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Luck & Ruck  作者: kooo
13/30

喧嘩早いやつが三人よれば、そこは戦場

 部屋に戻った僕を待っていたのは、身支度を調える男連中だった。彼らも眠れぬ夜を過ごしたのか、入り口に立つ僕へ視線の一つも向けてこない。誰も何もいわず、黙々と装備をチェックしている。

 今までのようなただのゲームと違い、一歩間違えば殺し合いが待っているのだ。陽気でいられる方がおかしい。

 彼らの邪魔をしないように入り口を抜け、自分がいた場所にも戻ろうとした時、頭上から何かはじける音がすると共に、バケツをひっくり返したような水が僕の頭上から降り注いだ。


「いやはぁぁ〜〜〜!! 見事にひっかかりやがったぜ」


 水に濡れた僕をみて、部屋にいた連中全員が爆笑していた。


「なんじゃこりゃ〜! てか、お前らこれから戦場に向かうのに緊張してたんじゃねーのかよ!」

「ぶはは! そんなん気にしたら負けだって〜の」

 

 昨日僕に絡んできた厳つい顔の男が答える。ものすごい形相で笑っているだけに怖い。


「いやいや、わかってるの!? これから起こることをさ!」

「わかってるから暗くならねーよにしてるんじゃねーか。少しでも気を楽にしてねーとプレッシャーに潰されちまうぞ」

「……」


 朝日に照らされる彼らの中には、無理矢理笑顔を貼り付ける人もいた。

 そうだ、怖くないわけがない。だけど狂気に飲まれるわけにもいかないんだ。

 だからといって。


「僕にイタズラしかけるのはどうなんだ」

『お前はミンメイさんとフレンドになった! だから俺らの敵だ!』


 三十人近い奴らに一糸乱れぬ声で言われたら、何も言うことはない。

 そうですか、僕は敵ですか。戦場では背中に気をつけることにします。


「おはよ。って、ラック、なんでビショ濡れなんだ」


 部屋中の男たちが、声の方に視線を移動させると、石化魔法でも食らったかのように奴らの動きが止まる。声からアキラとはわかっているが一体何がおこったのか。僕もそちらへ向き直り、彼らが硬直した事情とはまた違う理由で身動きできなくなった。

 振り向いた先にいたのは紛れもなくアキラだが、チャイナドレスの時にも強調されていた大きめな双丘がよりはっきりくっきり浮かび上がる白地のTシャツ、白い艶めかしい脚線美を惜しげも無く露出させたホットパンツという魅惑的な格好だ。

 石化魔法から解けたみんなが「うひょはぁ!!」と雄叫びを上げ、喜び飛び跳ねているが、僕の目には現実世界の晃が部活合宿時にTシャツとトランクスでうろつく姿と重なってしまい、お前なんて格好してるんだよと別な意味で突っ込みをいれる。


「いや、なんかこの格好じゃないと寝付けなくて。というか、あんまり寝られなかったけど」

「だからって、その格好でここまで来るなよ」

「なんですの、騒々しい」

『ぐはぁ』


 最後の血反吐を吹き上げたかのような苦鳴は、アキラの後ろから顔を出したミンメイの格好にやられた男共のものだ。

 僕も慌てて仮想空間では出もしない鼻血を押さえるために口元に手をやる。

 黒のキャミソールに、下はこれまた黒の短パンという扇情的なミンメイの格好を見れば、彼女のファンは飛びかかるか、鼻血を吹き上げるしかない。


「ミ、ミンメイもなんて格好を」

「え? へ、変だったかしら。ゲームの中とはいえ、あのままの格好で寝るのは気がひけたの」

「いや、そうじゃなく。そんな格好でうろついちゃ、僕は良くても他の人には目に毒というか、むしろお前ら一緒に来たって事は、まさか一緒の部屋で一晩過ごしたんじゃねーだろうなぁ!」


 後半は同じタイミングで僕らの部屋に現れた二人への疑問と、もしそうならアキラを生かしちゃおけねぇという怒りのミックスだ。


「違う!」「違いますわ!」


 ハモるように同時に声があがるが、その声は僕の後ろにいる三十人の耳には届いておらず、彼らの間では妄想が伝染病のごとく広がっていき、もはや止めるすべはない。


「ラックのせいで、彼らの目の色が変わっていきますわ! 責任とってちゃんと誤解を解いてください!」

「そうだ! 無責任な発言をするなよな!」

「ふん! おまえが俺をこんな地獄にも匹敵しそうな場所に置いていったのが悪い!」

「どんな理屈だ。だいたい一緒の部屋とかになったら何されるかわからないだろ」


 僕とアキラはにらみ合い、


「僕は多少お茶目なスケベかもしれないが、寝込みを襲うような変態ではない! するなら……」


 ごく自然に、そう本当にごく自然に両手をあげて右手でアキラ、左手でミンメイの胸に軽〜くタッチしてみた。

 ミンメイの顔は真っ赤に染まり、とっさに両手で胸を隠し、アキラは逆に青ざめた顔で、鳥肌がたったのかのようにワナワナと震えている。


「ふん。これが僕なのだよ」

「ああ、よーくわかった」

「ええ、確かに見誤ってましたわ」


 彼女たちの右手が堅く握られ、その手に炎が宿るようなエフェクトが発生、したかのような錯覚が僕の目にはっきりと映る。


「「死ねぇぇぇぇぇぇぇ」」


 見事なユニゾンで言葉尻を響かせながら、まったく同じタイミングで彼女たちの右ストレートが僕に襲いかかってきた。

 我が行動に一変の悔い無しと言いたいところだが、この凄まじい殺気を込められた拳を叩き込まれるなら、僕としてはもう一揉みでもしておくんだったと後悔がよぎった瞬間、周りの空気が粘り気の強い液体に変じたかのような錯覚に捕らわれる。二人の拳は熱拳とも言うべき熱さでこちらへと移動していたが、その動きは水の抵抗を受けながら進むように、ものすごく緩慢だった。注意してみれば拳だけではなく、彼女たちの髪の毛、服の動き、窓を通して見える木の葉の揺れ、全てがスローモーションのように再生されている。


「どうなってるんだこれ」


 不可思議な現象に戸惑いながらも、黙ってこのまま痛い思いをしたくなかった僕は、二人の熱拳を横に廻って避けると、スローモーションの世界が一変し、二人の拳は空を引き裂くほどの勢いで目の前を通過した。

 

「「ねぇぇぇぇぇぇぇ!!! ……え?」」


 僕が黙って制裁を受けると思っていた彼女たちは、空振りに終わった拳から視線を動かし、真横にいる僕を見つめる。


「いつの間に……そこに!?」

 

 今の不可思議な現象は僕だけの幻視だったのか、彼女たちは認識していないようだ。

 ミンメイが何か言葉を続けようとする前に、今度は部屋中が震えるほどの雄叫びが上がった。


『てめぇ! 生かしちゃおかねぇぇぇ!』


 僕は男たちの方を振り向くと、またも時間が遅延する。何かを叫んでいるであろう彼らの口からは言葉を聞き取れず、僕の耳には「ぇ」が引き延ばされ続けていた。

 彼らの中には怒りに身を任せて何かを投てきする者までおり、このままではミンメイたちに当たりかねない。

 迷ったあげく僕が取った行動は、ついさっきサクラさんから習ったシールドを発動するため、左手でスナッピングを繰り返しはじめる。

 心の中で一、二と繰り返し、四まで数えたところで、投てき物が目前へ迫り、魔法発動モーションを行う。

 膨大な空気が手のひらに吸い込まれると、ダイア型の透明な層が何重も出現し、投てき物を跳ね返すどころか粉砕してしまった。シールドはそれだけでは留まらず、僕がサクラさんから食らったように、体を仰け反らせるほどの暴風が部屋の中で発生し、みんなを壁際へと追いやる。


「うは、4回のスナップでも結構すごいな」


 唖然とするみんなと同じように部屋の光景に目を奪われていた僕はボソリとつぶやく。

 おっと、このままこの場にいては捕まって袋だたきに合うのは確定だ。素早く逃げだすべく、180°ターン。


「何をしと、ぐへ」


 騒がしいと様子を見に来たパトと接触し、僕は勢い余って空中に投げ出され、床へと叩きつけられた。

 我に返ったミンメイが逃がすまいと僕の上にのしかかり、次いでアキラ、起き上がったパト、最後には男たちに取り囲まれてボコられましたマル。



「こ、この足取りの重さは絶対に衰弱状態だと思うんだ。僕に回復魔法をかけても良いんじゃないでしょうか」

「反省が足りない!」


 アキラとミンメイは僕が男達に殴られている間に部屋に戻って着替えをすまし、その後合流して大部屋へと移動を開始する。瀕死状態で脚を無理矢理動かしながらもついて行く健気な僕のお願いは、彼女らの耳に届く前にかき消されたようだ。

 十分に反省は“させられた”と思うのだけど。


 三階の寝所から痛む体を押して階段を下りていき、大部屋前につくと中は人で埋め尽くされていた。すでに来ていたサクラさんやハカセが団員達に指示を出しており、命を受けた団員達はせわしなく動きまわっている。

 パトやミンメイはサクラさんをサポートすべく円卓付近まで行き、僕とアキラは彼らの指示で細かなアイテムを揃えるなどの雑用に終始することにした。


 朝の七時から大半の団員がここに集合し、予定の九時には大体の下準備が完了し、大部屋に整列した状態でサクラさんの号令をまっている。


「パトリチェル、パイロンはどうしたのじゃ」

「それがラフィン・スカルの一件から姿を見ておらんのです」

「逃げ出したかの」

「それはわかりませんが、パイロンと連んでいた団員もいないことから、その可能性は大かと」

「普段は態度も口もでかいと言うのに、いざとなると姿をくらますとは。なんとも情けない事じゃの。それで何名ほどになった?」

「S+Mにダイブしているであろう団員が総勢五千二百十九名、そのうち呼びかけに集まったのはパイロンたちとマルコらを抜かして四千六百と三名ですじゃ」

「普段の六割か。ピークタイムを少し外しているとはいえ、時差を考えれば多い方かの」


 この会話は<リンカー>を通して全員に行き渡り、あの威張っていたパイロンがいないということが伝わるとアキラは露骨に顔をしかめた。


「あいつ。やっぱり口だけのやつだったか」

「こんな状況じゃ逃げ出してもしょうがないよ」

「へぇ、ラックはあいつのことが嫌いだと思ってたよ」

「嫌いだよ。でも、逃げ出すことが悪いことだとは思わないさ。僕だってアキラや周りのみんながいなかったら逃げ出したかもしれないし」


 部屋のあちこちでパイロンに対する悪口がささやかれていたが、サクラさんが小さい背をピンと伸ばし立ち上がると、静寂が訪れる。


「皆の者。よく集まってくれた。このような状況の中でも皆と顔を合わせられたことは私に取っても重畳なことじゃ。これからマルコ達を救出し、グラウンドミッションクリアを成し遂げ、現実世界に皆で帰る。それまで私らは家族も同然。つまらぬ事で諍いもあるじゃろう。じゃが、それでも一致団結しこの窮地を乗り越えようではないか!」

「おおお!」


 サクラさんの宣言にみんな一斉に右手をあげて答えた。

 ピンチになった時に強いリーダーシップを取ってくれる人がそばにいる。それだけで、どれだけ心強いことか。


 パトから諸注意として色々と訓示があり、特に食料に関することは念を押された。

 飢餓システムの事を考え、空腹感を感じたらすぐに食事をとること。安全面から【疲労】を感じても食事や回復魔法で体力を戻すこと等々だ。

 ギルドから至急された携帯食が一週間分と保存食一月分が各自のマジックバックに配給される。今まではステータスや攻撃の威力をあげるための食品だったが、飢餓システムに対抗するという点に置き換わった感じだ。携帯食や保存食はステータスアップこそ少ないものの、体力回復という点ではすばらしい効果があるとか。

 だが、これらの食品は無限に鞄の中に存在しているわけではなく、料理とよばれるものは最大三日、保存食以外は何もしなくても七日後には消えて無くなるとアキラが説明してくれた。例外として各モンスターが落とす肉類などは、城や各ホームに備え付けることができる冷室で最大一年間の保存が可能なのだそうだ。

 これだけの食料をどうしたのかと思ったが、解散後にハンゾウさんの部隊が支配下にある町へ大量に買い付けに行ってくれたらしい。MMOをやったことがある人ならわかると思うが、何かを始めようとしたとき前準簿を集まってからする集団と始める前に終わらせる集団とでは、その後の動きが格段に違ってくる。キビキビとした行動は周りに波及し、やる気を削がずに最後までやりきれるものだ。


「各自準備はよいか! 目的を告げる。我々はマルコを救出した後、本部に戻る。それだけじゃ。食料を大量に配布したのは何か不足の事態に陥ったときに後悔しないためで、今回の戦闘で使い切るためではないぞ。よいな!」


 その後は班分け、各班の行動方針、現地へ行くまでの段取りを説明され、いざ敵地へと出発する。

 直接のテレポートができないため、べクルックス伯爵領首都近くの町に転移した僕らは、馬が二頭と簡易な荷台が備え付けられている馬車を大量に借り上げ、一路ハイムへと向かった。


「テレポートないと移動がたるいなぁ」

「昔はこうだったんじゃ。今が便利すぎるだけじゃ」


 僕はパトが受け持つ集団のアキラ隊へと編成され、馬車ではアキラと一緒に乗ろうとしたら今朝の一件が露見していたらしく他の人間につまみ出され、ミンメイのところはすでに満員で、流れ流れてパトの隣に座った。いや、パトの隣が空いてたわけではなく、不憫に思った彼がちょっと隙間を空けてくれたのだ。

 パトって良いやつだよな。


 ミネルヴァに比べればかなり小さい町を抜け、ミモザ街道をまっすぐハイムへと進む馬車から、のどかな田園風景がどこまでも見えていた。

 日はすでに天頂にさしかかり、腕時計を見るように左手の甲を上に軽くひねるアクションを起こすと、腕に簡易時計が表示され、12時だと教えてくれる。


「大丈夫じゃ。マルコからは暴動も沈静化されたらしく、町はすこし落ち着いたと連絡がはいっておる。このまま順調に進めば、もうすぐハイムにつくはずじゃ」

「パトは落ち着いているね。リアルもそうなのかな。僕は現実ならきっと手に汗をかきまくってるよ」

「わしだって落ち着いてなんぞおらんわ。じゃが、わしが取り乱したら周りもそうなる。泣きたいときにも泣けないというのは面倒じゃの」

「僕より年下だけど、君がたくましく見えるよ」

「団長がいてくれるおかげじゃて。あの人が毅然とした態度で行く道を指し示してくれるだけでも、わしらは幸せもんじゃ」

「そうだね。あの胸は魅惑的だよね」

「ミンメイちゃんだけじゃなく、団長に何かしたらマジ殺すから」

「こわ! すっげー怖いよ!」


 どうやらパトにとって団長の存在は神にも等しいらしい。うかつなことを言うのはやめとこ。

 気を紛らわすためにも、べクルックス伯爵領とはどんなところかと聞くと、わしも詳しくないけどと前置きをされつつ説明してくれた。


 べクルックス伯爵領は六十平方キロとそこそこの大きさで、その首都たるハイムは、サザンクロス侯爵領へと続くミモザ街道をふさぐような形で存在している。首都は長辺三キロ、短辺八百メートルという長方形をしており、別名関門国とも呼ばれているそうだ。首都の人口は二万ほどで、そのうち一万がアルカノのギルドメンバーらしい。


「住人ってプレイヤー以外もいるの?」

「はじめはNPCが住人としておるんじゃ。それを占領し、本部や支部を置くなり、プレイヤーがホームとして町に住み着くと、自然にNPCは立ち去っていく仕組みなんじゃよ」

「プレイヤーだらけの町になったらNPCはいなくなるの?」

「最低限の商人は残るんじゃが、プレイヤーと町の生産バランスが崩れると税金が跳ね上がるんじゃよ。プレイヤーが多いと出会いも多く、やれることも増えるんじゃが、何をするにも金がかかりすぎるために、常に人は移動し続けておるんじゃ」

「なんか色々と面倒そうだね」

「まぁ、S+M上にホームを構えるようなのは、狩りとかが主目的じゃ無く、遠距離恋愛で恋人とキャッキャウフフしたい奴らじゃからの」

『リア充死ね』


 パトと意見が一致したところで、馬車を操舵していた団員が「見えてきたぞ」と荷台へ向けて言い放つ。

 僕らが進む先には小高い木々の森があり、それが切れるように道が開けると、首都ハイムを囲む城壁が見えてきた。

 大きな湖を西に、城門を挟んで東には崖があり、それらをつなぐように三キロに及ぶ城壁が建ち並ぶ。城壁中央に大きな城門があり、そこへ続くミモザ街道は、巨大な鉄扉が行く手を阻んでいた。


 数百台の馬車が城門前に集まると、桜花団の面々はそこで下車し、班ごとに整然と並ぶ。

 城門前にサクラさんが進み出ると、大声を張り上げた。


「開門を求む!」

 

 小さな体のどこから出てきたのかという声量で鉄扉を振るわせると、その声に押されでもしたのか、重く分厚い扉が人ひとり通れそうなくらい内側へと開門する。その隙間から背丈が百八十センチ以上はある、中世ヨーロッパをイメージさせる甲冑を着込んだ偉丈夫がこちらへと向かってきた。

 偉丈夫はサクラさんの五メートルほど手前で立ち止まると、兜を脱ぎ右手に持ち構えた。

 甲冑の下から現れた風貌は、厳つい甲冑姿からは想像もできない美青年だった。金色の短髪を陽光の下に煌めかせ、碧眼はどこまでも青く透き通っている。特徴的なのはヒューマンタイプと違い、笹葉型のとがった耳だろうか。S+Mの中で存在しているのは知っていたが、エルフタイプに出会える確率は相当低いらしい。


「これはこれは、遠くからは小さすぎて見えなかったが、桜花団のサクラ殿ではないですか」

「は! 嫌みな面構えに嫌みさがさらに増しているどこぞのバカはやっぱりペッジか」


 二人は無言でにらみ合い、ペッジが口火を切る。


「で、こんな状況下で我が領地に何のご用で」

「こんな状況下だからこそ来たまでよ。今すぐハイムの封鎖を解くがよい」

「それはできない相談だ」

「貴様! わかっておるのか!? 宣戦布告時にその領地にいたものは無原則で戦争に参加となるんじゃぞ。お前は自分がしでかしたことに責任を感じておらんのか!」

「領地戦ルール1:戦争開始時に降伏を告げれば、そのプレイヤーへの攻撃はできないことになる。ルール2:突発的に巻き込まれてしまった場合、セーフティエリアに入れば被害を受けることもない。お前の仲間も降伏するなり、安全圏に逃げ込むなりすればいいだけのことだ」

「今の状況をわかって言っておるのか。貴様は知らぬかもしれぬが、β時代の遺物とも言うべきシステムが復活しておる。かつては無かったペインや飢餓システムが発動しておるのじゃぞ」

「飢餓の方は確認できてないが、ペインについてはすでに知っている。一億以上の金を持っているやつがお尋ね者リストに掲載されることもだ」

「ならば、領地戦のルールが未だに適用内だと誰が言い切れるんじゃ」

「俺が言い切ろう。ルールが無視されることもないし、我々もNPC軍と戦うつもりは毛頭ない」

「なんじゃと!?」

「お前は誤解をしているようだが、俺が宣戦布告をしたのはアルカノの居所を探し出すためだ」

「やつの居所を探すなら、お尋ねリストからアバウトながらも場所を探索できる。それでいいではないか」

「その情報からアルカノがまだこの町に潜伏中だというのは知っている。だが、この町がどれだけの広さだと思っている? 一万という人数だけで門を確保しつつ、虱潰しに一人の人間を探し出すには時間がかかるのだよ」

「それでは、どうするというのじゃ」

「だからこそ俺は領地戦をしかけた。ルール3:戦争を終わらすことができるのは、領主本部を攻め落とされるか、最高責任者を降伏させる、または殺害すること。お前たちは知らないかもしれないがNPC軍には独特のロジックが備わっている。奴らは誰が最高責任者かを見分け、猟犬のように追い詰める習性がある」


 ペッジの言葉を聞いた団員たちは顔を合わせ口々に今のが真実かどうかを話し合っていた。


「本当かよ」

「あいつらの言うことをまともに取り合うのはなぁ」

「偽情報に踊らされてるんじゃねーの?」


 団員たちの思惑をサクラさんも口に出す。


「貴様はなんでそのようなことを知っておるのじゃ」

「知らないお前らがどうかしている。どうせ常に最前線で最高責任者たるお前が戦っているから、NPC達の動向もわかっておらんのだろう」


 ペッジの言葉をそのまま聞き入れるつもりは無かっただろうが、団員たちはうなずきながら、「確かに」とか「いつだって団長は最前線だしな」とか口の端にのせていた。その言葉を聞きながら耳を赤くさせたサクラさんは負けずに言い返す。


「ならば余計に無関係な我らが団員を返すがよい! いや、いっそ無関係な者たちを解放すれば、それだけ早く見つけ出せるではないか」

「そう簡単に事が運べばとっくにしている。邪魔な奴らの中にアルカノが混じっている可能性があるからこそ封鎖しておるのだ」

「お前らの目は節穴か。アルカノがどのような格好をしておっても一目見ればわかるであろう」


 そうだそうだ! と他の団員に混じり僕もヤジをとばす。ペッジは一向に気にした様子も見せず、サクラさんを見据えたまま返答した。


「【変身薬】を所持していたとしてもか」

『【変身薬】!?』


 桜花団はどれだけ仲がいいのか、見事に唱和して驚いた。


「S+Mに変身薬など存在するのか? ちょっとした容姿を変更するだけでリアルマネーを要求してくるこのゲームで、変身薬など垂涎の的ではないか」

「あいつはリアルマネーで容姿をころころと変えるが、その日の気分で軽く変身するために薬を使っているのを俺らは何度も目にしている」

「私はそのようなものの存在を聞いたこともないが」

「それはそうだろう。マスタークラスのスキルを持つ者にしか合成できず、素材には【龍の涙】を使う代物だ」

『【龍の涙】!?』


 またも桜花団は見事な唱和を繰り返し、さらに僕の知らない【龍の涙】について語り出した。


「あれって滅多にでない龍族のだろ? しかもドロップが超渋いって聞いたぞ」

「このまえ五千万で取引されてるとか聞いたが」

「あんなのを気軽に使うとかありえねーだろ」

「アルカノが独占的に買収してたのか」


 ざわつく団員をサクラさんは片手で制す。


「それが本当だとして、あのケチくさい男がそう簡単に薬品を使うのを信じろと?」

「アルカノがどだけ強欲かは当然知っている。そして、あいつはほしい物に糸目をつけないのも知っている。あいつにとって五千万なんて端金なのさ」

「……ギルドの資金を持ち逃げされたと聞いたが、お前らの資金はいかほどあったんじゃ」

「四千三百億だ」

『四千三百億!!!』


 これには僕も一緒になって驚いた。四千三百億ともなれば、S+Mの通常レートでも億単位のリアルマネーが動くじゃないか。それだけではない、今の助かる条件に当てはめれば四千三百人も救われる。金か命か、どちらにしてもアルカノを逃がせるはずはない。


「強欲ギルドとは聞いておったが、そんなばかげた金額を貯め込めるはずは……」

「当然まともに稼いだわけじゃない。俺も人のことを言えた義理じゃないが、それだけにあいつを許せないのさ」

「勝手な言い草じゃの。お前らの事情もわからぬではないが、このまま話を平行線にするつもりか」

「俺らと同盟を結んでもらおうか」

「同盟じゃと!?」

「それがお前らを入城させる条件だ。同盟軍ともなれば容易に裏切ることもできまい」

「は! この前の領地戦で私らを裏切った奴の言葉とは思えんのぉ」

「裏切ったのはアルカノだ。俺じゃない。それに過ぎ去ったことはどうでもいい、組むのか組まないのか」

「選択肢などないじゃろ。よかろう同盟を組もうではないか。じゃが、私らはお前たちの戦闘には参加せん、セーフティエリアで仲間と共に傍観させてもらうぞ」

「結構だ。ただしアルカノが捕まるまでお前達を外に出すわけには行かなくなるが良いな?」

「承知じゃ」


 ペッジが懐から紙を取り出し、右手の親指を押し当てる。その紙をサクラさんに渡し、彼女も同じように拇印を押すと紙は燃え上がり消えてしまった。簡易ながらも同盟証書のやりとりが交わされ、その証に両方のメンバーに赤い腕章が装着される。

 この同盟は締結者が破棄するか、戦闘が終わらない限り続くらしく、サクラさんとしてはアルカノが捕まった時点で破棄することを団員たちに知らせていた。

 城門が大きく開かれ、サクラさんを先頭に僕らが入城すると、すでに<リンカー>を通して知っていたのか、建物の影からこちら向かってくる人影が多数現れた。


「団長!」

「マルコ! 全員無事か」

「はい。全員騒ぎに巻き込まれないようにホームハウスにいました」


 サクラさんやパト達を囲む数十人の仲間達はお互いの無事を確認しあう。

 あの集団の中に白川さんが混じっていると思った僕は、それらしきプレイヤーを見つけ出そうと外側でうろちょろと動き回っていた。昨日の会話の中で、ウィザードがどうとか言っていたのを覚えていた僕は、自分が連想する魔法使いの格好をした人を探し出そうとしたとき、城壁の上からペッジ軍の見張りが、城下町へ向けて警鐘を鳴らし始めた。


「敵襲だぁ! 隣国のデクルクス軍が攻めてきたぞ!」

「なんじゃと?! いくらなんでも早すぎじゃ」


 森の中から続々と現れる兵士達は足並みを揃え、ゆっくりと進軍してくる姿が開け放たれた城門から見える。

 仲間と合流できた喜びは霧散し、辺りは緊張に包まれた。

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