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Luck & Ruck  作者: kooo
27/30

ロストナンバー

 地下への階段を降りた僕らは、この後どうするかを話し合った。

 ハイム城の地下通路の壁は大小様々な石が組み合わされ、まるで日本の城の石垣のようだ。しかし、ここはダンジョンではなく、あくまでも城の地下という位置づけのため、通路には松明が備え付けられ、視界は確保されていた。幅もパトなら十人、大人なら八人は並列に歩けるほど広かったため、白川さんの先導で、僕ら五人は横並びに移動し、地下を探索することに決めた。

 だが、ここで問題が生じた。

 【ヘンゼルとグレーテル】を使えるのは白川さんだけなので、彼女が先導する形で歩いていたのだが、彼女はかなりの方向音痴だったようだ。

 この事に気がついたのは、スタート地点である階段に、三度ほど戻って来たときだ。

 てへへ、と微笑む彼女を、僕はもちろん許した。他の三人の視線は冷たかったけど。

 すっかり自信をなくして肩を落とす白川さんに、パトが『札』を作成してくれと頼んだのは、三度目のスタート地点へ舞い戻ってきたときだった。


「『札』ってなにさ」

「『札』とは、魔導師が作った自作魔法をアイテムとして書き出し、他人に譲渡できるんじゃ」


 パトが言うには、札は、『呪符』、『スクロール』、『魔符』、と色々と呼び方はあるが、一般的に札と呼ばれ、ひとつにつき一回だけの使用しかできないアイテムなのだそうだ。これの販売が魔導師の主な収入源になるとか。

 魔法が苦手な人、または剣士のこだわりのために魔法をつかわない人などは、狩りの度にどこかで札を調達し、移動手段やモンスターを狩る罠に使うらしい。

 剣士の心情はわからないけど、魔法はダメで、札が有りなのが何とも言えない。

 パトから頼まれた白川さんは快諾し、鞄から短冊状の紙束を取り出すと、そこに手をあて何やら呪文を唱える。

 白紙だった紙に文字らしき物が浮かび上がり、白い紙が青く輝きだした。これで札の完成らしい。

 それを一枚ずつ僕らに手渡し、パトたちは、それを手に持つと【ヘンゼルとグレーテル】と口々に唱えた。僕も慌てて、真似をする。

 一秒後に、手元の札は光の粒となって消えさり、魔法の効果が発動されたのか、通路に散らばるパンくずらしきものが視界に映り込む。そのパンくずを頼りに僕らは歩き出したのだが、通路の岐路になる度に、僕らは絶句していた。


「これは……」


 思わず口をついて言葉が出てしまった。確かにパンくずは落ちている。

 万弁なくどちらの通路にも。一斉に白川さんの方へと振り向くのと、彼女が視線を明後日の方向に向けたのは同時だった。僕はがまんしたが、他の三人のため息が漏れ聞こえたのは、仕方のないことだろうか。


「仕方ない、ここは久々にマッピングするかの」


 パトが鞄から方眼紙、それにペンを取り出し、何やら線を引いていく。方眼紙の片隅には方位磁石の絵が描いてあり、それは絵でありながら、パトが向きを変えても、しっかりと北側を指していた。


「何やってるのさ」

「マッピングじゃ。このゲームはオートマッピングとか気の利いた物はない。じゃから、自分で地図を製作するしかないんじゃよ」

「うわぁ、面倒だね」

「慣れると楽しいもんじゃよ。他のユーザーが未踏のダンジョンマップは高値で売れるしの。まぁ、偽物も多いがね」

「それなら、わたくし口紅を持っているので、壁に印をつけていきますわ」


 ちょっとしたダンジョン探索だね。僕はそんなことを言いながらも、すこしだけワクワクしていた。

 この世界に来てから、狩りらしい狩りも、このようなダンジョンの探険もせず、ラフィン・スカルのデスゲームに突入してしまった僕にとっては、初のパーティ探索みたいなものだったし。

 地下通路は、多少入り組んではいたものの、それほど複雑な作りでもなく、何度か行ったり来たりしていくうちに、パトの自作地図は精度を増していき、大まかな見取り図が完成していく。

 白川さんが見た、アルカノが消えた壁は、奥まった通路の行き止まりにあり、パトの地図が無ければ偶然に辿り着くことはなかったことだろう。


「ここだわ」


 白川さんの情報通り、壁の前には大量のパンくずが雪のように降り積もっていた。

 アキラがその壁を叩いたり、耳をあててみたが、すり抜けるようなことはなかった。


「本当にこの先に隠し通路みたいなものがあるのかな?」


 実際に手を出してみたアキラがぽつりと漏らす。


「ボクはこの中にアルカノらしき人が消えていったのを見たよ。嘘はついてない」

「ああ、ごめんなさい。疑ったわけじゃないの。ただ、この壁を抜ける手段があるのかなと」


 シーフツールを出して、調べてみるか、アキラがそう言って鞄から何やら茶色に包まれた小型のバックを取り出すと、中からは細長い鉄の棒がついた道具を数本とりだす。その鉄の棒には独特の凹凸があり、鍵の解錠に使うのだとか。ピッキングと呼ばれる行為なのだが、現実世界では電子錠が発達しているため、実際の鍵とか錠前を見たことがない僕にとっては、その道具類が新鮮に映る。

 その他にも金テコ、錐、ハンマー、カギ爪のついた道具など、バラエティに富んで道具が鞄から出てきた。

 道具類の中から、片目につける拡大鏡を装着したアキラが壁に張り付き、隙間などを調べ始める。


「なんか、今のお前の格好って、昔じいちゃんに見せてもらった怪盗アニメみたいだな。シーフツールとかあるけど、この世界ってそういったこともできるの?」

「ラック、この世界で最も人気の高いジョブはシーフですわ」

「そなの?」

「他人から物を盗む喜び。現実世界では出来ない背徳感と相まって、誰もが一度は通る道、みたいですわ」

「まさかミンメイも盗みを?」

「わたくしはやりませんわ。人から物を盗むなんて。それよりも盗まれたときの怒りが未だに忘れられません!」

「何か盗まれたんだね」


 何を盗まれたかは教えてくれなかったけど、この世界のシーフという立場については訥々と語ってくれた。

 デスペナルティがアイテムかお金のランダムドロップとなるS+Mにおいて、よほどの決戦以外では、だいじなアイテムを持ちあるかない。それを持ったままのプレイヤーは、自分が絶対に死なないと思っている自信家か、装備自慢をしたい目立ちたがり屋しかいないそうだ。そのため、各ユーザーは【銀行】や各自が持っている金庫に、その日は使わないアイテムや金を預けるなりして、狩りへと旅立つ。

 現実世界なら銀行に忍び込む泥棒は皆無なのだが、この世界では違う。【銀行】が用意した様々なトラップ、傭兵団をすり抜け、お宝を奪う快楽に溺れた盗賊たちが、あの手この手で忍び込んでは盗みを働くのだそうだ。さすがに【銀行】を襲う盗賊団は名前が知れ渡った集団たちで被害も滅多にないとは言ってたけど。

 その他にも盗賊たちは、各ユーザーが用意した秘密の場所やギルド金庫を狙う。しかし、罠や待ち構えていた金庫番に返り討ちに合い、逆にアイテムやお金をその場に落としていくのが大半だとか。


「なるほどね。でも、死んだら終わりの今は、プレイヤーがだいじなアイテムを全部持ち歩くことになるよね。それならシーフ家業も干上がりそうだね」

「マジックバックのスロット数も限りがありますわ。余剰品はどちらにしろ銀行なり金庫にしまわないと。それに、今度は相手を殺してドロップアイテムを狙う強盗が増えそうで怖いですわ」


 強盗。ニュースでは良く聞く単語は、現実世界では遠い存在に思えた。それが今では身近に聞こえて酷く僕は不安になる。その不安さを打ち消すようにアキラは壁から身を離し、こちらへと振り向いた。


「だめだ。色々と調べてみたけど、それらしいのはないね」


 早々に匙を投げたアキラがお手上げのポーズをとる。


「壁の破壊とかできないの?」

「やれないことはないけど、さっきパトリチェルさんが言ってたように城の防御値が関わってくる。防御値がゼロになれば、今度はこの壁の純粋な耐久力値になるけど、防御値が無くなると言うことは、朱雀もこの城を破壊できるってことだからね」

「お手上げか。また地下を一通り探索してみる?」


 僕はそう言いながら、アキラが調べていた壁に手をやる。すると、そこには壁など無いかのように手が吸い込まれ、僕の右手は壁と一体化してしまった。すぐに手を引っ込め、まじまじと右手を見つめるも、右手は何も変わらず、そこに存在した。


「なんだこれ」


 もう一度、壁に右手をあてると、やはりすり抜けた。思い切って顔を壁に押しつけると、他の石壁のようにぶつかることもなく、すんなりと通り抜けてしまった。

 壁の向う側は薄暗く、目が慣れるまでは何があるかわからなかったが、踊り場と、その先に下へ降る階段らしきものが見えた。

 もう少し踏み込んでみるかと思った矢先、後ろで悲鳴が上がった。


「きゃぁぁぁー!! ラック君が壁に喰われてる!」


 白川さんの勘違いとも言える悲鳴の後は散々だった。

 アキラ、ミンメイ、パトが僕に一斉に飛びかかり、三人がかりで後方へと引き戻されたのだ。当然、僕は壁に喰われていたわけでも何でもなかったため、後方に四人揃って盛大に転んだ。白川さんを巻き込んで。


 この壁は不思議な構造をしていて、通り抜けられるのは僕だけなのだが、何が不思議かと言えば、この壁を通るときに、僕の手を取っていたプレイヤーも一緒に通過することが出来るのだ。

 手を取り合えば全員が壁を通り抜けられると考えた僕らは、僕、アキラ、ミンメイとお互いに手を取り合い、壁をすり抜けられるか試してみた。

 結果は、さすがにそこまでは甘くなく、アキラが完全に壁を越えた瞬間、ミンメイ以下は外へと押し出されてしまった。

 この他に、例えば僕とアキラが入り、僕だけが外に出たとする、するとアキラも強制的に外の通路側に排出されることもわかり、試行錯誤を繰り返した結果、どうやっても壁をすり抜けられるのは、僕とあと一人だけという結論に至った。


「とりあえず、団長に連絡して判断を仰ぐべきじゃの」


 パトがリンカーでそのことを報告すると、十分後には、この地下通路前は、サクラさん達一行で埋め尽くされることになった。

 地下まで降りてきたサクラさんは、僕らが指さす壁に、いきなり掌打を叩き込むと、ズシンと重たい音が彼女の手の平から壁に伝わるも、石壁には何の変化も見られなかった。本当にこの先に階段があるのかと疑っていた面子も、僕と一緒に壁の向こうへ行くことで、ようやく納得する始末だ。


「なるほどのぉ。これはまた不思議な作りじゃ。私らにはただの壁にしか見えんのに、小僧と通るとすんなり入れる。さて困ったのぉ」


 壁の向こうにアルカノがいるかもしれない、しかし、罠かもしれない。それなのに、向こう側へ行けるのは二人だけ。しかも、一人は必ず僕でなければならないと、悪条件が揃っているなか、一緒に行くと言ってくれたのは、サクラさん、アキラ、ミンメイ、パト、ハカセの五人だけだった。

 サクラさんは周りが反対し、ミンメイはここでアルカノに捕まったら元も子もないと、サクラさんがダメ出しをした。

 残ったのはアキラ、パト、ハカセなのだが、パトは純粋なファイターのため、魔法を使えず、アキラは回復魔法は使えるが支援魔法がないため、却下された。

 消去法とはいえ、残ったハカセはクマのクレリック、略してクマリックの異名を持つほど回復、支援系魔法に長け、桜花団での支柱的存在なんだとか。そんなハカセが一緒に来てくれるのなら心強い。

 もしもの事態のために、サクラさんは僕にマーキング魔法をかけてくれた。

 この魔法はサクラさんが【引き寄せ】を使うと、マーキングした任意の物体がその手に引き寄せられるというのだ。危険が迫ったとき、サクラさんに連絡をすれば、僕は引き寄せられ、通路外へと脱出できる算段だ。その時はハカセも一緒に出られることになる。

 

 ハカセが黒い光沢を放つ鎧兜を装着し、野球のバットを三本ほど組み合わせたようなメイスを右手に、分厚い鉄板を長方形に切り抜いただけの、装飾も何もない大きな盾を左手にかざしたとき、本当にこの人は回復系なのだろうかと疑いの眼差しを向けてしまう。

 感触を確かめるようにブンブンと風を巻き起こしながら、右手に持っていたメイスを何度か素振りをしたあと、それを腰に装着したハカセは、僕の頭にクマの手をかざす。

 周りには聞こえないくらいの声量で何やら詠唱をすると、クマの指(?)が器用に動き、【暗視】と【音無】の魔法を僕にかけてくれた。

 【暗視】は暗闇でも昼間のように見通せ、【音無】は足音どころか、ハカセの鎧がこすれ合わさる音すら無音にしてくれる。

 アキラやミンメイが「気をつけて」と言うなか、僕とハカセは壁の向こう側へと歩を進める。

 ハイム城の一階分ほど、階段を降ると、その先に長い通路が続き、【暗視】をかけてもらった僕でさえ、先が暗くて見ることができない。

 ハカセの【暗視】がなければ、鼻の先に突きつけられた指すら見えないことだろう。

 【暗視】以外にも頭上に光球を浮かべて周囲を明るく照らす【ライト】魔法もあるらしいけど、この先にアルカノがいる可能性を考慮して、目立つ魔法は、なるべく避けることにした。

 慎重に進む僕らの思惑は予想を裏切られ、モンスターが出るどころか、迷宮にもなっておらず、ひたすら長い一本道を進むだけの単調な探険となった。

 両側に広がる壁は、石のブロックを積み重ねた変哲もないもので、隠し通路の類は見受けられない。念のためハカセの探索魔法も同時併用して歩を進めたが、反応はなし。

 歩き始めて五分ほど経ったころ、長い通路の先に両開きの扉が現れ、重厚そうな鉄扉に手をかけようとしたとき、横合いからハカセが僕を止める。


「まずは、トラップの有無を確認すべきです」


 ハカセはクマの両手を組み合わせ、「パンダ」とか「テディ」とかの単語は聞き取れたが、あとはわからない言葉を並べ、魔法発動のモーションを取る。

 伸ばした両手の十指から光の球が飛び散ると、扉にぶつかって消え、十個の波紋を広げた。

 僕にはさっぱりわからないが、これがトラップを見破る魔法なのだろうか。ハカセはその他に、数度魔法を使い、慎重に事を進めているようだった。


「大丈夫です。どうやら罠らしきものはかけていないようです。扉の向こう側も探索しましたが、広い部屋があるだけで、誰もいないみたいです」

「他に部屋を探すにしても、一本道だったし、アルカノはここからとっくに移動したのかも」

「とりあえず、部屋の中を探索してみましょうか」


 ハカセのお墨付きをもらった僕は、改めて扉を押してみる。鍵はかかっておらず、体はすんなりと扉の向こうへ傾いた。


「鍵もかけてないんなんて、不用心だな」

「アルカノとしては、自分以外に入ることが出来ない隠し部屋に、罠や鍵など不要だったのでしょう」


 扉を開けた先には、かなり広い部屋が僕らを出迎え、アキラが言っていた宝物庫がここだと納得させるだけのお宝が目の前にあった。

 暗視を使っているだけに、金や銀といった色合いまではわからないが、インゴットが山と積まれ、箱には無造作に宝石類が詰め込まれていた。袋詰めにされた何かが、小高い山を築き、その周りにはオブジェクト化されたユピテル貨幣があることから、きっとあれは金貨の類いに違いない。装飾が派手な甲冑や武器もあちこちに飾られている。

 この中のいくつかは失敬してもわからないだろうと、お宝に手を伸ばすも、ハカセが、ここに来るまでが不用心過ぎるので、逆にこれらを利用した罠の可能性もある、宝物を触ることによってトラップを発動させるかもしれないから、気をつけるように、と忠告されてしまった。

 せっかくの宝物を目前に、何も出来ないなんて。

 シーフの技術を取得して、再度ここに忍び込む考えを巡らせていると、ハカセがこの部屋に隠し通路があるかも知れないから探索しましょうと持ちかけてきた。

 手ぶらのまま帰るのも癪だったので、すぐにその案にのることにした。


「それにしても、僕は何で壁をすり抜けられたんでしょうね」


 クマリックことハカセは巨体を揺すりながら部屋の角を四つ足で調べており、その姿は遠方に済む親戚が玄関に飾っていた、木彫りの熊を連想させた。


「ラック君。機会をみて、あなたにお話したいことがあったんです。今の時間を利用して少しお話しても?」

「かまいませんよー」


 ハカセは何か言いよどんでいたが、一拍の間をあけつつ、語りはじめた。


「ロストナンバー、私がそう名付けたものがあります。この世界は、ある一定の確率で、イベントが起きるようにプログラムをされているんです。トリガーは、時期であったり、ユーザーがこなすクエストであったりと多種多様なんですが、その中でも特別なトリガーがあります」


 ただの高校生である僕にとって、話の内容はなんとなくわかるが、その手の知識があるわけでもなく、曖昧に返事をすることしかできない。

 ハカセは、僕のそんな態度を気にすることなく、話を続けた。

 特別なトリガーとは、イベントIDと呼ばれる識別番号を、一般プレイヤーに刷り込み、それをトリガーにイベントを発生させる、たしかそんなことを言っていたと思う。

 イベントIDは、このゲームに隠されたイベントを、無条件で発生させることができ、それを刷り込まれたプレイヤーをイベントIDキャラクターと言うそうだ。

 例えば、ある都市には天下一剣舞会なるイベントがあるそうで、これを発生させるには三万人のプレイヤーが、その都市に集まらねばならない。この剣舞会の優勝賞品は、そこでしか手に入れることができないレアアイテムで、情報が知れ渡ればすぐにでも人は集まるはずなのだが、その街には、めぼしいものは何もなく、偶発的にこのイベントが発生することはないだろうとも言っていた。そこでイベントIDを刷り込んだキャラクターが、その町に行くように仕向け、強制的に大会の存在を知らせるようにする。

 それがイベントIDを埋め込む目的なんだとか。


「でも、ハカセ、そのプレイヤーが、狙ったとおりに動いてくれるとは限らないのでは?」

「極秘ですが、プレイヤーの個人情報を収集し、そのプレイヤーの嗜好を読み取ったプログラムが、それにあったイベントIDを埋め込んでいるのです。ファッションが好きなら、それ用の。対人戦が好きな冒険家なら剣舞会のと」

「プレイヤーはイベントIDキャラクターって自覚もなく、各地を巡って、眠っているイベントを引き起こすってことか」

「その通りです。さらに、イベントIDキャラクターにもランクがあり、チルドレンが作った、最高ランクのイベントIDは、この世界で様々な現象を起こします。例えば、その人がいるとモンスターからのドロップで当たりが出やすい、そんなジンクスを周りに印象付けるかも知れません」


 言葉を切ったハカセは、僕に背中を向けたまま、黙々と部屋を調べている。

 ハカセは、何故そんな話をし始めたのだろうか?


「最高ランクのイベントIDは、ゼウス社の無理な解析作業のため、制御不能になってしまいました。しかし、S+Mの本体プログラム解析を優先したゼウス社は、そのことを周りに秘匿し、修正作業を後回しにしました。私はそれをロストナンバープログラムと名付けたのです」

「それと僕が質問した壁のすり抜けとは、どういった関係があるんです」 


 見えない手で内蔵をかき回される、そんな悪寒が僕の脳内を駆け巡る。


「仮定の話をしますが、ロストナンバーを埋め込まれたキャラクターは一般では起こりえない、様々な事象を引き起こします。隠しイベントが発生したり、誰もが出会ったことのない強敵と出会ったり、見破ることができない隠し通路が見えたり……」

「ちょっと待ってよ、ハカセは一体何が言いたいのさ」


 僕はだんだん頭が混乱してきていた。いや、ハカセが言いたいことを、僕はわかっているんだ。だが、それを言われた瞬間、僕は大地を失うほど、より所を無くしてしまうに違いない。


「私はずっと考えていました。ミネルヴァ西方に現れた白虎、そして、ここに出現した朱雀。これは偶然の出会いでしょうか。いいえ、違います。これは何かによって引き寄せられたと言ってもいい。それは何に?」


 相変わらず背中を向けたまま、ハカセは淡々と話を進める。

 僕はハカセが次に何を言い出すのか、それのみが頭の中をグルグルと駆け回った。


「ラック君。非常に言いにくいのですが、ここで言葉を濁すわけにはいきません。アルカノしか入れないはずの通路を通り抜けたのを見て、私は確信しました。白虎、朱雀を引き寄せているのは……、あなたです。あなたは、ロストナンバーを引き当てたのです」


 自分でも感じていた不安。

 僕が出会った巨大な四匹の獣たち。それが、また目の前に現れ始めた。それが指す意味は?

 僕はその不安を、心の奥底にしまっていたのだ。誰にも気がつかれないように。

 いや、少なくともアキラは気がついてたはずだ。

 僕がこの世界で出会ったモンスターたち。その相手がどういった特徴だったかを話したのはアキラだけだ。

 アキラは気がついていたんだ。だから、あんなことを言い出したんだ。


「滅多に起きることがないイベントや神獣を引き寄せる力は、通常時ならどのギルドも喉から手が出るほど欲しい存在です。そこでしか手に入らないレアアイテムを獲得できるチャンスですから。ですが、今は異常事態だ。その状況で神獣と出会えば、事情を知らない人たちにとって、強力なモンスターは災害以外の何者でもない」

「ハカセ、僕は……」

「ラック君、この先、あなたは知り合った人をことごとく危険な目に合わせることになる。ロストナンバーを抱えた君は危険人物だ」


 部屋の探索を止め、ようやく振り向いたハカセは、ゆっくりと僕の目の前に歩み寄ってくる。

 クマの顔を真剣に見たことはない。しかし、クマ顔のハカセがこれ以上ないほど、真剣な眼差しを僕に向けているのはよくわかる。そのハカセが紡ぎ出した言葉は予想通りであり、しかし、僕の心は予想外なほど打ち砕かれた。


「ラック君。あなたは桜花団を去るべきです」


 なにかが足下から崩れ去った、僕はそんな錯覚に襲われていた。

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