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残火  作者: 団長
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プロローグ

戦後の混乱期を描いたサスペンスです。

ヒトは、想像しうる常識の中でしか生きる事ができない。

まるで常識という檻に閉じ込められた籠鳥の様に。

 

 では、籠から飛びたてたヒトは一体何処へ羽ばたいて行けるのだろう。

 

 未知の世界を自由に飛び回れるだろうか。


 飛ぶか、落ちるかの違いはそれぞれであったとしても、未知に適応出来なければ、その生は、往々にして全うする事は極めて難しいだろう。

 

 ただ、目まぐるしく変化する事象というものは、どの時代でも、どの様な世界でも変わりはしない。


 即ち、未知の世界に羽ばたくには未知を "知るだけ"ではなく"知った上でどう適応出来るか" で、その生き方や在り方が大きく左右されるという事だけは少なくともあの男は言う。


 千九百四十五年、八月の事であった。彼は人々が固唾を飲んで食い入る様にラジオを聴く民家の前で。


 バンカラマントに黒い履き古した長ブーツに軍服と軍帽。そして当時の日本人としては珍しい少し長髪で前髪も伸び切った時代をこれでもかとアンチテーゼする出で立ちの九条直樹くじょうなおきは敗戦間もない日本での米兵の車両が通る道を一人直視しながら堂々と佇んでいた。


 他の日本兵は何故か後ろを向いているのに彼だけが、真っ直ぐと背中を見せず立っている。


 ミーンミーンと蝉の鳴き声と暑い陽射しの中、彼は軍帽の中からジッと米兵達を直視していた。彼の後ろの民家は他とは違い黒と白で縦縞の入った布の様なもので覆われている


 陽射しのせいか軍帽からの九条の目は米兵達には見えない様であったが、ただ一人その日本兵だけは後ろの見慣れない民家の風貌と相まって米兵にとって異様に見えたのであろう。


 ラジオから声が聞こえる、敗戦と終戦を訴える後に日本に残るフレーズが……


「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び」丁度この時であった。


 一人の若い米兵が車両を止め九条に問いかける。


「ヘイ!ジャップ!お前らクソどもは負けたんだってよ!ドイツのクソ野郎どもも全部俺たちがやっつけたんだ!どんな気分だ?ああ!?俺の戦友はな。お前らみたいなクソどもの為に命落としたんだ!どうせ負けんなら初めから戦争なんて吹っ掛けてくるんじゃねぇよ!そうだ!ここへ来る途中に女を犯してやったぞメチャメチャにな!ピーピーとスズメみたいに喚きやがるからそのまま殺しておいた おい!何とか言ったらどうなんだ! ああ!」


 溜まっていた憎しみを若者らしい罵倒と悲しみの感情を込めて浴びせかける。

 死んでいったもの達への慰めか、それとも自分自身への葛藤の埋め合わせか。


 しかし、米兵の罵倒とは裏腹に九条の反応は意外なものだった。


 何やら肩がプルプルし始める、お腹を押さえ何かに耐えている様だ。そして……


「ップ」


吹き出した。


「ハハハハハ!」


「何がおかしいクソジャップ!」


「いやぁ すまないキミがあまりにも正論をいうものだからつい」


 悲しみの涙でもなければ敗戦した悔しさでもない。本当の笑い涙を流したのだ。


「この馬鹿げた放送も戦時中のクソの役にも立たない此方側のプロパガンダも全てが今この瞬間に繋がってるかと思うと笑いが止まらなくてね」


 若い米兵も予想外の返答に困惑を隠せない様だ。しかしそんな事は御構いなしに九条は続ける。


「ヒトが誕生して数十万年 僕達はいつまでこんなクソみたいな事を続けていくんだろう キミは戦前は何をしていたんだい?」


 流ちょうな英会話を当然の様に、しかもネイティブに話す日本兵に戸惑いを覚えるのも無理はない。そしてまだ笑いを堪えつつもこの質問だ。若い米兵はたじろぎながらも強く言い返す様に答えた。


「おっ俺は考古学者を目指して大学に通ってた あと少しで博士号って時に徴兵制なんてもんで全部オジャンだ!どっかの国がバカみたいな戦争さへ起こさなきゃな!」


「おーい!トッドもう構うなそろそろ行くぞー」


 車両の傍らで運転手らしき黒人が手を振っている。


「へー キミはトッドと言うのか。僕は直樹だ。九条直樹よろしくトッド」


 そう言うと九条はトッドに手を差し伸べた。


「なっ何の真似だ!」


「何って握手だよ」


 さもそれが当たり前の様に九条は敵国であった初対面の若き米兵トッドに握手を求めた。トッドは逆らう様にその場で腕を組み抵抗する構えを見せる。


「何もしやしないよ。敗戦国の、キミの言うところのクソジャップがただ握手を求めているだけじゃないか。それともトッド【怖い】のかい?敗戦国日本の無様な姿を見て一瞥くれてやるだけのつもりで車両を降りてきたはいいが まさか握手されるとは思わなくて急に【怖く】なったのかい?」


 明らかに怖いと言う単語のアクセントに癖を付け加え相手を挑発する様に九条は言う。


「おい!トッドホントに早くしろよ相手すんな!後ろからも来てるんだこのままだとつっかえちまう!」


 それを覆いかぶせる様に九条は続ける。


「さぁ 決めるんだトッド 敗残兵のクソジャップと握手できる勇気が自分にあるか無いかキミは見たかったんだろう? こうべを垂れて泣き叫ぶ屈辱にまみれた日本兵の姿を 死んでいった友の為に いやぁ?自分の為かな? さぁどうする僕はただの武器も持たない哀れで薄汚いクソの様な敗残兵だ キミの祖国は自由の国だろ? あそこで手を振っている【戦友】の黒人君も昔も今も【祖国に帰れば迫害を受けられる】 そんな自由の国じゃ無いか キミには選択できる自由があるのだから」


 またもアクセントを強め。敵国の考古学者を目指す大学生と判明したトッドにまるで祖国の歴史を脳裏によぎらせる様に。その黒い瞳は真っ直ぐにトッドに向けられていた。


「クソが!」


 度胸を試されている様だった。そして祖国の自由の矛盾を突かれている様でもあった。結果、トッドのとった選択は恥辱にまみれた九条との握手であった。


「ありがとうトッド トッドえぇー?」


 多分苗字も知りたいのだろう。何の根拠もなかったが会話の流れにトッドは完全に流されていた。


「ルーズベルトだ! トッド・ルーズベルト!」


「皮肉だねトッド こんな事にならなければお互いの国のトップの奴隷や働きアリにならずに友達になれたかも知れないよ」


「ああ!まったくだよ!クソジャップ!お陰で人生で最悪の日になっちまった!」


 九条は笑いながら、去って行くトッドに手を振り無邪気に言う。


「またねートッド!キミは良い手をしている!誇るといい!少なくとも考古学者としては成功すると思うよ!キミが新しい歴史の発見をしたら"~〜"に行くよー」


 最後ら辺は聞き流していたがトッド・ルーズベルトは地面を軽く蹴る仕草をし、不機嫌そうに車両へ戻って行った。


「トッドあのジャップと何を話してたんだ?」


 運転手の黒い戦友が追い打ちをかける様に聞いた。ガタガタと舗装されていないまだ戦火の名残がある路肩を揺らしながら車両が走る。


「はぁ……別に……結局全世界がこのままじゃ何かの奴隷だってだけの事さ あと俺のまえではジャップっていうな……日本人だよ少なくともアイツは。あと、俺らはアメリカ人だ」


「何だそりゃ」


 黒い戦友は訝しげな顔をしてトッドを見つめた。それを避けるかの様にトッドは自国の軍帽を深々と被り恥じるかの様にうつむいた。車両は走る遅れないように、つっかえないように均等に列を保ちながら。アリの様に。たまに見かける敵国の子供らがチョコレートを嬉しそうにねだり、それを笑顔で振りまく味方の兵にトッドは少しばかりの癒しと押し潰されそうな罪悪感に苛まれる事となった。


「っち 全くなんて日にしてくれやがった あの野郎! それに何だよあいつの後ろにあった気色悪い家!家全体を黒い布で覆ってやがった!魔女でもいんのかこの国には?」


 苛立ちをまだ隠しきれないトッドに黒い戦友が言った。


「ああ……ありゃ日本風の葬儀らしいぜ」


 黒い戦友の意表を突く知識にトッドは何かどうでもよくなった様に押し黙った。

 


 三日後、極秘任務と称しての瓦礫撤去作業中トッドはありえないモノを見つけてしまう。それはありえない場所であったし、本来そこに残ってさへいないはずのモノであった。


 上官に報告しようと迷ったがトッドはそれを埋めた。見なかったことにした。トッドの中で様々な憶測が過ぎる。(アイツは何故あそこにいた?)(何故同じ姿で平然と立っていた?)(何故握手を?)(何故あんな質問を?)(何故 何故 何故 何故 何故)

 

 頭がおかしくなりそうだ。ひょっとして自分は傷痍軍人とやらになっていたのか?ならば医師に見てもらい一刻も早く祖国に帰りたい。それだけの恐怖をトッドは目に焼き付けたのだ。


「どうした?トッド……顔が真っ青だぞ?」


 黒い戦友が心配そうに話しかける。


「なぁ……三日前のあの日本人の事お前覚えてるか?」


「ん?お前が苛つきながらトラック飛び出して罵声浴びせてた奴か?黒いマントをした」


 黒い戦友に恐る恐る目を向ける。どうやら本当に心配している様子だ。


 ……と言う事は夢ではない?


「三日間前俺たち何処だった?」


「何だ?場所の確認か?一週間前か……確かちょうど東京辺りじゃなかったか?」


 トッドの恐怖が増していく。


「今ここ長崎だよな?極秘って言われてるけど皆薄々気づいてるよな?」


 黒い戦友がトッドの両肩にガッシリと手を乗せもう一度繰り返す。


「おいトッド!どうしたんだ!皆もう気づいてるし ここはファットマンをジャップ野郎どもにぶち込んでやった最高の場所だって昨日皆で騒いでたじゃねぇか!お前さっき何を埋めてたんだ!」


 黒い戦友がトッドの足元を掘り返し始める。ダメだダメだダメだこのままではこいつまで感染してしまう。


「ダメだ!やめろ!」


 しかしもう黒い戦友は感染していた。トッドまでとは言わずともありえないモノに。彼等が見たモノは本来そうあるべきでは無いモノであった。そこには手と手を取り合い親しげに肩を組み合いながらピースで写っている九条と彼等を捉えた焼け跡さへ無い真新しい写真だった。脳裏をどうしてもあの言葉が過ぎる。


「またねートッド!キミは良い手をしている!誇るといい!少なくとも考古学者としては成功すると思うよー!キミが新しい歴史の発見をしたら"~〜"に行くよー」


 こんなのは考古学の範疇、否、現実の範疇を超えている……奴は奴は最後に何と言った?何をしにくると言うんだ!そもそもこれは新しい歴史の発見なのか?いやいや考え過ぎだ!落ち着くんだ!


 トッドは冷静になる様に自分に言い聞かせ、黒い戦友の方を自分はもう大丈夫と安心させる様に振り向いた。


「オウマイゴット!」


 まさに今この状況に相応しいソレが戦友の目前に迫っていた。


「ジーザス!」


 二人共ライフルを構えソレに向けて威嚇射撃をする。


 両手を上げながら迫ってくるソレはあの時とは何か違った。戦場を駆け抜けてきた勘がそう言っている。ソレは言葉を放った不思議と怖くはないが現実味を帯びた言葉であった。


「だから言ったろ?友達になれたかも知れないって」


 更に射撃を繰り返す、しかしソレは両手をあげゆっくりと、だが確実に一歩一歩と近ずいてくる。そしてまた言葉を放つ。


「おいおい いきなり酷いじゃないか ここに来たのは云わば確認しに来たんだ 僕はどうも気になるとこの胸の辺りがモヤモヤしちゃってね わかるかな? 今のキミ達ならわかるだろ? 何て言うのかなこういうのは 頭がヤキモキする? 混乱するっていう方が今のキミ等には伝わりやすいのかな?」


 「カーク!引き金から指外すなよ!」


 トッドは黒い戦友に今のあり得ない自体の最悪の想定を導き出しこの答えに行き着いた。


「わかってるトッド!射撃音が聞こえてるはずなのに味方が来ない!」


 そう明らかに異常だ。


「キミ等だって解らないことがあれば解きたくなるだろう?ソレと一緒さ。まぁ今回は解らないじゃなくて聞きそびれたが相応しいかな。見た所カーク君の方が今は話しやすそうだ。どうかな?カーク君そんな物騒なものはしまって少し話さないかこっちは事実確認したいだけなんだ」


「カーク!乗せられるなよ!」


 東京から長崎三日間。奴はどうやって此処へ?戦後間もない、しかもロクな交通手段もないはず。では一体奴はどうやって此処に。いや、問題はそこじゃない。先程から威嚇射撃をカークと繰り返しているが本当に味方が援護に駆けつける様子もない。我々二人の気配しか感じ取れない。どういう事態でこうなった?


 トッドはカークに気を配りつつ九条と名乗る得体の知れない日本人に質問を投げかけた。


「どういうトリックだ?写真や此処までの距離どう計算しても辻褄が合わない!他の味方は何処へやった?」


 九条は少し溜息をつき頭をかきながら面倒くさそうに答えた。


「事実確認と先に言ったはずなんだけどな。まぁいいか話せば長くなるけど大丈夫かい?」


 時刻は深夜を回った頃であろうか薄暗くぼんやりとではあるが、間違いなくあの九条と名乗った男である事は確信できる。声のトーン、ネイティブな英語、間違いなく彼だ。


「事実確認と言ったな、何の事実確認だ!」


 質問の先導を切ったのはカークであった。ライフルの引き金は緊張と共にきっちりとカークの人差し指で固定されている。


「まぁライフルはそのままでいい。キミ等の心境もわからなくもない。順を追って説明しようか。」


 九条は両手をゆっくりと下ろし軍用の配給タバコに火をつける。


「動くな!次に不審な動きをすればわかるな!」


 トッドの警戒心はピークに達している様だ。


「タバコくらいいいだろ?どうせこの状況じゃまともに話せそうにないんだし。キミ等も一服したらどうだい?」


 九条の提案も虚しく彼らはライフルを下ろすことはなかった。仕方なく九条は質問に答え始める。


「まず最初に今の所はキミ等に危害を加えるつもりはない」


「今の所はだと!さっさと質問にだけ答えろ!これ以上俺たちをイラつかせるな!」


 トッドは更に口調を荒げ九条にライフルを頭上で発砲し再び狙いを定める。パーンと射撃音だけが不気味にそして静かに響き渡る。しかし九条はそんな事などなかったかの様に話を進める。


「キミ等と東京の、もうあれは瓦礫や残骸で何処かもわからない場所だったけれど近所で強姦殺人があってね。被害者は福山沙知ふくやまさち十四歳、犯人は高確率で小児性愛者と考えられる」


 フッーとタバコをふかしながら淡々と順序よく説明に入る。


「その事とオレ達とどういう繋がりがあるっていうんだ!」


 トッドはふと我に返った様にあの時の言葉を思い返した。


「ここへ来る途中に女を犯してやったぞメチャメチャにな!ピーピーとスズメみたいに喚きやがるからそのまま殺しておいた」


 ただ引っかかるのが、アレはただ自分の鬱憤を晴らし、更には忌々しい日本兵を煽るためのホラだ。


「もういいトッド!打ち殺そう!状況も把握できない味方の居場所も答えないこいつやっぱり危ないぞ!」


 撃ち殺す?威嚇は理解できる。しかし先ほどまで両手を挙げ状況を説明し始めている相手を何故このタイミングで撃ち殺す必要があるんだ?もう戦争は終わった此処でまた日本兵を何の根拠もなく撃ち殺せば不利になるのはオレ達じゃないのか?


「俺たちの味方を何処へやった?どうやって此処まで来た?」


 トッドは最大限に頭を使い、最小限の質問を九条に投げかけた。


「いい質問だ。実にいい質問だよトッド。キミはやはり祖国に帰れば考古学に専念すべきだ。だが、あいにくキミ達の味方を何処にやったかは答えられない。何故なら僕自身も知らないからだ。そして僕の移動手段だが殺された福山沙知君とは少しばかり交流があってね。英会話を教えていた。だから馬を走らせて此処までキミ等を追わせてもらった。二、三頭は潰してしまったが、どうやら此処に来たのはあながち間違いではなかった様だし、動機は以上だ」


 さっきからこいつは何を言っている?俺のホラ話を鵜呑みにして東京から此処まで馬を潰してまで来るメリットとは何だ?ただの馬鹿なのかこいつは……


「さてっとトッド・ルーズベルト君、皮肉にもキミの夢を壊した徴収制を導入した祖国のトップの性を受け継ぐ不運な青年よ。君の戦友をよく見てみたまえ」


 九条は軍服をポンポンとはたきタバコを吸い終わり黒い戦友カークの方へ吸い殻を親指で弾き目線を促した。


 トッドの表情は一瞬にしてしわくちゃになり涙がボロボロとこぼれ落ちる。


「つまりはそういうことだった訳だキミも考古学者の端くれなら今彼がとっている行動も理解はできるはずだ」

 

 トッドの中にあの時のカークの言動が蘇る。

 

「おい!トッドホントに早くしろよ相手すんな!後ろからも来てるんだこのままだとつっかえちまう!」


 そう言えばあの時カークは早々にその場を離れる様に俺を促していた……そしてもう一つ……


「ああ……ありゃ日本風の葬儀らしいぜ」


 トッドにとって一番この場に繋がって欲しくない言葉が脳裏をよぎる。そうカークの銃口は同じ戦友トッドに向けられていた。


「カーク……どうして!どうして!」


「君は白人で彼は黒人、例え幾度となく死地を乗り越えて来た間柄でも祖国に帰ればキミは考古学、では彼には何が残るんだろうね?世界大戦なんて皆口々にいうけれど、現実はこんなものって感じだ」


 トッドは思う。俺は何のためにこの戦友とこの極東まできて瓦礫を漁り撤去して来たのか。そう他の何ものでもない自分の未来、そして夢のためだ。


「まぁ何だ国際社会の闇にいや、歴史かな?キミ等は足を引っ張られたってもんさ。カークとりあえずトッドに銃口を向けるのは得策ではないな。向けるなら僕の方がいいそうすれば祖国へ帰還しても日本で残ってもある程度の言い訳はたつだろう」


 カークは迷いなくトッドから九条に銃口を向けた。冷淡に思える程の速度で。


「そうだそれでいいカーク。これで【わたし】も思う存分キミを殺める動機が出来た」


「このクソジャップがぁぁ!」


 それは一瞬であった。カークが引き金を引く余裕もなくトッドがカークに銃口を向け撃ったのだ。何度も何度も……やがて銃声は止みカチカチカチと虚しい機械音だけが残る。


「トッド……お前はいいなぁ……祖国に帰れば何でもできる。俺は……俺は最後にいい思いがしたけりゃそれで良かったんだ……それで良かったんだよ」


 それがカークの最後の言葉だった。

 

   (どうして どうして どうして)

 

 トッド・ルーズベルトの中ではその言葉だけが繰り返しグルグルと脳裏を駆け巡っていた。


 聞きなれない日本語が薄っすらと聞こえる。


「中尉!九条中尉!此処は危険です一刻も早く去らなければ」


「中尉はよしてくれ中谷君もう僕は軍人ではないし君だってそうだろ?それより悪かったね僕のわがままに付き合わせてしまって」


「いえそんな事は…それよりトラックの中身なのですが……」


「ああ……そのままで構わないよ。少し彼と二人きりにしてくれないか?」


 荒れ果てた大地に一人の日本人と一人のアメリカ人が暫くの間居すわった。


 灰色の雪の様な何かが辺りを暗く包み込む。


 肩をすぼめ両手を何かで抱きしめる様に蹲るトッドに九条と名乗る日本人が彼の肩に手をそっと乗せ話を切り出した。


「あそこのベンチが良さそうだ立てるかい?トッド」


 そういうと九条はトッドの肩を抱きかかえベンチに座らせた。


「そろそろかな……」


 九条のポケットから出てきたのは使い古された懐中時計であった。薄暗く灰色に染まった大地に月明かりが照らされる。少しづつトッドの目が慣れてくる。初めは白く丸いものと建物であったであろう灰色の壁が目につく。そして完全に目が慣れ月明かりがそれらを象った瞬間トッド・ルーズベルトは身震いと共に驚嘆し声をあげた。


「うわあああ!」


「はっはっは!全く君は期待を裏切らないな。そういうのを何というんだっけ……えーっと」


 トッドの見た光景とは裏腹に九条は自分の言語的知識を必死に思い出している様だった。そして……


「ああ!ナイスリアクション!」

 

 九条は思い出した事を嬉しそうに投げかけトッドを指差す。


「これが……これを俺たちがやったというのか……」


 トッドを差した人差し指がゆっくりと降り九条は両手を組み静かに答える。


「正確には君らじゃないアメリカという国の特別な任務を受けた一個人がここまで爆撃機で君らの言うところのファットマンを運び投下した。というのが事実だよ」


 白骨化したものが殆どではあったが、まだケロイド化した手足らしきものがチラホラとトッドの視界に入ってくる。それは時間が経過するごとにハッキリと明確に数を増していった。


「これを瓦礫と呼べるのか?撤去って何だ?」


「そうだねトッド瓦礫とは呼べないし撤去と表現するにもまた違う感じだ。だが今ここで埋葬する事は出来ない。時間もかかるし何よりコストが今のこの国にはない。だがせめて、あのトラックに積まれている君の戦友たちは手厚く埋葬する事を約束しよう」


 トッドは九条の言葉で我に返った様に冷静に尋ねる。


「あのトラックの中身……カークがやったのか?」


 九条はタバコに火をつけ一服吸うとトッドに全てを説明し始める。


「ここに来るまでに僕が確認した米兵、つまり君の戦友達の亡骸を少なくとも十名以上確認した。遺体は全て舗装中の道路の脇道や車が通れるあぜ道ちに放置される様に投げ捨てられていた。その中には将校らしき人物が含まれていたと聞いている。君の部隊は総勢で二十五から三〇名、つまりここへ辿り着いた君の部隊は単純計算でも一五名を下回る事になる」


「そんなのが……こんな事が人間に出来るわけがない!」


 トッドは今にも崩れそうなベンチから立ち上がり頭を抑えて周りをうろつき始める。


「トッド否定してはいけないこれが現実だ。那由多に広がる人とも呼べないこれらの残骸も君の戦友カークの所業も全てヒトが成せる業だよ。それは原始から続いているヒトが成せる、そして成してきた業だ」


 トッドは何やら錯乱する様に土埃を蹴ったり両手を上下に振り下ろしたりを繰り返している。


「そんな事を聞きたいんじゃない!そんな事はどうだっていい!どうして!どうして!」


 九条はベンチに座ったまま淡々とトッドに話しかけた。


「戦争はまず利益から始まる。簡単に言ってしまえば損得勘定だよ。僕が個人的に統計をとった結果、今回の戦争で祖国のためと民衆が言い始めたのはたった三ヶ月だ。利益から始まる争いが何故一致団結に至り一様にして祖国のためとなるのか、それは争いから生まれる個人的な復讐だよ。私怨が私怨を呼びそれだけが中世のペストの様に人々に感染し、そして治癒しないまま広がりを見せる。トッド・ルーズベルト君祖国に帰ったらどうか今日の事を忘れないでほしい。そしてヒトは強い今までもそうであった様にどんなに困難な状況下でも何かを覆す力のある生き物だ。だからヒトは学ばないと諦めずに祖国に帰った暁にはどうか今日の事を語り継いで言ってほしい。約束してくれるかい?」


 トッドは袖をしわくちゃになった顔にあてて拭い、無言のままコクコクと頷いた。灰色に染まった那由多の亡骸が月明かりに照らされ振り返るとベンチに座る九条が自分を真っ直ぐと見ている。それはどこか幻想的な絵画を一枚に剥ぎ取った様であった。二人は暫くベンチに座りそして互いに握手した後、それぞれの道へと歩き始めた。列を組む必要もなく奴隷の様に誰かに命令されるわけでもない。ただ、自分の意思で少なくともその瞬間だけは一歩また一歩と歩いていった。


 その数日後、ここ長崎で賛美歌が流れる事を誰も知る由はなかったがヒトが成せる業であった事は確かである。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

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