振り下ろされた剣(前編)
僕らが今までいた城壁前に続々と敵兵が集合し、隊列を整え始めていた。
外の景色を見ていた城内の見張り役や周りの軍団、襲来を予想していたペッジも敵がこんなに早くなるとは思っておらず、みんな浮き足立ち慌ただしく動いている。
「ペッジ! これはどういうことじゃ!」
「ありえぬ! これほど早く襲来することなど」
詰め寄るサクラさんに、うろたえながらも金髪碧眼の青年は、目の前の軍団が目に入ってないように虚勢を張っていた。
「現実を見るがよい。敵は集合し、こちらを攻めてくる準備をしておるではないか。どうするのじゃ、このまま城内に引き入れるのか」
「当初の予定通りだ。そうでなければ宣戦布告した意味がない」
「わしは何か嫌な予感がするがの」
サクラさんはペッジに言い放つと踵を返し、<リンカー>に向けて指示をだす。
「桜花団はいつでも逃げ出せる準備を。ハンゾウの部隊は拙攻として待機。それ以外は部隊ごとにまとまり、ハイム本城に移動開始じゃ」
凜とした声が頭の中に響き、部隊長の指示によってみんな行動を開始する。
まるで修学旅行の団体行動で一組が移動を開始し、次に二組といったように、本城方面に一番近くにいたハカセの部隊が移動を開始し、その後にパトの部隊が続いていく。僕らの部隊は城門に近く、動き出すまでに多少の時間がかかりそうなので、いまのうちにアキラから色々と聞きだすことにした。
「ねぇ、もう目的を達したんだからさ、同盟なんて破棄しちゃって離脱した方がいいんじゃない」
「それがそうもいかないんだよ。現時点で同盟を破棄すると違約金が発生するんだ」
「うへ、またお金なのか」
「しょうがないんだよ。そうやって縛らないと裏切りが横行しちゃうからね。この“ハイム伯爵領”も本当は桜花団がはじめて攻略した伯爵領になるはずだったんだ。でも、最後の最後でアルカノが裏切って同盟を破棄、それで桜花団は敗退したんだ。ギルド資金が13億近くあっただろ? あれってそのときの違約金が大半なんだよ」
「なるほど。それじゃ、ここってあんまり縁起のいい場所でもなさそうだね」
予想よりも早く到着した敵軍。裏切りにあった国。逃げ出したギルドリーダー。どれをともって良い情報にありつけない。こんな場所に白川さんがいるかと思うと落ち着かず、少しいらだたしげな態度を取ってしまい、それをアキラに気がつかれてしまった。
「どうした?」
「白川さんは大丈夫かなって」
「話がすっごいところからきたよ。本当に聞きたい事はそれだったのか?」
「でへ」
「ぶっ飛ばしたくなるくらい憎らしいからやめろ。白川はたぶんマルコさんの部隊にいるはずだ。ほら、あそこの……」
僕らと同じように城門近くに待機していたマルコさんの部隊にむけて、アキラが指さした方向に何人かのキャラクターがいた。そこにいたのは、ヒューマン2,バニータイプ1,獣人タイプ1、ホビット1,ドワーフ2という構成で、その中の誰かまではわからない。アキラのバカと違って性別を変えてませんようにという妄執にも似た思いでその場にいた男キャラを除外すると、候補はヒューマンタイプの女性とタレ耳ウサギを擬人化したような可愛らしいバニータイプの二人だ。
ヒューマンタイプの女性は白いカッターシャツに黒いベストとスカート、短めのマントをはおり、すこし大きめの三角帽子をかぶっている。さらに立ち姿はアキラと同じくらい高く、スラッとのびた手足は細く長い。顔は遠目にみても美しく、僕の中の白川さんのイメージにぴったりだ。もう一人の女性キャラはバニータイプで、身長は僕よりもやや低いくらいで、くすんだ金色の長髪と垂れた長いウサギ耳が印象深く、そこに中性的な美少年とも美少女ともとれそうな顔立ち、軽装備の茶色の服装と短パンが可愛らしい。
「どちらも捨てがたい」
「何言ってるんだ? そろそろ俺、じゃなくて私たちの部隊も移動を開……」
「敵軍に動き有り! 入城してくるようです! その数およそ……五千? 通常のNPC軍よりも遙かに少ないでござる」
アキラが言い終わらないうちに<リンカー>に向けてハンゾウさんの声が響き渡たった。
ハンゾウさんからの報告に、僕らの周りにいた連中が疑問符を頭に浮かべながら口々に言葉を発し、アキラも困惑した表情を浮かべていた。
「五千か。先行部隊だけが先に来たのかな」
「アキラが戦ってたときはどうなのさ」
「桜花団は攻撃型だから、防衛は今のところ二回しか体験してないんだ。五千って数字は男爵領軍より少し多いくらいかな」
「宣戦布告したところが男爵領だったりして」
「ありえるけど、ペッジはすぐに攻めてほしがってるようだったし、立地的に男爵領はかなり遠いからその線は薄いと思う」
僕らがそんな会話をしているうちに、敵軍は城門をくぐり大通りを進み始めていた。
ハイムという街はミモザ街道上に建てた作りをしており、城門を抜けた大通りがそのまま北門まで続く。その途中に本城であるハイム城があり、敵兵は堂々と城門を抜けるとそのまま北上して本丸を目指し始めた。アルカノはやはり城の中にいるのだろうか。
予想外の早さで敵軍が入城してきたため、僕らは城への移動を諦め街道脇へと道を譲る形をとった。
「団長どうしますか? ハイム城の敵軍が向かってきてますが、我々は入城を避けて外で待機してましょうか?」
ハカセが<リンカー>を使ってサクラさんに指示を仰ぎ、それに返答される前に男の声が割っては入り込む。
「お前ら全員その場を動くな。手も出さず黙ってみていろ。NPC軍はこちらが手を出さない限り、真っ先に領主の元へ行く。戦闘状態にするなよ」
頭に響いた声は先ほどサクラさんと会話をしたペッジのものだ。なんでこいつの声が<リンカー>から聞こえてくるんだ?
「同盟を組むと一時的に権限のある人間は<リンカー>を共有できるんだ」
さすがアキラ、僕が疑問を言う前に答えてくれた。しかし、僕もやり始めて日は浅いけど、S+Mはこのように上からの物言いが普通なんだろうか。他の隊長クラスの人間はそれに対して「わかった」とも「ok」とも返答しない。
敵軍の半ばまでが城内に入ったところで、僕らの周りにいた連中、主に桜花団のメンバーが<リンカー>内で騒ぎ出す。
「団長、何かこいつらおかしいっすよ。なんつーかNPCぽくないし、不規則な動きしてるし、足並みそろっているようで揃ってないし」
「俺も思った。こいつら本当にデクルクス軍か? 旗だけはそれっぽいけどさぁ」
「何か怪しくね? ってあれ! なんか敵軍に見知った顔がいたような……」
「似てるだけじゃねーの……。え? あれってうちの団からアイテム持ち逃げしたロシュホに似て……」
「「「おい! こいつらNPCじゃねーぞ!」」」
頭の中を突き抜けるような叫び声が上がるのと同時に、城門上に並んだペッジ軍が立ち上げり、限界まで引き絞っていた弓矢を解き放つ。黒い雨のように降り注ぐ弓矢は重力に導かれ、僕らの頭上へと襲いかかってきた。とっさに盾を頭上に掲げる者、建物の軒下に隠れる者、武器で振り払う者、突然の出来事ながら、みんなができうる限りの回避行動をとる中でNPCと思われていた敵軍はすでに頭上に盾を構え身を寄せ合い矢を回避している。今まで俯き兜を目深にかぶっていた軍団の顔がそこではっきりとあらわれ、それを見つけた僕が思わず叫ぶ。
「パイロン!!!」
忘れもしない嫌みな口元をたずさえた虎顔は、大きめの兜では隠し切れやしない。
動揺を隠せず、うろたえる僕の周りで鉄と鉄をぶつけ合う音が鳴り響く。街道中央に陣取っていた敵兵が立ち上がり、武器を構えてこちらに襲いかかってきたのだ。突然の出来事に桜花団も心の準備が間に合わず、部隊ごとの行動どころか個人対多の戦いが周りで展開されていく。アキラとも分断され、襲いかかる敵から唯々逃げ惑うしか出来ない僕の頭の中には<リンカー>からの叫び声ともいえる言葉が乱舞していた。
「なんじゃこりゃあああ」
「どうなってるんだよ!」
「団長! 団長! たすけてください!」
「どいうことじゃ! ペッジ貴様謀ったか!」
「団長無事ですか!!!」
「ええい、皆おちつくんじゃ。乱戦になるぞ」
「ペッジの野郎ぶっころしてやる」
みんなが思い思いの言葉を放ち、意思の疎通など取れない乱戦の最中に、さきほどの黒い三角帽子の美女を取り囲む敵兵の姿が目に飛び込んできた。
白川さん!
頭が真っ白になり、体が勝手に動き敵の隙間を縫い、昨日までとは比べものにならないほどのスピードで彼女の元まで辿り着く。手に持っていた剣を闇雲に振りまわして、白川さんと敵兵の間に強引に割り込んだ。
「白川さん!! 大丈夫!?」
「は? だれ?」
あれ? 思っていた反応と違う感じするのは僕が僕だとわかっていないから? それとも白川さんじゃないのか?
「いや、僕だよ! 諸星! 晃と友達の!」
ここで晃の名前を出すのも癪だけど、そうでも言わないと通じないのがさらに悲しい。
「なんだてめぇは!」
先ほど突き飛ばした兵が我を取り戻し、僕たちを囲み始めた。まだ数は三人ほどだが、僕の技量じゃこいつらに勝てそうにない。包囲網が厚くなる前に白川さんを連れ出し、みんなのところに合流しないと。そう考えた矢先、焼けた鉄を押し当てられたような痛みが胸にはしる。何が起こったのかと自分の胸元に視線を落とすと剣が生えていた。いや、そうとしか表現のしようがないほど、それは見事に背中から突き刺さり胸へと抜けているのだ。
血こそ出ないものの、実際に突き刺されていたら僕はいまごろ大量に血を吐いていただろう。一気に失っていく体力の感覚を全身で味わいながら、振り向いた僕が見たのものは、これ以上ないほど口の端をつり上げた白川さんの顔だった。
「し、白川さん……」
「だから白川って誰よ。てかお前誰よ」
痛みに耐えながら一歩前に出るのと、彼女が僕に突き刺した剣を引き抜くのは同時だった。支えを失い地面へ膝をつき、胸へと手をあててみる。現実の体なら大穴が空いている箇所には多少の傷ができているだけで、そこから大量出血することもなく激痛が脳内を駆け巡る。
その光景を見つめていた敵兵が僕を取り囲み、剣を振り上げる姿を僕は呆然と見つめ、ここで死ぬのか、とそんな冷静な考えを浮かべていた。
「小僧!」
サクラさんの呼びかけと、周りにいた敵兵が吹き飛ぶ姿を同時に目撃し、安堵のために意識を失いそうなった僕の耳に「はらたま! きよたま!」と彼女の声が飛び込む。すると不思議な光が体を包み、気怠かった体に活力が注ぎ込まれるこの感覚は、白虎戦のときに後方支援から受けた回復呪文の効果と一緒だ。
倒れかかっていた体を起こし辺りを見回すと、取り囲んでいた敵兵はサクラさんを中心に吹き飛ばされ、僕を突き刺した三角帽子の美女は姿を消していた。あれは白川さんじゃなかったのか。それとも……。
僕は隣にいるサクラさんに向き直り、改めてお礼を言う。
「サ、サクラさん」
「アフォめが、無茶しおって」
「助かりました。それにしても。回復呪文の詠唱がそれってどうなんですか」
「ほっとけ。お気に入りの漫画からの引用じゃ。雑談はあとじゃ、今は団をまとめて対応せねばならぬ」
「サクラさん! 僕、さっきの敵軍の中にパイロンを見たんです!」
「なに!? どういうことじゃ」
「いや、それは僕にもわかりませんんが……」
「焦臭くなってきおったわ。あれほど言うておったのに、わしが罠にはまっておったか」
「これは一体どうなってるんです? ペッジが僕らを罠にはめたのか、なぞの第三勢力の出現なんでしょうか?」
サクラさんが僕の問いに答えてくれる前に新たな敵兵が出現し、隊列を組んだ六人組が盾と槍を構えて突進をしかけてくる。僕よりも早くからその存在に気がついていたサクラさんが、すでに詠唱を開始していた。
「天丼! カツ丼! 海鮮丼! 光壁!」
聞いてるこちらが気の抜けるような詠唱が唱え終わり、手のひらが迫り来る敵兵に向けられると、目の前に膨大な光の粒子が天にむけて吹き上がる。光は徐々に分厚い壁となって敵兵の突進を防ぐと真綿のように包み込み、彼らを身動きできないようにしてしまった。
その敵兵に何処からか飛来した弓矢が正確に鎧の隙間へと突き刺さる。
一瞬敵兵の同士討ちかと思われたが、矢の飛んできた先を見れば、屋根の上に陣取ったユン部隊の放ったものだというのがわかった。
「てめぇら、ふざけたマネしやがって! 桜花団に喧嘩ふっかけて無事で済むと思うんじゃねーぞ!」
そこには普段のやさしそうなユンはおらず、雄叫びとも言える罵詈雑言を浴びせながら次々に弓矢を相手に叩き込む。光壁に阻まれた敵兵だけではなく、サクラさんに近づこうとする敵へクリティカルヒットする弓矢の命中精度は凄まじく、盾で防ごうとした隙間を縫っては相手に突き刺さり、僕らの周りでは絶叫の火花が放たれまくっていた。
「い、痛てぇ!」「ぐは、矢が矢がぁ」「痛いよ! なんでだよ」
ペインシステムが導入されたことを知らないプレイヤーだろうか、彼らが実際に攻撃を受けたのは今回が初なのか、今まで味わったことのない痛みに我を忘れ、矢の突き刺さった部位を押さえながら戦意を喪失しうずくまる。
それを見た他の敵兵は接近戦を諦め、十人ほどの魔導師キャラがこちらへ向けて詠唱を開始する。踊るような動きを奏でると火や水といった目に見えるエフェクトが展開され、彼らが発動モーションを取ると同時に業火や濁流が襲いかかってくるのが容易に想像できた。だが、桜花団のメンバーがそのような大魔法を黙って見過ごすはずもなく、ユン部隊が一度に五本もの矢を弓につがえると一斉に解き放つ。山なりに襲いかかる数十本の弓矢に対して敵も防御魔法を唱えるが、その間隙を縫って逆に接近していたハンゾウ部隊が魔道士部隊の背後に回り込むや、容赦なく斬りかかっていった。
「ぎゃぁ!」
詠唱を中断されただけでなく、実際に斬られたプレイヤーは痛みのためにのたうちまわり、もはや目的も忘れてこの場から逃げるように四散してしまった。
「団長ご無事でござるか」
黒い装束に身を包んだ数十人が僕らを取り囲むように集まり、ハンゾウさんがサクラさんの前に駆け寄る。
「わしは大丈夫じゃ。他はの部隊はどうなっておる?」
「パトリチェルです! 今ハカセの部隊と合流中ですじゃ。他部隊とも順次合流しておるんじゃが、ちと分が悪いですぞ」
「ミンメイです! こちらの部隊も欠員なく他部隊と合流中」
「アキラ隊副リーダーのソイヤです! こちら隊長がラックを探しにいって別行動中です。残りのメンバーはミンメイ隊と合流中!」
アキラが!? あの時はとっさで断りもなく考えなしに行動を取ってしまったが、その後アキラ達がどうなったかまでは気が回らなかった。もし僕の後をおいかけてきたのなら混戦の中で見失ってしまったのか?
「アキラが!? おい! アキラ! 僕はサクラさんと合流したぞ!」
「こちらアキラ。いま私の友人と合流したのですが、目下敵から逃げてます。隙をみて他と合流します」
「おい! アキラ! その友人って白川さんか?」
「ラック! 勝手な行動とるなこの馬鹿! 白川と合流して逃走中だ」
「その白川さんは本物か!?」
「本物ってなんだ。お前が見知らぬプレイヤーを助けにいったのは確認したけど。団長、後ほど合流します。一端通信終わり!」
ああ、やっぱりあの三角帽子の美女は別人だったのか。ではあのウサ耳少女が白川さんか? いや、考えたくないがまさかドワーフキャラだとでも!?
とりあえずアキラが無事なことでほっとした僕だったが、他部隊のリーダーが次々と報告をあげるなか、マルコ部隊との連絡がつかないことが気がかりだった。誰もが口に出さなかったが、この戦闘がペッジのだまし討ちにしろ、他の第三勢力のものにしろタイミングが良すぎる。それは即ち、桜花団に裏切り者がいるかもしれないということだ。真っ先にパイロンの名前を上げたいが、きっと奴だけではなくマルコさんも僕らをおびき出す役目を負っていたのではないか。サクラさんもそう思いはしたのだろうが裏切り行為を口にはださず、各部隊に向けて通達する。
「ペッジもこの報告を聞いている以上<リンカー>を使った報告はこれにて終了する。面倒じゃが各部隊長はわしに直接telをしてくるように」
それ以上を語らず、サクラさんは黙したままで各部隊長に連絡を取っているのか、動かないまま数分の時が流れた。その間にも敵は様々なアプローチをしてくるが、ユンとハンゾウさんが撃退を繰り返し、ついに大部隊が街道に現れるとユン部隊も屋根から降りてサクラさん周辺に集まり始めた。
「団長、そろそろ移動を開始した方が良いです」
「うむ。ユン、ハンゾウ、指示はだいたいわかったな? 我らはどちらにしろ数的に圧倒的不利じゃ。しかも同盟が破棄と見なされていないのはペッジが裏切ったという形ではなく、別勢力がわしらを攻撃してきたという“位置づけ”なのじゃろう」
「でも、はじめに弓矢を放ってきたのはペッジ軍じゃ」
僕が口を挟むことではないけど、言わずにはいられない。
「あれも予め軍団を城内に潜ませておったのじゃろう。我らは罠におびき出されたわけじゃ」
「サクラさん、これからどうするんですか?」
「いったじゃろ、やつらは軍じゃない。ただのプレイヤーであり、寄せ集めじゃ。そこを突く!」
サクラさんは背筋を伸ばすと、
「ユン、ハンゾウ! 彼処に見える集団を排除する。少々長いやつを使うゆえ、しばし時間を稼げ」
「「了解!」」
サクラさんが両手を天高く振り上げ先ほどとは違う、何やら聞き取りづらい魔法を唱え始めると、迫り来る大部隊へむけてハンゾウ部隊が突進を開始し、懐から取り出した煙幕玉を辺りにまき散らし相手の出鼻をくじく。煙幕を振り払うべく敵魔導師部隊が魔法を詠唱しようとしたところに、ユン部隊の弓矢が襲いかかり、さらに混乱が増すなか、自身を透過させたハンゾウ部隊が潜り込むと手当たり次第に暴れ始めた。見えざる敵に応対するため、煙幕の中で武器を振り合う先頭集団は当然のように味方を打ち付けあい、壮大な同士討ちが目の前で繰り広げられていった。
敵リーダーが混乱を収めるために騒ぎ立てると、今度はその音を頼りにユン部隊の弓矢が襲いかかるありさまは、敵ながら哀れとしか言いようがない。
「ハンゾウ離れよ!」
サクラさんが叫ぶと同時に、薄もやのかかったような影達が一斉に飛び退き、後には煙幕のなかで暴れまくる集団だけが取り残された。
「鏡界乱舞!」
サクラさんの両手が振り下ろされると同時に敵部隊がいる一帯を乳白色の霧が包みこむと、同士討ちをはじめていた先頭集団が混乱の浅かった味方後方集団へと襲いかかったのだ。何が起こったのかわからず呆然と見つめていた僕の腕をサクラさんがひっぱり移動を開始することを告げる。
「いったい何が起こったんですか」
「簡単に言えば敵を混乱させたんじゃ。しばらくの間あやつらは味方を敵と思うて同士討ちをしとるじゃろ」
「僕ドラクエとかでメダパニとか使えない魔法かと思ってましたが、考えを改めます」
今まで真一文字に口を引き締めていたサクラさんの口元がうっすらと緩むのがわかった。そこにサクラさんと併走していたユンが口頭連絡をする。
「団長。他部隊からペッジを捕捉したと連絡がありました」
「でかしたぞ。まずは現状をあやつから聞き出さねばな」
僕らは頷きあい、ペッジを捕らえたという西広場へと歩を進めた。