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鋼鉄のフロイライン  作者: 九十九 大和
第三章 休日の過ごし方
16/28

休日の過ごし方(4)

諸君、アハトゥンク!

お待たせ致しました!

やっと書き上がりました…

次回は新章です。

それと、途中になにやら詩のようなモノがありますが、戦車兵の神に捧ぐ賛歌だと思ってください。

さて、これから一体どう行動するべきか。不可抗力とは言え、この山脈を挟んだ向かい側の国の王族を保護してしまったのだからな。

本来なら、あのメイド諸君の様にここから出したくは無いと言うのが本心なのだが……

私が推測するに、必ずと言っていい程の高確率でこの問題に関与する羽目になる筈だ。だが、まだそれは早い。何故ならば、何処だかも分からない未知の土地に放置され、補給線等は勿論のこと同胞にすら会えないのだ。

弾薬はまだ十二分にあるから問題ではないが、燃料は次から次へと消えて行っている。戦車の消費が激しい所為もあるし、登下山の際のアクセルの強弱が大きく響いていると博士は言っていた。

ここいらで原油でも湧かないものか……

一度アウクトベルク執政官に相談してみよう。


隣に座っている少女二人に、考え事しているのをバレない様に平静を装いつつ、ちらりと横目で二人を確認する。すると、エリナはニコニコとしながら風景を見ていたが、寝ていると思っていた妹の方のユリシアが、ジーッとこちらを見ていて、うっかり眼があってしまう。


「(ジィーーーーーーー)………」

「…………………………」

「(ジィーーーーーーー)………」

「…………………………」


い、一体なんだと言うのだ…全く感情の篭っていない瞳にずっと観られていることが、まさかこれ程までに辛い事だとは思わなかった。その視線には邪気が感じられないだけ、対処に困る。

さりげなく視線を逸らしてもう一度チラ見するが、やはりこちらを見ている。あまりの無言の圧力に、反対側を向いて目深に制帽を被った。






寝静まって静寂に包まれた格納庫の中で、シュリヒトが寒さで眼を覚ました。

寝ボケて口許までずり落ちてしまった丸眼鏡を掛け直し、ふと自分の隣を見やると肝心な人物が居ない。

しまった!と心の中で叫んだシュリヒトは、慌てて乱れた服装を整える。まだ頭がシャッキリとしていない所為か、前から見たら服装は(•••)整っているがお下げ髪が所々跳ねており、後ろはあろうことがシャツがズボンから盛大にはみ出ている。

上官(少佐に限る)の御世話(趣味、少佐に限る)を使命と心掛けているシュリヒトには、自分の隣に居たのにもかかわらず、あまつさえ自分だけ寝てしまい少佐が起きたことにさえ気付かなかった事に、少なからずショックを受けてしまっていた。

そんな心理状態であった所為か、知らず知らずう内にビール瓶を引っ掴み、思いっきり煽って中身を嚥下していた。


「ぷわぁッ……わ、私ってば…ダメですね。まずは隊長を、探さないと……」


思い立ったが吉日。

早速厚着をして寒さ対策をし、略帽をしっかりと被って格納庫から出る。

外は既に明るく、薄っすらと靄がまだ残っていて足元に注意しなければすぐに転けてしまいそうだ。


霜柱の立っている地面をしっかりとブーツの踵で踏み抜き、キョロキョロと辺りを見回す。

まだ人気はなく、とても静かで寒さが身に沁みる。丁度格納庫が影になっていて、太陽光が当たらないだけなので日向に出ればまた暖かい筈。そう思ったシュリヒトは、耳を澄ましてキョロキョロと辺りを確認しながら日向に移動した。日向はやはり暖かく、霜柱が溶けた地面はグチャグチャになっていて滑りやすい。

靴跡が見当たらない事から、どうやら隊長はここには来ていないらしい。

一瞬、「誘拐」と言う言葉が浮かんだがすぐに払拭した。

わざわざこんな山の中腹にまで登ってくる好き者が居るとも思えないし、何よりあの隊長がそう易々と誘拐される筈が無い。

まだ完全に醒めてない頭を左右に振って、覚醒を促す。


「………よしっ」


もう一度神経を集中して、少佐の位置を探る。

五感全てを研ぎ澄まし、身体全身を一つの感覚器として使う。

長年少佐と共に戦場を己の足を使って駆けずり回り、狙撃用のライフル一丁を片手に戦果を上げてきた。

これはその時に少佐から教わり、時には大怪我をしながら自分で身に付けた技能の一つだ。

少しでも工夫をしなくては生き残る事が出来なかったとも言えるが…


居た……

風に運ばれて、微かに隊長が内緒で嗜んでいる薄荷の香りが漂っている。だがこの隊の隊員は殆どそれを知っていて、皆真似をして嗜んでいるがこの寒い中でも吸っているのは隊長だけの筈。

本当に微か過ぎて、集中しなければ絶対に気付く事は出来ない。その少しの強風で掻き消えてしまうであろう儚げな香りは、何処から漂って来るのか……上からだ。

ここで上と言えば思い当たる場所は一つしかない。


そっと足音がしないように階段を昇り、縁から頭を半分だけだすとそこにはニコニコとした表情の女性と無表情の子供、そして冷や汗を掻きながら薄荷パイプを咥えていた。

丸眼鏡を掛け直してよく見ると、そのパイプはミヤビのものだ。

何故かモヤモヤとした物が心の奥に出来るが、それをグッと抑え込む。


「……ん?シューリー、そんな所で何をしている」


たまたまパイプを咥えて直した隊長と眼が合ってしまい、眼を丸くした隊長から声が掛かった。

出て行くタイミングを掴み兼ねていたシュリヒトには、丁度良いタイミングだ。

いそいそと顔を羞恥の紅に染めながら姿を現したシュリヒトに、少佐は苦笑いしながら手招きをする。

別に恥ずかしがる事など何も無いのに、と思いながら少佐は再びパイプを咥え直す。

どうやらミヤビには噛み締める癖がかるようで、吸い口に妙な跡が着いていてそれが少佐にはどうもしっくりとこないのだ。

腹立たしいが少佐にはそれを修理する技能が無いので、仕方無くしっくり来る位置を探す。

今更それだけの為に自分の天幕まで行くのも馬鹿馬鹿しい。


「……あ、あの…隊長」

「どうした?そんな所で突っ立って。私の隣に座るといい」

「あっ………はい」


謝ろうとしたタイミングで少佐に椅子を勧められてしまい、完全に出鼻を挫かれたシュリヒトは、何故か釈然としない気持ちになりながら少佐の隣に座った。

そのベンチからは、夜明けの日光に照らされてキラキラと輝く草原と共に、薄い橙色に漆喰を染めたハーベゲルンの街並みが良く見える。素晴らしい特等席である。

シュリヒトは夕焼けに染められたこの景色は見たことはあるが、早朝の風景は見た事が無かったので、少佐と一緒に観れたと言う事実に感極まって、知らず知らずう内に顔が緩くなる。


「あら?ユリシアどこへ行くの?」


昨日の女性…と言ってもエリナはシュリヒトよりも年下だが…の声が隣から聞こえて来たので何事かと視線を脇に移したら、隊長の上着を着た小さな女の子がこちらにトテトテと小走りで近付いて来るではないか。

暫く目線で追っていると、目の前で急に停止してジッと眼を見詰めて来る。

一瞬シュリヒトの持ち前の小心で萎縮しそうになるが、まだ相手が幼女という心の余裕で持ち直し、屈んで目線を合わせる。

私が何かしてしまったのでは?と言う疑問が浮上しても、事実隊長の隣に座っただけだとその疑問を払拭した。そもそも、この目の前の幼女と接点が無い。だから確認してみるのだ。


「あ、あの……私に何か用、ですか?」


なんの感情も籠められていない瞳が真っ直ぐとこちらの瞳を覗き込んでくる。


「……………ん」


暫しの間、お互いに見詰め合っていると幼女が両手をこちらに伸ばしてくるではないか。

どうやら抱き上げてくれと要求しているのではないだろうか。

そう予測したシュリヒトは、幼女の脇の下に手を入れて優しく抱き上げ、両膝の上に座らせる。別段、これと言って明確に事を要求して来ないので何をしたら良いのかと言う事もあるが、先程見た様子だとこれが正解だろう。


「あら、ユリシアが他の人に懐くなんて珍しくですわ……」

「む、そうなのか?良かったなシューリー」

「えっ?……えっ?」


状況を把握しかねるシュリヒトは、何が何だかさっぱりな様子でユリシアの椅子を続行する。


「ふむ、もう八時になるのか。湯浴みでもしたいな……そんな余裕は無いが」

「そう……ですね。た、隊長は…この後、どう…します?」

「皆が起き出したら、お湯を沸かして二人を洗おうと思っている」


再び苦笑いした隊長が、最近はあまり見せることが減った優しい笑みを浮かべていた。


「それから、また街へ行こうと思う。付き合ってくれるか?」


そう隊長からの問いに、シュリヒトは迷いなく是と答えた。






酔い痴れる程に心地よいエンジンの唸り。

時に力強く、時に雄々しく、その猛々しい鉄の塊が奏でる重低音は、私の魂を震え上がらせ至高たる優越に浸らせてくれる。正にこれ以上の喜びは殺戮と勝利の甘露しか無いだろう。

鋼鉄の塊を動かす事が出来る高いトルク。岩などなんの障害ともしない履帯。その履帯を高速で回転させる無骨な転輪。我々をあらゆる害悪から護る強固な装甲。それ全てが愛しく崇拝してもまだ足りない。

出来る事ならば、この身に降りたもうた神々の呪いを一切合切忘却の彼方に押しやってでも賛美したい程に。

あぁ、幾度となくこの旋律に身を委ねたいと思った事か。

されどそれは許されざる禁忌。

多くの命を預かり導く立場なれば、その願望は遂にぞ叶わぬ定め。

おお、戦車よ!

我等の救い主よ!

我等に仇為し刃を向ける者から我等を護り給え!

その神の矢の如き砲弾で彼方より出づる怨敵を撃ち払い給え!

我等の友、砲兵と肩を並べ、邪悪から砲兵を護り、砲兵と共に歩兵を救う。

この素晴らしき兵器を創りたもうた科学者に敬意を!

この美しき兵器を発展させた技術者に誠意を!

我等は戦車兵!

戦場を蹂躙し、敵兵を踏み躙る事こそ我等の使命。

荒れ狂う剣林弾雨をその身に纏い、強固な敵を撃ち砕く事こそ我等の使命。

大地を削り、審判を告げる喇叭を轟かせ、全ての者を等しく裁く事こそ我等が使命。

我こそは鋼の騎士!

その鋼鉄の鋒を持って駆け抜けん!

神よ!戦場の神よ!

我等の血塗られた行く末を語り継ぐ事を望まん!





錆と油を纏った乙女達が歌う。

その身に死を降ろし、殺戮の天使と化した乙女達が舞う。

戦車と言う名の軍馬を操り、主砲と言う名の槍を携え、戦士をヴァルハラへと誘う戦乙女となり、戦場に一迅の風を吹かす。

ヴァルキューレの元に刻まれし星の数は幾星霜。

愛しきかな我が乙女達。

せっせと戦車を磨く戦乙女達を眺めて、自然に口の端が緩んだ。

数人が私の姿に気付く。


傾注!(Achtung!)


気が付いた一人が号令を掛けると、顔を上げた面々が慌てて起立する。

昨日の飲み散らかしは綺麗に片付いており、戦車も良く手入れをしているようだ。

片手を軽く挙げて休ませる。


「諸君おはよう。予定時刻より前に起き、整理整頓をしているとは大変結構!街に降りる事を許可する。人選は任せた。以上、仕事に戻って宜しい」


手をヒラヒラと振って先を促すと、途端に歓声が響き渡る。

よっぽど娯楽に餓えていたらしい。

その中に、数名程しょぼくれた表情の乙女達が居る事を見逃さない。きっと、イェーガーに有り金を巻き上げられた連中だろう。

確かに、こんな険しく岩と土しかない山の中腹で、娯楽を探せという方が難しい。だからイェーガーのようなどうしようもない奴とポーカーに興じてしまうのだろう。

その気持ちは分からんでもない。

金銭を賭ける分、本気を出すから良い息抜きになるだろう。

まぁ、なんでも程々と言う事は大事であるから、後でイェーガーに釘を刺して置かなくてはなるまい。


「……えへへ〜、たいちょー!」


急に背後から気配がして、抱き着かれる。

むにょんと柔らかなモノが背中に押し当てられ、鼻腔をくすぐる甘い香りがした。

そしてこのバカ声である。

こんな奴は一人しか居るまい。いや、こんなのが二人も居たら私は頭痛のあまり発狂するに違いない。


「なんのつもりだナハト………営倉にブチ込むぞ?」

「オーボーだぁ!職権ランヨーじゃんたいちょー!」

「小賢しい!猪口才な!貴様もまともに働いたらどうだ?!」

「こんなか弱い細腕だと、パンツァーヘッドホンしか持ち上げあれないもん!…それに、たいちょー私のお仕事知ってるでしょ?」


耳元でそう言ったナハトの顔を、横目でマジマジと見詰めてしまう。

確かに、私はこの愛すべき馬鹿の本職を知ってる。いや、知っているからこそあの地獄からこの煉獄へと誘ったのだ。

勧誘した時の擦り切れに擦り切れきったナハトの面影は、今ではすっかりと成りを潜めていたので忘れ掛けていた。

あの忌々しい突撃隊からスッパ抜いて来たのだ。興味深い事に、ヒトラーユーンゲントではなく突撃隊だったのは、単にナハトの能力故だろう。最初のゲーリングの渋り方は異常だったのだ。ただ事では無いと感じてはいたが、蓋を開けたらどうだ見たことか!

どんな周波数にも無線を合わせられ、その類稀な能力を活かして顔を見られること無く、姿無き諜報部隊を創り上げた少女だったではないか。その電波に乗った情報網は、ドイツ中を網羅するどころかフランス全土と北部イタリア、アイルランドにハンガリー、はたまたフィンランドまでもがその勢力に収まっていたのだ。

そのおかげでナハトは酷使されていて、回収した際は同年代の少女よりも軽く小さく(睡眠時間によるもの)、食事はしっかりとした物を出されてはいたが、適度な運動が出来ない事から食は細く、日光にも当たらない所為で病的に真っ白な肌をしていた。

その場から連れ出す時に、数名の突撃隊員と衝突して死傷者を出した事は良い思い出だろう。私に銃口を向けた方が悪い。


そんな事から、ナハトには申し訳ないがハーベゲルンの街に、早速独自の諜報網を作って貰ったのだ。

手始めに部下の数人を町娘に変装させ、街の隅に小さな家を借りてそこに住まわせる。後は無線機を設置してナハトに指示を出させるだけである。勿論、当面の手当と生活費として多量の金貨と自衛の為の火器を置いてきている。

流石に、包丁の代わりに銃剣を使って料理をし始めた時は止めたがな。

戦場では当たり前の光景だが、街中では少々不味い。


「分かっている。だから戦車で寝て居ても拳骨で我慢しているだろう。本来なら、銃剣で頭を切開して、直接脳味噌に刻み込んでいるところだ」

「こわっ!こわいよたいちょー!」

「当たり前だろう。聞き分けの悪い子供には、相応の罰を与えなくてはな」

「たいちょー!それ虐待だから!てか死んじゃうから!」

「大丈夫だ。廃人になる程度だ」

「いや、ぜんぜん大丈夫じゃないよ!?」

「五月蝿い!耳元で喚くな。良いから早く支度をしておけ」

「りょーかい!」


私からパッと手を離したナハトは、パーッと何処かへ駆けて行ってしまう。

本当にあれで十八歳なのかつくづく疑わしくなってくる。

あんなのが一級十字章を貰った時は、思わず我が耳を疑った程だ。


「……考えた所で何になるんだ?ナハトの頭のネジが数本飛んで居る事など今に始まった話ではないではないか。そんな事よりも、あの二人に湯をやらなくてはな。おい!誰でも良いから、洗面器二つに湯を並々と用意してくれ!50℃位で構わん!」


直ちに、と近くで手が空いていた伍長が格納庫の奥に消えて行く。

これで出発迄に湯を確保出来るだろう。早い所二人を洗ってアウクトベルク執政官に会わせたい。

本心は面倒事など勘弁こうむりたいのだが、私には見えるのだ…新しい戦乱の兆しが。血が、戦が私を呼んでいる。

それに、元の世に帰るにしても戻らないにしても、ここでの基盤を固めたくてはならない。

先にも言ったように、燃料の問題は刻一刻と迫っている。底を着いてからでは遅過ぎるのだ。ならば動くなら今しか無いだろう。

手始めに、この世界にはあって我々に無い物の一つ、魔法とやらの可能性に賭けてみたいと思っている。

それに、博士ならきっとなんとかしてくれる筈だ。

困った時の博士頼みだな。


物思いに耽っていると、先程の伍長が別の伍長と共に湯気を立てた洗面器を持ってやって来た。

先程命令してから幾分も時間が経っていないので、聞いてみるとどうやら既に沸かしていた最中らしい。

コック班が全員に配る為のコーヒー用の湯を沸かしていたのだとか。

これは後で労って置かねばなるまい。横取りしてしまったのだからな。


湯浴み用に建てた天幕に洗面器を運ぶように言い付け、自分の天幕から着替えを取った後に二人を探しに行く。

先程と変わらず屋上の長椅子に座って居たので、ゆっくりと近付いた。


「エリナ、ユリシア」

「まぁ、ショウサ様。そのお召し物は?」

「いや、いま湯が沸いたのだ。土を洗い流そう。私について来なさい」

「本当ですか!良かったわねユリシア」

「…………ん。ありがとう」

「さぁ。こっちだ」


ユリシアの手を引いてエリナが後ろからついて来る。

少し大きめの天幕に二人を押し込み、湯の入った洗面器を渡す。

天幕内には大型のストーブが設置してあるので、裸になっても暖かく風邪にならないように考慮してあるのだ。

ストーブを見たことが無い筈の二人には、危ないので決して触らないように注意をする。

軽く洗面器に入った湯に手を入れて、水滴を飛ばすと一瞬で蒸発したので、かなりの高温という事は伝わっただろう。

着替えを置くための台に二人の着替えを置き、椅子を引っ張り出して来てはそれに腰掛け、エリナの湯浴みを観賞する。


先ずは汚れたドレスの背中部分にある紐を解き、するりとドレスを脱ぐ。

ドレスの下にはコルセットを付けており、それによって胸を押し上げているのだが、コルセットが無くても十分大きい。

更には、ドレスの下までは汚れておらず、白い背中が眩しい。


「あ、あの。ショウサ様」

「………ん?すまない。どうした?」

「申し訳ありませんが、コルセットの紐を解いて頂けませんか?」

「あぁ、気が利かなくてすまないな。今解こう」


恥ずかしそうに顔を染め、髪の毛を頭の後ろで押さえているエリナに密着して、軽く背骨に沿ったラインを指でなぞる。


「ひゃうっ?!あ、あの、ショウサ様!?」

「何、軽い冗談だ」


そう言いつつ、肩や首筋に指を這わせる。


「んっ、くふぅっ!あぅ……んんっ」


感度は悪くなさそうだ。

少し遊んだ後にコルセットの紐に手を伸ばして結び目を解こうとするが、思いの外固く結ばれていて爪の先が入らない。

両端を押し込んでみても形が変形する気配も無く、どうやら長時間の着用で結び目が完全に締まってしまったようだ。しかも、紐は牛革を鞣して作った物で、引っ張っても千切れそうにない。


「くっ、忌々しい……」

「駄目そうでしょうか…」

「いや、この紐は切断してもいいだろうか?」

「はい、構いません。お願いします」


本人から許可を得たので、早速腰の短剣を引き抜く。

いざ紐を切断しようとすると、なにやら強い視線を感じたのでそちらを見やる。

はやり、件のユリシアがこちらを感情の抜け落ちた眼で見ている。

やり辛い…

何故か、私の一挙一動を見逃さないような気がする。


なんとか気を取り直して、誤って柔肌を傷付けないように丁寧に紐に刃を添え、こちら側に力を加えて切断する。

プチンと間抜けな音がして、綺麗に結び目だけを切断出来た。

後はゆっくりと交差している紐を引っ張って解くだけだ。ついでにこちらもやっておく。


「ありがとうこざいます……」

「なに。気にするな」


出来るだけ微笑んでみせる。

まだユリシアがこちらを見ているので、見せ付けるように短剣を鞘に収める。

これで文句はあるまい。

予想は的中したようで、こちらに関心を失った様子で服を脱ぎ出した。

そして、こちらも一人で子供用コルセットが外せない様だ……


天幕の中に張ってある紐には数枚のタオルが垂れ下がっており、これは誰でも使って良いという事になっている。

勿論、それで体を拭いたらきちんと洗って、元に戻しておく事が義務づけられているが。

その一枚を取って洗面器の湯に浸し、しっかりと絞って余分な水分を飛ばす。


「エリナ、背中を拭ってやろう。こちらに背中を見せろ」

「あっ、ショウサ様。ありがとうございます」


先程のコルセットを取る時と同じ様な体勢になりながら、少し強めで拭っていく。

服の下は土が付着していないとはいえ、汗で気持ちが悪かっただろう。

ついでに脇の下やうなじ、首筋も拭いてやる。

流石に首筋やうなじは土でタオルが汚れてしまったので、もう一度湯に浸して絞った物を渡す。エリナと同じ様にユリシアにもしてやった。

その横顔が若干気持ち良さそうにしていたのは、見間違いではないだろう。




身体を綺麗にした二人に、私の古着を着させて格納庫に戻る。

まぁ、古着と言っても昔着ていた制服なだけだが…綺麗だぞ?


格納庫に戻ると、完全武装してM35ヘルメットまで着用した部下達が整列していた。どうやらこれが今回の人選らしい。


「一体なんだ物々しい…」

「はっ、シュリヒト少尉殿がハーベゲルンに接近する武装集団を発見したので、“散歩”の準備をして待機しておりました」

「説明ご苦労軍曹。シューリー、現状を説明しろ」

「は、はいっ!現在目標Xは、草原の遥か南から時速五キロでハーベゲルンに直進中。目標Xの総数は約二千。騎馬と歩兵の混成部隊の様です」


きっちりと性格が切り替わっているようだ。

しかし騎兵隊と歩兵隊の混成か。

どうだろう、時代的には古代ローマ辺りだろうか。いや、古代ローマでも十分に脅威的なのだが、まだ中世のヨーロッパ程ではないだろう。

しかし、あれが敵だとして一体どうやって対抗する?

戦車を前面に出しての体当たり機動は、魔法の威力が未知数だという今は悪手だろう。

かと言って、戦車塹壕を掘っても無駄に機動力を落とすだけだ。

なら火力線を構築して、好きなだけ鉛玉を頂戴してやってもいいな。

MG42とMG34を四つづつ交差するように展開させて、正面と左右からの殺戮地域キルゾーンを作り上げるのも面白い。この連中が初めて見る物に対して、死兵となって突っ込んでくるとも思えないからな。

あとは戦車を何台運用するかだな。

ティーゲルは外せないとして、四号が六両。三号突撃砲と38(t)が一両……どうする?碌な火力を持ち合わせていない敵に対して、装甲が薄くてもいいのか?あのドラゴンを討伐した時みたく、人間が火の球を飛ばすのだ。果たして火炎瓶のように燃えるだけなのか、それとも榴弾のように炸裂するのか。この違いは大きい…私の判断ミスで部下を死なせたくはない。

だが、かと言って折角手に入れた補給先を容易く潰されるのは癪だ。

ならば私が取るべき手段は街へと行くことだ。まぁ、フロイライン•マリアシャルテの成長も見届けたいというのもあるしな。


「よろしい。実によろしい。ならば始めよう…我等の闘争を存分に見せ付けてやろう。まぁ、敵だった場合だがな」


わざと肩を落として戯けて見せる。

誰かが噴き出したのを切っ掛けに全員が笑い始めた。

こんなので笑ってしまうのだから世話がない。


「よし、今回は通信兵と砲兵は残れ。イェーガーもだ」

「ちぇっ!私だけ仲間はずれかい!毎度毎度ずるいったありゃしない」


イェーガーが拗ねて、タバコを吐き捨てる。

通信兵と砲兵もイェーガー程は表に出してないが、残念そうな顔をする。


「まぁ待て。誰も戦闘に参加させないとは言ってないだろう。砲兵は格納庫の屋上のアハトアハトを草原側に全て移動させ、指示を出したら榴弾を釣瓶撃ちにしろ」

「…了解した。あとは任せてくれ」


聞き分けの悪い子供を相手にしたような態度でやれやれと首を振るイェーガー。

首を振りたいのはこっちの方だ…


「博士、三号突撃砲は出れるか?」

「出れると言えば出れるし、出れないと言えば出れないねぇ」

「つまりどう言う事だ?」

「砲と足回りの換装を行っている最中だねぇ。取り敢えず履帯とエンジンははまっているから、動かせなくはないねぇ」


瓶底眼鏡をクイッと上げて、さも残念そうに言う。何処か怪しい。この間のティーゲルの事も有るし、何か隠しているに違いない。が、今は追及しないでおく。話が拗れるのは避けたい。


「分かった。そこは博士に任せる」

「イヒヒヒ…分かったねぇ」

「よし、各戦車にコンテナを接続しろ!全車搭乗開始!」

『了解!!』

ここでの三号突撃砲は、三号突撃砲プロトタイプだと思って下さい。

それを博士は魔改造して、B型とほぼ同じ形状にしようとしています。

そのため、装甲板はプロトタイプの戦闘に向かない極薄鉄板ではなく、B型と同じ装甲厚になっています。

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