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Luck & Ruck  作者: kooo
28/30

髑髏の仮面

 僕はいつの間にか学校の廊下に立っていた。

 周りでは生徒が行き交うなか、チラリとこちらを見ては何か呟いている。その言葉は耳へ届く前に空中で飛散し、ただ悪意のみが胸に突き刺さっていた。

 これはあの日の光景だ。

 全国中学校サッカー大会決勝戦で敗退した翌日の学校で僕が見た光景。

 悪意に満ちた視線と罵倒は次第に僕を取り囲み、学校の景色は暗闇に変わり果て、汚泥と化した廊下に膝まで飲み込まれていく。

 晃! ミー太! 助けて! 声にならない叫びは闇へと吸い込まれ、そして僕は……。


「……ック君、ラック君! しっかりしてください!」


 黒い無骨なクマの手に両肩をつかまれ、激しく僕の体を揺さぶっている。

 なぜクマがこんなところに? 僕は赤ずきちゃんのごとく喰われてしまうのだろうか。いや、赤ずきんは狼だったか。


「ハカセ……」

「良かった。急に倒れたから心配したんです。そして、すいません。あなたをこんな目に合わすために、あのようなことを言ったわけではないのです。全ては私の言葉不足です。本当にお詫びのしようもない。私は今すぐここを出て行けとか、そのような事を言うつもりはなかった」


 いつの間にか床にへたり込み、ハカセに両肩をしっかりつかまれた僕は、うろんな目で部屋の片隅を見ていた。

 予想していた事態を正面から言われたショックは、想像以上だったようだ。


「私はあなたがロストナンバーだと疑ったときから決めていた事があります。ラック君、あなたさえ良ければ、ここを脱出した後、私と共に北方の街シェダルへ旅立ちましょう」


 一瞬、ハカセの言葉がよくわからず、何度も口の中で反芻する。


「シェダル……ですか」

「そうです。そこにはスタンド社時代からの友人たちが“賢者”として住み着いています」


 賢者とは会社内の隠語で、ゼウス社との合併時にS+Mの解析が進まないことに苛立った新役員たちが、旧開発チームを追い立てるように作った部署のことを指すらしい。彼らは日夜S+M内で活動し、外部のプログラマーと協力して解析を進めることを主業務としている。

 外部のプログラマーと協力して、僕はこの言葉に食いついた。もしかすれば、この世界からの脱出も可能ではないのか。はっきりしない意識は次第に覚醒していき、焦点の合わなかった視点が噛み合い、クマのつぶらな瞳とぶつかる。

 光を宿した瞳を見てとったのか、ハカセは大きく頷いた。


「そこにいけば、脱出方法はわからなくても、何かしら情報があるかもしれません。私も正体を明かしてしまった以上、桜花団とは一緒に行動できない。二人でシェダルへ向かいましょう」

「で、でも僕と違って、ハカセはS+Mをよく知る人でしょ。桜花団はあなたを必要としますよ」


 ハカセは黒く毛皮で覆われた首をゆっくりと振った。


「必要とはされるでしょう。ですが、いつしか、みなさんは私を怨み始めます。なぜ自分達がこのような目に合わなければいけないのか。人間の暗く、深い想いはいつしか、それをぶつけるスケープゴートを求めるはずです。恨み言はラフィン・スカルに、次いでこんなゲームを作った開発者たちへと移り変わり、燃え上がった炎は、一切を焼き尽くし始めます。それは善悪に関わらず、人間の業がそれをさせるのです」

「そんなわけないでしょう。サクラさんがそんなことをさせるわけがない。それに、ここで立ち去ったら、みんなはハカセに見捨てられたと思いますよ」

「かもしれません。しかし、桜花団全員で移動するのは目立ち過ぎる。賢者たちも今回の件を受けて身を隠しているはずです。大勢で押しかけた場合、隠れた彼らと合流できない可能性もあります。ここは少数で行動すべきです」


 個人の意見を言えば、桜花団のみんなと一緒にその街へ移動した方が良いとは思う。だからと言って、僕がこのままサクラさんの元に留まれば、巨大な敵が襲ってこないとはもはや言い切れない。それによってアキラたちが命を落とすことになったら,僕自身が助かったとしても、自分を許することはできそうにない。

 一時は別れようとも北方へ行き、何かしらの手がかりを得ればアキラたちを救えるかもしれない。その想いが決断への一歩を踏み込ませてくれた。


「わかりました。僕も北方へ行きます。そこで手がかりを得て、みんなと脱出しましょう」

「そう言ってくれると思いました。この街から出てしまえば転移魔法ですぐ近くまでは行けます。我々が賢者と対策を練っている間、桜花団の皆さんには安全な場所で留まってもらいましょう」


 ハカセは右手で僕の腕をつかみ、半ば釣り上げるように立ち上がらせた。

 北へ行く。この決断はもう変わることはない。しかし、ここで違和感めいたものが心の奥底に引っかかった。賢者がいることを知っていながら、なぜハカセは、ラフィン・スカル事件が発覚してすぐに向かわなかったのか。桜花団の話合いのためや、マルコさんを救うためなど、理由はいくらでもあるかもしれないが、別働隊として移動し、情報を得ることも可能だったのでは。

 それを尋ねようとしたとき、クマの手が僕の口を塞ぎ、部屋の片隅へと追いやった。

 ハカセは口元に手をやり、音を立てるなというジェスチャーをすると、いくつかの単語を呟き、魔法を完成させた。

 暗く青い光が僕らを球体で包み、周りの物に擬態する【石ころ帽子】を使用したのだと教えてくれる。


『すいません、とっさだったので説明する暇がありませんでした』


 頭の中にハカセの言葉が響き、僕も直接通話でハカセに返す。


『どうしたんです?』

『あれを』


 クマの爪が一点を指すと、先ほどまで暗かった壁に光の筋が浮き上がり、次第に強い白線を描きだしていた。白線は下から上へと長方形を描き、線から面へ、面から立体的な扉へと変わり、内側から二つの人影を吐き出した。

 人影は逆光で顔までは確認することができなかったが、二人組だという事、後ろを歩いている人が、前を歩いている人を小突くように押しながら部屋へ入ってきたことまではわかった。

 堅いブーツが石床を踏みしめ、コツコツと歩く音が静かな部屋に反響する。光の扉はゆっくりと消え去り、元の石壁へと姿を変え、辺りはまた暗闇に飲み込まれた。

 二人組が中央まで来ると、後ろを歩いていた人間が前の人を蹴倒し、床へと転がした。

 暴行を加えた人間は床に転がるそれを見下ろしながら、片手を上げると口元から短く【ライト】という呟きが発せられた。上向きにされた手の平にぼんやりと光る球が出現し、それがゆっくりと上昇するのと比例して光量が増していく。

 天井付近に浮かんだ小さな月とも言うべき照明は、室内をやわらかな明かりで満たし、薄明かりに照らされた宝物庫は、暗闇で見ていた印象を真逆にしてくれた。

 先ほどまで金か銀かもわからなかったインゴットは、神々しい輝きを放ち、箱に詰め込まれた宝石もルビー、エメラルド、サファイアと色とりどりの美しさを露わに、天井からもたらされた光源を反射している。金銀から宝石へ、宝石から装飾品へと乱反射した月明かりは、最後に部屋の中央にいた二人を四方から照らしだしていた。

 僕はようやく見ることができた二人組の顔をみて衝撃を受けた。

 一人は床に横たわり、顔こそよく見えなかったが、紫色の髪の毛をオールバックに固め、白いスーツに身を包んだ姿は見間違いようもない。アルカノだ。

 アルカノは後ろ手に拘束され、魔法を使わせないためか、指も一枚の板で固定されている。

 僕が衝撃を受けたのはアルカノを見つけたためではなく、その後側に立ち、アルカノを蹴飛ばした人物の顔を見たからだ。正確には顔ではなく、そいつが被っていた仮面を。

 仮面の人物は頭から足先まですっぽりと黒い布を被り、男か女かもわからなかったが、顔の位置には水晶の髑髏型仮面が張り付いていた。透明度が高い水晶は複雑な凹凸が光を微妙に屈折し、仮面を被る人間の素顔まで晒してくれなかった。ただの髑髏であれば、これほど視線が釘付けになることもなかったのだが、僕にはその髑髏がどう見てもラフィン・スカルのそれと重なって見えてしまう。

 頭蓋骨を一目見れば、ここの鼻骨や蝶形骨の形が違うと言い当てられるほどの髑髏マニアでもない僕だけど、それでもこの水晶髑髏がラフィン・スカルとそっくりだと言えるのは、仮想世界でこの言葉を出すのはためらうが、雰囲気がそう思わせるのだ。


『すこし様子を見ましょう』


 アキラたちにこのことを知らせるため、フレンドリストの通話ボタンに手をかけたのと、ハカセが静止するように短い通話を投げかけてきたのは同時だった。


『でもハカセ、あれは……、あれはラフィン・スカルかもしれませんよ。ここであいつを捕まえれば、一気にこのデスゲームも解決するかも』

『まだあいつがラフィン・スカルかどうかはわかりません。うかつに動くのは危険です。行動を起こすにしても、少しだけ見守った方がいいでしょう』


 確かにここですぐに動くこともないか、そう思った僕はハカセの指示に従うことにした。

 髑髏仮面はぐるりと室内を見回すと、足下にいるアルカノに向かって侮蔑の色がにじみ出る声で語りかけた。


「ここがご自慢の宝物庫か。俺も初めて入るけど、なんていうか、滑稽だな。こんなデジタルデータを集めて楽しいのかね」


 髑髏仮面から発せられた声は、どこか聞き覚えのある男性のものだった。つい最近この声を聞いたはずなのに、色々とあったせいか、まったく思い出すことができない。

 この声に床を舐めるように顔を伏せていたアルカノが激しく反応した。


「てめぇ、いい加減にしろよ! この手枷を外せ!」

「馬鹿を相手にするのは疲れる。それを外して、俺に何の得がある?」

「お前じゃ話にならねぇ。エウロパを呼べ! カリストでもいい、そい……」


 アルカノはそれ以上、言葉を発せられなかった。

 髑髏仮面が足を振り上げ、アルカノへ向けて蹴り抜いたからだ。強烈な蹴りをかわすこともできず、腹部に食らったアルカノは、苦悶の表情を浮かべながら床を転がる。のたうちまわるアルカノを髑髏仮面は容赦なく踏みつけ、俺の話を良く聞けといわんばかりに、耳の端を引っ張り上げた。


「アルカノちゃーん。あんまりふざけたこと言ってると殺すよ?」

「あの方に、ジュピターに、ジュピターに会わせてくれ!」

「まだ、そんな図々しいこと言えるんだ。あの方に秘密でコソコソと動き回ってたお前が、会ってどうする」

「違うんだ! ジュピターの誤解を晴らしたいだけなんだ」

「誤解って何さ。マフィアの麻薬取引にこのゲームを利用して小銭を稼いでたこと? 仮想空間でセックス接待してた政治家や企業の上役どもへの献金のこと? それとも……あいつらが隠した『カギ』を、お前が持っていることかなぁ」

「な!?」


 明らかに動揺を見せたアルカノは目を泳がせ、髑髏仮面から逃れるように顔を背けた視線が、偶然にも僕のそれと交差する。


「あの方は全てをご存じだ。お前が数百億って端金を稼ごうが、マフィアや政治家どもと関係を深めようが、一向に構わないと。だが、『カギ』の件は別だ。あれは我ら全員が至上命令として仰せつかっていたはずだ。その『カギ』を見つけながら隠してたことは許されねぇな」

「ち、違う、俺は、すぐにでも報告しようと思っていたんだ。ただ偽物の可能性もあったから精査しなければと……」

「それが間違いだと言っている。『カギ』もしくはそれらしき物を見つけたら、報告、連絡、相談すべし。入りたての新入社員でも教わることだろうが。お前は意図的に『カギ』の所持を隠したんだ。あの方が求める情報を独り占めにするためにな」

「ちがう! 現にあれは『カギ』ではなかっ」


 アルカノは言葉を無理矢理切り、口をつぐむ。言い過ぎてしまった、そう後悔する表情を顔に貼り付けて。


「ほう。『カギ』ではなかったか。なぜ、それを知っている。まるで試したみたいだな」


 髑髏仮面に煽られながらも、なお堅く口を閉ざし、アルカノは挑発に乗ろうとはしなかった。その態度に、いとも簡単にブチ切れたのは髑髏仮面の方だった。


「黙ってんじゃねーぞ!」


 怒声が部屋に響き渡り、二度、三度とアルカノを蹴り上げる。

 アルカノは先ほどとは違い、何度蹴られようとも決して口を割ろうとせず、度重なる暴行は家庭用ゲーム機なら間違いなく倫理規定に引っかかるほど凄惨で、耐えられなかった僕は目を逸らしてしまった。


『ハカセ、あいつを止めますか』

『いま、我々が出ていっても何かが解決するとは思えません。それに、このままスティーブが殺されるのなら、手を汚さずに済む』


 ゾッとした。まるで背中に氷を差し込まれたように。

 僕は伏せた視線を恐る恐る隣にいるハカセへと向けた。隣にいるのは温和でやさしいテディーベアではなく、雪山で餌を求めるヒグマなのではないか、そんな気分にさせられたのだ。僕の視線に気がついたのか、ハカセはクマの顔を一瞬引きつらせ、いつもよりやさしい口調で話しかけてきた。


『過激な発言でした。ですが、彼らが先ほどから言っている『カギ』が気になっているんです。彼らの会話からもう少し情報が引き出せないかと思いまして』

『さっきから頻繁に出てきますよね。何か重要な物の『カギ』なんでしょうか』

『兄の日記に出てきた『カギ』と、彼らの言っている『カギ』は一緒なのではないか。根拠はないですが、私はそう思っています。それに会話に出てきたジュピターという単語、これも引っかかるのです』

『ジュピターが、ですか。たしか木星でしたっけ』

『天文という観点から言えば正解です。しかし、ジュピターは英語でJupiterと書き、ローマ神話ではユピテルと読みます』

『ユピテルって、この世界じゃ、貨幣の単位や王様の名前ですよね』

『髑髏仮面があの方と呼ぶことから推測しても、ジュピターは地位の高い人物であることがわかります。ラフィン・スカルを思わせる髑髏仮面、ユピテル王、ジュピター、これらを照らし合わせても、まったくの無関係とは思えない。さらに付け加えるのなら、ジュピターにはもう一つの意味合いがあります』


 ハカセの推理に思わず唾を飲み込む、ような気持ちになった。


『古来よりジュピターもしくはユピテルとはギリシャ神話のゼウスを指す言葉でもあるんです』

『ゼウス!?』


 ゼウス、この単語だけを聞けば何にも考えずに神話を思い浮かべた。だが、このゲームの運営がゼウス社となれば、話は別だ。


『偶然の一致、と言えればいいのですけど。私たちは思わぬところで、デスゲームの根幹に触れているのかも知れません』

『ハカセ、仮にゼウス社がこのデスゲームに関わっているとしたら……、運営が助けてくれる可能性が消えたことになりませんか。そうなると、さっき言っていた賢者の助言も期待できないのでは?』

『一般社員がこの件に関わっているとは考えられません。今回の件は明らかな犯罪行為です。その片棒を担ぐとはとても思えません。おそらく一部の人間だけのはず。あの方と畏怖する呼び方からもゼウス社の幹部である可能性は大です。それに一般社員が何かしら知っていた場合、私の耳にも当然入ってきていたはずなんです』


 当然と言い切ったハカセは何かしらのコネを未だにゼウス社に持っているのだろう。そのことを訊いてみようとしたとき、髑髏仮面とアルカノに動きがあった。

 口を割らないアルカノに対して、髑髏仮面はとっくに暴行をやめ、身動きせずにその場にたたずんでいたのだが、その理由が今わかった。

 アルカノたちが現れた壁に再び白線が描き出され、光の扉を作り出すと中から、またもや人間を吐き出した。おそらく直接通話なりで仲間を呼んでいたのか。

 人影は髑髏仮面と同じく、黒い布を頭から被り、顔の位置には例の仮面を着けていた。新たに加わった髑髏仮面は格好こそ一緒だが、細身で初めの髑髏仮面よりも一回り背が低い。


『ハカセ、また髑髏仮面が現れましたよ』

『やつらがラフィン・スカルだとすれば、単独犯ではなかったということですね。これだけ大規模な行動を起こせるのですから、組織的犯罪だと思うのは当然でしたか』


 僕らがあれやこれやと話している間に、小柄な髑髏仮面は、仲間に向けて話しかけていた。


「イオ、まだこいつに手こずってるの?」


 小柄な髑髏仮面から発せられた声は、透き通るようなソプラノボイスで、僕はこいつの中味が女性キャラだと勝手に想像する。


「なかなか強情でね。カリスト、君からも説得してみてよ」

「アルカノ、なんでそこまで意地になるのよ。『カギ』を持っているのなら素直に渡せばいいじゃない」

「は、『カギ』を渡したら俺は用済みだろ。今回の件だって俺にはまったく知らせがこなかった。なぜだ! ジュピターのためにこれほど尽くしてきたのに」

「いやね、いい大人が拗ねた姿って。今回の件が知らされなかったのは自業自得。あの方は、あなたが『カギ』を手に入れたことを前からご存じだった。なのに、あたなは報告どころか、それを元に色々と試していたみたいね」

「だから、それはジュピターに正確な情報を渡すためと何度も言っている」

「それこそ間違いでしょ、『カギ』を見つけたら……」

 

「やめとけカリスト。それは俺も言った」イオが小柄な髑髏に向かって言い放ち、会話を中断させた。男の髑髏仮面はうつぶせになっているアルカノを蹴飛ばし、仰向けにさせると、哀れな紫髪男の胸板を踏みつけた。


「アルカノよく聞け。『カギ』を持って優位に立っていると思ったら大間違いだ。あの方は『カギ』がなくても今回の行動を起こした。これがどういう意味を持つか、ピンクどころか紫に染まっているお前の脳みそにわかりやすく諭すなら、もはや『カギ』は最重要ではないということだ」

「……」

「は、いまさらそんな目をしてもだめだ。『カギ』を所持していればお前は殺されないと思っているんだろ。その前提が間違いなのだ。我々がお前を拿捕しにきたのは心優しいあの方が、最後のチャンスを与えてやれと言われたからだ。わざわざ宝物庫にまでお前を連れてきたのは、隠し場所がここではないかと判断した俺のお情けなのだよ。だが、これ以上は時間の無駄のようだな」

「待て! 俺は何も『カギ』を渡さないと言っているわけじゃない。ジュピターに直接お渡しするつもりでいたんだ」


 アルカノの虚しい言い訳は届かず、イオは部屋に入ってきたときと同じ動作で片手を上げ、呪文を唱え始めていた。さっきと違うのは、内容こそわからないが、会話の流れから言えば、アルカノが殺されるか、それに類する攻撃魔法を唱えているのは確かだ。


「さよなら、アルカノ」


 カリストが仮面の口元に手をあて、投げキッスをアルカノに贈る。

 どうすべきか、判断に迷っていた僕と違い、ハカセは両手をすばやく動かし魔法発動のモーションを取っていた。

 

「拘束の聖鎖」

 

 ハカセが呪文を口にすると、複数の光の鎖が髑髏仮面二人の足下に出現し、足から胴、腕へと全身を地面へ縛り付ける。身動き出来ない髑髏仮面たちは、一斉に視線をこちらへ向けたのを見て、僕らの姿を隠していた【石ころ帽子】の効果が切れたことを悟った。


「ネズミが紛れ込んでいたようよ。どうするの、イオ」

「ケハハハ。アルカノちゃーん。ここには誰も入れなかったんじゃないのぉ。ネズミが二匹も入り込んでいるけど」


 髑髏仮面たちは拘束されているというのに動じることなく、ケハケハという笑い声を漏らす。


「お前らがラフィン・スカルだな。今すぐこのゲームからみんなを開放しろ!」


 隠れている必要もなくなった僕はハカセの後ろから、髑髏仮面に向かって叫ぶ。なぜ後ろからかと言えば、ハカセが僕を護るように前に出たのと、僕自身が敢えて前に出ようとしなかったからであり、巨大なクマの後ろに隠れてコソコソしていたわけではない。


「お前らには聞きたい事がある。我々と一緒に上の階に来てもらおう。それからスティーブ、お前にも一緒に来てもらう」


 凄んだクマがどれだけ迫力あるのか、アキラたちに伝えきれないのが残念になるほど、ハカセから溢れ出るオーラに圧倒された。スティーブと呼ばれたアルカノは一瞬身を強ばらせたが、髑髏仮面たちの表情は水晶の妖しい光に隠されまったくわからない。


「ケハハ。俺達に一緒に来いってよ。どうする、カリストちゃん」

「いやね、身の程知らずって。まさか、これで私たちの身動きを封じ込めたと思っているのかしら」


 不遜な態度でイオとカリストは体をひと捻りする。たちまち彼らを束縛していた光の鎖は粒子となって砕け散り、埃を落とすように体を手で振り払う態度は余裕の現れか、こちらへ何かを仕掛けてくることもなくイオはアルカノを小脇に抱え込んだ。

 これに慌てたのはアルカノだ。

 

「キーファ! キーファだ、あいつはキーファなんだ」


 アルカノ自身もこのままどこかへ連れ去られれば、終わりだと察したのか、もはや面子や矜持をかなぐり捨て、やたらと喚き立てたのが結果として幸いとなった。

 髑髏仮面が意外なほどこの言葉に反応したからだ。

 イオはアルカノを無造作に地面に放り出し、


「キーファ!? まさか、キーファ・クルエルか!」

 

 髑髏の二人組はこちらを見たあと、お互いに視線を交わし合い、


「「ビンゴォオオオオオオオ!!」」


 部屋中の石壁が震えるほどの金切り声を上げた。

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