞こえたようだ。左右を見渡しても、天幕の前にしか兵士は居ないので、音の発生源は天幕の中と言う事になる。
「暫し待たれよ」
ラーケンはそう言うと一人で天幕の中に入って行き、何を話しているのは不明だが物を退ける様な小さい物音とラーケンではない声の主が悪態を吐く声が聞こえてきた。
思わずラインハルト騎士と顔を見合わせてしまった。どうやら、まだ準備が出来ていない様だ。
今の内に、敵兵の装備などを確認しておく。ざっと見た感じでは、イギリス式の様な騎士甲冑やローマ帝国の兵士の様な格好の歩兵までいる。
おかしな事に、騎兵の格好は揃っているのに歩兵の格好はまちまちで、フランスやイタリアの重装歩兵の様な格好の連中まで居る始末だ。
武器だけは二メートル程の槍と両刃の片手剣と言うスタイルで統一されている。それが余計に奇妙さを引き立てているとしか思えない。
よく見ると、歩兵に囲まれる様にしてフードを被った連中が数人居る事に気が付いた。色は茶色に統一されていて、フードの付いたローブの背中には国旗なのか隊旗なのか、首をもたげるドラゴンの刺繍がされている。多分、このローブの連中は魔法使いなのだろう。初めてここにやって来た時にドラゴンに火の玉を撃ち込んだ奴がこんな感じの姿をしていたからだ。
バサッと天幕の入り口の布が裂け、ラーケンが顔を出した。
「待たせた。伯爵閣下がお待ちだ」
それだけ言うと、直ぐに引っ込んでしまったので、ラインハルト騎士を先にして入る。
中は少し薄暗く、饐えた臭いが鼻を突いた。まるで、雄と雌がまぐわった様な…
天幕の一番奥には、椅子に座った悪趣味な服装の男が居て、気持ちの悪い笑みを浮かべている。
手には鎖が握られており、その先は全裸の少女の首輪に繋がっていた。
少女は泣いていた。
「よく来た使者殿。私がフェルドマンだ」
下卑た笑みを浮かべ続けているフェルドマンに、少女から無理矢理視線を剥がして頭を向ける。
「……フェルディナン王国二級騎士ラインハルト・フォン・ヴァンダーファルケと申します。フェルドマン伯爵閣下にお尋ねしたい。此度軍勢を率いて、ハーベゲルンに如何様な御用がお有りでしょうか」
「そうだな。既に使者殿も知っているのではないか?王族の姫君が二人ばかし逃亡しているのを……それを捜しに来たのだよ」
「それならば軍勢は要らないのではありませんか?」
「なに、匿って居るのに居ないとか申す輩も居ないとは限らないであろう?別に匿っていないのであれば、軍勢はただの客だろうに。それともアレか?自由貿易都市対抗を歌っているにも拘らず、団体は受け入れてないとでも申すのか?」
「いえ、その様な事は御座いませんが、軍勢の武装は全て解除させて頂きます。これは、全ての自由貿易都市にある規則ですので、例外はございません」
「ふん、とかなんとか言って、匿って居るのであろう?」
こいつは最初からハーベゲルンとの対話を望んではいない…!
ハーベゲルンを陥落させる気でいるのか…こいつは。宜しい、ならば戦争だ。惜しみなく砲火を切り、地獄の使者として我々が相手になってやろう。
「分かりました。交渉は決裂したとみなします。お互いの健闘を祈ります」
「そうか、それは残念だな。ハーベゲルンの娘子達が、この第三王女の様になるのが目に浮かぶ」
ギリッと歯軋りをする音がきこえた。果たして、誰の歯軋りだったかは分からない。
しかし、鎖に繋がれている少女がエリナ達の家族であるのは分かった。
重畳、怪我のなんとやらと言う奴だろう。
ラインハルト騎士もフェルドマンの挑発を無視して、天幕を後にする。
馬に跨り、ハーベゲルンを目指して馬の腹を蹴る。
「連中は、初めから交渉のテーブルに着く気はさらさら無かっただろうな」
「そうですね。言った所で堂々巡りに発展していただけかも知れません………しかし、王族の女性にあの様な辱めをするなど、許せません」
やはり、彼も憤っていた様だ。
「だが、早速王族の一人を見付けられたのは僥倖だな」
「寧ろ、ショウサ殿ではやり辛くなるのではないですか?あの火龍を屠った時の様な攻撃では、巻き込んでしまい兼ねません」
「いや、モノはやりようだ。どうせ総大将は後ろに引き篭もっているのが世の常だからな。特にあの様な武芸に優れてなさそうなのとかはな。要するに、当たらなくてはどうと言う事は無い」
「成る程……流石です」
例外、は有るがな…例えば脳みそまで筋肉が詰まっていそうで、戦場で散ることを誇りだと勘違いしている輩とかだ。
その無茶な突撃に付き合わされる兵士達の事を考えて欲しいものだ。
かく言う私も、三回程そう言う奴を始末した覚えがある。なんせ、家柄だけでのし上がって来た様な無能など、戦場では敵の鉛玉並みに要らないからな…
門の下まで戻ると、アウクトベルク執政官や騎士隊の隊長などが緊張した面持ちで待っていた。我々の顔を見るとホッとした表情に変わった事から、その場で斬り捨てられる事を心配していたのかもしれない。
まぁ、こんな世界ではあり得る話なのかもな…
ミヤビが前に言っていた、日本のダイミョウとか言った連中だったか…?の、NOBUNAGAとか言う奴は、使者を平気な顔をして殺したりしたとか聞いた覚えがある。
なんでも、討ち取った敵将の頭蓋骨に金箔を貼って、笑ながらその頭蓋骨で酒まで飲む様な奴だったとか…
ふむ、他人の気がしないのは偶然か?
そんな事は今はどうでもいいな。
「相手方はなんと言ってましたでしょうか…。ハイ」
「軍を武装解除無しで街に入れさせろ。と言っていたな…奴にはここを攻め落とす気しか無いようだ」
「……そうでしたか。ハイ」
表情を青くするアウクトベルク執政官。軽く肩を叩いて宥める。
「悲観するな。どうせこの戦いは連中しか被害が出ない」
「えぇ…任せて宜しいのですか?」
「あぁ、全て任せろ。それに、連中の陣地にエリナの親族を見つけた。やはり慰み者になっていたから、助けない訳にはいかん」
「ええ、成る程…そうでしたか。殿下には私からお伝えした方が?」
「いや、それには及ばない。気持ちだけ貰っておく。こればかりは私の仕事だろう…それに、全ては救出してからだからな」
「えぇ、分かりました。ハイ」
借りた甲冑を返却してから、ティーゲルに戻る。
戻るとティーゲルの車体の上でナハトがMG34に弾を装填していて、シューリーは車長用のキューポラハッチから身を乗り出して、肩当てをネルケに引っ張って貰いながら測距儀で相手までの距離を計測していた。
ちなみに、ティーゲルの大きい車体は戦車掩蔽壕に隠されており、特徴的な缶詰を押し潰したような砲塔だけが顔を覗かせている状態だ。おかげで、被弾率は極端に低下したと思われる。
脇を見ると、四号戦車博士スペシャル達も同じように砲塔だけ晒している。もっとも、後退すればすぐさま掩蔽壕からは脱出出来る様にはなっているので、後ろから見れば行き止まりに戦車が捕まっているような無様な様子が見れる。
「………相手まての…距離は、約四千。騎兵なら、一瞬で距離が詰まりますね……」
「成る程な、四千しか離れて無かったか」
「……!…た、隊長、戻って…いらしたんですか」
「つい先ほどな…我々が迫撃砲に指示を与えなければならないのだが、しっかり地図に座標で区画分けしたか?」
「…は、はい。抜かりなく50区画に分けました」
「まぁ、そのくらいが妥当な数字だろうな…少しでも穴が有れば、蹂躙されるのは我々かもしれん」
「…で、ですが…一般騎兵が機銃と榴弾に……打ち勝てるとは思えません」
「そうだな。だが、万が一も考えておく必要がある……杭と有刺鉄線を使って防衛線を張っておこう。そこを越えられたら、最悪銃剣突撃だな……私ならスコップを使うが」
「……一次大戦のようです……」
「そうだな。あれは凄かったぞ…私が騎兵を辞めようと思ったきっかけだな。金切り声を上げるマキシムに、強烈な打撃力と機動力を誇っていた騎兵旅団が瞬く間に壊滅させられたのだからな。その時に愛馬も失って、二発貰った」
「……た、隊長。一次大戦に、参加していたのですか?」
「昔の話だ。忘れてくれ」
ポカンとしたシューリーに、これ以上突っ込ませない為に、話を区切ろうとしたが、ここには首を突っ込みたがる人間が二人程居たのをすっかり忘れていた。
その二人とは、いわずともなが、ナハトとネルケである。
「何々?なんの話~?たいちょー、何の話?」
「隊長!教えてくれますよね~?」
思わず溜息が出ても私の所為では無い筈だ…
そうだ、こいつらが悪い。
「なに、つまらん昔話だ。聞いてもあまり面白くも無いだろうよ」
「たいちょーの昔話は面白いもんね~!何時でも大歓迎ですよー!」
「……今度な。通信士!私のパンツァーヘッドフォンを持ってこい」
「は、はーい!」
これ以上は話が長くなりそうな予感がしたので、無理矢理話を打ち切ってナハトからパンツァーヘッドフォンと咽頭マイクを持って来させ、車長用のボタンを押して通信を切り替えて各車に発信する。
『隊長車から全車へ、既に知っているとは思うが敵は騎兵と歩兵からなる、一般的な中世の部隊だ。だが、この世界には魔法などという未知で厄介な物がある。これの威力が分からない現状、無闇に戦車を敵に晒すな。勿論人間もだ。何時もの通りにやればいい。以上、各員一層の努力を期待する』
『了解!』
そこからは通信士同士の情報交換が始まるので、私が聞いて居ても仕方が無い。パンツァーヘッドフォンを頭からそっと外し、双眼鏡で改めて敵陣を確認する。
拡大した視界の向こう側で、馬に跨ったラーケンと視線が合った。
「まさか…な」
もう一度覗くとラーケンの後ろ姿が映ったので、きっと気の所為に違いない。
まだ相手方に動きは見えないが、多分日が落ちる前に動き出すに違いない。それならば、こちらから誘い出すのも面白そうだ。
アウクトベルク執政官に協力を要請し、ハーベゲルン守備隊騎兵五百、弓兵二百、軽装歩兵三百から成る計一千の兵士を我々の背後に展開してもらう。前から騎兵、歩兵、弓兵の順番で並んでいる。先のドラゴンの所為か、こちらには魔法使いの姿はない。
兵士達にはあくまで姿を見せるだけで、決してその場から動かない様に厳命してもらう。やはり、ドラゴンを討つ所を直接見ている訳では無い彼等は、少し疑うような視線を寄越したが口で丸め込んだ。
さて、これで準備は整った。あとは相手が釣られて動き出すのを待つだけである。
ジリジリと太陽光が地面に照りつけ、今か今かとこちらの陣営には緊張の糸が張り詰め、機銃に取り付いた乙女が舌舐めずりをして獲物を待ち構える。
しかし、こちらの餌に食い付く様子は見られず、ハーベゲルン守備隊を展開した時こそ少し動揺した素振りが見えただけで、それだけだった。
あの兵士達を指揮しているのはフェルドマンでは無くラーケンだと思われるが、奴の性格が分からない分何を考えているのか分からない。
だが、用心に越した事はない。夜になろうが、こちらには秘密兵器がある。
一時間、二時間と睨み合いが続き、陽は少しづつ西に沈んで行く。
遂に陽光は西の空に沈んだ。
暗くなった所で、守備隊に自分達の野営地を構築してもらう。夜とは言え、敵の目の前で街に引き返させるのは不味いと思ったからだ。下手に勘繰られて、慎重になられても困る。
少しづつ夜がふけて行き、月が天辺に差し掛かろうとし始めた頃、急に何処からとも無く雲が星空を覆い始め、瞬く間にすっかり光源を隠してしまった。明らかにおかしい。とても自然現象とは思えず、背後の街が仄かな光を発している為に草原の方は肉眼では視認出来ない程に暗くなってしまっている。
ここで、早速秘密兵器を導入しようではないか。
『全車、ヴァンパイア暗視装置を起動させろ。迫撃砲の観測手も装備を始めろ』
『了解!』
そう、何時もなら夜間に基地の上で歩哨に立っている乙女達が使っている、背負えるタイプの暗視装置だ。
勿論、これは元々車両に搭載するタイプを改造して、人間も背負える様にしたのだ。
円形の赤外線照射機を使って不可視光線を草原へ照射し、それを可視する為の器具を装着する。
緑色に光る視界の中で、ゆっくりとこちらに前進している騎兵と歩兵の横隊が確認できた。
やはり、持って来て正解だったな。
『まだだ…まだ近寄らせろ。絶対に早まるな』
ティーゲルの中に緊張が走る。
暗視装置を着けた照準器を覗くシューリーが、指を三本立てた。
三千を切ったと言う事だ。
必殺領域まであと五百メートル…そろそろ騎兵が突撃を掛ける頃だろう。
「…た、隊長!」
「クソッ!少し早いがやむ負えん!照明弾撃ち方三!」
距離が二百五十メートル手前に差し掛かった瞬間、歩兵を置いて騎兵が全力突撃の姿勢を取り、鬨の声と馬の足音を轟かせながら迫って来てしまった。騎兵と歩兵を纏めて叩くつもりだったが、来てしまった物は仕方が無い。
シュパシュパシュパッと軽い音がして打ち上げられ、空中に三つの光源が現れる。
アルミニウム粉が燃焼する事によって、辺りが明るくなった。
こちら側が照明弾を打ち上げた事に続いて、二箇所の迫撃砲陣地からも照明弾が投射される。これで、迫り来る騎兵の連中の姿が良く見える様になった。
騎兵は既に、領域の中まで侵入しており、先に正面からの榴弾で足止めをする必要がある。
ゴンゴンと天蓋を手で叩いて下の二人に合図を送る。すぐ様ジャコンと榴弾が装填される音が響き、ヘッドフォンから空電が二回送られて来た。準備が整った様だ。
左右を見やると、各車長が親指を突き立てている。こちらも大丈夫そうだ。
『諸君、地獄を創るぞ』
それに対して、空電が二回送られて来て、一拍置いてから爆炎を轟かせて戦車が牙を剥いた。
輻射熱を伴った風に、制帽が飛ばされない様にしっかりと抑えながら観測する。前面に押し出した戦車から放たれた榴弾は、走り来る騎兵の鼻面を引っ叩く様にして炸裂し、土砂と共に人馬を粉砕し宙に放り上げた。まぁ、助からないだろう。
それ一発で終わる訳がなく、次々に撃ち出される榴弾に驚いた馬達の足並みが止まる。止まってしまったら、もうこっちの物だ。
装甲板の上で寝っ転がっているナハトがMGの引き金を引きっぱなしにして弾を盛大に吐き出し、その横では迫撃砲が愉快な音を出しながら必殺の榴砕弾を打ち上げる。
彼等の頭上で炸裂する様に調節された榴弾は、甲冑諸共人肉を引き裂く金属片を撒き散らし、騎兵を馬上で細切れにしていく。
躊躇いなど一切感じられない金属の兵器は、その身に宿された使命を存分に果たし、人馬を物言わぬ肉の塊に変えんと次々に空中を飛翔する。
炸裂音と共に血を流した騎兵達の断末魔が耳に心地よく、ただただ口の端が持ち上がるのを気にしない様にするだけだった。
迫撃砲は、歩兵の領分です。
歩兵科直属の砲兵支援みたいなものだと思って頂けると、大体あってる筈です…




