逃避行見つけたい悪役令嬢、それを許さない男爵&王子様 〜流石に何でも限度ってものがありますってよ!?〜
久し振りに短編書いてみました!
よろしくお願いいたします!- ̗̀ ( ˶'ᵕ'˶) ̖́-
婚約破棄の瞬間って、もっとこう……地獄のように惨めなものだと思っていました。
けれど実際のところは——
「アリシア、婚約は破棄させてもらう!」
「はい、承知いたしました」
拍子抜けするくらい、あっさりしたものでした。
私はアリシア・グランチェスター、公爵令嬢にして、乙女ゲームの悪役令嬢。前世の記憶を持って転生した私は、自分が破滅ルートまっしぐらのキャラクターだと知ってしまった。
だから、私は努力した。ヒロインをいじめず、陰口も叩かず、むしろ恋を応援して……最後に自ら身を引く。
これで、全て丸く収まる。私の勝ち。
……と思っていたのに。
「アリシア様。ようやく、私の元に来てくれますね」
「……は?」
黒髪の青年、レオン=クロフォード侯爵令息。ゲームでは隠しキャラ的な存在で、誰ともくっつかないはずだった彼が、突然私の手を取って跪いた。
「私はずっと、あなたしか見ていませんでした。あの王太子などより、千倍、万倍、ふさわしいのはこの私です」
「え、いや、ちょっと待って……」
「アリシア様は、これから私の妻になります。異論はありませんね?」
——どうしてこうなった。
私はただ、悪役令嬢の破滅ルートを避けたかっただけなのに!
「……異論しかありませんけど!?」
思わず叫んでしまった私に、レオンはうっとりとした瞳で微笑みかけた。
「照れ隠しですね。可愛らしい」
「いや、違いますから!? 完全に困惑してますから!」
周囲を見ると、婚約破棄の場に居合わせた貴族たちがぽかんと口を開けていた。無理もない。公衆の面前で婚約を破棄されたと思ったら、すぐに別の男にプロポーズされたのだ。しかもその男は、ゲーム本編ではヒロインですら攻略できなかった隠しキャラ・レオン=クロフォード。誰とも関わらず、ひたすら距離を置いていた彼が——
「待って、本当にどうして私なの? 私、あなたに特別何かした記憶は——」
「それが、あなたの魅力なのです」
「説明になってない!」
私は頭を抱えた。前世でプレイした乙女ゲームでは、レオンは隠しキャラとして存在感を放っていたけれど、彼のルートは解放すらされなかった。攻略不可の設定だったのだ。
まさか、それが私の行動で変わったというのか?
「ずっと、見ていました。誰よりも誠実で、優しくて、強いあなたを。誰も気づかないようなその努力を、私は知っている」
「えっ、それ、いつから見てたの……?」
「初めてあなたがヒロインを庇った日からです」
……長い。
私の乙女ゲーム人生、まだ終わらない。どころか、別のルートが開かれてしまった。
「と、とにかく、私にはまだ気持ちの整理が——」
「それも理解しています。ゆっくりで構いません。あなたの心が私の元へ辿り着くその日まで、私は待ちましょう」
そう言って、レオンは私の手の甲にそっと口づけた。
——いや、だから待ってってば!
次に何が起こるのか、まるで読めない。でも一つだけ、はっきりしている。
悪役令嬢アリシア・グランチェスター、まさかの第二幕が、今、始まってしまった——!
「……あの、だから、レオン様?」
動揺を隠しきれないまま、私はレオンから手を引いた。彼の手は驚くほど優しく、でもしっかりとした温もりがあった。なにこの乙女ゲー演出、リアルでやられると破壊力が強すぎるんだけど!?
「はい、アリシア様?」
「そ、その“様”やめてくれる!? なんか距離感バグってるから!」
「しかし、あなたは私の大切な人ですから、敬意を込めて——」
「ほんとにやめて!? 混乱が加速するから!」
もうやめて、私の理性ポイントはゼロよ……!
そんな私の脳内パニックをよそに、レオンは微笑を絶やさず、まるでこの状況すらも楽しんでいるようだった。
「アリシア。……あなたが困っているのなら、私は一歩引きましょう。ただ、これだけは覚えていてください」
彼はまっすぐ私を見つめ、真剣な声で続けた。
「あなたがどんな決断をしても、私はその全てを受け止める覚悟があります。だから……あなた自身の幸せを、何よりも優先してほしい」
——ずるい。そんな目で、そんな声で、そんなこと言われたら。
「レオン……」
気づけば、私の声は震えていた。
「ちょ、ちょっと待って。時間がほしい。少しだけでいいから、頭を整理する時間が……!」
「もちろんです。けれど、逃げることは許しませんよ?」
「やっぱ怖いわあなた!」
レオンが柔らかく笑い、そして優雅に一礼すると、まるで舞台の一幕が終わったかのように、背を向けて去っていった。残された私を取り巻く視線は、好奇と驚きと、ちょっとの嫉妬と——あと、誰か泣いてる!?
「……え? ヒロイン、泣いてない!?」
ふと目をやると、中央に立ち尽くす“元ヒロイン”のセシリアが、まるで信じられないものを見るような目で私を見ていた。
……いや、待って、本当に待って。これ、もしや修羅場フラグ!?
私の乙女ゲーム転生、第二幕。 開幕早々、波乱の三角関係が見え始めた予感しかしない——!
セシリアの視線が、痛い。というか、刺さる。いや、刺されても文句言えない展開なのでは!?
「……アリシア様、どういう……ことですか……?」
恐ろしいほど震えを含んだ声で、セシリアが一歩、私に近づいた。その顔は戸惑いと、怒りと、寂しさがごちゃ混ぜになっていて、ゲーム本編では見たことのない表情だった。
「ち、違うのよ! 私も、わけが分かってないの!」
「でも……レオン様は、あなたを……!」
「うん、それ私も聞いた……というか、まだ受け止められてない……!」
ああもう、なんなのこの状況!? 悪役令嬢、婚約破棄の次はヒロインからの詰問!? 誰かこのシナリオ書いたライターを連れてきて!!
すると、ざわめく会場の奥から、さらにもう一つの気配が。
「……なるほど。これは、実に興味深い展開だね」
今度は誰!? って、うわ——!
登場したのは、第一王子・カイル=ラグランジェ。ゲーム本編では“メイン攻略対象その1”の王子様。ヒロインのセシリアの正統ルートだったはずの彼が、私とセシリアの間に割って入ってきた。
「アリシア嬢。君がレオンに選ばれたこと……僕は、少しも不思議だとは思わないよ」
「え、ちょ、なんでいきなり好感度上がってるの!?」
「君は常に、貴族としての誇りと責任を持って行動していた。僕はそれを、ずっと見ていたからね」
——また!? なんでこの世界の男たちはみんな“見てました”って言うの!? 私、どこに監視カメラでも仕込まれてた!?
レオン、セシリア、カイル王子。
会場の空気が、明らかに異常な熱を帯びている。
「……これはもう、完全にルートバグってるわよね?」
私は天を仰いだ。だが、空から神の救いは降ってこない。かわりに聞こえたのは、また別の声——
「ふふ、面白くなってきたわね」
この声、まさか——
振り向くと、そこにはもう一人の“隠しキャラ”、氷の公爵令嬢・イリーナ=ヴァレンティナ。原作ではプレイヤーとほとんど絡まなかったはずの彼女が、挑発的な笑みを浮かべて立っていた。
「私、あなたのこと嫌いだったけど……今は少し、興味が出てきたわ。悪役令嬢アリシア・グランチェスター」
「なんで私、突然全方位から注目されてるの!?」
乙女ゲーム転生・第二幕。
まさかのフルキャスト参戦で、まるでハーレムも修羅場も抱き合わせパック。逃げ道など、どこにもなかった——!
「……少し、頭を冷やしたほうがいいわね」
イリーナの冷ややかな声が、ざわめく会場にさらに緊張を与える。氷の公爵令嬢の異名は伊達ではなく、その場の空気すら凍りつかせるような美しさと威圧感を纏っていた。
「アリシア嬢。あなたが中心にいるこの騒動――私も黙って見過ごす気はないわ。これは、王国の貴族社会全体に関わる問題かもしれないもの」
「ちょ、待って待って待って!? なんで規模が国家レベルに!?」
慌てふためく私をよそに、セシリアがイリーナに食ってかかる。
「イリーナ様っ、アリシア様を責めないでください! これは……私と、レオン様との間の問題です!」
「……本気でそう思ってるの? だったら、あなたもずいぶん甘いのね」
イリーナが一歩前に出た。
「この場に集まってる“彼ら”の目を見なさい。彼女に向けられてるのは恋慕だけじゃないわ。興味、執着、あるいは――試練」
彼女の言葉に、私は思わず全身が粟立った。
レオンの真剣なまなざし、セシリアの揺れる感情、カイル王子の優雅な微笑――そしてイリーナの鋭い視線。
「アリシア・グランチェスター。あなた、いったいどこまでこの物語を掻き回すつもり?」
私、そんなつもりじゃなかったのに!
「お、おかしいわよ! 私ただの悪役令嬢だったのに! 原作では3話で退場するはずだったのよ!?」
「フフ……それがどうやら“原作”は、もう通用しないみたいね」
そうつぶやいたイリーナの瞳は、どこか楽しげだった。
そしてそのとき、突然響いたのは――
「静粛に!」
厳かで、威厳に満ちた声。
会場の空気が、今度こそ完全に凍りついた。
現れたのは、銀髪と赤い軍服が眩しい、王国軍総帥にして最強の隠しルートキャラ、ゼノ=アークライト将軍。
「――この茶番、私も見届ける価値があるようだな」
もうやめて! アリシアのライフはゼロよ!!
会場の全員が息を呑んだ。ゼノ=アークライト将軍――彼の名を知らぬ者はいない。戦場では百の軍を一睨みで退けると噂され、宮廷では誰も逆らえぬ鉄血のカリスマ。
その彼が、まさか学園の社交会に現れるなんて――!
「将軍……どうしてここに……!?」
私の声は震えていた。というか、みんなも震えてた。場違い感がすごい。
ゼノ将軍は、無表情のままゆっくりと壇上に歩を進めた。
「アリシア・グランチェスター。君に興味がある」
「興味ってなに!? “何の”興味なの!?」
頭が追いつかない。いや、誰か説明して!?
「君は、あらゆるフラグをへし折って進む。“物語”の軌道すら捻じ曲げている。それを“異常”と捉えるか、“可能性”と捉えるか――私は、後者だ」
「フラグ!? 捻じ曲げ!? なんの話!?」
観客たちはざわざわしながらも、誰も口を開こうとはしない。ただ、静かにこの“劇場”の続きを見守っている。
「君の行動は、もはや一介の悪役令嬢に収まらぬ。だからこそ、私は提案する」
ゼノ将軍は、ゆっくりと手袋を外しながら、まるで求婚でもするように片膝をついた。
「アリシア・グランチェスター。――我が軍に、来い」
「……は????」
今、全員の脳内にクエスチョンマークが浮かんだ。私の、じゃない。全員の。
「ちょっと待ったぁあああああああ!?」
割って入ったのは――今や空気と化していたはずの、カイル王子だった。
「それはさすがに筋が通らないだろう! アリシアは我が婚約者候補として、王族の保護下にある!」
「ならば取り合うまでだ。戦場でな」
「戦場ってなに!? 誰が勝ったら私の所属先決められるわけ!?」
私の悲鳴をよそに、会場の緊張感はさらに高まっていく。
そのとき、ぽつりと呟かれた声があった。
「……やっぱり、アリシア様は面白い」
それは、セシリアの笑み混じりの囁きだった。
え、なんでちょっと嬉しそうなの!?
もしかして、私……“とんでもない物語”の中心に立ってない!?
その瞬間、私は確信した。
――これ、完全に普通の学園生活じゃない。
けれど、考える暇もなく、ゼノ将軍の鋭い視線が再び私に注がれる。
「アリシア・グランチェスター。我が軍は、君のような“逸脱”を必要としている」
「逸脱って失礼な!? 私はただ、平穏に暮らしたいだけなんですけど!?」
「しかし君の存在は、どこにあっても平穏を許さない。ならば、戦場でこそ意味を持つ」
「哲学みたいに言わないで!?」
私は目眩を覚えながら、視線を巡らせる。味方、味方、味方は――
「アリシア様、ご安心を。もし戦になるなら、私も……剣を取りますわ」
セシリアが、にこりと微笑んだままティーカップを置いた。
いや、なんで!? 今までそんなキャラじゃなかったよね!? あなた確か、文学部の副会長だったよね!?
「まさか……セシリアまでも……!」
カイル王子が驚愕し、身を乗り出す。
「アリシアを巡って戦うなど、前代未聞だ! だがそれもまた、彼女が“悪役令嬢”という枠を壊した証……」
「ちょっと待って!? 私の意思どこいった!?」
そのとき、さらにもう一人の人物が現れた。
バンッ!
大きな音を立てて扉が開き、長身の人物がマントを翻して姿を現す。
「アリシア・グランチェスターの軍属は――魔導師評議会が決めることだ」
「……は?」
もう一人!? どこまで広がるの、この争奪戦!?
しかも今の人、たしか魔導師界の最高戦力“終焉のルキウス”って呼ばれてる、あの――!
「彼女には“未来改変”の資質がある。軍にも王族にも渡さん。我々が保護し、研究対象とする」
「対象って言い方やめて!?」
もはや会場の空気は、“社交会”などという言葉から光の速さで離れていた。
私は、ぽつりと呟く。
「お願いだから、誰か――平和に過ごせる選択肢、持ってきて……」
その声は、きっと誰にも届かなかった。
――いや、ただ一人を除いて。
「あの……よかったら、僕のところ、来ますか……?」
控えめな声。控えめな雰囲気。控えめに隅っこで立っていた――雑用係のレオンだった。
会場が、静まり返った。
そして私は、なぜかほんの少しだけ、救われた気がした――。
一瞬の静寂の後、空気が震えた。
「……レオン様?」
私の声が、場の張り詰めた空気を切り裂く。
控えめな彼は、困ったように笑って、それでもまっすぐ私を見ていた。
「僕、戦えるわけじゃないです。でも、アリシアさんが“普通に暮らしたい”って言ったの……それ、すごく素敵だと思ったから」
その瞬間、誰かが息を飲んだ気配がした。
「その純粋な願いを、守りたい。もし僕と一緒に来てくれるなら……全力で支えます」
……なんで、この子が一番かっこいいの?
「貴様、何者だ?」
ゼノ将軍の目が鋭く光る。
「平民の身で、グランチェスター家の令嬢に声をかけるとは」
「雑用係レオン……です。ですが、ただの雑用じゃありません。僕の父は、かつて魔導師評議会の技術部に所属していました。僕はその技術を、少しだけ継いでるんです」
「ほう……?」
ルキウスの目が細くなる。
「おもしろいな。君の魔力値は限りなくゼロに近い。しかし、術式干渉の痕跡が……これは、“無効化”?」
レオンは、はにかんだように笑う。
「はい。僕、“未来改変”も“魔導干渉”も、全部無効化しちゃう体質みたいで……」
「なにそれ、バグ性能じゃん……!」
セシリアが呟き、カイル王子が目を見開く。
「つまり、彼女が平穏を望む限り、最強の盾となる――そういうことか」
私の頭は、情報過多で限界を迎えていた。
けれど、唯一確かなのは――
「……私、行く。レオン様のところに」
そう言ったとき、空気がほんの少し、優しくなった気がした。
「やった……!」
レオンの小さなガッツポーズが、妙に心に染みる。
その瞬間、世界が変わった。
いや、世界は何も変わっていないのかもしれない。
でも――私の“学園生活”は、今ここから始まるのかもしれない。
おもしろかった!と思っていただけたら、下のところにある☆☆☆☆☆をポチッと押すと、作者は泣いて喜びます!