ハンター登録
防壁の外に出た日、アルゴスが周囲を警戒する中、イチカは体を丸めて一晩を過ごした。
朝日が昇り、外から人の動く気配を感じる。
「……朝……?」
目をこすりながら起き上がると、宙に浮かぶ円形状の機械――アルゴスが視界に入った。
カメラがイチカを見ている。
「今は朝の5時よ。そろそろ防壁外の人たちが本格的に働き出す時間だから起きなさい」
「早すぎません?」
「そうでもないわ。遅いぐらいよ」
防壁の外には畑もあるため、農家と警備のハンターは日が昇ってすぐに活動を始める。収穫が終わるとすべて防壁内の富裕層に販売するため、育てた作物を口にすることはないが、比較的安全に稼げる仕事であるため従事する人たちは多い。
また夜になってから魔物と戦うのは危険であるため、都市の外で活動するハンター達も朝早くから動き出す。
そういった事情もあるため、イチカとしては早く起きたつもりだったが、防壁外の住民からすると寝坊したぐらいの時間になっていた。
「これからどうします?」
起き上がって服に付いたホコリを落としたイチカは、AM-15を肩にかけながら聞いた。
「ハンターギルドでライセンスを買いましょう。その後は実戦訓練ね。少しでも早く強くなりましょう」
「方針に異論はありませんが、私は、お金持ってませんよ?」
「持ってきた情報端末に電子マネーが入っているから、それが使えるわ」
イチカはショルダーバッグの中から、長方形状の端末を取りだした。スマホのようにタッチパネルで動作する。
電源を入れると、いくつものアプリケーションが入っていた。
情報端末はゴーグルとも連動していて、魔物を倒せば討伐情報が自動で記録仕組みもあるため、討伐の証拠として死体の一部を持って帰る必要はない。
また救難信号も送受信できるので、銃器と同じぐらいハンターにとって必須の道具であった。
「魔力を解放すると動作不良を起こすから、私が預かっておくわ」
アルゴスからアーム状の腕が伸びて、イチカが持っている情報端末をつかんで体に収納してしまった。
「ゴーグルは大丈夫なんですか?」
「魔術銃と同じで、魔力で動くタイプだから問題ないわ」
きっぱりと断言したこともあって、アルゴスが言うなら、そうなんだとイチカは納得した。
床に置いていたライフル――RM-1Kも肩にかけると廃墟の家を出て、防壁外の道を歩く。
建物は現代日本とさして変わらない。コンクリートで作られたビルが多い。行き来する人たちは普通の人間のように見えるが、半数以上は武装していてAM-15といった銃器やパワードスーツを身につけている。
イチカを見ても誰も警戒しないどころか、服装を見てハンターのまねごとをしている素人だと思ってバカにしている人もいるぐらい、武装する人がいるのは当たり前になっている。
また体の一部をサイボーグ化した人も見かけるが、全体としては1割ぐらいだろう。アルゴスのようなサポート機械を連れている姿もあるので、イチカは防壁外の住民に溶け込めている。
初めて訪れる光景に目を奪われながらも、イチカはゴーグルに表示されたルートを進む。
武装する人の割合が増えてきた。
路地裏から罵声も聞こえてくる。
「治安悪くなってません?」
「なっているわ。低レベルのハンターに良識なんて期待しちゃダメよ」
「あはは……何かあったらすぐに逃げますね」
加護によって同族を攻撃できないイチカは、戦うという手段をとれない。
絡まれたら逃走一択だ。
「そうならないよう。私もカバーするから」
「期待しています」
手を組んだ理由の一つとして、イチカはアルゴスを対人間用の武器として考えていた。
言葉通り、何かあれば対処してくれることを期待しているのだ。
その後もアルゴスの説明を聞きながら歩いていると、ようやくハンターギルドのオフィスに着いた。2階建ての小さなビルだ。
中に入ると受付が5つだけ。他には何もない。武装したハンターは数人いるが、イチカを見てすぐに視線を外した。
『空いている受付に行きましょう』
周囲の注目を集めないように、アルゴスは音声からテキストに切り替えた。
受付は一つ以外すべて開いていたので、イチカは一番近い所を選ぶ。
「いらっしゃいませ」
髪をセンターでキッチリと分けた男は、丁寧に軽く頭を下げた。
「ハンターになりたいのですが……」
「それでは、こちらに必要事項をお書きください」
用紙とペンを受け取ったイチカは戸惑っていた。
性別はともかく、名前や住所、年齢といった個人情報が分からないからだ。
『名前はイチカ、住所はなし、年齢は15にしておきなさい』
困っていると察したアルゴスが助言をした。
イチカは言われたとおりに記入していく。
「それでは、こちらで登録しますのでお支払いをお願いします」
志望動機なども空白にしていたのだが、受付の男性は受理してしまった。
読み取り用の端末を受付に置く。
「えーと……」
どうやって支払うのか悩んでいるイチカの横にアルゴスが移動すると、アーム状の腕を伸ばして情報端末を読み取り機械に接触させた。
ピッ、と電子音が鳴って支払いが完了する。
「ありがとうございます。確認出来ましたのでお待ちください」
受付の男性がカウンターの奥に行ってしまった。
しばらくすると鉄のカードと冊子を持ち帰ってくる。
「カードの方はハンターライセンスです。イチカ様は最下位の10階級ですが、ギルドへの貢献度があがると数字は減っていきます。詳細は冊子をご確認ください」
聞きたいことが山ほどあるイチカだったが、男性はそれ以上の説明をするつもりはないと言わんばかりの笑顔をしている。
見た目からしてすぐに死ぬだろうと思われ、詳細説明は不要だと判断されたのだ。
『私が教えてあげるから外に出ましょう。悪い意味で目立っているわ』
受付をしている間に注目を集めていたようで、イチカが振り返ると数名のハンターと目が合う。
粘着性を感じる悪意のある顔だ。
『弱そうに見えるイチカの体を狙っているわね。外に出たら魔力を解放して逃げるわよ』
ゴーグルに新しいルートが表示された。
心臓から作られる魔力量を増やしたイチカはハンターオフィスを出ると全力で走る。
新人を狙っていたハンターは数秒遅れて外へ出ると、獲物の姿はどこにもなかった。