休日の過ごし方(3)
お待たせ致しました。
先日携帯を変えてしまった為に、せっかく書いていた後半部分がパーに…【喪女】も同じく…現在書き直し中ですが、年末は仕事が忙しいので来年になりそうです。申し訳ありません。
また、前回と同じく後日にクイズを投稿します。
空がどんどん白み始め、地平線の彼方から太陽が顔を覗かせる。
曙の陽光で地面が暖められ霧が立ち込めた。
ゆっくりと地面から天に向かって昇る霧に黄金色の陽光が反射して、キラキラと砂金を宙に撒いているような錯覚に陥る。
渡り鳥だろうか、群れを成して楔型陣形で山脈を越えて姿を現しながら、街の方へ消えて行く。
今日と言う日が始まったのだ。
陽の光が寝静まった生命の息吹を吹き返し、暗闇を払拭した。
ズボンに片手を突っ込み、その中に収まっている物を取り出して、その鈍く銀色に光る表面を撫でる。
ハーモニカだ。
表側には、ラテン語で『幾年の月日が経とうとも、我が肉体が朽ち果てようとも、我等は常に共に在らん。』と刻まれている。
暫く手の内で遊ばせて、口を吹き口に軽くつけては息を吹き込む。
とても軽く風の音に掻き消されそうなレの音が波に乗る。
まるで、水辺を飛ぶ蜉蝣のような儚い響きだ。
眼を閉じて、身体の正面に光を浴びながら、ハーモニカを吹く。
曲名はホルストの『惑星』第四篇『木星』だ。
もちろんサビの部分だが、充分にこの風景には合うだろう。
頭の中で、思想統一化でレコードや本が焼き討ちされる前に聴いた、あのオーケストラによる素晴らしい旋律を思い出しながら、音を紡ぎ続ける。
お世辞にも、そこまで上手いとは自分では思えないが、脳内で流れる優雅な響きに酔いしれながら、最後の音符を伸ばして拭いた。
不意に、後ろからパチパチと拍手が聞こえて後ろを振り返ると、昨晩拾った王女様の姉の方が立っていたのだ。
「とても美しい音色ですね…どこか、触ったら崩れてしまいそうな…そんな儚い音色でした」
「……それは光栄。お加減は如何ですか?」
うむ…『木星』が儚いとは。つまりアレか?私のハーモニカが消え入りそうな位か細いと…
これ以上墓穴を掘る前に、ハーモニカをズボンのポケットに滑り込ませ、昨日見た時と同じズタボロのドレスだったので、自分が着ているミヤビの野戦外套を脱いで着せてやる。
「ありがとうございます…その、今のところ私は大丈夫です」
「そうですか殿下。それはよ…「どうぞっ、普通の話し方でお話し下さい。今の私は国を失った唯の王族ですから」………分かった。では貴女の名前は?」
「どうぞ、エカテリーナとお呼び下さい。…し、親しい方や母上や父上はエリナと愛称で呼んで下さいました」
それは、暗に私にそう呼べと言っているのか?
まぁ、それでも私は構わないが。
「ではエリナ、私の事は少佐と呼んでほしい。早速で悪いのだが、先ずはその土埃を落とそう」
「…あっ」
エリナ達は、この山の山頂を越えて来たと昨日の護衛(自称)が言っていた。
元はとても美しいと思われる金髪は、山の土埃でくすんでおり、顔も汚れている。
まるで、スコップで陣地構築をした後の部下達のようだ。
「さすがに湯船までは用意出来ないが、お湯くらいなら用意出来る」
「本当に…ありがとうございます」
私に頭を深く下げた彼女の両手が、更に白く成る程ドレスを握って震えているのを見逃さない。
そっと彼女の両手を取り、包み込むようにして擦る。
「しょ、ショウサ様!?」
「明け方のここはとても冷える。が、私は生憎歩哨でな。交替の部下が来るまで移動出来ないのだ。早く元の天幕に戻られた方が良い」
「い、いえっ!そんな事はありません。出来れば、ご、ご一緒させて頂けませんか!?」
グッと握り拳を作って、詰め寄ってくる。
しかも、両目がキラキラしている所が余計にタチが悪い。
本人に悪気は無いのは一目瞭然だが、いかんせんちゃんとした訓練を受けていない、ましては王族である人間をこのような寒いと所に居させるのは気が引けるので言ったのだが、下手に何か言って拗れるのも面倒なので、きちんと外套のボタンを留めて革製の手袋を渡し、ベンチの隣を勧める。
「ここは大して面白い物も無いぞ」
「いえ、素晴らしい景色があるではありませんか」
「我々は見飽きたさ。確かに絶景だが、いかんせん場所が場所だけに登下山が大変だ」
「では何故この様な場所に?」
「それは……色々有ってな」
「そう、ですか。ですが、もしここにショウサ様の砦がありませんでしたら、わたくしと妹は屍を晒していたでしょう」
「それもそうだな。きっと意味があったに違いない」
私の精神衛生にこれ以上負担を掛けない為にも、そう思っていないと何時か絶対に発狂するだろう。
想像もしたく無いな。
いや、私はもう既に狂い壊れている。大きく醜くそれでいて腐っている戦場には、必ずと言っても過言ではない程参加した。全て、私の奥で牙を研いでいるモノを解き放って暴れないようにするために。それだけの為に、一体どれだけの量の血を流し奪い失ったかは分からない。分からなくなる程流したのは確かだ。その対価が、少佐と言う階級と私の部隊。
果たして、この対価が釣り合いの取れるものなのかは甚だ疑問だが、それもきっと答えが出るに違いない。
いや、出て貰わねば困るのだが。
「ショウサ様…?お顔が優れませんが…」
「あぁ、私は大丈夫だ。私は大丈夫」
心配をする立場が逆転してしまった。
いかんな、歳をとったせいで最近感傷的になって来ている。
良くない傾向だ。治さなくては。
私の顔を真っ直ぐ覗き込んでいるエリナの頬にこびりついている泥をハンカチ軽く拭う。
ボイラーのように蒸気が出そうな程顔を紅くしたエリナを見て、軽く吹き出してしまった。
「しょ、ショウサ様!」
「クククッ、いや、済まない…悪気は無いんだ。つい、な」
「もう……!ですが、ショウサ様もそう笑えるのですね」
ニコニコしながらそう言ったエリナに対して、私は首を傾げるしかなかった。
「どう言う意味だ?」
「気付いておられなかったと思いますが、ずっとショウサ様はこんな感じにしかめっ面をしておいででした」
そう言うと、エリナは眉根を寄せて口をすぼめて、私がしていたと言う顔を表現した。
「待って欲しい。私はそんな顔はしていないぞ」
「ですが、眉はこんなでしたよっ」
「そ、そうか。申し訳ない」
「いえ……」
それから、会話が無くなった。
お互いにボーッとして、朝焼けを眺めてはベンチに身体を預ける。
このままでは気まずいので、何か切り出そうと口を開くと、
「その…「わたくし」……?」
一言しか言えずに、横からかっさらわれた。
「わたくし歌を聴いたのです」
「歌?」
「ええ、歌です。とても力強い歌でした。最初は一人の女性が歌っていましたが、次々に声の数が増えていって……まるで伝説にある戦乙女達が出てきたかのような、そんな響きがあって。不思議ですね。その歌が聴こえた瞬間、何故かそこに行かなくてはと思い、力尽きた身体に少しだけ活力が戻って来たのです……このショウサ様の砦然り、不思議な歌も然り…どれ一つ欠けても、わたくしは助かりませんでしたもの」
微笑みながら、何処か遠い所を見てそう言ったエリナが、私の眼を真っ直ぐ見詰めてくる。
私は、不覚にもその両目がとても純粋で透き通り、深淵までも見透せる大海だと思ってしまった。
その間は刹那だったかも知れないし、はたまた一分程だったかも知れないし、一時間かも知れなかったが、じっとアクアマリンのような彼女の瞳に吸い寄せられていたのだ。
それほどまでに、そこに居る彼女は儚く脆かった。
今にも壊れてしまいそうな程に美しい。
「どうなされました?」
「………っ、いや、何でもない。ただ、瞳が美しくてな」
「そそそそんなこと………ありません」
「だが歌か…」
覚えがありすぎる…昨夜は取り敢えず、酒の勢いに任せて一人一人の十八番の歌を歌わせたからな。
国歌はやはり全員歌い出したから、多分それかもしれない。
世の中、一体何が起きたものか分からん。
「また後で、色々聞かせてやろう。部下達は何かにつけて歌うのが好きだからな」
「まあ!楽しみにしておきますね?」
小首を傾げて、愛らしい仕草で微笑む。
砂塵や土に汚れていてこれなのだから、きっと綺麗にすればそこいら辺の男共などイチコロだろう。
気が付くと朝焼けは終わり、太陽が45度くらいまで登って来ていた。
こちらに来てから合っているか甚だ疑問だが、腕時計を見て時間を確認すると、現在午前の7時になっていた。
昨日の内から起床は10時と言ってあるので、あと三時間なにかで時間を潰す必要がある。
隣を見やっても、再びボーッと景色を眺めている。これでは当てにならない。
かと言って、何か食べる物もない。
八方塞がりになったからと言っても、結局ここに留まり続けなければならないので、一秒一秒が非常に長く感じる。
私もエリナと同じように何も考えずに眼下に広がる大草原を見下ろす。もちろん、背後や山の斜面には気を集中させてはいるが。
どれ程ボーッとしていただろう。ふと腕時計を確認するとまだ8時だった。一時間しか経ってない。
どうしようもないので再び正面に視線を向けた時、カツンと金属製の階段を昇ってくる音が聴こえた。
しかも、かなりゆっくりだ。
隣のエリナもどうやら気付いたようで、階段の方を向く。
暫く見ていると、ニョキっと子供が顔を覗かせた。
エリナと同じように砂埃でくすんだ金髪に筋の通った鼻筋。10年程すればエリナと同じく美しい少女に成長しそうだ。
「……ねえさま、おなかへったの」
「まあっ、ユリシア。こちらへおいでなさい」
「……ん」
同じくズタボロのドレスを纏った幼女がトテトテと近寄ってくる。
そのまま、ストンとエリナの膝の上に収まった。
寒そうにしているので、仕方無く上着を脱いで着せてやるが、かなりブカブカで腕が袖の五分の三程しかなく、襟元をしっかり締めてやらないとすっぽり抜け落ちてしまいそうだ。
「……良い匂いがするの」
そう言うと、まだ来たばかりなのだがうとうと船を漕ぎ始めて、遂には寝てしまった。エリナが相変わらず、シューリーが時たま浮かべる慈母のような表情で頭を撫でる。
「しかし、先生は一体どうしたのだ?患者が二人も脱け出している」
「あっ……申し訳ありませんショウサ様」
「どうした?」
「軍医様から言付けを賜ったのでした。確か、わたくしの影の者が実は大怪我を負っていて、シュジュツ?をしたから暫く寝ると」
「ふむ……」
成る程、あの男は重症を負っていたのか。
道理で動きが暗殺者にしては緩慢だった訳だ。
それにしても、先生がその場で緊急手術を施す程の大怪我を負った状態で、そのような素振りを見せなかった奴の根性も見上げたものだな。
「……やはり姉妹だから似ているな」
「やっぱり分かりますか?唯一の血の繋がった妹なので、そう言って頂けるととても嬉しいです」
「では、他の兄弟は異母腹と言うわけか。…継承権争いで面倒だな」
「ええ……既に三人程亡くなっています。どうして良い人程先に逝ってしまうのでしょうか」
「三人か………継承権争い等ヘドが出るが、良い奴程先に死ぬのは腐った奴が良い奴の後ろに隠れるからだ。私なら、先に腐った奴を引き摺り出して塹壕からほっぽり出すな」
「ザンゴウなるモノが、どの様なモノかは存じ上げませんが、ショウサ様の仰る通りです。亡くなった一人は、まだ十歳の女の子でした」
「若いな」
「ええ」
仕舞ったミヤビの薄荷パイプを取り出し、再び口にくわえる。
薄荷の透き通るような香りが、暗くなった気分をまぎらわしてくれた。
口元を拭い、エリナにも一口勧めて吸わせる。
「これって……かかか間接…うぅぅ」と小声で呟いていたのは聞かなかった事にしておく。
おどおどとしながらも、軽く吸ってはその爽快感に頬を弛ませる様は見ていて中々に面白い。
「どうだ?気分が少し晴れたかな?」
「ええ!とても。…ほんのり甘くて、スッと鼻に抜ける心地よさと来たら、とても素晴らしいです」
「そうか、良かった」




