ライオット
脳のオーバークロック?
僕はハカセの言葉が理解できず、何度も復唱していた。
オーバークロックという言葉自体はよく知っている。一昔前にはパソコンのCPUをクロックアップして動作を早くする、それに心血を注いでいたコアユーザーがたくさんいたと、秋葉通いをしていた祖父から聞いた。なので意味自体はよくわかるつもりだ。ただ、それが人間の脳となると話は変わってくる。脳をいったいどうやったら高速化できるのか。
それともう一つ聞き捨てならない名称があがっていたことも、頭の片隅から離れない。
サイバーテロ組織<アンカラゴン>。
オーバークロックとサイバーテロ組織。この言葉を別々に聞いていれば、また違った感想を持っていたと思う。でもこの二つが同時に出てきたことが、この世界での体には備わっていない、僕の鼓動を早鐘のように鳴り響かせていた。
「脳をオーバークロックする……。そんなことが可能なのか?」
「たしかに団長がおっしゃるような疑問は私も抱きました。裏サイトではジョークだと軽くあつかわれてもいました」
「が、ハカセは思い当たることがあるんじゃな?」
「はい。これも理論だけで、実際どこかの研究所が学会で発表したとかではないのです」
「それでもよい。いまは情報を得たいのじゃ。危険性が高まるなら、ただのジョークではすまされんからの」
「わかりました。私も裏サイトで集めた情報ですが」
ハカセはそう前置きをしてオーバークロックの話をはじめてくれた。
この研究をはじめたオックスフォード大学は、脳に微弱な電流を流すことで情報処理能力が高まるのかという実験をおこなった。結果は効果あり。
だが、その成果は研究者たちが期待するほどではなかった。他の研究所でも同様の実験がおこなわれたが、SF映画のように超人的な能力を身につけることもなく、計算能力や情報処理能力が数パーセント向上する程度だったらしい。
「ふむ。では、オーバークロックという実験自体はたいしたことはなかったということじゃな」
「いえ、それがそうではなかったんです。情報処理能力や計算能力の実験では結局のところ肉体というリミッターが邪魔をしていたんです」
「どうことじゃ?」
「我々は脳で考えます。それを他者に伝えるとき、口にしろ手にしろ伝達手段は肉体にありますよね?」
「それはそうじゃろ。じゃなければ、どう答えていいかわからん」
「そこがオーバークロック実験を邪魔してた枷でもあったんです。いくら計算処理が早くても、答えを書き出す手が遅ければ、それは単純に暗算がはやくなっただけ、と。ですが実際は違っていた」
「それはつまり……」
「彼ら曰く、脳内で完結する世界では肉体の呪縛から解放された真の能力が目覚める……そんな表現でした。そして脳内で完結する肉体から解き放たれた世界とは」
「VRワールドか」
ハカセは黙ってうなずく。
「脳が考え、脳が答える。それが可能な世界とは、我々が今いるVRワールドのみです。ここでは肉体をいっさい動かさず、脳とコンピュータが直接やり取りすることができます。その中で実験をしたところ、秒間1,000倍から86,400倍ほどの効果があったそうです」
「「「86,400倍!?」」」
考えたこともない数値がでたことで、みんなが同時に驚きの声をあげた。
「脳の潜在能力は高く、いまのようなVR導入時にも処理能力が現実世界よりも向上していることは立証されていました。彼らはそこに目を付けていたんでしょう。そして驚くべきことに、このオーバークロックは微弱な電流コントロールとマザーコンピュータへのハッキングで容易にVRワールドにいる人間へ影響を及ぼせるということなんです!」
唖然とし、誰も口を開くことができない。重い沈黙のあと、団長が僕らの代わりとなりハカセに質問をあびせてくれた。
「マザーコンピュータへのハッキングと軽く言うが、VRを管理するコンピューターへの侵入は不可能じゃろ。国際法で厳重に保護されたサーバーへは技術者どころか一国の大統領ですら容易に近づけんと聞いておる。いくらサイバーテロ組織というてもネットワーク経由でハッキングは可能なのか?」
「おそらく不可能でしょう。私も情報番組でしか知りませんが、マザーにアクセスするにはソフトウェアキーだけではなく、管理者がもつハードキーが必要になるそうです。おそらく彼らがハッキングをしかけたのはVRワールドのサーバーでなく、もっと小規模のものだと思われます」
「それはなんじゃ」
「S+Mのサーバーですよ」
「それだとしてもじゃ。やはりS+Mのマザーサーバーへのアクセスは不可能じゃろ」
「昨年の各都市部大停電。そしてS+Mのサーバーダウン事件は団長もご存知ですよね」
「そんな!! あやつらはS+Mへハッキングをしかけるために、都市部の電源を落としたというのか!?」
「あくまでも推測です。ですが、大停電がおこった各都市はS+Mサーバーがあると噂されていた場所ばかりです。もし彼らがそのときに何かしらの仕掛けをしたのなら、我々の脳がオーバークロックされている可能性は大です」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
このままハカセと団長の会話を黙ってやり過ごすことなんて出来なかった。彼らの話はすでに僕らの脳が何かしらいじられている、それを前提に話を進めているが、アキラたちがさっき言っていたこととだいぶ違ってくるじゃないか。
「あの、僕はVRのことをあまり知りませんが、さっきアキラたちがRマシーンには危険な電気量は備わっていないと聞きました。それでもオーバークロックできるんですか?」
「私もこの手のことに詳しいわけではないのですが、VRマシーンはその用途により幅広く応用がきくような作りになっています。例えば……アダルトコンテンツのような人の興奮作用を促すものと、バケーションコンテンみたいなリラックスさせることが目的のものとでは電流の強弱に幅があると聞いたことがあります。エアコンの強弱といっても良いかもしれません。その強弱の電流をつかって、我々の脳へ高速に電気信号を叩きつけられていることが予想されます」
「ハカセ、いま私たちの身には何がおこっているの?」
もはや黙っていられなくなったミンメイが不安げな瞳で細くかすれそうな声で尋ねる。
「先ほど私が言った脳の高速化される数値。みなさんは何か思い当たることはありませんか? 私もこれを初めて見たときは思いつきもしませんでした」
「ハカセ、問答している時間はない。はよう言うてくれ」
「すいませんでした、団長。私もこれを受け入れるには精神的につらいのです」
ハカセは、考えを振り払うように頭を一振りすると、牙が光る口を開ける。
「私はEarthTimeが変わらず、S+MTimeが動いてることから、外部の情報が遮断されていると思っていました。ですがこの考えが間違っていたのです。本当はEarthTimeは通常時間で動いており、S+MTimeが変更されているとしたら!?」
肩で息をし、何かを飲み込むように熊は嚥下する。
「86,400という数値、これは24時間を秒数に変換したときの数値なのです。おそらく我々は現実では一秒すら消化していない」
「「「え?」」」
「ど、どいうことじゃ」
「我々はいま高速に思考を繰り返し、S+Mのサーバーと秒間にして数ペタバイト、もしくはエクサバイトものデータ量をやりとりしている。今こうして長く話している間ですら、現実世界ではコンマ秒しか時間が経過していないということです」
「そんなことが可能だというのか!?」
小さい女の子はハカセへと飛びつき、器用に脚だけでしがみつくと、熊の口を上下に開閉させた。
「だ、だんひょう! おひつひてくらはい」
「我らが感じていた数時間がコンマ秒の世界で起こったこと、などと聞いて落ち着いていられるか!」
「まぁまぁ、団長おちつくのじゃ」
熊の体を両脚で挟み込み暴れる幼女の腰に、パトがしがみつき引き離す。幼女から解放されたハカセは大きな熊手を口にあて、鼻周辺をなで回していた。
「ハ、ハカセ、はぁ、今の件の信憑性はどのくらいじゃと思うておる」
「はぁはぁ、あくまでも予測ですが、ハンゾウ殿がVRから強制排出されない理由と、先ほどのEarthTimeの件、九割はこれで立証できると思います。おそらく現実世界の1秒間がS+M世界の1日とみていいでしょう」
「九割か。雲行きが怪しゅうなってきおったわ」
幼女とハカセのやり取りに聞き入り、誰もあのことを聞こうとしない。僕は意を決して口を開いた。
「ハカセ。僕らは死んでしまうの?」
周りが、はっと息をのみ押し黙る。
誰もが先ほどまでは、このゲームは遊びであり、本当に自分が死んでしまうとは思ってもいなかった。
ラフィン・スカルからデスゲームを宣言されたあとですら、死ぬ可能性は少ないとも。だが、今は違う。ハカセがいったことが本当なら僕らの死は現実味を帯びてきたことになる。
「……元々CPUに対するオーバークロックも長時間の使用には耐えられず、それを可能にしていたのが空冷や水冷などと呼ばれる冷却手段です。もし、その冷却手段がない場合、熱暴走を起こし、最悪の場合CPUは破損してしまいます。それを我々の脳に置き換えると……」
「脳細胞の破壊か。それがあやつらが言う現実世界の死なのじゃな」
ハカセは黙って頷く。辺りは静まり、僕らは自然と顔を地面に向け、無機質な床を見つめていた。だが、そんな状況の中でも仰け反るような姿勢と、組んだ小さな腕の上に、あふれんばかりの胸を乗せた少女が声を張り上げる。
「顔をあげよ! 下を向いても幸運は転がっておらん! それでも我がギルド桜花団の団員か!」
幼女から発せられるオーラとも言うべき波動は、みんなを包み込み次第に活気を取り戻させていく。僕も団長をみているとくじけそうだった心が立ち直るかのようだ。
「パトリチェル! 我が団のモットーは!」
「は! エンジョイ&エキサイティング!」
それって何か負け犬ぽいフラグのような、とはさすがにこの場で口に出しては言えない。
「そうじゃ。これがデス『ゲーム』だというのなら、我らはこれに打ち勝つのみじゃ。まだこの事実に周りの者は気がついておるまい。今のうちに集められるだけの情報を集めるんじゃ。私がこれまでに気がついた点を何個かいうておく。みなも気をつけよ。まずひとつは」
幼女が近づき、無邪気な笑顔を僕に向けてくきた。
「小僧しゃがんでみよ」
「え? これでいいの? って、いひゃひゃひゃ」
しゃがんだ僕の顔を幼女は容赦なくつかみ、ひっぱり、つねくり、こねくりまわした。たまらず、僕はたちあがり、幼女の虐待から逃げ出す。
「痛いじゃないか! 何するんだこのロリデカぐぁっ!」
ロリのロの時点で幼女は小さな足を振り上げると、僕の脛に容赦のない蹴りを入れやがった。痛みにうずくまるが、幼女は僕の方を見もしない。
ひどすぎる!
「まず一つはこれじゃ」
「まさか!?」
パトが驚きの声をあげつつ、僕のそばまで来ると助け起こしてくれ、るかと思ったのに僕の頬をひっぱりあげた。
「いひゃひゃひゃ、何するんだ!」
「ペインエンジン(痛覚システム)か。S+Mがβ時代に搭載されていたシステムじゃが、ゲーム上での痛覚などを喜ぶ輩は少なく、プレイヤーから不評の嵐での、本番時には削除されたものじゃ」
「うむ。これを知っているのはβ時代に遊んでいたプレイヤーだけじゃ」
「実証するなら他の手段とってよ! なんで僕の体で試すのさ!」
「「痛いのはいやじゃ」」
こ、このちびっ子コンビどもは。
「もうひとつは。先ほどハンゾウが腹が減って死にそうになっておった」
「は?」
何を言っているんだこの幼女は。ここはゲーム世界であって腹が減ったくらいじゃ死ぬなんてことないだろ。そして何をもじもじしてるんだハンゾウ! 先ほどまでの忍者としての風格はどこへいった!?
「団長、それは餓死システムも復活しておると?」
「それ以外はあるまい。いずれもβ時代の産物なのじゃが、ラフィン・スカルは古参プレイヤーなのかもしれんな」
「餓死って何さ!?」
僕の疑問に団長は口角をつりあげると、得意げに説明してくれた。
餓死システムとは、張り込みといわれるプレイヤー行為に対するペナルティなのだとか。MMOではよくある話なのだが、貴重なアイテムを落とすモンスターに対して、獲物を独占するように張り込むプレイヤーたちが多々いる。これに対して同エリアから動かず、ずっとその場にいるプレイヤーは一定時間内に食事を摂取していかないと衰弱し、張り込みが長ければ長いほど摂取量も多く必要になり、一度空腹感に襲われるとそれをとらないかぎり体力を消耗し、最後には死が待っているそうだ。それが餓死システム。だが、こちらも色々と弊害があったために、本番開始時には削除されたらしい。
「それって僕たちはこの世界で食事をしていかないと、死んでしまうってこと?」
「長時間のクエストをこなしていたハンゾウを街に呼び戻していたところ、ラフィン事件にでくわしての。その後ハンゾウと行動を共にしておったら急に衰弱状態におちいったんじゃ。あのときは焦ったぞ。だが、ハンゾウから出た言葉は『おなかがすいたでござる』と。飯を食わしたら復活したのをみて、懐かしき餓死システムを思い出したんじゃ」
「団長はよく張り込んで死んでおりましたな」
「おまえもじゃろ」
幼女とパトが懐かしげに昔を思い出していた。いや、どっちもやり込みすぎだろ。
「私とハンゾウがいたのは街エリアじゃ。山の中にいっぱなしだったわけでもなく、エリア移動した街にも関わらず餓死システムが発動した。これは現実世界のようにある一定間隔で食事を取らないと体力消耗ペナルティがおこると考えてもよい。ハンゾウも無茶するでないぞ」
「某の修行が足りなかったがため、心頭滅却し、ただただ滅私奉公するでござる」
「ここ現実じゃないから! ゲーム世界の中だから! 心頭滅却しても何もないよ!」
パトがじじい言葉も忘れてすかさず突っ込んだ。
「このように今までのS+Mとは違うことがおこっている。みなも気がついたら報告するようにせよ。どんな些細なことでもいい。我らが生き残るためには必要なことじゃ。これからは戦力の分散化をやめ各地に散る団員を本部に集結させよ。我らが攻略できそうなグラウンドミッションを模索するのじゃ」
「ちょ、ちょっと待って。それってここのギルドメンバーだけで脱出するってこと?」
「安心せい小僧。袖振り合うも多生の縁。おぬしも我が桜花団に迎えよう」
「い、いやそうじゃなくて、この世界に捕らわれている人たちはどうするのさ。放っておくの!?」
僕の言葉のチョイスは間違っていたのだろうか。幼女は感情を表に出さず僕をまっすぐ見つめ、他の人たちは気まずそうに視線を合わせようとはしない。
「小僧。私とおぬしの関係はなんじゃ」
「関係……といわれても今日あったばかりだし、なんといっていいのかわからないよ」
「そうじゃな。そしてS+Mにいるほとんどのプレイヤーも同じことじゃろう。そんな人間たちを集め、アルティメットミッションを進めようと言ったとき、必ず不公平を訴えるものがでてくる」
「不公平?」
「小僧。おぬしは私が死ねと命令したら死ねるか?」
「聞くわけないじゃんか!」
「それも然り。だが、攻略戦なり巨大モンスターを倒すなり、集団戦では必ず指令系を統一せねばならん。当然ながら最前線と司令部という図式ができあがり、最前線で戦うものは死に最も近く、司令部は仲間を死地へ送り出す重圧に耐えねばならぬ。その差を埋めるのは圧倒的な信頼じゃ。昨日今日出会ったばかりの輩に命を預けるものはおるまい。私は桜花団の団長であり、団員とのつきあいは他の誰よりも長い。じゃから、私は私の手に届く範囲のものを死なせとうない。とても全てのプレイヤーを救うなど大それたことはいえんのじゃ」
姿は幼い女の子だったが、そこから発せられる言葉には大人の風格があった。きっとこの人は現実世界じゃ姉御肌の面倒見のいい人に違いない。ここまできっぱり言われては僕の偽善者的発言は、ティッシュよりも軽く、他者の心に響くこともないだろう。
「ラックと呼ばれておったな。おぬしの気持ちもわからぬでもない。じゃが、悠長なことを言うてられぬ状況が差し迫りつつある」
「それは?」
「あの髑髏はこうも言っていたな。一人がひとりを殺してもカウントは1.1000人がひとりを殺してもそれぞれ1ずつカウントされると。この考えは非常に危険なのじゃ。つまり、プレイヤーの大多数が一万人の生贄を差し出せば残りの大多数が助かると判断したとき、君は自分を、大切な友人を、周りの人たちを守りきることができるのか? もしくは一万人を殺す側にまわるのか。自分の命の期限が迫ったとき、さらに殺人行為を容認するような世界に足を踏み入れたとき、絶対にそんなことはしないと言い切れる人間はおるまい」
一万人の生贄!? 僕はそんなことを考えもしなかった。確かにラフィン・スカルは言っていた。多数がひとりを殺してもカウントされると。もしこのゲームが本当のデスゲームだとわかり、自分たちが助かる手段がそれしかないと思い込んだとき、初心者狩りをはじめるものが出始めたとしてもおかしくはない。難攻が予想される領土戦や1億もの資金を稼ぐために強大なモンスターを狩るよりも、弱者を狙った方が遙かに効率がいいと思う人はたくさんいるだろう。
震えそうになる足を必死に踏ん張り、周りに気がつかれないように虚勢を張ろうとしたとき、突然空間がゆがむと手紙を咥えた一羽の鳩が現れた。
鳩は空中を二、三回旋回すると手紙をアキラへ向けて投擲し、そのまま空間のゆがみへと飛び込み消えていった。残ったのはアキラの手元にある一通の手紙。
「なんだいまの鳩は」
「ポストバードだよ。ここでのメールみたいなものさ」
手紙をかざしながらアキラが僕の近くに寄ってくる。
「そんなのがあるんだ。僕とやり取りした電子メールがあるのに」
「リアルで知り合った友人と初めての連絡を取り合うときは、これを使うんだ。ラックは招待したプレイヤーで、はじめからフレンドリストに載っていたから直接電子メールを送れたんだよ」
「ふ〜ん、んで誰からなんだ?」
「ちょっとまって、いま開封してみるから」
アキラは本物の手紙のように、のり付けされた便せんの封を開封し、中から折りたたまれた手紙を取り出し、読み始めた。数行読んだあたりで顔が硬直し、こちらを見つめ何かを言いかけたとき、パトの大声がそれを遮った。
「団長! 大変じゃ! いまマルコからtelが! サウスゥー公国べクルックス伯爵領で暴動がおこった!」
「なんじゃと! あそこは確か、強欲ギルドのアルカノが支配していたのではないのか?」
「そのアルカノが側近の幹部と共に、ギルド資金を持ち逃げして行方をくらませたそうじゃ。残され、怒り狂った副リーダーのベッジが、自分の息のかかったメンバーを集めて街を封鎖したらしい。それがもとで街では暴動騒ぎが起こっているそうじゃ」
「アルカノは今回のことに感づいたのか? それにしても行動が軽率すぎる。伯爵領に他の団員はいるのか?」
「マルコと数名が伯爵領にホームを構えておったはずじゃて」
緊迫した会話が二人の間で続き、ハカセやユン、他の幹部を交えて対応策を話し合うため、大部屋へ移動しようとしたとき、アキラの手が僕の右肩をつかんだ。その手は若干震え気味で、肩越しに見えるアキラの顔は蒼白となっていた。
「ど、どうしたんだアキラ!? マルコって人とフレンドなのか?」
アキラは首を振り、ノーのサインを返す。だが、それからも口を開けることなく、手紙を握りつぶした右手が震えたままだ。
「黙ってちゃわからないよ。その手紙に何か書いてあったの?」
「白川が……」
ドラゴンから空中に放り出され、地面に激突したときの衝撃が再現されたようだった。白川、そこから続く名前を僕はひとつしか知らない。いままで目まぐるしいほどの出来事が重なったこの状況で、その名を聞くことになるとは。
「し、白川さんがどうしたんだよ。なんで、いまその名前が出てくるんだよ」
「この手紙は、白川からの手紙だ。あいつもいまこの世界にダイブしている。そして俺に助けを求めてきたんだ」
「な! いまどこにいるのさ! すぐにいかないと!」
「あいつがいるところは……べクルックス伯爵領。暴動が起こっている伯爵領の首都ハイムにいる。幸多どうしたらいい……」
本物の殺し合いが行われているかもしれない暴動拠点に乗り込む。それがどれだけ無謀なことか。僕たちは後々身をもって知ることになった。
長いプロローグの終わりです。