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Luck & Ruck  作者: kooo
19/30

チルドレン

 ミモザ街道は炎の濁流に飲みこまれ、数千人ものプレイヤーは一瞬にして朱い光の中へと消失していく。

 目の前に展開される光景は、地獄絵図と言ってもいい。

 迫り来る炎の壁を目の前に、バーチャルワールドでは必要のない呼吸が、今にも止まりそうな瞬間、今朝の現象が出始めていた。

 猛然と襲ってくる炎のゆらめきが次第に緩慢な動きと化し、赤色からオレンジへと変化する様がコマ送りされる。

 朝方の出来事ではわからなかったが、このスローモーションの世界は良いことばかりではない。

 炎は見た目通りの熱を伴い、真夏の炎天下で砂浜を走っているかのごとく僕の肌をジリジリと焼いていく。

 その苦痛を味わいながら、右手の指でスナップを正確に繰り返し、息がつまりそうな程の熱風を正面に受けながら、タイミングを見計らって叫ぶ。


「シールド!」


 周りでは桜花団のメンバーやサクラさんが何かを必死に叫んでいるが、僕の耳には届かない。

 魔法発動のモーションから解き放たれた風の盾は、桜花団本部で団長が見せてくれたものよりも遙かに巨大なものが出現し、猛火は勢いをそのままに僕のシールドにぶつかるとハイム城を避けるように左右へと分散した。

 ミルフィーユ状の何十層にも重なった風の防壁は、周りにいる人々を覆うと朱雀の炎から彼らを守り、それを見た僕がほっとしたのも束の間、炎の濁流は勢いをそのままにシールドにダメージを与え続ける。

 風の薄い層は猛暑に熱せられたアスファルトに巻かれる水のごとく飛び散り始め、一枚、また一枚とはじけ飛ぶ。

 残り三枚まで炎に押し切られた瞬間、後ろからサクラさんの呪文を唱える声が僕の耳へと入り込んできた。


「はらったま! きよったま! かき氷! ソフトクリーム! シャーベット! 【氷菓】」


 周りからも次々と唱えられる魔法はどんなものかわからないが、僕と同じようなシールドから耐火魔法らしきもの、氷や水の魔法で朱雀の息吹を相殺しようとしたものと様々だ。

 

 巨大な炎の壁はいくつかの魔法を食らっても小揺るぎもしなかったが、僕のシールドを打ち破る時間は明らかに遅くなり、三枚目が打ち破られ、残りの二枚目にもヒビが入り始める頃にはその勢いを失いつつあった。

 二枚目もはじけ飛び、最後の一枚にも亀裂が入った瞬間、正面の朱い景色が晴れ渡る。


 永遠にも感じられた一瞬の出来事に吐息をはく暇もなく、目の前に現れた光景は僕の心をえぐった。


 人、人、人、人、人、人、人、人。

 どれだけの文字を重ねても表現のしようが無いほど不気味な光景。

 数千人いたプレイヤーたちは折り重なり、ミモザ街道に倒れていた。街道を彩るタイル作りは全く見えず、立っている者は見えない。

 

 折り重なるプレイヤーたちは炎に焼かれ丸焦げになっているわけでもなく、操り糸が断ち切られた人形みたいに手足を投げ出し、地面に横たわっている。

 それがたまらなく不気味だった。

 突けば今すぐ飛び起き出しそうなほど、まったく外傷もない、火事現場で聞くような焼死体とは縁遠い存在。それが数千体、目の前にあるのだ。

 いや、もし黒焦げの死体が目の前にあったら僕は吐き出していたかも知れない。

 デジタル世界に吐き出す物など何もないが。


「な、なんじゃこりゃぁ」


 僕の後ろにいたプレイヤーがようやく捻り出した言葉はどこかコミカルにすら聞こえる。

 それほど壮絶な光景だったんだ。


 誰もが身じろぎも出来ずに呆然とするなか、僕は街道に動くものをみた。

 盾を朱雀側に立てかけて、それに身を隠していたプレイヤーの姿。そのプレイヤーが風にでも揺らされたかのごとく、ゆらゆらとかすかに動いたのだ。

 よく目をこらせば街道で何人かは、あの猛火を耐えきり、かすかなに動いている。


「何人か生き残ってる! 助けに……」

「いかん!」


 竦みそうな足に力を入れ、彼らの元へと走り出そうとした僕をサクラさんやパト達が押さえつける。


「なにを!?」

「馬鹿なことをするでない! 今すぐ城に退避するんじゃ!」

「そんな……。彼らはどうなるんですか!」

「私たちにはどうすることもできん! とにかく安全なとこ……」


 サクラさんの言葉は突然発せられた奇怪な叫び声に掻き消された。


 キケアアアァァ


 空中に留まっていた朱雀が雄叫びともいえる甲高い声を発すると、耳元で叫ばれたと錯覚するほど僕らの恐怖心を揺さぶった。


「うわあああ!!」


 その声を聞いた瞬間、何かがはじけ飛んだ。

 なんとか保っていた矜持も霧散し、誰彼かまわず城内へと駆け込み始めた。

 僕も偉そうに、人命救助だとか、英雄的行動だとか、そんな考えは熱したフライパンに投じられたバターのように溶解し、逃げ惑う集団に置いてかれまいと城門を潜るべくハイムへと必死に駆け出した。途中転びそうになったところをサクラさんに支えてもらいながら。


 一度竦んでしまった脚は思うように動かず、サクラさんに支えてもらう速度は緩慢で、必然的に最後尾となってしまった僕らが城内へと駆け込むのと、城門が閉じられるのはほぼ同時だった。閉まりつつある城門の隙間から、こちらへ一直線に突っ込んでくる朱雀が見えた瞬間は生きた心地がしなかった。

 閉じられた城門に背中を預けながら、安堵のため息を吐き出した瞬間、轟音が鳴り響き、城全体が揺れる。


「まじかよ。なんなんだよ! あれは!」

「おいおい。この城もやばいんじゃねーのか!? 早くどこかへ逃げ出さないと!」

「逃げ出すってどこにだよ! 安全な場所ってどこだよ!」


 みんなの心を代弁しているんだと言わんばかりのがなり声で叫ぶ男達。

 ここまでくると叫んで恐怖を紛らわすか、黙々とうつむいて脅威が去るのを待つしかなかった。


 その後も何度か城を揺らすほどの攻撃が続いたが、やがて静かになると、みんなが一斉に地面へ腰を落とす。

 朱雀の出現からずっと続いていた極限状態とも言える緊張が切れた瞬間だ。

 なかには全てを大地に投げ出し大の字に寝っ転がる人もいた。その一人にアルカノの姿を見つけ、小さな影が近づくと、おもむろに優男の顔面を踏みつける。


「アルカノ。これで全てが済んだとは思うておるまいな」

「ぶ。てめぇ何しやがる!」


 小さな脚を払いのけ上半身だけを起こしたアルカノの視線と普通に立っているはずのサクラさんの視線が交差する。


「は! 何を息巻いておるのか。全ての元凶が!」

「なんだと!」

「貴様が余計な策を弄さねばこのようなことは起こらなんだものを!」

「全てが俺のせいだとでも?」

「それ以外あるまい! なんじゃあれは! あの化け物は! あれも貴様の作戦のうちか!」

「馬鹿な。あれは俺に扱えるものではない」

「……やはり貴様アレを何か知っているな」


 アルカノはサクラさんに乗せられたことを悟り、苦虫をかみ砕いたような苦渋の表情を作る。


「貴様、あれを朱雀と呼んだな。なんじゃそれは。私はα版からプレイをしているが、あんなものを見たも聞いたこともないぞ!」

「……」

「答えよ!」


 アルカノはなおも口を一文字に閉ざし、話そうとはしない。

 見かねたサクラさんが実力行使に出るべく右腕を上げたとき、天井から何か巨大な衝撃が城内を襲うと、衝撃波となった空気が体を通り抜け、地面に落ちている小石を揺らす。


「ぐはっ」


 と口には出したものの、それほどダメージを受けたわけではない。ただ何かが体を通り抜ける衝撃は気持ちが悪いだけだ。

 周りにいたプレイヤーも、受けたダメージは肉体的というよりも精神的に効いたのか、ヒステリックになった女性が立ち上がると、良く通る声で叫び始めた。


「ああ、もうだめよ! 城もあいつに壊されるんだ! ここにいても助からないんだわ!」

「いやよ! こんな訳のわからないなかで死ぬなんて! 絶対に嫌!」


 次々にあがる悲壮感たっぷりな声は意外な人物の一言で納まった。


「安心しろ。この城の防御値は五十億だ。そう簡単に崩れやしない」

「五十億!?」


 一斉にアルカノへと振り向くみんなの顔を不思議に思いながら、近くにいたアキラの方へと歩み寄る。

 周りのみんなと一緒に呆然としていたアキラの腕をつつき、こちらへ振り向かせると僕は質問を投げかけた。


「アキラ、その防御値ってすごいわけ?」

「あ? ああ。一般的な城の防御値が二万と言われているから、桁違いなのは確かだね」

「そうなの? でも、よくその城の一角を桜花団が占拠できたね」

「あれはパトリチェルが知り合いに頼んで中から開けてもらったらしいよ。リンカーで言ってたじゃないか」

「なにそれ!? 周りの状況に追われてて聞いてなかったよ。でもさ、そんなのありなわけ?」

「古来より堅固な城ほど内部から瓦解するもんだよ」

「そんなもんかね」


 僕らがそんな気の抜けた会話をしてる間に、落ち着きを取り戻したサクラさんがアルカノの胸ぐらを掴みながら尋問を続けていた。


「用意周到ではないかアルカノ。貴様はやはり一般のプレイヤーではないな! 答えろ! 貴様は何を知っている!」

「俺に聞くよりも、貴様のところの人間に聞いたらどうだ」

「なんじゃと!?」

「ハカセ……と言ったか。そいつの方が俺よりも、よくご存じだと思うが」


 アルカノの一言に桜花団の視線は一斉にクマの顔へと注がれる。

 みんなの視線を一身に浴びながら、アルカノを取り囲む輪の外にいたハカセはゆっくりとした足取りで、サクラさんの側までやってきた。

 アルカノを見つめるハカセの表情はクマながら微妙は色合いをだしており、何とも言えない感情を含ませた視線で彼を見下ろす。

 クマにふさわしい重苦しい感じで口を開くとアルカノにハカセは話しかける。


「初めましてアルカノ。いや、正確な意味合いでは初めましてではないかな?」

「お互いどこかですれ違ってはいるだろうさ。ここでも現実でも。……お前……【クロノス】の人間か」

「さて、それはなんですか? ギリシャ神話に出てくる神の名ですか」

「とぼけるな! S+Mがこんな状況になってすぐにオーバークロックを思いつく一般人などいやしない! どう考えてもあの連中しか……お前は、オマエハ……【チルドレン】ナノカ……」

「アルカノ、やはりあなたはS+Mの関係者なんですね」

「答えろ! お前は【チルドレン】なのか! 俺に、俺達に復讐でもしにきたか!」

「私は【チルドレン】ではありませんよ。ただのしがない開発者です。そう、あなたが言った【クロノス】の開発者でした」


 ハカセが語り始めるクロノスとチルドレンの話は、僕たちが朱雀から受けた衝撃以上のものを与えるには十分な内容だった。


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