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マンデーパニック! 〜変なTシャツと犬、ちょっとだけ勇気。会社のアイドルと二人で月曜日が楽しくなるまでの物語〜  作者: ゆゆこりん


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7/9

第7話:共通点

 週末に差し掛かり、今週中の仕事を済ませようと、社内の空気も少し慌ただしさを増してくる。

 俺もまた、溜まった書類仕事と格闘していた。


 だが、正直に言えば、今週の俺はどこか上の空だった。


 月曜の夜。スーパーで見た、あの「豆腐」Tシャツの女性。

 火曜の夜。「定時退社」Tシャツで犬の散歩をしていた、同じ女性。

 水曜の夜。コンビニ前で「冷やし中華」。おこげとの出会い。


 三日連続で遭遇した「豆腐さん」のことが、ずっと引っかかっている。


 別に、気になっているわけじゃない。

 正確に言えば、気にはなっている。だが——良い匂いのする方を向いてしまう犬のようなもので、恋だの好きだの、そんな大仰な話じゃない。

 純粋に、謎なのだ。答えのないクロスワードパズルを放置できない性分と同じだ。


 あの高級マンション「エスポワール」に住んでいて、兄と犬と暮らしていて、筆文字Tシャツを着こなし(全く着こなせていないが)、犬の散歩のたびに俺と出会う女性。

 謎が多すぎる。


 そして、もう一つ。

 水曜の夜、彼女が言ったあの言葉が妙に引っかかっている。


 『……そ、その先輩も、案外……家では、ジャージとか着てるかもしれませんよ?』


 あの時の挙動不審さ。

 それまではポツポツと返事をするだけだったのに、急に繰り広げられた反論。

 あれは何だったのか。


 考えすぎか。

 俺は首を振り、画面の見積書に目を戻した。


 ◇


 金曜日恒例のミーティングを、満腹の眠気に負けずにどうにか終えて、俺は会議室ブースのある二階から、営業部へ戻るときのことだった。

 下矢印のボタンを押して待っていると、空気だけを乗せて到着したエレベーターの扉が開いた。


 乗り込んで「7」のボタンを押す。

 扉が閉まりかけたその時、「あ、乗ります!」という声と共に、女性社員が二人、ノートパソコンを小脇に抱えて駆け込んできた。


「ありがとうございますー」


 入ってきたのは、総務部の女性社員――名前は知らない――と、天草ひよりだった。

 俺は慌てて「開」ボタンを押し続け、二人が乗り込むのを待つ。


「あ、大塚さん。すみません」


 天草さんが俺に気づいて、軽く会釈をしてくれた。

 一瞬だけ、その目がわずかに泳いだように見えた——が、すぐにいつもの微笑みに戻る。

 俺は山ほどある数字ボタンの下にある「閉」を押しつつ、無言で頭を下げる。


 二人は奥の方へ進み、何やら話し始めた。

 俺はパネルの前で、空気のように気配を消して立ち尽くす。


 扉が閉まり、エレベーターが上昇を始めるも、前の二人は会話を続けていた。


「話は変わるけど、ひよりちゃん。引っ越したんだって?」


 同僚の女性が、世間話のトーンで切り出した。


「あ、うん。そうそう。やっと片付いてきたよ」


 天草さんの声は、会社用のいつもの「よそ行き」の声ではないが、親しい同僚に向ける柔らかいものだった。

 その声色に、どこかで聞いたような響きを感じて、俺は思わず耳を傾けていた。


「へえー、いいなー。一人暮らし? 寂しくない?」

「ううん、そんなことないよ。……兄もいるし、犬もいるから」


 ——え?


 俺の耳がピクリと反応した。

 今、「兄」と「犬」って言ったか?


「えっ、ワンちゃんいるの? いいなー! 何飼ってるの?」

「トイプードル。すっごく可愛いの」


 ——トイプードル。


 その単語が鼓膜を震わせた瞬間、俺の背中がチリチリした。


 一昨日の夜、コンビニの前で俺の足にじゃれついてきた、あのもふもふの感触。

 『冷やし中華』のTシャツを着た、あの「豆腐さん」。

 彼女も言っていた。

 

 『再開発で立ち退きになって、兄のマンションに転がり込んだ』

 『トイプードル』


 情報(パラメータ)が、あまりにも一致しすぎている。


 心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


「えー、トイプーちゃんいいなぁ」


 天草さんが「えへへ」と照れたように笑う。

 その笑い方。目尻が下がって、口元がふにゃりと崩れるその表情。

 どこかで見たことがある気がして、記憶の底にある何かが指先に引っかかり始めていた。


「お兄さんが飼ってた犬ってこと? 兄妹仲良しだね」

「うん、まあ……。色々うるさいけど、根は優しいから」


 色々うるさい兄。

 『冷やし中華』のTシャツを妹にお下がりする兄。

 『納豆』のTシャツを着て街を闊歩する兄。


 全部、繋がってしまった。

 パズルの最後のピースがはまるように。


(……まさか)


 いやいや、そんなわけはない。

 あの完璧超人の天草ひよりが、あんな『冷やし中華』なんてマヌケなTシャツを着て、夜な夜なコンビニに来るわけがない。


 トイプードルなんて人気の犬種だし、兄がいるOLだって珍しくない。引っ越しだって、この時期ならあるだろう。

 犬の名前もわからないし、違う要素なんていくらでも……というほどは出てこないが。


 ポーン、と電子音が鳴り、七階に到着した。

 楽しげに会話しながら、二人は降りていく。


「——あ、大塚さん。降りないんですか?」


 天草さんが振り返った。

 いつもの完璧な笑顔、澄んだよそ行きの声。隙のない、社内のアイドルの顔。

 ……豆腐さんの面影は、一ミリもない。


「あ、はい。すみません、ぼーっとしてました」


 慌ててエレベーターを降りる。

 天草さんは軽く微笑んで、同僚と一緒に総務部の方へ歩いていった。


 ◇


 午後の仕事は、まるで頭に入らなかった。


 見積書の数字を打ちながら、脳内では別のデータベースが全力稼働している。


 こんなにも一致することがあるのか?

 いや、一つも当てはまらない人が大多数だろう。

 「偶然(たまたま)」と言い切るのは、もはや無理がある。

 

 ——もし本当に同一人物だとしたら。

 あの「社内のアイドル」が、夜は芋ジャージで犬の散歩をして、筆文字Tシャツを着こなし(全く着こなせていないが!)、コンビニで俺と立ち話をしていることになる。


 いや、冷静に考えれば、誰だって会社の顔とプライベートの顔は違う。

 俺だって、会社では一応ネクタイを締めて真面目な顔をしているが、家に帰ればヨレヨレのスウェットでカップ焼きそばを啜っている。

 天草さんにそういう「裏の顔」があったとしても、不思議ではない。


 ただ、そのギャップが――

 「完璧超人」と「冷やし中華」のギャップが、あまりにもデカすぎるだけで。


 ◇


 定時を過ぎた。

 金曜の夜は、普段なら真っ直ぐ家に帰る。

 だが今日は、少しだけ遠回りをした。


 コンビニの前を通る。

 水曜日に豆腐さんと話した、あの場所だ。


 当然、誰もいない。

 毎晩同じ時間に散歩しているとは限らない。


 答え合わせをしたくてたまらない子供か、俺は。

 苦笑いがこぼれた。


 ふと目線を下に送ると、コンビニの前のタイルに、小さな泥の足跡が残っている。

 犬の肉球だ。小型犬の、ちょこちょこと歩いた跡。


 おこげのものかどうかは分からない。

 野良猫や、他の散歩犬かもしれない。


 だが、俺はその足跡を見て、妙な確信を抱いた。

 水曜の夜、コンビニの前で嗅いだ、あの甘い香り。

 今日、エレベーターで天草さんとすれ違った時にも、同じ香りがした——ような気がする。

 気のせいかもしれない。だが、一度結びついてしまった記憶は、もう解けない。


「……世の中、そんな偶然あるわけないよな」


 呟きが、金曜の夜に溶けていった。


 確証はない。名前まで聞いたわけじゃない。

 だが、俺の中に芽生えた疑惑の種は、もはや無視できないほど大きく膨らみ始めていた。


 来週の月曜日。

 もし彼女に会ったら、確かめてみよう——なんて考えながら、俺はアパートの階段を上った。

 鍵を開け、暗い部屋に電気をつける。


 スマホの画面を見る。

 天草さんからのLINEは、当然ない。

 連絡先を交換しただけで、あのランチ以降、まともに会話もしていないのだから。


 だが、不思議と寂しくはなかった。

 月曜日から金曜日まで、こんなにも密度の濃い一週間は初めてだ。

 元カノにフラれた週末の底なしの虚無感は、いつの間にか薄れていた。


 代わりに、別の何かが胸の中で芽吹いている。

 それが何なのか、今の俺にはまだ名前をつけられなかった。


 スマホの画面端に置いてある天気予報のウィジェットが光った。

 次の月曜日には雲のマークがついていた。


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― 新着の感想 ―
>もし彼女に会ったら、確かめてみよう  いや、連絡先知ってるでしょうに(^^)  「おこげ元気?」って送るだけでいいのよ♡  …そうしないのがラブコメのおやくそく。
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