序章1
「はあ、はあ、はあ・・・」
深い森の中、イツキは息を切らしながら走っていた。額から垂れる汗が目に入るが、それを拭う余裕すらも無い。
その原因はイツキを後ろから追ってくるものにあった。木をなぎ倒しながら追ってくるソレは、像よりもはるかに大きなどす黒い紫色の体を持ち、長く尖った牙と、赤く獰猛な目をしていた。そう、それは明らかに地球上の生物とは思えない造形、まるでアニメやゲームに出てくる「ベヒーモス」そのものであった。
「ブオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーー!!!!!」
ソレは、雄たけびを上げながら、獲物と見なしたイツキ目がけて突進してくる。しかし、深い森の中、巨大な図体のせいで却って木々が邪魔をし、本来ならば数秒も逃げ切れないであろうイツキも辛うじて逃げ回ることができていた。
「くそ!!なんなんだよ!!!」
気が付いたら、森の中に立っていたイツキは、何故自分がこんなところにいるのかを考える間もなく、この巨大な猛獣に追われることとなった。何故自分は何故追われているのか、何故自分はこんな森の中にいるのか、そもそもここは何処なのか。しかし、必死で逃げ回りながら周囲を見ていると、イツキにもいろいろと分かってくることがあった。
まず、今イツキを追いかけている生物は、どう考えても地球に存在する生物ではない。こんな生物がいたら、恐竜やUMAもびっくりだ。次に、周りの樹だ。一見普通の樹に見えるが、ところどころおかしな曲がり方をしていたり、変な葉っぱ、実をつけているものが多数ある。そしてその他の生物だ。必死で逃げている中で、猫とウサギを合わせたような見たこともない生物が目の端に見えた。
とにかく、見たことが無いものだらけだ。もしかしたら、ここは某国が秘密裏に生み出した生物の試験所のようなものかも知れないとも一瞬考えたが、そうだとしても今の技術でこんな生物を創りだせるとはとうてい思えない。
では、ここは何処なのか。イツキの頭中にはその答えが漠然と浮かんできていた。
(ここは地球とは違う異世界なんじゃ・・・)
そんなことを考えながら走っていると、すぐ後ろに猛獣が迫っていた。そして猛獣が右足を振り上げて襲ってくる。
「うわーーー!!」
イツキは転がりながらそのツメをすんでのところでかわす。すると空を切ったツメはイツキのすぐ隣の太い木をなぎ倒した。
(こ、こんなの掠りでもしたら、死んじゃうよっ・・・)
転がっていたイツキはすぐに立ち上がり、再び走り出した。茂みに足を取られてどんどん体力が削られていく。元々体力の無いイツキはすでに限界だった。これは夢なんだ。イツキは何度もそう思い、あきらめようとした。このまま猛獣にやられても、夢が覚めるだけではないか。起きればまた平和な日常が戻ってくる、そう思ったのだ。しかし、足を止めるわけにはいかない。これが夢であればそれでいいが、もし夢でなかったら、あきらめるとはイコール死である。仮に夢であっても、逃げることに不利益はないのだ。つまり、イツキはとにかく逃げ続けるしかないのだ。
しかし、ついにイツキの体にも限界がきた。蔦に足を取られて転んでしまった。立ち上がろうとしても足に力が入らない。後ろを振り返るとまさに自分に襲いかかろうとする猛獣の姿が瞳に映った。
(もうだめか・・・)
いつのまにか訳も分からず森の中に連れてこられて、猛獣に追われ、誰も知らないところで一人で死ぬ。そんな不幸をイツキは呪った。
「なんでこんな目に―――――」
そして、猛獣がイツキ目がけて、鋭いツメを振り下ろした。