表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Luck & Ruck  作者: kooo
16/30

振り下ろされた剣(後編)

 僕らは西広場からすこし歩いたところの大きな建物に身を隠した。

 外にいるアルカノギルドのメンバー達は遠巻きに見ているだけで、こちらを襲ってくる様子はない。


「あいつらの行動が不気味ですね」

 

 戦闘を仕掛けておきながら、遠巻きにこちらの様子を伺ってくる連中が不気味でならず、誰にとはなく話しかけた。


「あやつらも戸惑っておるのじゃろ。パトリチェルたちの方でも戦闘は沈静化し、今は睨み合い状態だそうじゃ」


 サクラさんが答えてくれると、ハンゾウさんがそれに続く。


「団長、先ほどの話を蒸し返すようで申し訳ござらぬが、アルカノがミンメイ殿を利用しようとしている件がどうにもつながらんのでござるが」

「……ハンゾウ、おぬしはこのデスゲームが本物と思うておるか?」

「「「え?」」」


 これには聞かれたハンゾウさんだけではなく、その場にいたほぼ全員が驚いた。

 それを前提に動き出したにも関わらず、サクラさんからでた言葉は意外という以外にない。


「団長殿はそう思ったからこそ、行動をしたのではござらぬか?」

「私はそう思うておる。じゃが、桜花団のメンバー全員が一分の疑いもなく付いてきておるのか?」

「それは……」


 ハンゾウさんは言葉に詰まり、みんなも押し黙った。

 思い返してみれば、これがデスゲームだという確証はどこにもなく、ラフィン・スカルが宣誓し、ゲームからアサインできない状態がそう思わせていだけだ。

 ゲーム上での死が現実世界での死につながる可能性はハカセから聞いただけで、それをどこまでみんな信用しているかと言えば、100%信じているとは誰にも言い切れない。

 実際オーバークロックの件にしてもサイバーテロ集団のデマだと言う人間の方が多いのではないか。


「皆の言いたいこともわかる。ハカセから聞いた話を鵜呑みにする人間もおれば、疑う人間もおる。人間とはそういったものじゃと私は思う。今回の戦闘では約二倍の敵に桜花団は互角以上の戦闘をしておる。それは実力差だけのことではない。この世界にいるプレイヤー達が疑心暗鬼になっておるからじゃ」

「団長ぅ〜、もっとわかりやすく言ってくれると嬉しいニャ。ウチは困惑しまくりニャ」


 ユンに言われ、頭を人差し指でかきながらサクラさんは室内にあった机に飛び乗ると、胡座をかき思案顔で言った。


「私ものぉ、見えない箱に手を突っ込んで答えを探り出しているようなものなんじゃ。何が言いたいかと言えば、この世界に捕らわれたプレイヤーはこの事件を疑っている。この世界の中で殺されたら自分は死ぬのか? 人を殺したら本当に相手は死ぬのか? 私が今この状況におらず、人づてに聞けば、それこそ映画か小説かと嘲笑するような内容じゃ」

「普通はそう思いますよね」


 僕は頷きつつ、もし自分がこの世界でオーバークロックの件を知らないまま今の状況に出くわしたらどうするかと想像した。

 サクラさんみたいに行動をすぐに起こすか。

 否だ。

 きっと周りの様子を伺って、救助を待つことだろう。


「小僧は……。いや皆は目の前に絞首台があり、そこに首に縄をかけられた人間がいるとする。目の前には『このボタンを押すと落とし戸が外れて絞首台の人は落下します。誰でもご自由に押してください』と書かれたスイッチがあるとするならば、それを押すか?」

「う〜ん。……押さないかも」

「皆はどうじゃ」


 サクラさんの質問に対して、みんなの答えはバラバラでユンみたいに「押さないニャ」と断言する者もいれば、「ドッキリかと思って押すかもなぁ」など様々に別れた。しかし、それによって絞首台の人間が落ちるのを想像した場合、躊躇いが無いと答えた者はいなかった。


「それが今の状況じゃ。蘇生魔法がないS+Mの対人戦は敵に対して複数人で襲いかかり、回復が追いつく前に『倒す』。それを繰り返し圧倒的人数差で押し切る。これが必勝法じゃ。なのに未だに桜花団の死者がゼロなのは、プレイヤーが『殺人を犯す』可能性を恐れ、躊躇しておる。おそらく敵方にもまだ死者はでておらんのじゃろう」

「誰だって進んで人殺しにニャりたいとは思わないニャ」

「大抵の人間はそう思うはずじゃ。じゃが、アルカノは違う。なぜか奴はこのデスゲームが本物であることを確信しておる。確信した上で自分が生き残るための算段をつけ行動に移したのじゃ」

「それがミンメイを獲得することですか?」


 返答した僕に視線を向けたあと、サクラさんはこの場にいるメンバーを見渡した。


「ミンメイが扱う範囲睡眠は極悪じゃ。敵も味方も関係なく、聞く者全てを眠らせる最強の歌じゃ。耳を塞いでも、壁に囲まれたたところに逃げ込んでも聞こえてくる恐ろしい歌なのじゃ」

「敵も味方も関係なく!? その歌にはレジストという概念は通じないの?」

「ハイレベルなモンスターやNPCなどには利かないが、プレイヤーでこれを耐えたという話は聞かん」

「それはすごすぎですけど、でも眠るだけならそれほど驚異じゃないのでは?」


 いくらミンメイの歌が驚異的でも、相手が眠るだけなら攻略するには優位なだけで恐れるほどでもない、と僕は思っていた。次の言葉を聞くまでは。


「小僧はサドンデスポイントのことは知っておるか?」

「サドンデスポイント……」


 白虎の件をサクラさんに言うべきか。

 判断に迷っていると、その態度を知らないと取られたのかサクラさんは言葉を続ける。


「モンスターに存在するサドンデスポイントは私でも突いたことが無い。存在自体疑っておるほどじゃ。じゃが、プレイヤーにあるサドンデスポイントは非常にわかりやすいのじゃ」

「ちょ、ちょっと待ってください! プレイヤーにもサドンデスポイントってあるんですか!?」

「ある。わかりやすいものがな」

「それは?」

「首を落とすこと」

「首を……」


 そこにカミソリでも当てられたような冷たい感触が首をなぞり、思わず右手で首元を隠した。


「それってすごく簡単に相手を殺せる気がするんですけど」

「意外に首を落とすのは難しいニャ。よほど実力差がニャいと無理なんだニャ」

「もともとは決闘時に一発逆転を狙えるようにと付け加えられたのでござるが、いざやってみると成功率は低いのでござる」

「最前線にいる者の装備を見たと思うが、大抵の者はネックガードやカラーなど首装備を充実させておる。それに【即死警戒】アビリティもセットしておるし、戦闘で即死することは少ないのじゃ。ただし、相手が動かないのなら話は別じゃがのぉ」


 ゴクリ。もし唾を飲み込むモーションがあるなら僕は確実に生唾を飲んでいた。サドンデスポイント、ミンメイの範囲睡眠。これでようやくアルカノがやろうとしていることがつながった。

 あいつは自分が助かるためにミンメイの歌で眠らせたプレイヤーの首を狩りまくる気なのだ。

 その光景は想像するだけでおぞましく、胃から何かが込み上げてきそうだった。


「無茶苦茶だよ!」


 自分の声が1オクターブ跳ね上がるのがわかった。

 このゲームの超初心者な僕でも範囲睡眠の活用方法はいくらでも思いつく。それはどんな大軍でも、防御を固めた街でもミンメイが忍び込み、子守歌を歌われた瞬間に勝敗が決まるものだ。


「でも……ミンメイちゃんがそんニャ事をするかニャ。彼女はやさしい子ニャ。アルカノに捕まっても言うことを聞くとは思えニャイ」

「そのとおりじゃ。ミンメイがいればいくらでもプレイヤー支配の街が攻略できる。じゃが、今までそうしてこなかったのはミンメイ自身がゲームを楽しむために封印していたのと、彼女にそれを歌わせる『強制力』が無かったからじゃ」

「強制力でござるか」

「しょせんS+Mはゲームじゃ。強力な武器、魔法を持っていても、やるかやらないかは本人が決めること。他人がどうこう言える問題ではない。嫌なら退会するなどの手もあるしの」

「今回は違うでござるか?」

「デスゲームを信じるか信じないか。全てはそこにかかっておる。そして信じた者が取る『強制手段』は決まっておる」

「それは?」

「人質じゃろうな」


 人質。およそゲームにはまったく無意味な言葉だ。

 ゲーム上でいくらこいつの命は預かったと喚いたところで「やればいいじゃん」という返答が返ってくるのは目に見えている。

 前にプレイしていたMMOでは、敵に魅了状態にされたとき、僕にまっ先に襲いかかってきたのは味方のはずのパーティメンバーだった。半分冗談で、半分は強力な味方が魅了されてしまうとパーティが半壊する恐れがあるので倒してしまうというのもよく取られる手段だ。

 普通は寝かしたり、動けなくしたりするものなのだが、僕らがやっていたMMOは、全力で倒すことが流行っていた。

 これが現実なら(現実に魅了なんてものがあるのなら)パーティメンバーは自分の味方に手を出すことに躊躇するだろう。

 そこまできて、ようやく僕は人質について思い当たった。


「人質って、もしかして桜花団の!?」

「そうじゃ。アルカノがミンメイだけではなく我らごと囲んだ最大の理由じゃろうな」

「団長殿! 悠長に構えているときではござらぬぞ! このままではアルカノの思うがままでは!?」

「そうだニャ。誰かが人質にニャったらウチらは手出し出来にゃくなるニャ!」


 みんながサクラさんを取り囲むようにすると、彼女は人差し指で頬をポリポリとかく。


「桜花団は部隊ごとで動いておるし、今のところマルコの部隊を抜かしてハイム城へ集結中じゃ。心配なのは先ほどからアキラと連絡がとれんことじゃ」

「アキラが!? アキラがもしかして敵に捕まってしまったとか?」

 

 小さな団長の肩をつかみ、前後に揺らしすと豊満な胸がものすごく揺れていたが、それすら気にならず揺さぶり続けた。


「おちつけ小僧! まだ奴らに捕まったわけではない。捕まってもすぐには殺されん」

「なんでそんなことを言えるんですか! もしアキラがあいつらに……」


 そこから先の言葉は口をからこぼれることは出来なかった。

 もしアキラが捕まり、殺されるようなことが起こったら、それは紛れもなく僕の責任だ。

 後先考えずに飛び出し、敵陣へと突っ込んだ僕の行動がアキラを不用意に部隊から引き離してしまった。そのせいでアキラは白川さんを連れて今も町中を逃げている。

 今すぐ助けにいかないと!


 サクラさんを解放し、今すぐ扉へと駆け出そうとした瞬間、辺り一帯に「ピン」という音が鳴り響いた。

 音が鳴ると同時に水面上に広がる波紋が体を通り過ぎていく錯覚を覚える。


「だれかが【探査魔法ピン】を打ったようじゃな」

「ピン?」

 

 はじめて聞く単語に反応すると、


「建物内部や見通しが悪い地域で使う探査魔法じゃ。音が潜水艦のソナー音に似ていることからピンとかカンと呼ばれておる」

「どうやら外の連中が、我らがいるか確かめたようでござるな」

「あまり悠長にかまえてもおられんか。皆耳を貸せ。今から言うことはもしものための対応策じゃ」


 耳を貸せと言われてもサクラさんの近くによって、ヒソヒソ話しをするわけではなくパーティ会話モードに意識せよという合図だ。

 そこで話される内容は、アルカノが人質を取ったとき、どう行動するかの指示だった。


「……と思うておる」


 最後の言葉は、口に出してサクラさんは言った。


「それはうまくいくでござろうか……」

「うまくいって欲しいと思うておる。じゃが、できれば桜花団は人質を取られることなく集結し、強行突破でも何でもして逃げるのが一番じゃ」

「もともと団長についていくと決めていたニャ。とにかく今はパトリチェル達と合流するニャ!」

「そうと決まれば我らもハイム城へと向かうぞ。ハンゾウとユンの部隊は各自指定の位置に。小僧は私と来い」


 サクラさんはそこまで言うと、机の上に立ち上がり、右足のつま先立ちになるとクルクルと回転しはじめた。

 まるでバレーでも踊っているように。

 二回、三回と回転し、急に止まると柏手を一つ打つ。すると、サクラさんだけではなく、その場にいた桜花団の体から半透明な何かが抜け出てきた。

 半透明なそれは次第に形をなしていき、数瞬後には自分そっくりの形を成す。

 周りを見渡すとユンにはユンの、ハンゾウさんにはハンゾウさんのそっくりさんができあがっている。


「探査魔法に対する【囮魔法デコイ】じゃ。次にピンを打たれた時にこれを身代わりにして、ここを離れるぞ」

「離れると言っても取り囲まれてますし、目視されてしまうのでは?」

「それをカバーする魔法をハンゾウが使う。今からかけてもらうゆえ、各自はタイミングを逃すな」


 サクラさんがハンゾウさんに向かって頷くと、ハンゾウさんも不思議な踊りと称してもなんらおかしくない、マジックポイントというものがあれば吸い取られているのではと錯覚する踊りを(サクラさん的には忍術の印を組んでおると言っていた)披露する。

 不思議な色とりどりの光が円を描くように回転しながら頭からつま先まで通り過ぎていくと、桜花団全員に【居留守ステルス】という魔法効果が得られた。

 これは自分達の姿と足音を隠し、同時に探査魔法を数回ほど無効化する非常に優れた魔法なのだとか。

 

 僕自身は自分の手も、体も、身につけている装備すら見えているのだが、周りにいた桜花団の人たちは透明となり、姿が見えなくなってしまった。

 みんな脱出の機会を伺っているのか沈黙しているため、広い部屋にはデコイが棒立ちしている蝋人形館と化し、もしかしてみんな脱出を開始していて、この場に取り残されてしまったのかと軽くパニックになった僕は手当たり次第に空間をまさぐると、やわらかい感触が手に跳ね返ってくる。

 懐かしいような、しかし一度も触ったことも無いような感触に心が奪われそになった瞬間、目から火花が出るほどの衝撃が頭上から落ちてきた。


「何をするか!」

「サクラさん! よかった誰もいなくなったのかと思って不安になってたんです」

「ええい、いいから手を離せ。あと視界モードにパーティメンバーを追加せい」

「視界モード? え? それは……」


 戸惑う僕にサクラさんが設定の仕方を教えてくれると、目の前には先ほどまでいた桜花団の面々が半透明の形となって表示される。

 ほっとしたのもつかの間、みんなの険しい顔が視界へ飛び込むと、会話をしたことのない桜花団の一人が僕へと近寄り肩に手をかけた。


「いやぁ、久々に命知らずを見たわ。まさか団長の……」

「余計なことを言わんでいい。小僧、今回は許すが二度目はないと思え」

「へ? ぼ、ぼくは、まさかサクラさんの」

「それ以上先を言うたら死ぬぞ」


 薄ら笑いを浮かべるサクラさんの目は完全に笑ってはおらず、どう答えたら良いものかと迷っていたとき、ハンゾウさんの切迫した声が頭に響く。


「ピンが来そうでござる!」


 少し和んでいた(一部は極度に緊張状態だった)場が一瞬にして絶対零度に放り込まれた感覚へ突き落とされると、「ピン」とソナー音が響く。

 みんなが動いた。

 ある者は窓から、ある者は裏手から、ある者は正々堂々入り口から出て行き、僕はサクラさんに手を引かれて二階へと駆け上がる。

 二階の窓から屋上へ出ると、建物伝いに屋根から屋根へ飛び移ってり西広場を後にした。

 少し離れたところで後ろを振り返ると、デコイ達も一斉に建物を飛び出し、それを追う敵の姿が見えた。

 

 みんな無事でまた会えますように。

 そう胸に刻みサクラさんの後を追った。

ちょっと後編にまとまり切らなかったので、分割することにしました。

続きは近日中にアップします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ