新たなる戦場の香り(1)
諸君、アハトゥンク!
さて、新章を始めたいと思います。
今回は手始めに少なめな文章量ですが、ゆっくりと戻して行きたいと思います。
ハーベゲルンの街へと急行した私達を迎えたのは、緊迫した雰囲気を纏わせた兵士達だった。
対応してくれた兵士によると、やはりあの武装集団は隣国の連中だったらしい。我々が提供した双眼鏡を使った哨戒で、いち早く気付けたのだとか。
部下達を街を取り囲む防壁の外で待たせ、私の乗るティーゲルだけで門の下へと行く。
「アウクトベルク執政官殿がお待ちしております。ショウサ様が来られたら、真っ先に館にお通しするように命令されておりますので、どうぞこちらへ」
そう言われて、若い兵士が馬を連れて来たが断る。
「馬の心配は良い。こいつが有るからな。それより、館までの道を空けてくれ。人でも轢いたら堪らん」
「わ、分かりました。…おい!執政官殿の館までの道を空けろ!ショウサ様がお通りになられる!」
ちょうど対応してくれた兵士が指揮官の一人であったらしく、大声で他の兵士達に指示を飛ばして行く。
馬に跨った軽騎兵達が、大通りを真っ直ぐ道を空ける様に注意を促しながら駆けて行った。
テキパキと動いた兵士達のおかげで、あまり待たずに出発することが出来た。
私が戦車に乗った事を確認した博士が、アクセルを踏み込んで突入する。履帯が舗装された石畳をこするけたたましい音で、こちらを好奇心で見ていた野次馬達はすぐ様引っ込んだ。
無線でハーベゲルンの外に待機させてある部下達に、野戦陣地を構築する様に命令する。
もちろん、一箇所だけでなく挟撃するために複数箇所設けさせ、迫撃砲も設置させる。
これならば、塹壕戦を知らない歩兵共はひとたまりも無いだろう。
正面に、アウクトベルク執政官の屋敷の正門が見えて来る。
既に門は開門しており、十字路では騎兵達が通行止めにしていた。
こんなところで飛び出して来た人間を轢いたりしたらたまらん。
閑散とした大通りを遂に端まで渡り切り、館へと続く土道を耕して玄関前で急停車する。
坂道である程度減速していたので、事無きを得た。
騒音を聞き付けたのか、玄関から慌ただしくアウクトベルク執政官が姿を現す。やはり額にはびっしりと汗を滲ませている。
まぁ、今回は有事であるからその気持ちも分かる。
「御無沙汰している。息災だろうか」
「えぇ、ショウサ殿お変わりなく。ハイ」
「さて、本題に入ろう。遠くより近づいて来る連中はなんだ?」
「オルケー王国の兵士達だと思われます。ハイ」
「オルケー、王国か。もしやとは思うが、あの山の向こう側にいる連中だったりするか?」
基地がある山を指差して尋ねると、答えは是だった。
やはり、その通りだったか。大体そんな所だろうと思っていたところだ。
おおよそ、エリナとユリシアの死体が見付からない事と、放った暗殺者が悉く未帰還だったら、相手貴族の連中は相当に焦るだろうな。その生存した王族を旗印に、逆賊討伐の大義名分を与えてしまう口実になってしまうからだ。
もっとも、私から見たら未然に察知する事が出来なかった王族が悪いがな。第一、そんな事を考えるような奴がいたら、真っ先に処刑している。
なんにしても、上手く話が纏まってこっち側から山狩りされると非常に不味い。
特に、自分の仕えるべき主君を仇為して、ましてはそれを辱めるような事をする連中には、教えてやる訳にはいかん。
必ず葬り去るか、大人しくお帰り頂くしかあるまい。
「ショウサ殿………?如何なされましたか?ハイ」
こちらを窺うように首を傾げたアウクトベルク執政官に、慌てて笑ってみせる。
「い、いや、なんでもない。少し考え事が頭に浮かんでな」
「えぇ、そうでしたか」
いかんな、態度に出てしまったようだ。
ひとまず、アウクトベルク執政官に促されて場所を変える事にした。
戦車から博士たちについて来るように言って、屋敷の中へと入る。
前回と変わらずに、博士たちは別の部屋に通されて、私はアウクトベルク執政官の執務室に通された。
「さて、まずは連中の目的だが、心当たりはあるだろうか」
「えぇ、一つだけなら。ハイ」
どうやらあるようだ。
意外に情報網が広いのかもしれない。
先を促す。
「どうやら、オルケー王国で反乱が起きたようで、王族の殆どが捕まるか慰み者にされているとか。ですが、二人の姫君が未だに逃亡しているらしく、謀叛者達が血眼で探し回っているようです。ハイ」
ズバリ、その通りだ。
エリナに聞いた話と殆ど同じではないか。これは恐れ入ったな。
「お詳しいようだ。実は、私も心当たりがあってな?逃亡中の姫君の名前はエカテリーナとユリシアだ」
「第二王女殿下と第五王女殿下ですね。ハイ」
「………それでな?私はその二人を知っている」
ピクッと眉を動かしたアウクトベルク執政官に、顔をこっちに近付けるように手招きをして耳元で囁く。
「私が保護したのだ。ちょうど広範囲の地形を調べている時にな」
ここは多少嘘を混ぜておきたい。
何処から情報が漏れるか分からないしな。
「それは少し困った事になりますね。ハイ」
「そこでだ、私に作戦がある。ハーベゲルンの前に広がっている草原一帯の地図はないだろうか」
そう言うと、執務机の引き出しから取り出してそのまま机の上に広げる。
地図の中には、左右に山があり麓には森、それからハの字に広がっている草原地帯が描かれていて、狭まっている所にハーベゲルンがある。
私は卓上から羽ペンと棒状のモノを数本取り、街の街に一本置き少し先に残りを二の字に置く。
「えぇ…これは一体?」
「これが私の部隊が展開して陣地構築をしている所だ。それから敵の位置がここだ」
街とは反対側の広がっている所の端にインク瓶を置く。
相手の規模は二千から三千の軍隊で、中世やそこいらの形式だとすると、一日の行軍距離は15から20km程だろうな。
この地図の縮尺がどの位かは不明だが、敵の位置は大体あっている筈だ。
「これであれば、敵はよくて二日、最低でも一日半は掛かるだろうな」
「それでしたら、私も兵を集められるでしょう」
アウクトベルク執政官は額の汗をハンカチ拭いながら言った。
「いや、それには及ばない。この程度であれば我々の火力で一掃出来る。そうだな、大体三千程度の軍隊なら三時間も在れば余裕だろう」
その言葉にアウクトベルク執政官は硬直した。
だが、私は間違った事を言っていない。
私はコの字の中心をまるく円を描くように指でなぞる。
「ここまで相手を誘き寄せて理由を聞き出す。まぁなんだかんだ言って街に入りたがるだろうから拒否してお帰り頂こう。それか目的が街を占領することであれば、残念だが消えてもらう」
左右と正面からの迫撃砲と戦車からの榴弾、歩兵による塹壕からの鉛玉の嵐を受ければ、余程のことがない限り問題はない。
連中に、息継ぎをする暇も無い程の鉄片を叩きつけてやる。
「荒事は我々に任せて頂こう。それと、使者の選別はお願いする」
「えぇ、分かりました」
しっかりとした表情で、アウクトベルク執政官は頷いた。
「ふふふ、さぁ始めようじゃないか」
あの腰抜けの王族共なんかにいつまでも付き従う訳が無い。ケイノルド公爵の声に乗って正解だった。
誰があそこまで意図も容易く王城を占拠することが出来ると思う?
まさか!誰も思うまい。
近衛団長を消すのに少し手間取ったが、奴さえ潰せば頭の失った近衛兵など楽に片付ける事も出来た。
だが、どうやって逃げ延びたかは分からんが、第二王女と第五王女の姿が見えず、追跡に放った“影”も誰一人として帰らず…
あのひ弱な“姫殿下”が山を越えたとは到底思えないが、それの下りでハーベゲルンに出兵する口述も出来た。
これでハーベゲルンを落とせれば、私の陞爵は間違いない。
そして、もし運良く第二王女を捕えられれば、こんなまだ肉付きの薄い第三王女など抱かずに済むのだ!
「………イッ!?歯を立てるなと言っただろうっ!!」
「ぐぅっ!!」
目の前の小癪な女を平手で打つ。
キッと生意気な目で私を見てきた。
どうやら、この第三王女は自分の立場を分かっていないようだな。
こいつも“剣姫”とか大層な名前で呼ばれていて、剣を持ったこいつを捕えるのに重装兵を五十人も必要だったが、両腕さえ封じ込めてしまえばこのように……言いなりだ。
「良い様だな。剣姫殿下」
「貴様ぁぁっ!絶対に殺してくれる!!姉様も絶対に生きている!」
「ははははは!まったくよく吠える雌犬だな!…さて、今からお前を犯すとしても、果たして同じ事が言えるかな?」
「ひ、卑怯だぞ!…や、やめろ!私に近寄るなっ、いや!きゃぁぁぁぁぁぁ!!」
「シャルロッテ!!」
突然隣で寝ていたエリナがヒステリーを起こしたかのように悲鳴を上げて飛び上がった。
整った顔は涙に濡れている。
「………悪い夢でも見たのか?」
「ゆめ………?…あっ、ショウサ様……」
涙で少し赤くなった目をこちらに向けてきたエリナを宥める。
シューリーの膝の上で寝ていたユリシアがエリナに近付くと、大分落ち着きたようだ。
隣に停車していた二号車から無線で安否の確認が入ったので、問題無いと伝える。
「一体どういう夢をみたんだ?」
「はい……私の一つ下の妹が、謀叛を起こした一人の慰み者にっ……ぅ、うぅぅっ」
確かにそれは辛いだろうな。
血を分けた妹が強姦される夢など、虫唾が走る。なんとかしてやりたいものだ。
手を貸すか?いや、まだ早いのではないだろうか…まだ我々は何もしらないと言うのに、安易に手を貸すのか?
だが、私の軍に入った理由の一つを忘れるな。
「もし、だが……私で良ければ手伝ってやろう。国を取り戻すのを」
「えっ…………?」
パッとこちらを真っ直ぐ見つめてくる。
その視線を真っ直ぐに受け止めて笑う。
戦車の中に居る全員の視線が集まった。
「どうだ?愉快そうだと思わないか?ならば、この手で創り出さないか?新しい地獄を、素晴らしい殺戮の宴を」
血だ!血を啜り大地へと垂れ流すのだ!誰の血でも無い、敵の血だ!
「また少佐の病気が始まったねぇ」
「ホントだよー、決めたら変えないんだもんね」
「隊長らしいと言えば隊長らしいね!」
「ネ、ネルケちゃん……わ、私も隊長に賛同、します………」
こうなると笑いが止まらない。
きっと部外者が見たら、壮絶に狂っている筈だ。だがそれがなんだ?
誰も我々を止めることなど出来ない。我々は死体を量産する機械となろう。
「決まったな。つまりそう言う事だエリナ。いや、エカテリーナ王女殿下。我々ドイツ第三帝国陸軍特務特隊、総勢80名は貴殿の麾下に一時的に組みしよう」
「ショウサ様………ありがとうございます……」
さめざめと涙を流すエリナの頬をハンカチで拭う。
頭の上辺りから歯軋りが聞こえるが、気の所為に違いない。
「さて、あとは敵さんがくるまで待つとしよう。我々はいつも通りに仕事をするだけだ、女は殺すな男は殺せ。一人も生かしては帰さない」
『目標、予定ラインで停止、陣形構築を始めました!』
「『よろしい。これより、鉄の雨作戦を開始する。繰り返す、これより鉄の雨作戦を開始する。各員の一層の努力を期待する。通信終わり』……さて、王国騎士団二級騎士、ラインハルト殿。久方ぶりだな」
「はい、その節は申し訳なく」
「まぁ、あれは貴殿が悪い訳では無いじゃないか。本人は相応の罰を受けたさ、今奴が生きているかは知らんがな。さて、本題に入ろう。貴殿を呼んだのは他でもない、連中の目的を使者として聞いてきて欲しい」
「あの軍勢からでしょうか。数は幾つで……」
「あまり多くても刺激するだけだ。貴殿一人…と言うもの心苦しいのだが、他に適任者がいないそうだ。文句はアウクトベルク執政官に行って欲しい」
一人という言葉に、若干顔色が青くなって表情が固まるが、直ぐに持ち直した。
「分かり、ました」
「ふむ、しかしなぁ。私も流石に一人で行かせるのはどうかと思うからな。私も同行しよう」
『えっ!?』
まぁ、確かに指揮官自ら敵陣に赴くのは普通ではないが、少し気になる事がある。それだけ見たら、あとは連中に用は無いのだがな。
もし、あの中にエリナの兄弟または姉妹が居た時の為に、確認しておく必要がある。
知らないで砲撃に巻き込んだと考えたらゾッとする。
「私は構いませんが……その…鎧はどうするのですか?」
「もちろん、借りるに決まっている。馬もな」
「えっ、たいちょー馬乗れるの!?」
「少し黙れ!私は歩兵出身だが、その次は騎兵隊に居たんだ。馬だろうがバイクだろうが乗れる」
まったく、こいつらは私を誰だと思っているんだ?私が乗れない筈がない。その気になれば、戦車だって操縦して見せよう。
「すまないが、私の鎧も用意して欲しい。格式は貴殿の一つ下である三級騎士のやつで構わない」
「わ、分かりました。直ぐに手配させます」
さて、敵は使者をどう扱いどのような判断を下すのか楽しみだ。




