表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マンデーパニック! 〜変なTシャツと犬、ちょっとだけ勇気。会社のアイドルと二人で月曜日が楽しくなるまでの物語〜  作者: ゆゆこりん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/13

第1話:最悪の土曜日

お久しぶりです。

数年ぶりになりますが、長編の連載を始めます。


連載初日は計3話、明日以降は毎日20〜21時ごろに投稿予定です。

約1ヶ月に渡っての連載になる予定です。

ぜひ、ブックマークの上、お付き合いいただけると嬉しいです。


 ガンガンガン、と頭蓋骨の内側から小人がハンマーで叩いているような音がする。

 こめかみの奥で脈打つこの不快なリズムは、紛れもなく二日酔いのそれだ。


「……う……ぐ……」


 鉛のように重たい瞼を無理やりこじ開けると、見慣れた天井がぐるりと不格好に回転した。

 視界が定まらない。平衡感覚が仕事をしていない。

 俺は、まるでゾンビ映画の洗礼を受けたエキストラのような動きで、のろのろとベッドから這い出した。


 遮光カーテンの隙間から、無慈悲な朝日が差し込んでいる。

 その一条の光が、網膜を焼くように痛かった。

 今は何時だ?

 ベッドサイドの時計を見る。午前十一時過ぎ。

 今日は土曜日だ。会社に行かなくていいという事実だけが、今の俺にとって唯一の福音だった。


 喉がカラカラに乾いている。

 砂漠のど真ん中で目覚めたらこんな気分なのかもしれない。

 ふらつく足取りでキッチンへと向かう。床に脱ぎ捨てられたスーツの上着、片方だけの靴下。昨夜の自分がどれだけ荒れていたかが、その無惨な痕跡から読み取れた。

 冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターをボトルのまま喉に流し込む。

 冷たい液体が食道を通り、荒れた胃袋に落ちていく。


「……はあ……」


 少しだけ、自分という輪郭が戻ってきた気がした。


 リビングのテーブルに手をつき、深いため息をつく。

 その視線の先に、一枚の紙が無造作に置かれているのが見えた。

 コーヒーの染みがついた、少しよれたA4のコピー用紙。

『辞令』

 配属通知書だ。日付は二年前のもの。


  大塚(おおつか) 勝利(しょうり) 殿

  営業二課への配属を命ずる


 新卒でこの会社に入社し、数ヶ月の研修を終えて配属を命じられた時に貰った紙きれだ。

 なぜこんなものがテーブルに出ているのか。

 ああそうだ。昨日の朝、引き出しの整理をしていて、懐かしくてつい出しっぱなしにしていたんだった。


「俺も社会人三年目か……」


 ぽつりと呟いた声は、驚くほど枯れていた。

 入社三年目の秋、ようやく仕事に慣れてきた頃だ。

 中堅食品メーカーの営業職。

 営業成績は可もなく不可もなく。上司からの評価も「真面目だが面白みがない」。

 社内での立ち位置も、目立たず騒がず、トラブルも起こさず。

 いわゆる「モブ社員」というやつだ。

 物語の主人公になれるような華やかなスキルもなければ、悪役になれるような狡猾さもない。

 ただ背景に徹して、無難に日々を過ごす。

 それが俺の生き方だったし、それでいいと思っていた。波風の立たない平穏な人生こそが至高だと信じていたからだ。


「……昨日は、不可だったな」


 ズキリ、と頭痛とは別の場所――胸の奥が痛んだ。

 昨夜の記憶はおぼろげだ。

 会社の新商品である「フリーズドライ減塩味噌汁」の発売を記念した飲み会だったことは覚えている。

 普段なら一次会で適当に理由をつけて帰る俺が、昨日は珍しく最後まで残っていた。いや、残っていたというより、しがみついていたと言った方が正しいかもしれない。

 記憶が途切れ途切れだ。

 誰かに大声で絡んだような気もする。

 普段は絶対に言わないような、乱暴な言葉を吐いたような気もする。

 だが、その対象も内容も、深い霧の向こう側に沈んでいる。


 わかるのは、ただ一つ。

 俺が昨日、自暴自棄になっていた理由だ。


 俺は恐る恐るスマホを手に取った。

 画面を点灯させると、通知センターには二日前から放置されたLINEのメッセージが残っていた。

 アイコンは、1年付き合った彼女――いや、元カノのものだ。


『もう無理』

『いままでありがとう。さようなら』


 たった二行の履歴。

 そして、その後に俺が送った『どういうこと? 説明して』というメッセージに付くことのない「既読」の文字。


 ブロックされたのだ。

 あっさりと。ゴミ箱にティッシュを捨てるみたいに。


「……ああ、くそ」



 一昨日(おととい)の夕方の光景が、フラッシュバックのように蘇る。


 木曜日の十八時半。

 定時で仕事を切り上げた俺は、少し急ぎ足で駅へと向かっていた。

 その日は彼女の誕生日祝いのディナーだった。

 奮発して、なかなか予約の取れないフレンチレストランを予約していた。プロポーズ……とまではいかないが、将来のことを少し話そうかとも考えていた。

 浮き足立っていた。幸せだった。


 そんな時だ。

 駅の改札前の雑踏の中で、その子を見つけたのは。

 小学校低学年くらいの男の子が、柱の陰でしゃくりあげて泣いていた。

 行き交う人々は、皆忙しそうにその子の横を通り過ぎて行く。誰も足を止めない。


『ママァ……ママ……』


 細い声が聞こえた瞬間、俺の足は勝手に止まっていた。

 ――見て見ぬふりができない。

 それは俺の長所であり、最大の欠点でもあった。

 幼い頃から、母には「女性には優しく」、父には「困っている人は見捨てるな」と叩き込まれて育った。

 正義感なんて大層なものじゃない。ただ、無視した後に感じる寝覚めの悪さが嫌なだけだ。


「どうしたの? 迷子?」


 声をかけると、男の子は涙でぐしゃぐしゃの顔を上げて俺を見た。

 親とはぐれてしまったらしい。

 俺は腕時計を見た。予約の時間まであと三十分。

 レストランまでは電車で二十分。ギリギリだ。


「交番に行こう、な?」


 俺は男の子の手を引いて、駅前の交番へと向かった。

 だが、運悪く交番は無人だった。「パトロール中」の札が虚しく下がっている。

 仕方なく、駅の迷子センターへ向かうことにした。

 男の子は不安からか、俺の手をぎゅっと握りしめて離さない。その小さな掌の熱さが、妙に焦りを加速させた。


 迷子センターに到着し、係員に事情を話す。

 すぐに引き継いで立ち去るつもりだったのに、所定の手続きが必要だと言われ、その目論見はあっさりと崩れ去った。


 スマホを取り出し、彼女に「遅れる」と連絡しようとしたが、アンテナは圏外を示している。


「……マジかよ」


 焦燥感で背中を冷や汗がつたう。

 男の子の母親が見つかり、迎えに来るまでの時間が、永遠のように長く感じられた。


「お兄ちゃん、ありがとう」


 涙を拭いて笑顔を見せた男の子に、「気をつけてな」と声をかけた時には、もう予約の時間を十分に過ぎていた。


 センターを出て、地上に駆け上がり、電波が戻った瞬間にいっぺんに通知が来た。

 『なんで私だけを見てくれないの?』を含んだ、数件の恨み言。

 急いで電話をかけたが繋がらず、数分後にはLINEそのものがブロックされて終わった。


 ああ、ついに愛想を尽かされてしまったか。

 いままでにも何度かこういったことはあったが、説教されつつも、最終的には元の鞘に収まっていた。

 しかしここ最近は、段々とその説教も長くなり、非難の声は大きくトゲトゲしくなっていた。


 彼女は元々、優しい子だった。

 でも、付き合いが長くなるにつれて、自分が優先されていないと不満を漏らすような素振りが増えていった。


 俺だって、できる限り彼女を優先するようにしていたつもりだった。

 今となっては言い訳にしかならないけれど、自分たちだけがよければそれでいい、という風には育てられてはいなかった。

 つい、助けてあげたくなってしまう。


 俺のこういう「お人好し」な行動は、彼女にとってはただのおせっかいで、「自分がないがしろにされている」と感じる原因になり、積み重なっていたのかもしれない。


『なんで私だけを見てくれないの?』


 ブロックされる前に来ていたメッセージが、胸に突き刺さる。

 言い訳すら聞いてくれないのか。

 俺がしたことは、そんなに悪いことだったのか。


 心の中で反論を繰り返しても、ただ虚しいだけだ。

 それに、彼女との約束に遅れることがわかっていたのに、あの子を助けると決めたのは紛れもなく自分なのだから。


「……人助けをして彼女にフラれるなんて、どこの三流ドラマだよ」


 自嘲気味に笑おうとして、頬がひきつった。


 だが、現実はドラマよりも残酷だった。

 翌日の金曜日。仕事中に、友人の佐藤からLINEが来たのだ。


『おい、お前の彼女、知らない男と腕組んで歩いてたけど大丈夫か?』


 俺は震える指で返信した。


『……昨日、別れた』

『マジか。じゃあ、乗り換え早すぎだろ……もしかして前から?』


 その言葉で、全てが腑に落ちた。

 最近の彼女の態度の冷たさ。唐突な別れの言葉。

 人助けで遅刻したことは、ただの「きっかけ」に過ぎなかったのだ。

 彼女はずっと前から、俺という滑り止めをキープしつつ、本命の方へ行くタイミングを伺っていただけだったのだ。


 裏切られた。

 その事実に打ちのめされたまま、夜の飲み会に参加した。

 同僚相手に愚痴をこぼし、ヤケ酒に逃げたのも無理はない。

 普段なら口にしない日本酒をあおり、誰彼構わず絡んだ……ような気がする。



「……何やってんだ、俺」


 俺はスマホをソファに放り投げ、再び動きのない肉塊となってベッドに倒れ込んだ。

 失恋のショック。二日酔いの頭痛。自己嫌悪。将来への漠然とした不安。

 色々なものがカクテルのように混ざり合って、どす黒い(おり)となって胃の底に溜まっている。


 昨夜の飲み会での記憶がないのが、せめてもの救いか。

 上司に変なこと言ってないだろうか。

 まあ、言っていたとしても、俺は所詮モブ社員だ。

 誰も俺の発言なんて気に留めていないだろう。

 月曜日になれば、またいつもの退屈で平和な日常が始まる。

 彼女はいなくなったけれど、仕事はある。生活はある。

 そうやって、淡々と生きていくしかないのだ。


「もう、いいや……」


 思考を放棄するように、俺は布団を頭まで被った。

 まぶたの裏に、涙を浮かべた元カノの顔が一瞬ちらついたが、それを振り払うように意識を闇へと沈めていく。


 この時の俺はまだ知らなかったのだ。

 自分が昨夜、この会社の「アンタッチャブル」な存在に触れてしまっていたことを。

 そして、誰も気に留めていないどころか、俺の失態が社内中の注目を集める「爆弾」となっていることを。


 憂鬱な月曜日の朝に、人生最大の大波乱が待ち受けているとは知らず、俺はただ泥のような眠りへと落ちていった。


今日は引き続きこの後2話公開!


リアクション、感想お待ちしています。

よろしくお願いします♪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 放置されていたから別の男に走ったのか?  それにしても、先に別れ話しなさいよ、と思っちゃいますが。  あ、ただ、子供に声掛ける前にカノジョに連絡取りましょうね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ