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Luck & Ruck  作者: kooo
17/30

アルカノ

 西広場から城下街中央のミモザ街道までは、屋根を伝って行ったせいか短時間で到着した。

 僕らがいる場所は左手にハイム城、右手奥に城門があり、真下にミモザ街道が広がっている。

 敵で溢れるミモザ街道から身を潜めるため、街道沿いの建物へ入り、最上階の空き部屋を占拠すると窓から外を観察した。

 六階建ての建物から見える街道には数千人が蠢き、ハイム城へ近づくほど密度を増している。


 高い建物から見えるハイムの町並みは、どこか無機質ではじめてS+Mの世界に降り立ったとき程の感動は沸いてこなかった。


「アキラは無事なのかな……」

 

 もしアキラが死んでしまったら、この世界にたった一人取り残された錯覚に陥ってしまう。例え周りに桜花団のみんながいようとも、現実の知り合いが一人もいないという状況に僕は耐えられそうにない。


「心配するな小僧。仮に捕まっていたとしたら、アルカノは絶対に交渉のために使う。じゃから殺されはせん」

「でも! こういった場面では、よく見せしめに人質を殺すのはセオリーですよ!? アルカノだってそれを狙ってるんじゃないでしょうか」

「そのときは私が体を張ってでもアキラを助ける。助けてみせる。今は下手な行動を起こして桜花団から人質を増やすことを避けねばならんのじゃ。わかっておくれ」


 サクラさんを信用していないわけではないが、何もできない自分が歯がゆくて、悔しくて仕方が無かった。

 落ち込んでいる気分を盛り上げるためにも話題を他に振ってみる。 


「サクラさん、これからどうするんです? ハイム城へいってパト達と合流しないんですか?」

「今は待ちじゃ。そのうち奴らに異変が起こる」

「異変……ですか?」

「ああ、下の奴らが何も知らずアルカノに踊らされているとしたら、という前提じゃがの。きっとそのときアルカノも動かざるをえん」

「それは一体?」


 サクラさんはそれには答えてくれず、自分のマジックバックからアイテムを取り出すと身近にあった木製の丸机に置いた。

 机に置かれたアイテムは銀色の丸い円筒形で、親から良く渡される弁当箱にも見える。


「小僧、腹は空いておらんか?」


 サクラさんの手が銀筒を持ち上げると、中から出てきたのはイギリスのアフタヌーンティーでよく見かける、お皿が三枚ほど積み上がったスタンドで、下からサンドイッチ、スコーンとジャム、色とりどりの小さなタルトが並んだスイーツと、微妙に空腹感に襲われていた僕の下っ腹をくすぐった。


「私たちが朝食をとったのは7時前。今は15時過ぎじゃ。昼食をとっておらぬゆえ、お腹も空くはずじゃ。S+Mの中で現実のような感覚に襲われるのは奇異なことじゃがな」

「サ、サクラさん。たしかに小腹は空いてますが、何もこんなときにティータイムなんてしなくても」

「小僧、よく思い出せ。私たちは痛覚システムの他に餓死システムも確認しておる。なんのために皆に食料を配布したのか」

「そういえば言ってましてね、餓死システム。すっかり忘れてました」

「ゲームでの食事はステータスアップや他の用途が主じゃからの。食べなくても問題無い。じゃが、昨日からは違う」

「衰弱していってしまうから。ですよね?」

「そうじゃ。しかも、この中では現実よりも、より厳しく制限されることになるじゃろう。現実では一日に三度の食事をしなくても十分生きていける。実際地下に閉じ込められた人間が水だけで十日以上も生き延びた例もある」


 遙か昔のニュースで鉱山に閉じ込められた炭鉱作業員が水だけで25日間生き延びたというのをネット上で見かけたことがある。

 僕自身も週末に親がいないとき、手渡された食費を遊びに使ってしまったため、ジュースだけで過ごしたが衰弱などはしなかった。逆に普段よりも高カロリーになっていたかも。


「あ! まさか、さっき言っていた異変ってこのことですか!?」


 自分のマジックバックから次は紅茶を取り出し、カップに注ぎ始めていたサクラさんは僕の発言を聞くとニヤリと口元を緩ませる。


「下の奴らを見たところ、あやつらは自発的に行動をしているというよりも、集団の中にいれば安全だと思っている節がある。概ね間違ってはいないと思うが、時と場合による。ゾンビ映画じゃ一人になったら死ぬからの」


 チクリと自分の胸を刺された気がした。

 僕もあの中にいれば同じようなことを考えていたはずだ。

 周りに人がいれば安心で、同じような行動をとっていれば間違いないと。


「さて、いただくとするか。小僧も座るがよい」

「ありがとうございます」


 こちらに差し出されたカップに広がる紅い液体は、空腹感をさらに増大させる芳香を放つアップルティーだ。

 僕は丸テーブルの近くに椅子を寄せるとサクラさんが用意してくれた食事を摂ることにした。

 ここで我慢をしていてもいいことなどない。食べられるときに食べる。これがこれからの鉄則になりそうだ。


「でもサクラさん。僕らが空腹感を感じるってことは、下の連中も感じていることでしょ? 食事を摂るとか考えないですかね」

「そうじゃの。餓死システムを知っている者がいれば感づくはずなんじゃが。正式サービススタート以降のプレイヤーは違和感は感じても、飢え死ぬとは思うておらん。逆に奴らは幸いじゃ」

「幸いなんですか?」

「街で衰弱してもどうにでもなる。飯を食えば良いのじゃから。もしこれがフィールドなら……。衰弱したところに強力なモンスターに襲われでもしたら、それこそ取り返しがつかん」

「考えると怖いですね」


 目の前にあるサンドイッチやスコーンはただのデジタルデータとは思えないほど美味しく、〆のタルトも今まで食べたどのお菓子よりも上品な味がした。それをアップルティーで流し込むと、僕の空腹感は十分に満足した。


「ゲームの中で食事して、しかも満足するのが不思議です」

「私もじゃ。このアフタヌーンティーセットの用途は魔法力を高めるためなのじゃが、まさか生きるために食するとは思わなんだ」


 ゲーム中の食事は、自分の戦闘力を高めたり、スキルアップ効果を狙ったりとプレイを有利にするのが主な用途だ。

 それが、まさか腹が減ったから食べることになるとは。

 この世界ではどんな食事があるのか尋ねると、サクラさんは女性らしく西方の街にあるケーキはフランスで食べたことがある某有名店の味が見事に再現されているとか、現実世界じゃ食べることもできないフォアグラなどの高級料理、ダイエット中にどうしても食べたくなった豚骨ラーメンをわざわざそのためだけにインして食べたことなど、色々と語ってくれた。

 

 ユンも食事にこだわっていたが女性は案外こういったことが好きで、それがS+Mの男女比を均衡させている理由のひとつなのかも知れない。


 ゆっくりめに食べた食事が終わっても外には変化がなく、しばらく様子を見ながら雑談でもしていようとサクラさんが提案してくる。

 サクラさんは話し上手で、あまり女性と話し慣れていない僕でも、間が空くこともなく刻が断つのを忘れるくらい会話をした。

 外がざわつき始めなければ、僕の会話時間記録は最長である二時間をさらに上回っていただろう。


「サクラさん! 外で何かあったみたいですよ」

「うむ。どうやら何人かが衰弱状態になったようじゃの」


 目立たないように窓から下を覗くと、プレイヤーで溢れる街道に人の輪がいくつか出来ているのが確認できた。

 倒れている人……、おそらく衰弱したプレイヤーだろうが、その人を取り囲むように数十人が輪を作り、街道を軽く見渡しただけでも、輪の数は数え切れないほど作られていた。


「あ! また人が倒れましたよ!」


 ドミノ倒しのように一人がしゃがみ込むと他の人も続き、街道の三分の一は地面に膝をつくプレイヤーと、その周りに集まる人で埋まっていった。

 ざわめきも次第に大きくなり、どこかでみかけた映画みたいに「助けてください」と大声で叫ぶ者すら現れた。

 近くにいた僧侶らしき格好をしたプレイヤーが回復魔法を唱えるが、一向に直る気配はなく、取り囲む連中は「なんでだ」「どうなってるんだ」と声を張り上げ、近くにいる者の不安をより一掃高めていく。

 不安は不安を呼び、勝手な憶測が街道中を埋め尽くすのに5分とかからなかった。


「昨日のラフィン・スカルの宣誓からだいぶ時間が経過しておる。倒れておる者は飯を摂らずに今まで過ごしておった連中じゃろう」

「立っている人は普通に狩りとかしてて食事を摂っていたんですね」

「手抜きで食事ステータスアップをせずにプレイしている者もおるから、一概には言えないがの。さて、私も行動するか」


 サクラさんは両手で何度か印を組み終えると、三猿のイワザルのように両手の平を口にあてた。


『私は桜花団のサクラじゃ。我らと敵対する者よ、よく聞くが良い!』


 隣で喋っているはずのサクラさんの声が、ハイム城周辺から城門近くのミモザ街道辺りまで響き渡る。

 【腹話術】という魔法らしく、【反響】とよばれる魔法とセットで使うことで、四方に声を放つことができるらしい。

 対人戦のときに相手方を罠に引き込だり、威嚇に使うと効果が絶大だとか。

 今まさに僕たちはアルカノを引きずりだすため、【反響】を使い街道のどこかで待機しているユンやハンゾウさんの部隊を通してサクラさんの声を町中に解き放つ。


『アルカノは自身の利益を得るため、お前らを利用しているだけにすぎぬ! このまま我らと対峙すれば、いずれは死者を出すであろう。これがゲーム上でのことならそれも良かろう。じゃが、皆も承知しているとおり、ラフィン・スカルの不吉な宣誓を裏付けるようにこの世界からの脱出が不可能なことはもちろん、不可解な現象が起こっておる。ここで殺し合いを興ずるなど愚かしいことではないか!』


 突然降ってわいた声に街道にいた人々は動揺し、次第にそれが音の波として端から端まで伝播していく。


『我らはお前達が攻撃を仕掛けてこなければ何もしないことを誓う。大人しく退路を開けてもらいたい』

「だまれ! どさくさに紛れて攻め込んできたくせに! 負けそうになった途端に言い訳がましいこと言ってるんじゃねーぞ」


 サクラさんの声に対して誰が答えたかわからないが、通りにいる一人が言い返していた。

 遠くの方の声はよく聞き取れないが、ざわめきの中にいくつかの怒声が混じっているのがわかる。


『攻め込んだとは異な事を言う。初めに同盟を結んだ我らに矢を射かけたのはそちらだと思うが』

「あれは策略っていうんだよ! 攻め込んでくる情報をつかんだ俺らがお前らを罠にはめるためにやったんだよ! 間抜けは未だに気がつかないかぁ?」

「俺らを強欲とか言ってるが、混乱に乗じて領地拡大とはお前らの方が強欲だなぁ」

「ラフィン・スカルとかマジでいってるわけぇ〜。はずかしぃ」


 ざわめきの中に嘲笑が起こり、街道のあちこちでサクラさんや桜花団に対する批判の声が聞こえた。

 扇動者とも言うべきプレイヤーは街道脇に備え付けられた花壇へと登ると、群衆から目立つ位置に陣取り、桜花団が卑怯にもシステムの混乱時に侵略してきたんだと大声を張り上げている。

 街道に広がるざわめきはさらに大きくなり、それを鼓舞するように扇動者達は続けた。


「ラフィン・スカルの件はイベントだ! ユーザーを楽しませようと企画されたサプライズイベントだった。だが、あまりにもユーザーが興奮して騒いだためにシステムが麻痺し、一時的にアサインできないだけだ!」

「そうだ! その混乱を利用して桜花団は我らの拠点を占領しようとしている!」

「賞金は本当にでるらしいぞ! ユピテルと金の現物だそうだ!」

「デスゲームってのはただの脅しだ」

「考えても見ろVRマシーンでどうやって殺せると言うのか!? ただの輪っかタイプの機械で人を殺せると思っているのか!」

「サクラぁ〜聞いてるぅ〜? お前ら馬鹿なの? 死ぬの? よく考えればわかることだろうが!」

「間抜けの桜花団は大人しくシステム復旧待ってろっての」


 好き放題に喚き散らす奴らに腹が立ち、力一杯窓枠を叩いてしまった。


「なんだってんだ! 馬鹿かあいつら。システムの混乱とか、サポートセンターが不通になってるのに悠長なことを言ってますよ!」

「落ち着け」


 口元から両手を離し、胸元に手を置いたサクラさんは僕へと振り向く。

 両手は胸元のまま、声のトーンを落としていることから、どうやら手のひらはマイク代わりのようだ。


「アルカノがどうやってあいつらを導いたか、馬鹿共の叫び声でなんとなくわかったわ。どうやらゲームから離脱できなのはシステムが混乱し、復旧を待っているとか言うておるようじゃの」

「今の状況でそれを信じちゃうんですか!?」

「人は見たいものしか見ようしない。自分から踊っている者、踊らされている者、どちらも今ある出来事から目を背けたいのじゃ」


 外では好き放題に繰り出される罵倒は次第に拙い悪口へとすり替わり、「アフォじゃね〜」をひたすら繰り返えしている。

 サクラさんは罵声を気にすること無く演説を続けた。


『我らへの批判も結構じゃが、いま倒れている者たちのことはなんと説明する気じゃ』


 サクラさんの言葉を受け、群衆のざわめきは次第に低くなり、花壇に乗り上げている扇動者たちへと視線が注がれた。

 自分たちへと向けられ数百もの視線に威圧された彼らは、半ば仰け反りながらも適当な思いつきを並びたてる。


「システムの混乱による一時的な接続障害だ。……たぶん」

「こ、これこそ桜花団の仕業かもしれねぇじゃんか」

「あいつらが魔法攻撃をしかけてきたに違いない!」


 先ほどとは違い、力ない適当な思いつきは他のプレイヤーに響かず、実際に知り合いが倒れた人たちは、


「会話がちゃんとできる接続障害障害なんてあるのかよ」

「回復魔法かけて直らない状態異常魔法ってなんだ」

「どうみてもこれは衰弱状態だろ」


 今まで調子の良いことを言っていた扇動者たちに向かって疑問を並べ立てた。

 次第に変わる場の雰囲気に、この場を盛り上げていたと錯覚したお調子者たちは、今度は自分たちへと批判が集中するのに耐えられなくなり自然と口数が減っていくのが遠目に見てもわかる。

 辺りが静まりはじめた好機を逃すまいと、サクラさんが一気に捲し立てる。


『アルカノはお前たちを騙しておる! 突然倒れはじめたプレイヤーはラフィン・スカルの一件と無関係ではない! 目を背けず今起こっている事実を見つめよ!』

「自分たちがやってきたことを有耶無耶にしようとデタラメ言ってるんじゃねーぞ!」


 条件反射なのか、扇動者たちはすぐに言い返してくるが、その声を無視してサクラさんはトドメとばかりに言い切った。


『倒れている者の中にアルカノ側近はいるか?! 幹部たちは前線に出てきてお前らと一緒に戦っているか? アルカノは全てを知っておるのじゃ。お前たちを利用し、自分たちだけがこのデスゲームを乗り切る算段をな!』


 サクラさんの言葉に対して今度は批判や罵声などというものは上がらなかった。

 それは声ではあっても言葉ではなかったからだ。

 はじめは低い地鳴りのように重低音が這い上がる感覚が辺りを覆ったかと思うと、次第にそれは大きくなり最後には地面を揺るがす怒号が街道中から放たれた。複数のプレイヤーたちは先ほどまで花壇の上にいた扇動者たちを引きずりおろすと取り囲み、罵声を浴びせている。

 

 混乱。それ以外に言葉が思いつかないほど街道に集まったプレイヤーは乱れに乱れた。

 倒れる者、幹部を取り囲み責め立てる者、アルカノを出せと騒ぎ出す者。

 そこにいるのは意思の統一などというものからほど遠い存在だった。


「サ、サクラさん。なんかすごいことになってますけど、これは……もう暴動ですよ」

「ちと言い過ぎたかの。じゃが、これでアルカノの思惑通りにはいくまい」


 サクラさんと僕は部屋から飛び出し、階段を通って屋上へと出る。

 ハンゾウさんが使った【居留守】ほどの魔法をサクラさんは使えないらしく、インビジブルパウダーを体に振りまいて透明化すると屋根伝いにハイム城を目指して移動を開始した。


 ハイム城に近づく程、僕らがいた箇所よりも人の密度は高くなり、混乱具合はさらに増していた。

 後方に控えていた幹部が縄や魔法で拘束され最前線まで引きずり出されている様子が屋根の上から見てとれる程だ。


「あれはさすがに可愛そうじゃないですか」

「自業自得。と、言うにはあまりにも悲惨じゃの。アルカノが出てこなければ彼らは、このゲームから脱出できない苛立ちから殺されるかもしれん」

「ちょ! それってさすがにどうなんですか? 彼らだって進んで僕らを殺そうとしたわけじゃないでしょ」

「餓死システムの件を説明し、衰弱者が復活すれば自体はこれ以上ひどくならんじゃろ」

「復活した途端に僕らに襲いかかってきそうで、ジレンマです」

「アルカノは餓死システムを知らないにせよ、隠していたにせよ自分の配下に何も説明しなかった。信用は失墜しておろうよ」


 すぐ目の前がハイム城という位置まで辿り着くと、僕とサクラさんは先ほどと違い屋根上に身を潜めて辺りの様子を伺う。

 幅が十メートル程の堀に囲まれたハイム城はミモザ街道を塞ぐような形で建てられ、街道との合流地帯には巨大な広場が設けられている。

 街道は城を回り込むように二股に分かれ、向側で最合流して北の城門へと抜けていくのだろう。


 ハイム城は四階建てで横に長く、屋根が薄茶色と、カステラがそのまま置かれたような形だった。

 細長い城は外観をこれでもかと手を抜いたのか、屋根や城壁に装飾された彫像が等間隔に配置されているだけで、それが余計に簡素さを増している。

 

「な、なんか<王城>に比べるとすっげーシンプルな城っすね。西広場にあった教会の方がよっぽど荘厳さを出してましたよ」

「アルカノの悪趣味が極まれり、じゃの」

「え? あれって自分で改築したっていうんですか?」

「領主になると城を改築できるんじゃ。アルカノが支配する前のハイム城はドイツにある城をモチーフにした格好良い城じゃったぞ」


 何を思って城をあんなシンプルにしたのか僕には思いつきもしなかったが、とにかく今見える城は世界観をぶち壊している。さらに城の細部を見てみようと目をこらしていると一番西側二階のバルコニーに見覚えのある面々が顔を出していた。


「パトたちだ!」


 思わず立ち上がって、おーいと呼びかけそうになったところをサクラさんに引きずり倒された。


「アフォたれ! なんのために身を隠しておるのじゃ」

「すいません。ちょっと嬉しくなっちゃって。パトたちも今の状態がおかしいと思って様子を見ているんでしょうか」

「各部隊長には私から説明をしておいた。異変があった場合はすぐに連絡が入る」


 アルカノと違い根回しに余念がないサクラさんは僕の知らぬ間に色々と連絡しているようだ。

 他に見知った顔が見えないかと城に注目していると、手前広場に何やら人が引きずり出される動きが目に入る。

 先ほど見たアルカノ側の幹部たちが、いよいよここまで連れ出されてきたのかと思うと、何とも言えない感情が込み上げてきた。

 嫌々ながらもそちらに意識を集中すると、言葉が喉元でつっかえながらも吐き出される。


「ア、アキラ!?」


 思わずこぼれた言葉は音になるかならないか程度の音量しか発せず、風に流されて消えてしまった。だが、バルコニー側にいた人々が僕の代わりに一斉に騒ぎ出した。


「アキラ!」「てめぇ、こら! 何してやがる!」「ぶっ殺すぞ」


 雄叫びとも言うべき声は遠くにいながらも、ここまで聞こえてくるほどの大音量だった。


「サクラさん!」


 僕がサクラさんへと振り向き見た彼女の表情は、これまで以上に無表情だった。

 無表情に見える激情とも言うべき感情がサクラさんを覆い、蜃気楼の影のようにゆらゆらと揺れている錯覚すら覚える。


「やりおったか」


 搾り出された言葉はか細いながらも僕の耳にしっかりと入り込み、無いはず内蔵を締め上げる。

 僕は無理矢理サクラさんから視線を外すと、広場前に引きずり出されたアキラへと意識を集中した。


 人で埋まる広場の中、無理矢理広げられた空間にアキラ、その横にはウサギ耳の少女や、背の低い少年と体格の良い青年がまとめて縛られ、同じように座らされているのが確認できた。

 頭をよぎったのは城門前でみかけたウサギ耳の少女のことだ。

 あの中に白川さんがいると指さされた先には、黒三角帽子をかぶった女性とウサギ耳少女しか候補らしい人が見当たらなかった。

 もしあの時の言葉が本当なら、黒帽子の女を排除すると、ウサギ耳少女が白川さんなのか。

 考えがまとまりきらず、あの場に飛ばしていこうかと立ち上がりかけたとき、先ほどのサクラさんのように広場中に声が響き渡った。

 男とも女とも取れそうなハスキーボイスは誰がどこで言っているかわからないが、声の反射や言葉尻がエコーとなって空気に消えていく様子はサクラさんが使った魔法と同じだ。


『サクラ! 聞こえているか! もう小手先の手段を取るのはやめだ。ミンメイをこちらに差し出せ! さもないと人質を殺すぞ』

『お前は誰じゃ。姿も見せぬ人間と交渉する気などないわ。大人しく人質を解放し、さっさと去ね!』

『は! 人質がいるのにも関わらず威勢の良いことを言えたもんだ。これが見えないのか!』


 アキラ達を取り囲む輪の中から飛び出してきたのは、城門前で僕を刺した黒帽子の女性だった。

 さらに衝撃だったのは彼女を取り囲むように現れた複数の人間たちの方だ。


「マルコさん……、パイロン!?」


 人混みから次々と現れる人影は昨日見かけた顔が複数入り交じっていた。


「てめぇ、パイロン! やっぱり裏切ってたのか!」


 バルコニーから反射魔法も使わず、一際大きい怒声を放ったのは紛れもなくパトだった。

 小さな体のどこにそんだけの声量があるのかと思わせるほど、広場にパトの声が行き渡る。

 パイロンたちはパトの声をスルーし、黒帽子に指示されたのかアキラや他の人間を立ち上がらせると、広場中央にある一段ほど高くなった壇上まで連れて行き人質たちを押し上げた。

 より見やすくなったアキラ達の周りをマルコさんやパイロンのメンバーが取り囲む。


「あいつらぁ」


 仲間を見世物のごとく壇上に押し上げる姿に、僕の怒りが何かを飛び越えようとしたとき、サクラさんの声が場を圧倒した。


『パイロン! マルコ! 貴様ら後でどうなるか覚悟の上なんじゃろうな。ペインシステムが悲鳴をあげるほどの仕置きが待っておると思えよ』

 

 ビクッ! と肩をすくめる裏切り者たちは辺りを見回し、必死にサクラさんの姿を見つけようとしていた。慌てふためく彼らを余所にアキラの隣に立つ黒帽子の女性は口元に手をやる。


『お前がデスゲームを本物と言うのなら、この状況をどう見る』

『そのアキラが本物だという確証がどこにある! だいたい貴様は誰じゃ。貴様と交渉してこの場が解決されるとなぜ言い切れる』

『本物でないと思うのなら思えばいい。ゆっくりとこいつらが処刑される姿を目に焼き付けろ』

『ハッタリはやめるが良い。前線にも出てこないアルカノや幹部が今更この場をどう取り繕うのじゃ。この場にいるプレイヤーが未だにお前たちのために働くとでも思うておるのか』

『前線にねぇ。さっきから何を言ってるかと思えば戯言ばかりを。俺様は常に最前線でお前らと戦っていただろ!』


 黒帽子の女性は着ていたマントを翻すと、マジックショーのように人物が入れ替わった。

 女性が立っていた位置には男性が立っており、その姿は白いスーツにネクタイ、紫のシャツという出で立ちで、紫色に光り輝く髪の毛はオールバックでまとめあげ、手でなでつけていた。


「アルカノ……」


 サクラさんの口からぽつりと言葉がこぼれた。


後編の2って扱いです。

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