アキラの秘密
部屋を出た僕らは、地下に着くまでは先頭をアキラ、その後に僕が続き、さらに後ろを白川さんとミンメイ、最後尾をパトが護る形になって行くことになった。
五人が縦に並んで歩く姿は、どこか旧時代のRPGを連想させる。
一列縦隊という形に落ち着いたのは偶然で、狙った訳ではなく、まとまっての移動でもよかったのだが、このような隊列になったのには訳がある。
ハイム城の構造は単純でもあるが、城という建前のためか、人の流れを封じるような作りもしていて、長い回廊の中央と、建物の四隅に階段が備え付けられているのだが、この階段が各階で交互に設置されているのだ。
四階は四隅に階段があり、それを降って三階へ降りると、二階へ降る階段は中央にしかなく、そこへ向かって廊下を進むことになる。
僕らは探索のために最上階までいくと、来た道を戻るのが面倒だったため、先ほどまでいた部屋で食事をとることにしたというわけだ。
もっとも、この廊下を道順通りに歩いているのは僕らくらいで、ジャンプ力があるプレイヤーは、中央の吹き抜けから二階まで飛び乗ったり、三階から二階へ飛び降りたりと、ゲームならではの移動方法を取っていた。
僕らがその方法で階下へ向かわなかったのは、不測の事態にいつでも対処できるよう、ある程度の位置関係を把握しておこうとパトから提案があったためだ。
「アキラはなんで宝物庫のことなんて知ってるんだ」
黙々と歩くことに耐えられなくなった僕は、会話のきっかけのために話しかけたのだが、アキラは無言のまま、足を止めずに廊下を進んでいく。
夜が本格的に更け始めたハイム城の廊下は薄暗く、高い天井から釣り下げられたシャンデリアの淡い光が、床に敷き詰められた赤絨毯の色を辛うじて照らし出していた。
「ハハハ」「ヤメロヨー」
右手側の閉じられた扉の先から、やや甲高い声が漏れ聞こえてきた。
その声は一時の休息を楽しむものか、部屋の隙間から漏れ出る光から、何度かちらつく影が見てとれた。中では何やらパーティでも開かれているのだろうか。
左手には吹き抜けとなった空間が広がり、その先には右手側と同じように部屋の連なりが見て取れる。そこも同じように漏れ出る光が微妙に揺らぎながら、中にいる人の動きを伝えてきた。
視線を進行方向に戻し、黙々と進むアキラに声が届かなかったのかと思った僕は、再度話かけようとしたとき、頭の中に親友の声が響いた。
『俺は、一度だけアルカノに宝物庫を見せたもらったことがある。目隠しをされていたから、正確な場所まではわからなかったが、階段を降りたということだけは体感で知っていたんだ』
『アキラとアルカノって顔見知りだったの?』
『本当は、幸多と二人のときにでも話そうと思ったんだが……』
何かを言いよどむアキラの口調は重く、続きを語り出すのに、数十歩の距離と時間を要した。
『……俺はアルカノのスパイだ。いや、もう過去形だからスパイだった、だな』
アキラの突然の告白に、僕は何も言えず、お互いに無言のまま四階から三階への階段を踏みしめていた。
ようやく思いついた言葉を紡ぎ出す前に、アキラの声が僕のそれを遮る。
『何度も言わせるなよ? あまり格好がいいことじゃないし』
『なんだよ。なんでそんなことを』
『本当ならこのゲームは幸多と一緒にやるはずだったろ? だけど、お前はこなかった』
『いや、あれは』
『わかってる。別に責めてるわけじゃない。それに、元々乗り気じゃなかったし、幸多が来ないならアセントしようと思ってたんだ。だけど、旅行とか滅多に行けない俺にとって、この世界の景色は新鮮だった。アセントするのは適当に探索してからでも良いかって。街をうろついていると、何人かの男がやさしく声をかけてくるのは気色悪かったけどな』
『見てくれはいいからな』
『ほっとけ。理由はショーウィンドウに映った自分の姿をみて納得した。そっからは声をかけられても無視を決め込んでいたんだが、一人だけ変わった奴がいてね』
ーねぇ、君! 俺のところでバイトしない? 簡単な作業でリアルマネーが稼げる話があるんだ。
『幸多は下調べもなく、このゲームをやろうと声をかけてきたんだろうけど、俺はこのゲームがRMTを導入していることを知っていたから、リアルマネーって言葉に反応しちまった』
ー君なら一日に十万は稼げる。
『怪しさ120%を越える言葉に、自分からはまりにいったの?』
『リアルなら当然一笑して終わりだ。だけど、ここは仮想現実だ。いざとなればどうとでも出来ると思ってた俺は、話しだけでも聞いてみることにしたんだ』
ーこの世界で俺の愛人にならないか?
うわ。ストレートだけど、頭悪そうな台詞だ。僕に言われちゃお仕舞いだろうけど。
『晃、お前まさか……』
『それ以上想像したら殺す。だいたい、俺らにはそういったことは無理だよ。未成年だからシステム側がブロックするんだ』
『よかったよ。僕の親友がネカマどころか、それを飛び越えた存在になったのかと』
『ネカマ言うな。アルカノにその気はないと言って、立ち去ろうとした俺に、奴はさらに食いさがってきた』
ーなら、俺のところで働かないか?
『それがスパイ行為?』
『いや、初めは荷物の運び屋みたいなことをしてたな。この世界じゃ瞬時に荷物を送る手段はいくらでもあるのに、あいつはわざわざプレイヤーに運ばせるんだ。アルカノの部下から荷物を受け取って、指定された相手に手渡す。それだけで月に六万円くらいの収入があるんだ』
『俺らにとっちゃ大金だな。でも、なんでそんな役目を晃に』
『この外見のせいさ。俺のキャラクターは億単位のプレイヤーがいる中でも、かなりレアなんだそうだ。だけど、それも長くは続かなかった。この外見は思った以上に目立ちすぎたんだ。これでこのバイトも終わりだなと思ってたんだが、アルカノは次の仕事があると言った』
ー君には他にやってもらいたいことがある。
『当時、攻略プレイヤーの集まりだった桜花団へ潜り込んで、情報を送ってほしいと。団長は無類の美女好きだから、きっと君なら即入団可能だろうって』
『サクラさんは気がつかなかったの?』
『いや、すぐにばれた。今となればパイロンと団長の関係からだとわかるけど、団長に会った瞬間にスパイだろって言われて驚いたよ。運び屋やスパイとか馬鹿らしくなった俺は、団長に謝ってS+Mをやめようとしたんだ。そうしたら……』
ーおぬしみたいな美女が、この世界から消え去るなんて、S+Mワールドの損失じゃ、やめるなど勿体ない。スパイ行為で金が稼げるならするがよい。しょせんはゲームじゃ。ただし、私が許可した情報だけを流すと約束しておくれ。
『桜花団は良いところだった。初めに団長と出会っていたら、もっとこのゲームを楽しめていたかも知れない。でも裏では桜花団の情報をアルカノに流している後ろめたさがあったから、メンバーとは打ち解けないようにしてたんだ』
『そっか』
『幸多のことだから、スパイ行為を非難してくるかと思った』
『ん〜、その頃の行動については、僕は何も言えない。でも、勿体ないな、晃なら桜花団でも友人がいっぱいできただろうに』
端からみれば黙々と歩いていたアキラが、ピタリと足をとめてこちらへ振り向く。
その顔にはめ込まれたエメラルド色の瞳に、憂いとも言うべき光がゆらめいた。
『……友人か。俺にとっての友人はお前とミー太だけだ』
『何言ってんだよ。晃は僕と違って、クラスでもクラブでも交友関係は広いじゃないか。二人だけってことはないだろ』
『あいつらは友人さ。だけど、本当の意味での友人は、親友と呼べるのは幸多とミー太だけだ』
『晃……』
『お前は馬鹿で、人が良すぎる。だから、俺もミー太もお前のことが心配なんだ』
『人をガキみたいに言うな』
『実際、俺達はただのガキだろ。幸多も下手な正義感を振り回すのはよせ。世界を救うとか、誰かを助けることなんて、この世界のどこかにいる“立派な大人”がやるさ』
『誰もやらなかったら?』
『それこそ、俺らの知ったことじゃない。この世界にいる人たちを救うために、ゲームを始めたわけじゃないだろ?』
僕は言葉につまり、押し黙ったまま見つめ合う。
「アキラ、どうしたんですの?」
立ち止まっていた僕らに追いついたミンメイが、アキラに呼びかけた。
「ごめん。早足すぎたかなって心配になって。みんなちゃんと着いてきてるみたいだね」
「ならいいのですけど。ラックと何かあって?」
「いや、なんでもないんだ」
再び歩き出したアキラの銀髪が揺れる度にシャンデリアの光を乱反射し、銀色の星屑を床に落としていく。その星屑に誘われるように僕はアキラの背中を追いかけた。
僕と晃とミー太が何かをする時、命令するのはいつもミー太だった。それを実行するのが晃で、僕はその背中についていく。
それはいつからだったのか。
今では当たり前すぎて、思い出すこともできやしない。その思いを振り払うように僕はアキラと話を続ける。
『晃はアルカノが桜花団を罠にかけようとしてたことは知っていたの?』
『パイロンは知ってたみたいだな。俺には桜花団とアルカノ派が本格的に乱闘になってから指示がきたんだ』
ーこのまま桜花団と我々の間に諍いが続けば、いずれは取り返しの付かないことになる。我々は争う気はない。お前たちが人質のフリをしてくれれば、サクラと交渉して穏便にすませるつもりだ。悪いようにはしない。
『まさか目的がミンメイだったとは思わなかったけどな。アルカノが目の前に現れた時は、首を飛ばしたい衝動を抑えるのが大変だった』
晃のすこし怒りを含んだ声が、僕の頭の中にも伝わってきた。
『サクラさんにはアルカノの行動がお見通しだったのか』
『知ってたと思う。ただ、アルカノの真意がわからなかったのと、ギリギリまでは、マルコたちが人質に取られる可能性は否定できなかった。団長も俺らの見えないところでは、苦悩してたと思うよ。マルコたちを見捨てるか、あえて罠にはまるのか』
僕はサクラさんの部屋の前で覗き見た、彼女の横顔を思い出した。
あのとき、何かを考え込むサクラさんの表情は、そのことを考えていたのだろうか。
『それにね、団長にも打算的な考えがなかったとも言えないんだ。他の人たちには言ってないけど、俺らには、アルカノの罠を逆手に、混乱に乗じてべクルックス伯爵領を乗っ取るつもりだったんだから』
『人の領地を奪うのって汚名を被るってことになるんじゃないの? 混乱時なら尚更悪名が広まるだろうし、だったら、そこまでしなくても……』
『俺はそうは思わない。ラフィン・スカルの一件から、団長の考えは常に桜花団のみんなを救うことだけに集中していた。自分の知り合いを助けたいって。俺もその気持ちはすごくわかる。ただ、俺は団長みたいに桜花団全員とか、大層なものじゃない。もっと小さいさ』
『それって?』
『お前だよ。俺は、混乱に乗じて、ここから金を盗めないかと考えていた。数千万でもいい。それを元手にすれば、一億なら何とか作り出してみせる』
『一億じゃ脱出できても一人だけじゃないか。僕はお前を置いて逃げ出す気はないぞ』
『言うと思った。別にお前を助けて、俺は犠牲に……なんて考えてやしない。お前が脱出したら俺の携帯に緊急コールを送ってもらうつもりだ。そうすれば、すぐにVR世界から強制離脱さ。それが無理でもお前の家とウチは走れば三分の距離もない。この際だ、窓を蹴破って部屋に入ってきてもいいぞ。死ぬよりはマシだからな』
晃がそんなことまで考えていただなんて。
僕が世界を救って見せるだとか、誰かを助けに行くんだとか戯言をいってる間に、この非現実的な世界で、現実的な脱出手段を晃なりに色々と考えていたことを思い知らされた。
僕の前を歩くチャイナドレス姿のアキラと、現実世界での晃の背中が重なってみえる。
『それなら逆だっていいじゃないか。お前が脱出して僕を起こすなりしてくれれば』
『幸多、よく考えろ。俺がいなくなった後、お前がここに取り残されて、生き残れる自信はあるのか?』
晃の言葉が胸に突き刺さる。言ってることに反論が思いつかない。
このゲームをプレイしてから間もない僕に、誰かを助けるどころか、一人で放り出されれば、ラフィン・スカルのタイムリミットまで生き残る自信なんてあるはずもない。そんなのはわかりきっている。
晃の手前、強がって見せただけだ。
『でも、桜花団とか、白川さんはどうするのさ』
『……きれい事は言わないよ。“あの時”から色んな意味で現実を知ったからな。だから、目的のためなら、何かを切り捨てる覚悟はある』
『おい、晃』
『俺にとって大事なのは、お前を現実世界に戻すこと。そのために周りで誰が死んでも知ったことじゃない。他人を利用して生き延びれるならいくらでも利用する。たとえ、白川や桜花団が犠牲になっても……』
「晃!!」
背中を大胆に開けたチャイナドレス姿のアキラに、思い切り叩きつけた手の平は、少し高めの乾いた音を廊下に響かせた。
「いっっっつ」
打ち付けられた背中を押さえながら、アキラが憤慨した顔を僕に向けてくる。久々にまじめに怒ったアキラの視線を真っ向に受け止めながら、僕とアキラはしばし対峙した。
「どうしたんですか!? 喧嘩でもしたの?」
突然の出来事に、後ろを歩いていた白川さんが走り寄ってくると、心配そうに僕とアキラへ視線を走らせた。
「心配しないで。僕とアキラのちょっとした儀式だから」
「儀式?」
「そう。儀式。昔からの」
そう言ってアキラを見つめると、向こうも察したのか、口元を緩ませた。
「心配しないで。ラックの言うとおりだから」
「ならいいけど……」
僕と晃とミー太の儀式。
この三人のうち、誰かがひねくれたら、他の二人が曲がり始めた性根をたたき直すように、手のひらで相手の背中を思い切り叩きつける。
それが僕らの儀式だ。
晃が不良と呼ばれる先輩たちと付き合いだしてタバコを吸い出したとき、ミー太が親に反発して髪の毛を金に染めたとき、僕が世の中の全てに嫌気が差して世間に背中を向けてしまったとき、その時々に僕らは親友たちの背中を思い切り叩きつけ、叩きつけられた。
この儀式は、その後に何か説教めいたことを言うわけではない。ただ、背中を叩くだけ、それだけだ。
タバコを吸うのが不良の証だとは言わない。それが自分の意思によって吸っているのなら僕もミー太も止めはしない。だが、それが吸わされているのなら話は別だ。金髪にすることが悪いことだとは思わない。だけど、それが親への仕返しのためだけなら、また違う。そうやって、親友たちは、今のお前は間違っていると、言葉以外の手段を使って伝える。それをどう思うかは本人次第なのだ。
晃は先輩たちとの付き合いを断ち、タバコを吸うのをやめた。ミー太は親に詫びをいれて髪を黒く戻した。僕の性根は曲がったままかも知れないけど、誰かに当たり散らすのをやめた。
流れ落ちる銀髪の上から背中をさすりながら、アキラは前を向いて歩き始める。
『俺は間違ったことは言ってない。お前を必ず助ける。それだけだ』
『勝手にしろ。僕もお前を助ける。それだけだ』
アキラは美しいエメラルドグリーンの瞳を僕に向け微笑し、僕はそれを受けて、ニヤリとやりかえす。
親友が僕のために身を穢すなら、僕も親友のためにやれることをやる。
僕とアキラの内緒話ともいうべき会話はそれで終了し、それからは黙々と地下への道を進んでいった。
三階から二階の踊り場まで到着した僕は、昇る時には気がつかなかった物に、目が引きつけられた。
この城の三、四階は、修学旅行で泊まったホテルを思わせる、個室を中心にシンプルな作りだったのだが、一、二階は、他の階よりも天井が高く、とくに二階はサロンとして活用されているのか、作りが他の階とは格段に違いっていた。
黄金色に染められた背の高い柱がアーチ状の天井を支え、それらが等間隔で部屋の端から端まで幾重にも連なっている。天井から釣り下げられた数十灯のシャンデリアが二列に並び、それらが放つ輝きは、各所に配置された調度品の格式を押し上げている。
はじめて見たとき、僕はその景色に目を奪われ、サロンの外に設置された広いバルコニーの存在に気が回らなかった。
バルコニーはサロンとほぼ同じくらいの広さを持っており、そこには大砲らしき円い筒が数十台も並べられていた。それを目にした僕が急に立止まったために、すぐ後ろを歩いていた白川さんと軽い衝突事故を起こしてしまった。
「と。どうしたの急に立ち止まって」
「ごめん。ちょっとあれが目に付いたからさ。このゲームって大砲もあるんだ」
「どれ? あ〜、あれは魔砲だね」
「魔法?」
「たぶん勘違いしてるだろうから、ちゃんと説明しておくと魔法の“魔“に大砲の“砲“で“魔砲”ね。攻城戦のときに防衛側がよく使う兵器で、自分の魔法を数十倍にして打ち出せるんだよ」
「へぇ〜。なんかさ、このゲームって魔法に重点が置かれてる気がするよ。剣よりも魔法の方が強いのかな」
その一言で、急に場の空気が凍り付くのが僕にもわかった。
僕の前で立ち止まっていたアキラも、振り向いた先にいたミンメイも顔に手をやり、「余計なことを」とあからさまに表現している。
「さすがラックくん「魔法が剣(拳)よりも強いわけあるわけないじゃろ」良くわかってる」
ほぼ同時に言葉を発した白川さんとパトが火花を散らすように睨み合った。
「「あ?」」
不良映画ではよくある“ガン”のつけあいが、今まさに僕の前で展開されている。一体何事が?
「パトリチェルさん。ラックくんに変なことは吹き込まない方が良いと思います」
「いやいや、アスカさんじゃったかの? 見込みある新人には、先達として正しい道を指し示すのが筋じゃから」
「だったら、正しく“魔法”の方が強いって、ボクが教えてあげますよ」
「あ〜、なんか聞き取りにくかったんじゃが、魔法がなんじゃと?」
「知り合って間もなく、大変失礼かと思いますけど、言葉使いだけじゃなくて、耳まで遠くなったんじゃありません?」
「「ああん?」」
それ以上近づけば、そのままキスしてしまうのではと、ハラハラするほど接近した二人は、僕の別な心配を余所に剣や魔法について散々に議論をぶつけ合う。
「なんなのこれ? いったい、突然、何が起こったの?」
「本当に、余計な一言を」
僕の側まで歩み寄ってきたアキラがため息混じりに、言葉を吐き出す。
この手のゲームの最強論は切っても切り離せない代物だ。S+Mでは剣が最強、魔法が最強と仮想と現実の内外を問わず、議論が常に勃発しており、それは未だに続いているらしい。そして、一度その話題に火がつけば、剣派、魔法派と別れて舌戦を繰り広げられるそうだ。
S+Mプレイヤーの愛情表現だから、誰も結論を出そうとはしないけどね、とアキラ。僕はそれを聞いて改めて二人をみる。
パトと白川さんがどこか楽しげに論戦を交わすのを僕は少し羨ましく思った。
もっと早く、もっと違う形でこのゲームを進めていたのなら、僕もあの二人のように楽しく論議に加われたのだろうか。
クケェァ
突然、耳に進入してきた危険信号に、自分でも信じられないほどの条件反射で、体ごと反転させ、左手の平に右手を差し込む。魔法の鞘から白虎の短剣を引き抜き、それを手に臨戦態勢をとった僕を、アキラとミンメイが不思議な顔をして見つめていた。
「「いったい、どうしたの?」」
「今、変な声が聞こえなかった?」
アキラとミンメイは視線を一度交差して、僕へと向き直った。
「なにも?」
「鳥の……、あいつの声が聞こえたんだけど」
「あいつって?」
「す、朱雀の」
僕の前に立つ絶世の美女二人は、再び顔を合わせると、玉を転がすような笑い声をあげる。
「臆病だなぁ」
「心配しなくてよろしくってよ。わたくしが護ってあげますわ」
おちょくるように笑っていた二人だったが、僕がそれでも緊張を崩さないと、今度はやさしく包み込むような声に切り替え、
「気にしすぎだって。例え防御値がゼロになっていたとしても、あの巨体が城に入り込めるわけないだろ」
「そうですわ。幻聴ですわ。もっとも仮想世界に幻聴があるかはわかりませんけど」
僕らの様子がおかしいと思ったのか、白川さんとパトが論戦を中断して、こちらへ歩み寄ってくる。
「どうしたんじゃ。何かあったんか」
「ラックくん大丈夫? 顔色悪いよ」
「大丈夫……」
それしか声に出せなかった。
あの不気味な鳴き声を聞いた瞬間の、暗い穴の中へ引きずりこまれる感覚。
それが、僕らは今も、朱雀が放った炎から逃れることができず、燃えさかる朱い光の中で焼き続けられているのではないか、そんな発想を呼び起こす。
ミンメイが優しく背中をさすってきたことにより、羞恥心が復活した僕は、ようやく短剣を魔法の鞘にしまう。
周りを取り囲む四人に心配をかけまいと、この部屋が明るすぎて立ちくらみしたのかもと見栄をきり、窓の外へと視線を向けた。
暗い夜の世界と、明るい室内を遮る境界線となった窓ガラスには、シャンデリアの光の粒が反射し、幾千もの輝きを僕らへと放っている。
僕には、その光すら、得体の知れない何かがこちらを覗きみる瞳のように感じた。
クケェァ と小さく、誰も気がつかない声が、またも僕の耳へと滑り込む。
振り返った先は何も変わらず、僕を心配げに見つめる八つの眼から逃れるように、急いで階下への一歩を踏みしめた。
アキラ達は何も言わず、歩き出した僕の後を追って、地下へと一緒に歩み出す。
僕だけに聞こえた仮想世界の幻聴は、休息の終わりをつげる声だったのかも知れない。