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Luck & Ruck  作者: kooo
25/30

地下へ

 笑ってごめんね、そう言ったミンメイが食器棚から陶磁器のティーカップを僕の前に置き、紅茶を注いでくれた。

 他のみんなにもカップを置いて、紅茶を注ぐとミンメイは自分の席へつく。

 黙々とお茶をすすり、意地になった僕は着替えることをせず、元いた席に座っていた。

 不格好な短剣に合う鞘はなく、机の上に放り出して。


「そんな怒らんでも」

「別に。怒ってないですよ、パトリチェルさん」

「怒っとるじゃないか」

「ふん」

「機嫌をなおせ。お詫びにこれをやるわい」


 パトはそう言って自分の指にはめていた装飾品を外すと、僕へと差し出す。


「パトリチェルさん、これってレアアイテムじゃないですか」


 机の上に出された指輪を見たアキラが、驚きの声をあげた。


「ええんじゃ。わしが持っててもつかわんから。この指輪は“魔法の鞘”といって、武器をこの中にしまうことが出来るんじゃ」


 パトは指輪を机から拾い上げ、僕の左手を掴み上げると中指にはめ込んだ。

 薬指だったら危うくパトから飛び退くところだったが。


「これは着けただけで勝手に発動するんじゃ。その鈍、じゃなくて、短剣を左手の平に押し当ててみ」


 言われたとおりに、短剣をつかみ、先端を左手の平に押し当てる。

 ここまできて僕を騙すとも思えないが、それでも自分の手に穴をあける間抜けにはなりたくなかったので、慎重に剣先をつけた瞬間、吸い込まれるように白虎の短剣は僕の左手へと消えていった。

 あまりにも不思議な感覚に、自分の手の平を見つめ、左手を握ったり開いたりを繰り返すが、見えるのはただの手相だけ。


「これは……。どうやって剣を取り出すの?」

「右手を左手の平につっこむんじゃ」


 右手の人差し指を運命線をなぞるようにはわせると、右手首までが左手の平に飲み込まれる。

 現実でみたら卒倒しそうな絵面だったが、右手の感覚は空間らしきものを彷徨っているだけで、すぐに武器の柄らしきものを掴むことに成功し、その柄をもって左手から右手を引き抜くと、白虎の短剣が握られていた。


「おもしろぉい。なにこれ、ちょっとカッコイイかも」

「じゃろ。わしも手に入れたときは、良いおもちゃが手に入ったと遊んでたんじゃが、武器を持ち歩かんから結局ただの飾りになっての。その短剣にあう鞘はないじゃろうし、それをやるわい」

「ありがとうパト! 大事にするよ」


 先ほどまでの不機嫌さはどこ吹く風か、全ての感情が上昇気流に乗った僕は浮かれて、何度も短剣を出し入れする。

 上昇する僕の機嫌と反比例するように急下降した白川さんの視線に気がついたのは、五回目の納刀時だろうか。

 彼女は何かを言い出すタイミングを伺っているように、何度も視線をミンメイやアキラに送るが、基本的に我が道を行くタイプの二人に、白川さんのアイコンタクトはまったくと言って良いほど成功しなかった。

 パトもお茶を飲みながら、昔話を始めたため、ついに白川さんは手をあげて発言の許可を求めだした。

 思わず司会進行でもない僕が「はい、アスカさん」と許可をだす。


「アスカって呼び捨てで大丈夫。と、そうじゃなくて、ボク自身もアキラさんやミンメイさんと会えた喜びで浮かれていたから、人のこと言えないけど、こんな悠長に構えてていいんですか?」

「?」


 きっと僕に向かっての発言ではないため、敢えて何も言わなかったが、他の三人は白川さんの言った内容が理解できないのか、それともとぼけたフリなのか、首をかしげるだけで、何も答えない。

 自分の質問に対して返答がないことに苛立ったのか、白川さんが一気に捲し立てた。


「ええと。説明不足でした。すいません。あの、一度状況を教えて欲しいんです。あのでかい鳥はどうなったんですか? ボクが地下に避難している間に、ひょっとして皆さんで退治されたんですか?」

「いや、この城の上におる」


 パトが天井を指さしながら答えると、動揺したのは僕の方だった。


「城の上って、ここは最上階だからすぐ上じゃないか。大丈夫なの?」

「アルカノが言っておったじゃろ。ここの防御値を。街にある建築物とちがって城は防御値がゼロにならん限り、薄い窓ガラスですら破壊できんよ」


 なるほど。どおりであの数値を聞いた瞬間にみんなが安堵の顔を浮かべたはずだ。納得しかけた僕に白川さんが、


「ここの防御値って、いくつなの?」

「五十億らしいよ」

「何、そのデタラメな数字は。皆さんそれを本当に信じているんですか? 子供が俺は百万もってるぜ、って言うくらい嘘くさいじゃないですか」


 勢いよく立ち上がり、木製の机に両手を勢いよく叩きつける。この行動にパトが、右眉を若干動かしただけで、他の二人の鉄面皮は徹底していた。


「信じるしかないじゃろ。アルカノの様子から嘘とは思えんし、朱雀の攻撃も何度か防いでおるしの」

「それを信じて、突然ここの防御値がゼロになったらどうするんですか! 優雅にお茶なんて飲んでいないで、逃げ出すか、一刻も早く下に避難しましょうよ」

「落ち着いて」


 アキラの一言で冷静さを取り戻した白川さんが、椅子を元に戻すと「興奮してすいませんでした」と小さくつぶやき、着座する。


「逃げ出したいが、逃げ出せんのじゃ。その対策を団長達が話あっているんじゃ」

「荷物を届けてもらって申し訳なかったけど、パトはその話し合いに戻らなくていいの?」

「わしがいてもいなくても関係ないわい」

「副団長なのに」

「副団長なんて肩書きは、団長と付き合いが長いだけじゃ」


 パトは拗ねたように唇をとがらせ、話し合いの場へ向かうのを拒否する態度をとり続けた。


「パトリチェル、どうしたんですの。いつもなら団長の側にいるのに」

「ミンメイちゃん、今の状況じゃ、わしは子供なんじゃよ。それをあの場にいると思い知らされるんじゃ。団長もパイロンも中身は大人じゃ。そんな大人たちが、わしの意見を聞くわけもない。いや、団長は耳を傾けてくれるが、他は違う。誰の指示に従うかで自分の生死が決まるのなら、大人の意見に耳を傾けるのは当然じゃ」

「それで会議を抜け出してきたんですの?」

「団長が気を利かしてくれての。その場から離れる理由を作ってくれたんじゃよ。その気遣いも子供扱いされたようで悔しかったが、団長の気持ちを無下にもできんから」


 人間の子供に見えるホビット族のパトが、僕らと一緒の椅子に座ると、当然のごとく足は宙にうき、机の下ではプラプラと揺らしているのが体の揺れで伝わってくる。

 じじい言葉を使ってはいるが、その態度と心情は子供のそれに見え、パトをより幼く映し出した。


「逃げ出すことに関しては何か決まったんですか?」


 アキラが質問をすると、パトは首を左右に振った。


「ここは城下町の中心じゃ。特殊フィールドは街を囲むように発生しており、仮に東西へ向けて逃げ出したとしても、最短で1.5キロ。西は湖で可能性もあるが、東は崖で論外。南北は四百メートルと短いが、どちらにしろ朱雀の移動スピードをみたじゃろ。城門からここまで、わずか十秒ほどじゃ。俊足のアビリティをつけたプレイヤーでも百メートル五秒が限界じゃ。逃げた瞬間に追いつかれて終わりよ。せめて朱雀が城から離れてくれれば、まだチャンスもあるんじゃがの」

「さっきも思ったけど、なんでパトは朱雀の位置を知っているんだ?」


 僕は立ち上がり、窓に近づくと顔を近づけ外の様子を伺う。

 鎧戸の隙間から見える外の景色は、限定されていたが見通しは良く、遠くにある城壁の外側に炎の壁が発生しているのが見えた。

 城壁の高さを一とするなら、その外側を取り囲む炎は十。それが町を取り囲んでいるのだ。

 白虎のときを考えれば、炎の壁がきっとフィールドの境界線なのだろう。しかし、朱雀を探してみても姿はなく、パトはどうやって外の様子を伺っていたのか疑問に思ってもいた。


「ユンとハンゾウが外におる。彼らは団長の作戦のためにハイム城近くにおらんかった。幸か不幸か、わしらのように閉じ込められず、特殊フィールドぎりぎりまで退避したらしい。部隊の人間はフィールドの外に出したが、ハンゾウ達は留まって外の様子を伝えてくれるんじゃ。朱雀が城の上にいると伝えてきたのも彼らじゃ」

「パトリチェルのお話しでは、やっぱりアルカノを捕まえなければ、問題は解決しそうにないですわね」


 ミンメイがため息をつく。僕やアキラも顔をうつむかせ、今後の展開を考える。

 このままいけば待っているのは餓死だろう。酷くすれば食料の奪い合いが起こりかねない。

 白川さんを抜かした四人が、腕を組み、眉間に皺を寄せながら深くため息をつく。


「あの」


 小さく手を上げながら白川さんが発言を求めてきたので、どうしたの? と僕が彼女の発言を促した。


「あの、アルカノって人がいれば全てが解決するんですか? だったら、どうしてその人に解決させないんですか?」

「アルカノは逃げ出したんだ」


 今までの経緯を僕が掻い摘んで説明し、抜け落ちた箇所をアキラとミンメイが捕捉する。

 

「そんなことがあったんですか。ようやく状況が飲み込めてきました。変身薬かぁ、それじゃ、ボクが見たのは人違いなのかなぁ」

「アスカさん、アルカノを見たの? どこで?」


 珍しく、アキラが食いついた。


「地下です。先ほど地下に退避したってお話しをしましたよね。周りをみればアキラさんともはぐれていたし、また捕まるのも怖かったから、すぐに【姿くらまし】で自分の姿を隠したんです。そこは倉庫ぽくて、多くの人が逃げ込んでいたんですけど、しばらくすると連絡があったのか、ぞろぞろと周りの人たちは部屋を出て行きました。ボクはそのまま残って、しばらく間をあけてから、出たんです」


 そこで喉が渇いたのか、目の前にあったお茶を少し口に含む。


「その部屋を抜け出したのはよかったんですけど、地下は複雑に入り組んでて、上へいく道がわからなかったの。しばらく歩いていると、目の前を人影が通ったんです。あの人に着いていけば上に戻れるかも、そう思ったボクは後をついていきました」

「それがアルカノ?」

「顔をハッキリみてないのでわかりませんが、紫色の服に、白いスーツは間違いないです」


 白川さんが空にしたカップに、ミンメイがお茶を注ぎながら続きを促す。


「それから、どうなったのかしら?」

「それがですね。えっと、これを話して信じてもらえるかわからないんですけど」


 自分が見てきたことを整理するかのように、受け取ったカップを手の中で弄ぶ。


「見間違いかも知れないけど、ある場所の石壁に消えていったんです。スーって。あ、ちゃんと調べましたよ? 消えていった壁に手を当てたり耳を寄せたり。でも、何も見つかりませんでした。薄気味悪かったんで、すぐにその場を後にしました。しばらく迷ったあと、ようやく上に行く階段を見つけて、アキラさんと合流したんです」


 白川さんを抜かした四人は顔を見合わせる。

 ここは現実世界ではない、壁の中に人が消えようとも何もおかしくないのだ。ましてやハカセの言葉の後だ。ひょっとしたらそこにはアルカノだけしか入れない通路があるのかも知れない。


「でも、アルカノって変身薬を持ってたんだよね。逃げ出し後、飲まなかったのかな」

「ラックと違って慎重なんじゃないかな。飲んだ後の顔を誰かに見られたら意味はないし、薬自体が無くなった可能性も否定できない」


 さりげなく嫌味を言ったアキラに何か言い返そうとしたが、それをミンメイが遮る。 


「その男がアルカノ本人かどうかはわかりませんけど、一度そこを調べた方がよろしいと思いますの。アスカ、場所は覚えていて?」

「わかりますよ。地下で【ヘンゼルとグレーテル】をつかったので。これってボクのオリジナル魔法で、ボクにしか見えない魔法のパンくずを地下に巻いてきたんです。その石壁付近には大量に巻いたんで行けばわかると思います」


 自信満々に答える白川さんが、カップを口元によせ、紅茶をグイと飲み干す。


「アルカノは地下に宝物庫があると言ってたことがあります」


 ボソっとアキラがつぶやいた。


「ひょっとしたら、それかも」


 五対の視線が交差し、頷きあう。


「地下へいってそこを調べてみよう」


 僕らは立ち上がり、部屋を後にした。

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