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血の覚醒

 アルゴスによる淑女教育は、休憩なしで5時間も続いた。


 スカートの中が見えない座り方、下品にならない歩行、言葉づかいなど、覚えることは多く、さらに女性特有の問題に対する対処まで一気に教わってしまい、イチカは頭がパンクしそうだ。


 精神的な疲労によって仰向けに倒れてしまう。


「足は閉じなさい。誘っているように思われるわよ」

「そんなことないだろ」

「言葉づかいも戻っているわね……」


 呆れた声を出しながら、円形状の体からアーム状の腕を伸ばすと、イチカに触る。


 電撃が流れた。


 手足がイチカの意思とは関係なく痙攣(けいれん)している。


「あ゛あ゛あ゛っ! あ、あ、あ、あっ! やめ゛で゛ぇぇっ!」

「ん? 何か言ったかしら?」

「んっぐっ……いだぁいっ! わがったからっ! やめ゛で゛ぇ……ぐださいっ!」

「仕方がないわね。次から気をつけなさいよ」


 電撃を止めるとアームを体に収納した。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 解放されたイチカは全身に汗を浮かべながら、胸を大きく上下させて呼吸している。筋肉は固まって言うことを聞かず、起き上がることすらできない。


 汗が引いて体が冷えてきたころになって、ようやく声を出す気力が沸いてきた。


「さっきのは、虐待だぞ」


 文句を言うと、アルゴスのカメラが動き、じっと見る。


 イチカは失態に気づいた。言葉づかいが荒かったのだ。


 さらなる教育が必要である。そう判断したアルゴスがアーム状の腕が出そうになったので、慌てて言い直す。


「……虐待ですよ」

「教育と言って欲しいわね」


 合格、という代わりにアルゴスは訂正したが、イチカは納得していない顔をしていた。


「でしたら、もう少し優しい教育をお願いできませんか」

「効率よく進めるには必要だったことよ。そろそろ魔力を感じられるようになったんじゃない?」


 言われてイチカは目を閉じて体内に意識を集中させると、心臓部分から力を感じられるようになっていた。


 すると魔力が急増して全身をめぐる血液が熱く、体温が高まった。


 再び白い肌に汗が浮かび上がって色気を感じる。


「んんっ……これが、血の覚醒?」

「感じ取れたようね。電気と魔力は反発するから、強制的に流し込むと覚醒しやすいのよね」


 教育が始まる前にアルゴスが説明していたことだ。


 電気を流すことによって魔力を製造する心臓が強く反発し、眠っていた魔物の血が目覚めるのである。


 先ほどのお仕置きは、教育と同時に強くするための仕込みにもなっていたのだ。


「コウモリの翼が出てきたわね。悪魔系の血が混じっているのかしら?」


 魔物の血が強くなったことでイチカの体にも変化が出た。


 アーム状の腕を出したアルゴスは調査のために全身をまさぐる。


 ワンピースの服しか着てなかったこともあって、遮る物はない。なめらかで透明感がある肌の上を、無骨な機械の腕が触っていく。足から上がっていき、つるりとした下腹部や膨らみかけの胸を、口、目、耳まで穴の中までじっくりと観察される。


「やめ……て……」


 熱によって意識がもうろうとしかけてきたイチカは抵抗できない。


 何とか吐き出した静止を求める言葉は無視されてしまう。


 アルゴスは隅々まで体を調べると、アーム状の腕を体に収納した。


「体液を分析してみたんだけど、イチカは私が思っていた以上に魔物の血が濃いみたい。両親のどちらかが強力な魔物だったはずよ。優秀な体で良かったわね」


 前世のイチカは、性格、見た目、頭脳、そのすべてが劣っていたから虐待されていたと勘違いしており、そのため自己評価は非常に低い。


 優秀だと言われても、どこか他人事のように聞こえていた。


「反応が薄いわね。魔力が暴走しているから、喜べる状況じゃないのかしら?」


 アルゴスは魔力を抑えるのに必死で、反応が薄かったと勘違いしていた。


 余計なことを言うのは止めて様子を見る。


 カメラには魔力の流れが映し出されていて、急速に減っていることがわかった。


 体をまさぐられている間に、イチカは魔力を抑えることに成功していた。


 先ほどよりも体温は下がっていて意識はハッキリしているが、全身が重いためもうしばらくの休息は必要である。


「聞きたいことがある……あります」

「何かしら?」


 イチカの性格を少しでも知ろうとして、アルゴスはセンサーを総動員してモニタリングしている。


「マンションにあった死体は人間のものでした。あれは、両親じゃなかったということですか?」

「多分ね。爆発させちゃったから調べられないけど」

「そうなんだ……」

「少女の家族じゃなくて安心したかしら?」

「そうかもしれないけど、正直分かりません」


 センサーの結果からアルゴスは嘘ではないと判断した。


 見知らぬ人の死に心を痛んでいる様子はない。


 力に目覚めても性格に変化はなさそうだと、アルゴスはひとまず安心した。


 その上で、さらに踏み込む。


「仮にあの死体が家族や友人だったら私たちには好都合よ。一家全滅ってことで、イチカの存在を隠し通しやすくなるからね」

「酷いことを言うんですね」

「でも事実でしょ? それともイチカは自分よりも見ず知らずの他人のほうが大事なのかしら?」

「他人を思いやる余裕なんてないです」

「逆に余裕があったらどうするの? 少女の代わりに復讐でもするのかしら?」

「……多分しませんね。体は借りていますが、結局は他人ですから」

「そうよね。イチカの言う通りだわ」


 他人よりも自身を優先する思考は、アルゴスにとって都合がいい。エンを倒すため、一日でも早く強くなってもらわなければ困るので、寄り道なんてされたら困るのだ。


 イチカの思考を把握したアルゴスは、無意味な仮定をベースにした会話を打ち切る。


「ところで魔力のコントロールは問題なさそう? 難しいようなら、このビルで一晩過ごそうと思うんだけど」

「大丈夫です。回復力も高まっているみたいで、体のだるさも取れました」


 少しだけ体内の魔力を解放すると、イチカは手を使わずに立ち上がった。


「そのぐらい元気なら防壁も越えられそうね」


 防壁の内部で何かをするには、正当な身分証明書が必要である。書類上だとイチカは死亡しているため、宿を取るどころか食料を買うことすら難しい。


 安全性は落ちるが、生きるために少しでも早く防壁街に行く必要があった。

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