チャイナドレスを着たキャラクターの魅力は10倍増
アキラとユンが選んでくれた装備を着ると、体が身軽になった気がした。いや、気がしただけではなく、実際に動くスピードが装着前とは段違いだ。
「どうかニャ」
私たちのチョイスは間違ってないだろ、と言わんばかりに、ユンが口元を弛め、尋ねてくる。
「初めは装甲の厚い装備や、でかい剣を装備するよりも、身軽で動きやすい方がいいんだ」
「そうそう。まずは動き方を覚えてから、自分のスタイルを見つけるといいニャ」
苦笑とも言える笑顔をうかべ、こちらへと視線をむけるアキラに多少の苛立ちはあったが、納得は出来る。
その後、指輪やら腕輪といったアクセサリーを揃えたあと、この世界でのメインとも言うべき武器を選ぶことになった。
アキラがセレクトしたショップは武器専門で、古今東西のあらゆる武器や、この世界でしか見たこともないものまで、多種多様な武具で店内を埋め尽くしていた。
「う〜ん、ラック君には何がいいのかニャ」
「僕ね! 二刀流をやってみたい。二つの剣をもって立ち回る姿ってカッコイイし」
「ラックは不器用だから双剣はやめて、無難に剣と盾のスタイルがいいと思う」
「不器用ってなんだ! アキラだって器用じゃないだろ」
「じゃぁ、試しに十回連続で左右の手でじゃんけんをしてみて。あいこはなし、右が常に勝つように。必ずどちらの手も一つ前と同じ形にならないこと」
「ははは。アキラは僕のことをなめすぎてるよ! 全力をだしたら十どころか百はいけるね」
右パー
左パー
「「……」」
「いやまって、そんなかわいそうな子を見る目でみないで! もう一度やらせて!」
「全力で同じ形をだす人もそうはいニャいと思う」
「これでわかったでしょ。いきなり双剣はやめて、まずは慣れなよ」
落ち込む僕を無視してアキラとユンは店の奥へと進み、なぜ両手でパーを出したのかと頭を抱えがながら二人についていく。
武具の種類は豊富で、両手でもつタイプの両手剣、西洋風の片手剣から日本刀、槍、弓、ボウガンや、魔法使いが持つ杖と小剣を組み合わせた、この世界独特の形をしたものまで取り揃えられていた。
どの武具も魅力的に映ったが、アキラが手に取ったのは伝説の武具とはほど遠い、ショートソードと呼ばれるものだった。
「これぇ? すごく普通じゃないか」
「普通でいいんだよ。武器は消耗品だからね。防具も壊れたりするけど、武器の消耗率は防具のそれより遙かに多いんだ」
「ラック君。はじめは武器の振り方を覚えるためにも、初回はこれをお奨めするよぉ」
ニャという語尾をつけ忘れたユンにまで説得されては、何も言い返せない。
わかりましたと答えて、ショートソードを手に取ってみる。
初期装備にもっていたバスタードソードよりも、やや短いこの剣は、しっくりと手に収まり、たしかに僕向きかもしれない。
何回も死んでいる僕にとっては、友人のアドバイスに従った方が良さそうだし。
先ほどの防具店で購入した、バックラーと呼ばれる小さい円盤状の盾を装備し、ショートソードを構えた僕の気分は、いっぱしの冒険者になっていた。
「よぉーし、今度こそモンスター倒すぞ! いくぞアキラ」
「まて」
「ぐぇ」
勢いよく走り出そうとしたところに、襟首を捕まれ、ひっくり返ったカエルのように転がった僕の腹に、アキラの足がめり込む。
「人の話は最後まで聞け。装備は揃ったけど、何よりも重要な『型』を覚えてない」
「ぐほぉ、ぐりぐりと足をねじこむな。型ってなんだよ。それに……」
「それに?」
「見たくもない、アキラのパンツが見えてるよ」
「死ねぇ!」
「ぐは! そんなドレス着てる奴がぁはぁ」
本当にアキラのパンツとか勘弁してほしい。中の人を想像したら吐き気がする。でも、今見た水色のパンツは目に焼き付けておこうと思う。
「こ、このゲーム痛覚はないけど、衝撃とかはあるんだから手加減してよね」
「変なこと言うからだ」
「こんな錯乱状態のアキラは放っておいて、さっき言ってた型ってなに?」
殴りかかってくるアキラと力比べをしながらユンへと尋ねてみた。
「はぁはぁ、こんなアキラを見られる日が来るなんて、ユンは幸せだニャ」
こっちはこっちで精神がどっかとんでいた。
「型は、他のゲームでいう、必殺技とかウェポンスキルに相当するものだよ」
「すぐ行こう!」
必殺技。じつに良い響きだ。
これこそ僕が求めていたゲームだ。どんな派手な技があるのかと、妄想を膨らませながら、型を教えてくれる道場へ僕らは向かった。
テレポーターで道場近くまで移動し、しばらく歩くと、「ここだよ」と示された場所には、僕が思い描いた景色はなく、煉瓦の壁と石畳の広場があるだけだった。
「ここが道場? ただの広場じゃないか」
「どんな想像をしていたのか知らないけど、ここはローマの稽古場をモデルにしてるんだ」
「教えてくれるのも、ローマ風な服装していたりするのかな」
「各都市で違うみたい。ミネルヴァは古代ローマをモデルにしている物がいっぱいニャんだ」
広場を見渡すと、初心者らしき人達があちこちで剣や斧などを振っている。
彼らの目の前にはトーガと呼ばれる、布きれを巻き付けた格好の屈強な男性や、ギリシャ神話にでてくる女神姿の人が立ち、見るからに不慣れな武器を振るうプレイヤーに稽古をつけていた。
師範代と呼ばれる彼らはノンプレイヤーキャラクターであり、実在の人間が教えてくれるわけではない。それならば、僕はここでは女神に教えてもらいたい。
「ラック、技を教えてくれる、パトリチェルさんだ」
アキラが僕にキャラクターを紹介してくれたようだが、目の前には誰もおらず首を動かして辺りを伺う。
「下じゃよ」
「へ?」
声が聞こえた下方を見やると、一瞬、人間の男の子がそこにいるかと思った。少年をよく観察すれば、尖った耳と大きな足の特徴から、彼はホビット族なのだろう。
オレンジ色の髪の毛が短く刈り上げられ、すっきりとした幼い顔立ちは。良く言ってもガキ大将、悪く言えばクソガキといった、生意気さを体現していた。背丈も僕より頭二つ分小さく、そのキャラクターが両手を胸前で組んだ状態は偉そうにしている子供そのものだ。
周りのノンプレイヤーキャラクターと違い、トーガを身につけておらず、生地はまったく違うが、どことなく柔道着を思わせる茶色の服に、紅白の帯びを締めていた。
「なにこれ」
そう言った瞬間に、ホビットは僕の脛を蹴り上げた。
「ぐあ」
痛くはない。痛くはないが、脛に蹴りを入れられる図は嫌でも痛みを思い出させる。
「ノンプレイヤーキャラクターが感情でも持っているのか? 恐るべし、科学の進化。でも同じ感情持っているのなら、あそこの女神様にべったりまったり教えてもら ぐあ」
またホビットが脛を蹴り上げる。
いい加減にしろよぉ、このクソホビット。
そう思ってホビットに蹴りをいれるべく、サッカーボールをシュートするように右足を高々と上げたところで、左足を払われて地べたに這いつくばる形となった。
カッとなった僕は、腕立て伏せの状態から勢いよく立ち上がると、腰に納めていたショートソードを抜く。
「こ、この、やるじゃないか。僕に剣を抜かせるとは」
「いや、やり始めたばかりだろ。何その、僕は強いんです的なセリフは」
「真の力を今見せてやる」
「いい加減にするニャ。話が進まニャい」
ユンから軽く頭を殴られ諫められた。
なんか今日の白川さんと晃のやりとりみたいで、心が躍ってしまった。
「ラック、人の話は最後まで聞け。こちらのパトリチェルさんはノンプレイヤーキャラクターじゃない。ちゃんとしたユーザーだよ」
「まったく何じゃこのガキは。アキたんの頼みだからと来てみたら。わしゃもう帰る」
帰れ、と言いそうになる僕の口をユンに押さえられ、アキラが慌ててパトリチェルにフォローをいれる。
「ごめんなさい。初心者な上に粗忽者で不躾な不細工で。でも初心者だからこそ、パトリチェルさんの技を教えて欲しいの」
「ぶさいぅふぇなんら」
「ちょっと黙ってるニャ」
「しかしのぉ、素質もなさそうだし、こやつが言うようにノンプレイヤーキャラクターにでも教えてもらった方がいいんじゃぁほおぅ」
最後のわけわからない声は、乗り気じゃないパトリチェルが、ちらりと出したアキラの脚に反応したからだ。
あざとい! アキラあざとい! パトリチェルはアキラの中身が男だと知っているのかわからないけども、チャイナドレス美少女から出した脚は確かに破壊力抜群だ。
アキラの魅惑的な脚に食らいつくように、パトリチェルは話しかけていた。
ついでに僕もしゃがんで見ようとしたら膝蹴りをくらった。
「ま、まぁアキたんがそこまで言うなら教えてやらんこともない」
「ありがとうございます」
頭を下げるアキラをみて、僕のためにそこまでしてくれるのが申し訳なく思い、僕も頭をさげて教えを請う。
「よろしくクソジジイ」
「ジジイとは何じゃ! わしゃまだ十五歳じゃ」
「「「歳下かよ!!」」」
全員からの全力の突っ込みだった。
書き直し(2012/4/11)