LとRの重要さは発音だけじゃない
「おおあああああああ」
僕の絶叫が絶賛空中に散布中。
こんなに大声を張り上げたのは、小さい頃に行ったお化け屋敷以来だ。
下から突き上げられた僕の身体は、やがて勢いをなくし、一旦空中で静止する。晴れわたった空や遠方にみえる山々、眼下に広がる森林や川がなんと美しいことか、と思う暇もなくこの身は重力に引っ張られて落下していった。落下地点にいるそれは、体長が十メートルはありそうな青いドラゴンであり、僕を宙に放り上げた元凶でもある。
「うわあぁぁぁぁぁぁ」
落下していく身体は、うつぶせに大の字を描きながら地面に激突した。
漫画やアニメみたいに人型の穴があくことも、地面にめり込むこともなく、数回バウンドして地面に横たわる。
普通なら即死してもおかしくない状況だけど、僕の身体は痛みなど感じてはいない。
五秒ほどの空中散歩は、僕を空間失調症にさせるには十分だった。
多少の立ちくらみを感じながら、立ち上がった僕の瞳に、大きく広げた口からアイスブレスを放つドラゴンが映りこむ。
放たれたアイスブレスは白銀の世界を生みだし、僕を氷の彫像と化してなお威力を下げることなく、後方の草原を雪原へと塗り替える。
ブレスのベクトルをなぞるように後方へ身体が倒れ込むと、氷の彫像は粉々に砕け散り、僕の視点が主観から俯瞰へと切り替わった。
粉々になった自分を見下ろす僕の目の前に、ダイアログボックスが表示された。
【ホームポイントまで戻りますか? はい/いいえ】
迷わず【はい】を選択し、僕ははじまりの街、ミネルヴァへと戻っていた。
僕が今いる世界は、ソード&マジックと呼ばれる、全世界でユーザー数が二億人を越す大人気オンラインゲームだ。このゲームはVRマシーンをベースに、ユーザーを仮想空間へと送り込み、五感どころか第六感まで含む、剣と魔法を駆使するアクションロールプレイングゲームのスタイルを取っている。
このゲームが出た当初は、僕もやる気満々だったのだが、やり始めようとするとVRマシーンが原因不明の動作不良を起こす、ゲームサーバーがダウンする、今日ダイブできなければもうやらない、と意を決した日に都市部で大停電が起き時には、さすがに何度振られても、諦めの悪い男と呼ばれた僕でさえ、心が折れた。
女子とゲームと停電関係ないけどさ。
思えば僕の十六年の人生は不運の連続だった。
道を歩けば、鳥の糞が落ちてくるのは当たり前、主人の言うことには絶対服従の警察犬に追いかけられ、好きになった子は、必ず僕の親友に惚れるとか。極めつけは新品の自転車を買ってもらったその日に、アメリカの廃棄した人工衛生の破片が直撃し、跡形も無く自転車が焼失したときには、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
うん、少し誇張しているけど、不運だったのは本当だ。
不運は、日頃の行いが悪いからだ、少しは生活態度を改めなさい、周りの大人達は無責任に、そのようなことを言っていた。しかし、僕ほど清廉潔白な人間はいない、はずだ。その証拠に、サーバー障害や停電の原因は、十年前から世間を騒がせていたサイバーテロ集団アンカラゴンが起こしたものらしい。
それを知ったのは、ソード&マジックを諦めて半年後のことだったけど。
「何度目の死亡だろ」
とあるきっかけで、今日やりはじめたソード&マジックは、『ファンタジーをリアルにする』、『リアルさを追求したファンタジー』をキャッチコピーにしている。
キャッチコピーの通りなのか、難易度は、僕が今までやってきた、どのゲームも軽く凌駕する難しさだ。
よくあるゲームのように、ヒットポイントやマジックポイントの表示もなければ、アイコンもなく、武器を振るアクションに補助もない。
適当に振り回した剣が、壁に跳ね返され、頭に刺さって瀕死になったときは、さすがに絶句した。
さらに難を言えば、はじまりの街と呼ばれるミネルヴァの広さも、僕にとっては、予想外というよりも桁はずれだった。仮想空間に作られた世界の首都は、街の外へ移動するのに、全力で走っても相当な時間を要した。
広すぎる街をやっとの思いで、脱出した外の世界は、スタート地点のモンスターは弱いという常識が消し飛ぶ程の強さで、真っ白な虎に出会い一撃で死亡し、炎の鳥には焼かれ、小さな山かと思う程の亀に踏みつぶされ、つい先ほど青いドラゴンに氷漬けにされ、今に至る。
なんなのこれ、僕は知らぬ間にハイパーハードモードでも選択していたのか?
やり始めたばかりだけど、このゲームバランスに対する苦情を開発部に送ろうとさえ思う。
開始一時間も経っていないのに、この死亡回数の多さは正常なのか、僕が異常に下手なのか理解もできず、初期ポイントに立って周りの景色をぼんやりと眺める。
オレンジ色で統一された屋根瓦と美しい白壁で作られた建築物、それらの隙間を埋めるように敷き詰められた石畳の通路と、ところどころに見え隠れする観葉植物のコントラストは西洋の古い街並みを連想させた。
ミネルヴァは堅牢な城壁が囲む城塞都市であり、その中心部には王城が居を構えている。平坦なミネルヴァの中でも丘陵地帯に位置する王城は、中心部に本丸となる天守、四方に尖塔を構え、それらを三重の防壁と堀が囲む要塞でもあり、この世界を治める王がいる場所でもある。
王城と街の出口となる東西南北に配置された城門を結ぶ通りを十字大通りといい 僕が立っている場所は王城と南城門をつなぐ大通りの中間にあるユピテル広場だ。
広場にはいくつもの出店があり、狩りへ赴く人や、交流のためにいる人など、様々な格好のキャラクターで広場は溢れていた。
現実世界なら芸能事務所のスカウトが見逃さない、しなやかな肢体と凹凸の激しいボディを持つ猫耳やウサギ耳の種族、笹葉型の耳をもつエルフ族や、人間の子供に見えるホビット族、小柄ながら頑丈な肉体に立派な髭を蓄えたドワーフや、パンダや熊、虎や豹を模した獣人型の種族までと多彩だ。
現実ではお目にかかれない人種が立ち並ぶ光景は壮観で、初めてここに降り立った時は言葉もでなかった。
広場中央にある噴水まで行き、水面に映った自分の姿は、みすぼらしい布の服に、標準型の人間タイプという平凡的な有象無象の一人でしかない。
何でも自由にできそうな仮想空間の中くらい美少年になりたかったのに、黒髪で凡庸とした顔だちは、皮肉なことに現実の僕に似ていた。
ソード&マジックでは、顔や身長、体型といったキャラクターメイキングは完全ランダムであり、種族すら選択することはできない。ユーザーが自由にできるのは性別とステータスの割り振りくらいだ。
もちろんやり直しはきくが、基本料金無料のこのゲームは至る所で課金をしてくるのだ。
種族や容姿のやり直しも一回百円とお手頃ではあったけど、千円を超えたあたりで諦めた。
このようなシステムになったのは、自由にキャラメイクができたβテストのときに、世界が美形キャラで埋まってしまい、うんざりした開発者が今のランダム形式にしたと、どこかのインタビューサイトに掲載されていた。
別にいいじゃないか美形キャラ! ハーレムも逆ハーレムも思いのままじゃないか!
凡人顔はいくら見つめても変わらず、僕は広場に備え付けられた石造りのベンチに座って友人を待つことにした。
「晃、遅いなぁ」
幼なじみの晃に、再度ソード&マジックへと誘われたのは、明日から夏休みと浮かれていた、今日の放課後でのことだ。
「幸多。いつになったらソード&マジックやり始めるんだよ」
教室で帰り支度をしていた僕に、晃が話しかけてきた。
ソード&マジックの存在を教えてくれたのは、親友の晃だった。
運動神経抜群、容姿端麗、クラスでも中心的存在で、お決まりのごとく学級委員でもある晃だったが、唯一の欠点を僕は知っている。
ちょっと間が抜けているのだ。
見た目が完璧すぎるために残念すぎる友人と思っていたけど、周りの反応は違った。
隙が無さそうで近寄りがたいのに、話したら全然違った(クラスメイト女子の発言)
イケメンで会話の中に小ボケがまじっていて、とっても面白い人(隣のクラスの可愛い女子)
話してみると、いいやつだった(クラス男子多数の発言)
違うんだ! それボケじゃなくてマジだから!
中学時代もサッカー部で色々とあったけど、それは身を潜めておらず、今でも続いているのを、みんなが知らないだけなんだ。
「この前も言ったけど、やろうとすると不運の連続で出来ないんだよ」
「また、それか。偶然の連続だって。お前は自分を不運だって思い込んでるだけだ」
「どの口がいうのか!」
肩をすくめて、おどけてみせる晃へ、教室に残っていた女子が羨望の眼差しを送る。
「幸多がやるっていうからソード&マジックをはじめたんだから、やれよな」
「沢田君、ソード&マジックやるんだ」
僕と晃の会話に割り込んできたのは、同じく学級委員でもある白川飛鳥だ。
長い黒髪と女子としては割と高い身長、透き通る様な、と使い古された言葉を用いてでも表現しきれない白い肌。切れ長な眼差しは、彼女を知らない人でも学級委員か生徒会長を連想させるほど力に満ちている。
クラスの男子からも人気が高い白川さんは、僕の憧れの人でもあった。
突然訪れた幸運に気持ちを抑えきれない僕は、晃が会話を弾ませることに期待して、怨念とも言うべきアイコンタクトを投げつける。
ウンザリしつつも、晃はアイコンタクトの意味を悟り、白川さんとの会話を続けてくれた。
「白川もゲームとかするの?」
「ソード&マジックでしょ? お兄ちゃんがやっていて、その影響で。沢田君もやってるの?」
「ああ。最近大物も倒せるようになって、楽しくなってきたよ」
「私も。今度一緒にプレイできたらいいね。私、ウィザードやってるんだ」
「白川は魔法使いか。なんとなく似合ってるよ」
「なによ、どういう意味ー」
白川さんは軽く握った手で晃の肩をこつんと叩く。
そんな晃を呪い殺し……、いや、すごく羨ましい。
そう思っていた僕に、十五年間生きてきた幸運の全てが降り注いだ。
「諸星君もソード&マジックやってるの?」
「へ? あ、いや、あの、その……」
会話の終わり間際、白川さんにむかって『じゃあね』と言えれば一学期分の不運はチャラになると思っていた僕は、口ごもり、あたふたと手を振り乱すだけで会話が続かず、晃が変わりに引き継いでくれた。
「今、一緒にやろうぜって言ってるところなんだ。白川からも言ってやってよ」
「そうなんだ。もし諸星君がゲームする時、時間があったらソード&マジックの世界を案内するよ」
何気ない一言だった。
だけど、人生に降りかかった不運を、全てチャラにすると言っても過言ではない至宝の言葉。
同じ事を晃に言われても、そんな気持ちには微塵にもならなかった僕だけど。
その日、僕は久々に、埃を被っていたバーチャルマシンの電源を入れた。
【新着メールが届きました】
軽快なシステム音と共に、突然目の前に現れたメッセージに驚き、周りを見渡す。どうやらこのメッセージが見えているのは僕だけのようだ。
目に映る景色が現実みたいで忘れがちだけど、こういったのを見ると、今いる世界がソード&マジックの中だった事を思い出させてくれる。
視線を動かし、目の前に浮かぶアイコンにフォーカスすると、派手なエフェクトと共にウィンドウが現れメッセージが表示された。
『わりぃ、遅くなったけど今ダイブした。どこら辺にいる?』
『初期ポイント近くのベンチにいるよ』
手短に返事をしてベンチから立ち上がり、晃らしきキャラを探そうとして苦笑した。
晃らしいって、どんなキャラクターなんだ。
リアリティを重視したこのゲームに、ネームプレートは存在しない。街行く人々は現実と同じように動いているし、頭上に名前が表示されているわけでもない。だから現実世界の知人が、すぐそこにいてもわかるわけがない。
「あのぉ……」
横から話しかけられて振り向くと、僕が可愛いと絶賛していたアイドル達が、路上に転がる石としか思えないほどの、絶世の美女が立っていた。
ゲーム上でしか表現できない整った顔立ち、エメラルドグリーンの瞳、細く長い手足と身体のバランスは神が作り出した黄金比率に振り分けられ、彼女を飾りたてるアクセサリーが一層美しさを引き立たせていた。腰まで伸びた一本一本が銀細工で出来ているような髪が、風に揺れるたびに光のエフェクトが発動し、独自の照明効果を演出している。
身体にフィットしたチャイナドレスは豊満な胸とくびれた腰を見事に強調し、さらにノースリーブと大胆なカットによる背面の露出、脚元に入った深いスリットは僕の視線を何往復もさせた。
「幸多?」
「は?」
「あ、いや、そのごめんなさい。友人を捜していて」
「はぁ?」
頭脳をフル回転させ、過去十六年間で、僕のことを幸多と呼ぶ友人を検索してみる。
検索結果はたったの二人。
いや、友人が少ないわけではない。
現実の運の無さを知った僕は、幸多かれって意味で『幸多』と付けられた名前が好きではなく、晃ともう一人の幼なじみにしか呼ばせなかった。晃以外のもう一人とは高校に入った時に縁が切れてしまったので、今、僕のことを名前で呼ぶのは……。
「あ、あきら?」
「やっぱ幸多か。ベンチなんていっぱいあるんだから、ちゃんとポジションコマンドで場所まで教えろよな」
突然現れた美女は声まで可愛らく、中身が晃とは想像もつかない。
「本当に晃か? その姿はなんだ」
きつい口調で言ったつもりはなかったが、晃と名乗る美女は悲しそうな顔でこちらを見つめてくる。
ソード&マジックの感情システムは、ユーザーの心情などをオーバーリアクションで表現する。が……、やめて! そんな顔で見ないで! 中身が晃だってわかっていても、僕の心が乱れるじゃないの!
「それにしても、よく僕だってわかったね。僕も晃を探そうとしたけど、この世界じゃわかるわけがないと思って早々に諦めたのに」
「普通じゃわからないよ。ただ初期ポイントで平凡顔、あ、いや、幸多にそっくりな人がいたからピンときた」
「平凡顔ってなんだよ、ほっといてよ! だいたい、なんで女性キャラ? 他のゲームじゃ女性キャラ使うやつはネカマだって言ってたのに。いくらランダムでも性別は選択出来ただろ」
「キャラクターメイキング中に二択が出たのは覚えている」
「出たっけ? って晃、【male or female】の事を言ってるの?」
「うん。二択だったから直感でfemaleって方を押した」
「二択だけど、二択じゃねーよ!」
だめだ。さすがは晃としか言いようがない。まさか性別選択を二択と勘違いするとは。
ちゃんと日本語注釈も出ていたのにね。
「キャラクター作り直せば良かったのに」
「幸多もわかっていると思うけど、このゲームはやり直す時に課金するだろ」
「あのシステムは酷いよね。って、そのキャラは一発で出来たの?」
「まぁ女性キャラは嫌だったけど、作り直すお金なかったし」
はぁ。思わずため息がもれる。
何回かチャレンジして出来上がった凡庸な僕と、一発で出来る超絶美女。
性別を間違えるほどドジな晃だったが、運は相変わらず良いみたいだ。
どこかへ遊びに行くと、晃が百万人目の来場者に選ばれたり、こいつの強運はすさまじい。
それに比べて、僕は百万人目の前後とか、微妙にずれている。
過去を思いだしても、晃ばかりが幸運を授かってきたことに腹もたつが、いがみ合っても仕方がないので、戦場に移動して遊ぼうと提案するも、僕にはどうしても晃に問い質さないといけないことがある。
「晃さぁ、このゲームやる時に、僕を招待してくれたじゃない」
「ああ、このゲームって基本無料だけど、招待制なんだよな」
「その時さ、僕のキャラクター名を付けてもらったよね」
「そうだった。ここで幸多とか呼ぶのはまずかったか。これからはラック=メニーって呼んだ方がいいか」
「いや、幸多を幸と多って分けた晃のセンスのなさに驚いたよ。でもね、Ruck=Manyってなんだ! 間違えるにも程度があるだろ!」
「何処が間違ってるんだ?」
誰か、この馬鹿を何とかしてあげて。
【ruck】
名詞 並の人間たち,有象無象のやから。多数。
【luck】
名詞 幸運,運勢,巡り合わせ.
わざとか、本気かわからないが、もう一度晃の事を表したいと思う。
残念すぎる友人だと。
思いっきり書き直しました。
書き直し(ver1.02)
順次全部書き直す予定。
書き直し(2012/4/11)