第5話「宮廷の闇と皇帝の視線」
翌朝、侯爵家の庭園は薄霧に包まれていた。リリアーナは静かに歩きながら、昨夜の犯人との対決を振り返る。
「……これで一つは片付いた。でも、宮廷の闇はまだ深い」
前世の記憶が告げる。宮廷は表面だけではなく、裏で複雑な陰謀が渦巻いている。信頼できる者は少なく、誰もが敵にも味方にもなりうる世界だ。
その時、書斎から皇帝の声が響く。
「リリアーナ、庭にいるか」
リリアーナは立ち止まり、振り返る。黒髪の皇帝が、いつもの冷徹な表情で近づいてくる。しかし、どこか柔らかさを含んだ目が彼女を捉えた。
「陛下、おはようございます」
「……昨日の件、よくやったな」
皇帝の声には、僅かな称賛が混じる。リリアーナは微笑む。
「ありがとうございます。ですが、宮廷内にはまだ怪しい動きがあります」
「……なるほど。お前の目はやはり鋭いな」
皇帝は少し間を置き、低く囁くように言った。
「だが、注意せよ。宮廷の闇は深く、お前だけで動けば、危険も大きい」
リリアーナは頷く。
「承知しました。ですが、私は前世の私とは違います。自分の知識で、できる限りの対策をします」
その瞬間、庭園の奥で小さな物音がする。リリアーナはすぐに警戒し、手元の小瓶に仕込んだ薬草を用意する。
「……誰か来ますね」
皇帝は微かに眉を上げ、興味深そうに彼女を見つめる。
すると、薄暗がりから宮廷の若い侍女が駆け寄り、息を切らして告げた。
「お嬢様! 宮廷でまた奇妙な事件が――」
リリアーナは瞬時に状況を整理する。奇病の再発か、それとも新たな陰謀か。
「わかりました。すぐに調査します」
皇帝は静かに近づき、低く囁いた。
「――私も同行しよう。お前の動きを見届けたい」
リリアーナの心臓がわずかに跳ねる。冷酷と噂される皇帝が、自ら共に動くというのは、信頼か、それとも単なる警戒か。
「……ありがとうございます、陛下」
二人は庭園を抜け、宮廷の奥深くへと足を踏み入れる。薄暗い廊下、重厚な扉、そして潜む影――前世なら恐怖に負けたであろう場所を、今のリリアーナは堂々と進む。
「ここからが本番です、陛下。宮廷の闇を、共に暴きましょう」
リリアーナは手元の薬瓶を握り締め、冷静に微笑む。
皇帝は静かに頷き、二人の視線が一瞬交わった。
毒と知識、策略と信頼――転生令嬢の宮廷戦いは、さらに深く、複雑な展開へと進んでいく。