装備は性能よりも外見がだいじ
ある意味ご褒美といっても良い、白川さんの足裏から開放された僕は、改めて椅子に座り直すと自己紹介をする。
「えっと、諸星……、もとい、ラ、ラックです。なんか、知り合いにキャラクター名で自己紹介って照れるね」
「あはは、そうだね。変態ラックくん!」
「いや、あれは、その男のサガといいますか」
「うそうそ。よろしくね。ホワイトリバーってキャラクター名だけど、やっぱり知り合いには恥ずかしいからアスカってよんで!」
じゃぁ、アスカで。そんなことを考えた僕だったが、本人を目の前にして言えないへたれがここにいました。
僕と白川さんは、よろしくと言い合い、握手を交わす。
さりげなさを装ったが、これを機にフレンドになれれば、うれしさのあまり朱雀をソロで倒せるかもしれない。
だけど、これで断られたら立ち直れない、そんな恐れのためかフレンド登録の申し込みを躊躇していた僕の視界に白川さんからの申請が入る。
小躍りしたい気持ちを抑えて、間を開けずに【はい】を押す僕がいた。
「それにしても、アキラさんが、晃くんのお姉さんでびっくりしちゃった」
「そ、そうね。きっと晃の馬鹿がAKIRAてスペルとAKARIってスペルを書き間違えて、あなたに渡したのね」
苦しい! その言い訳苦しすぎるよ! 晃が馬鹿だってのは否定しないけども!
「う〜ん、そうなのかな。それならボクも登録するときに気がつくはず……なんだけど。髑髏事件のあとで騒ぎに巻き込まれてる中にメールをだしたから……。私の打ち間違えかも」
白川さ〜ん! いいの!? それでいいの? 突っ込みたいところを押さえてるんじゃないの?
僕があなたに変わって色々と突っ込みましょうか?
「あのさ、アー姉はなんで晃の名前を使ったのさ」
「前やってたオンラインゲームで遊んでたら、ナンパされてうざかったから。実際に会おうよとかライブチャットやろうとか言い出されたら、晃を引っ張り出して追い払おうと思って」
「わかるぅ〜」
黄色い声を出したのは白川さんだけではなく、ミンメイもだ。
「うざいよねぇ。こっちは普通にゲームしてるだけなのに、なんかやたら物で気を引こうとかさぁ」
「あるある」
「やたら装備自慢されたりとか」
「いるよねぇ」
白川さんとミンメイは気があったのか、そのままガールズトークへと突入し、化けの皮がはがれまくっているアキラは見守り役へとまわっていた。
僕はアキラへと向き直り、直接telをぶつける。
『おい、馬鹿』
『なんだ、大馬鹿』
『何あの言い訳。苦しい! すごい苦しいよ! だいたいアー姉がゲームやるわけねーじゃん』
『助け出すときに色々とあったんだよ。お前は空気読んで話し合わせろ』
『どんな事情だよ。それで何、ずっとアー姉として通すわけ?』
『機会があったら正直に話すさ』
「二人はそーいう関係なの?」
声に出さない会話をしていたため、白川さんには僕とアキラが見つめ合っているように見えたらしく、突拍子もないことを言い出した。
僕とアキラは喉元を押さえながら吐く真似をする。
「「き、きもち悪いこと言わないでよ。リアルで吐けるよ」」
「冗談ですよ。二人は仲がいいんだなぁと思って」
僕と晃の付き合いは長い。当然のごとく晃の家族とも顔見知りで、明莉姉(僕はアー姉と呼んでいる)との付き合いも同じくらいだ。
アー姉にとって、僕らは召使いであり、家来でもあり、奴隷だった。
その扱い方は僕を他人とは思っておらず、晃と同じように平等に扱う。主に暴力的な意味で。
そんなアー姉と仲が良いかと問われれば、きっと良いのだろう。
「でもアキラさんがミンメイさんの知り合いだったなんて驚いちゃった! ボクすごく憧れてて、直接お話しできるなんて思ってもみなかった」
「ありがとうですわ。こちらこそよろしくね」
「へー、やっぱり、ミンメイって有名なんだ」
この世界に来てからまだ一日もたっていない僕が率直な感想をもらすと、机に身を乗り出して反論したのは白川さんだった。
「ラックくん! 知らないの! 剣と魔法世界に現れた歌姫! ミンメイといえば現実世界でも超有名なんだよ!」
「そんなに!?」
「あのCMで使われてる曲あるじゃない、ええと、あれ……」
「シラカ、じゃない、アスカさん! あんまりリアル情報は言わない方が!」
「そ、そうよ。わたくしと現実世界のわたくしはまた違いましてよ」
「あ、そうですよね! ボクったら。ごめんなさい」
素直に頭を下げ、白川さんがミンメイに謝る。
謙遜する姿もステキ。
そのようなオーラを振りまく白川さんの姿は、もはやミンメイを女神として崇めているとしか思えない。
白川さんの視線を振り払うようにミンメイが質問を投げ返した。
「そ、それにしてもアスカさんも迷っていたのでしたら、アキラに直接telをいれていただければ一緒に探索しましたわ。アキラも冷たいですわよ!」
「そうだぞ! 僕だって探索に付き合ったし!」
「あ、それは違うんです。アキラさんを責めないで。メッセージコールは入っていたのだけど、ボクが慌てて、無事ですってだけ返信を……」
「そうでしたの。でも、アキラも一言いってくれればいいのに」
「気が利かなかった。ごめんなさいね」
「いえ、そんなアキラさんが謝ることじゃないです! ボクも人に頼ってばかりじゃいけないって。あ、あとボクのことはアスカって呼び捨てで。さん付で呼ばれるのって、くすぐったくって」
うつむく可愛らしい白川さんを見て、思わず頬が緩む。
白川さんを呼び捨てにする栄誉に授かるべく、アスカのアの字が口から漏れだしたところで、入り口に見慣れたホビットが顔を出す。
「お、ここにおったのか」
「パト! もう会議は終わったの?」
「いや、まだやっとる。わしは団長に頼まれてお主たちを探し取ったんじゃ」
「わたくしたちを?」
「正確にはボケナス……じゃなくてラックをじゃ」
「よーし、よくわかった、喧嘩売ってるんだな!」
座席から立ち上がりパトと向かい合うと、お互いにファイティングポーズをとる。
「おやめなさい。パトも冗談言ってないで、用件をおっしゃったら?」
「ミンメイちゃんに言われちゃ、素直に引っ込むわい。用件は、団長からラックに届け物をせよと」
「僕に?」
パトはそう言うと、自分のマジックバックへ手を突っ込み、
「パラパッパラ〜、白虎マントォと白虎の短剣ェ〜ン」
「おお!! お〜!? おぉ〜ぉ??」
口ずさんだ微妙な効果音と共に、二つの物体を取り出した。右手にマント、左手に短剣とよばれるものを掲げて見せ、驚きと喜びを半々にミックスした声を、僕は上げたが、その手に握られた物体を目の当たりにすると、次第にそれは尻つぼみとなった。
だって……。
「なぁ、パトさんよぉ」
「なんだね、ラクさん」
「ラクさんて誰だ!? いや、それはいい。問題はそこじゃない。僕が言いたいのは……、これはなんだ!」
「白虎マントォ〜」
「もう、それもいいわ! マント!? どこにマント! 僕の目には白い皮の二角に留め具をつけただけの物にしか見えないんだけど! マントってのは、シラカ……じゃなかった、アスカが付けてるようなのだろ!」
「わしにはマントにしか見えないよ?」
「疑問系かよ! ……わかった。ならこれはマントだ。僕もこの世界をあまり知らないし、マントの定義も知らない。でもなぁ、これは短剣じゃねーだろ!」
僕が指さした先には、先端部分にいくほど身を反らせた薄黄色の円錐があり、その底面部分には辛うじて加工物と思われる金属製の持ち手が付いている。
誰がどう見ても白虎の牙に棒を付けただけのものだった。
「何これ」
「白虎の短剣ェ〜ンン」
「どこがだ! どう見ても鈍器だろ。これで相手に殴りかかれば本望かこの野郎」
「贅沢言うな! 加工できんかったんじゃから仕方ないじゃろ! こんなナリじゃが、性能は良い……と思うよ?」
「このクソちびが!」
「お前もどっこいじゃろうが! この間抜け野郎!」
僕とパトが取っ組み合う中、冷静に見ていたアキラとミンメイが、やれやれと重い腰を上げ、仲裁に入る。パトはミンメイに両脇を羽交い締めにされた瞬間に顔を緩めきり、すぐにおとなしくなったので、アキラに首根っこをつかまれた僕だけが駄々っ子のようになってしまった。
仕方ないので、こちらも大人しく矛を収めようとしたとき、パトがポケットから白い皮手袋を取り出すと、僕に見せつけるように装備した。
グローブは指先部分が断ち切られ、手の甲の部分に簡素な金属装甲が取り付けられた、格闘用グローブだ。問題はその白い皮部分が虎柄だったことだ。
「お、おい。そこのホビット!」
「なんじゃ間抜け族」
「誰が間抜け族だ! いや、それどころじゃない。そのグローブってまさか……」
「あ、わかった〜? 団長の手作りの、白虎グローブ!」
「やっぱ死ねぇ!」
飛びかかろうとした僕に合わせて、パトはミンメイを盾にするように彼女の背後にまわりこむ。
これからミンメイをバターにするくらい、彼女の周りを追いかけっこするはずが、白川さんの思わぬ一言で、僕もパトも動きを止めた。
「二人ともやめなさい! 子どもじゃないんだから!」
なんというか、僕が教室でふざけていたときも、学級委員であった白川さんに良く怒られていたことを思い出した。大人しく元の座席に座ると、パトも気勢を削がれたのか、空いてる席につく。
「あ〜、なんじゃ、まぁ、すまんかった」
「いや、僕もふざけすぎたよ」
二人の間に流れる微妙な空気に、清涼剤とも言うべきミンメイの声が間を取り持ってくれた。
「でも、パトリチェル。このマントと短剣は手抜きじゃなくって?」
「うむ。ワシもそう思っておる。じゃが、説明するよりも実際に見てもらった方が早いじゃろ」
パトは机の上にマントを置き、ミンメイに白虎から獲得した短剣でこのマントを突き刺して欲しいと頼んだ。
彼女はマジックバックから細身の刀身が特徴的な短剣を取り出し、僕らによく見えるようにそれを机の上に置いた。
カールスナウトとミンメイが呼んでいた短剣を目にするのはこれが初めてだ。刃を含めて、鍔や柄も真っ黒な短剣は、所々を黄金の装飾で彩られ、鈍器……、もとい白虎の短剣とは比べるべくもない美しい武器だった。
ミンメイはカールスナウトを持ち上げ、本当に、なんの力も入れずマントの上に刃を立てると、豆腐に突き立てた包丁のように何の抵抗もなく、刀身がマントごと木製の机を貫いた。
「うわ!」
「こりゃすごい!」
その切れ味に寒気すら覚える。この武器の前ではどんな分厚い装甲の鎧でも無意味なのではないか。そんな思いを口にする前に、ミンメイが短剣を引き抜くと、マントにはカールスナウトが残した穴が開いていた。
「僕のマントが! 嫌がらせか!」
「黙ってみておれ」
五対の視線が穴を凝視すると、それに恥ずかしさでも覚えたかのように、短剣が開けた穴は塞がっていった。
「なにこれ!?」
「自己修復能力じゃ。わしも初めて見たが、この素材は特殊素材じゃ。ミンメイの短剣じゃから貫けたが、並の武器じゃ傷一つ付かんかったんじゃ。そして、これを加工できる職人がここにはおらんのじゃ」
「そのグローブはどうなんだよ?」
「全ての白虎の皮が特殊素材ではない。この一枚だけが特別なんじゃ。もし、これを正式に加工できたら、とんでもない装備になるぞい」
「それが出来る人ってどこに!?」
「わからん!」
「意味ねーー!」
肩すかしもいいところだ。
詰まるところ加工が出来ないから、なんとか取り付けられた留め具でマントと称しているだけじゃないか。
「白虎の牙も同じ理由じゃ。刃状にしようと加工をしても、途端に復元するんじゃ。なんとか柄を固定化するので精一杯じゃった」
「わかった。僕も贅沢言わないよ。いつか来る日のために使うさ」
「まぁ、待て。わしも嫌がらせをしに来たわけじゃない。加工ができる皮素材で作った物もあるんじゃ」
パトはそう言うと、改めてマジックバックから白い虎柄のブーツを取り出した。
白虎の骨素材で作られたソール、黒い靴紐が取り付けられた足首まである履き口、スマートなフォルムをしたこのブーツは、僕が身につけていたどの装備よりも野性味に溢れていた。
「これも団長の手作りじゃ。パイロンとか他の奴らが渋るなか、団長とハカセが主張して、お前にって」
「サクラさんが……」
僕はサクラさんの心遣いに感動しながら、虎柄のブーツを手に取る。
「そ、装備してみようかな」
パトたちが温かい目で僕を見守る中、ブーツ、マントを装備し、短剣を手に持つ。
「どうかな!?」
「「「「ぶはっ!!」」」」
僕が振り向いた瞬間、口元を押さえていた四人が吹き出した。
アキラと白川さんは目を逸らしながら手で口を覆い、ミンメイは机に顔を伏せ、微妙に肩を揺らしている。パトは大口をあげてこちらを指さしながら笑っていた。
僕は彼らを冷静に見つめつつ、閉じられた窓ガラスに反射している、自分の姿を確認した。
そこには石器時代を連想させる格好の僕がいた。