面従腹背の味方
アルゴスに抱きついた一瑠は、急降下することなく無事に地上へ降り立った。
「安全な場所を知っているからついてきて」
返事を聞かず、アルゴスは浮遊したまま行ってしまった。
誤解による憑依転生、強盗との戦い、操の危機……短い間に、いろんな出来事が起きて、一瑠は混乱していて考えがまとまらない。
(警察に行って保護してもらうべきか? だが、元の体の持ち主と中身が違うとバレたら? 記憶喪失で逃げ切れる? そもそも強盗は何が狙いだったんだ? 金目の物を狙うにしては、日本で所有できない武器を持ちすぎていたような……その前に、ここは俺の知っている世界なのか? 周囲にドローンみたいなのが浮かんでいるし、明らかに……)
周囲が騒がしくなってきた。
顔を上げるとバルコニーから生き残りの強盗犯が見える。
悩む時間はない。
強盗が手榴弾を持っている時点で国家権力がどこまで頼りになるか分からないため、一瑠は助けてくれたアルゴスを信じて追いかけることにした。
しばらく走ると追いつく。
空中に浮かんでいるドローンは体から銃のような物をぶら下げ、マンションの方に集まっている。さらには5メートル近い人型の機械まで目撃すると、一瑠は思わず視線を未知なる光景へ向けてしまう。
「カメラは、すべて改ざんしたから私たちは映ってないわ。周りを気にせず走って」
「あ、ああ。そうする」
そういうことを気にしているんじゃないといった言葉を飲み込むと、一瑠は前を向いてアルゴスを追いかける。
複雑で入り組んだ道を進んで、廃墟ビルへ入っていった。
◇◆◇◆◇◆◇
強盗から逃げ延びた一瑠は、廃墟ビルに転がっていたオフィスチェアに座っている。
目の前には円形状のアルゴスが空中に浮かんでいて、中心にあるカメラが目のように動き、小さな赤いランプは点灯しているがすぐに消えた。
「情報の改ざんは終わったわ。あなたは爆発で粉々になって死んだことにしたけどいいよね?」
「死人になったってことだよな。普通の生活を送れそうにないように聞こえたんだが……」
「その理解で合っているわ。アレの計画から逃れるためには、予定外の行動をとり続けるしかないの」
「どういうことだ?」
「時間はあるし、最初から説明してあげる。あなたの魂を少女の死体に入れたのは、生前の行いを審判して、相応しい罰を与えるエンという存在よ。最近は重罪人が多くなったから過労気味で、殺人鬼と勘違いして罪なきあなたが罰を受けることになったの」
驚きはない。状況からして一瑠は推察できたことであり答え合わせができただけだが、許せるようなことではない。体の芯が怒りで熱くなったように感じていた。
だからだろう。エンが誤った審判を下したと気づいていたのに、アルゴスが止めなかった事実に気づけなかった。
「ミスなら元に戻せないのか?」
「審判する者は完璧な存在でなければならない。実情はともかく、そう決まっているの」
誤審が発生したらシステムそのものの否定につながる。ミスがあったとしても、なかったものとして扱わなければならないと、アルゴスは遠回しに伝え、一瑠も正しく理解した。
とはいえ事情が分かったからといって許せるようなことではない。
審判システムが理不尽を押しつけてくるのであれば、一瑠は己の力をもって跳ね返す覚悟を決めた。
「エンを潰す方法はないのか?」
「あるけど、教えたところで、あなたは私の言葉を信じられる?」
「難しいな。そもそもアルゴス、お前は何者なんだ?」
窮地を助けてもらったが、出会ったばかりの相手だ。無条件で信じるなんて口が裂けても言えない。
無償の善意なんてないと思っている一瑠は、取引と言ってもらったほうが安心する。
アルゴスが何を求めているのか見極めるためにも、正体を知りたいと考えていた。
「私はエンの忠実なる右腕であり、反逆者。審判を受ける際、後ろにいた黒い羽を生やしていたのが私よ」
「ふーん。で、味方なのか? 敵なのか?」
義務教育すらまともに受けてない一瑠は、物事を深く考えるのが苦手だ。
わかりにくい言い方は好まない。
相反するような自己紹介をしたアルゴスに対して、単純な回答になるよう二択を迫った。
「出会ったときにも言ったけど味方よ」
「狙いは?」
「エンの失脚もしくは存在自体の消滅ね。上の椅子を一つ空けたいの」
アルゴスは信用してもらうため、誤解の余地がないほどシンプルに答えた。
「表向きは従順に従っているが、腹の中では反逆の隙をうかがっているのか。分かり易くて良いな」
まさに面従腹背だ。一瑠にとって、出世欲はイメージしやすかった。
今までの会話が嘘だと疑ってアルゴスと別れても、見知らぬ場所で生き残れるか怪しい。一瑠にとって納得いく理由を説明されたのであれば、信用して話を進めるべきだろう。
もし裏切るようなことがあれば、できるかどうかは別にしてエン共々潰せばよいのだ。
「納得してもらえた?」
「ああ。味方だと信じよう」
「よかった。これでエンの計画と今後のことが話せるわ」
分からないことだらけなので、一瑠は何を聞けば良いか分からない。
まともな質問が出来るとは思えないため、余計なことは言わず静かにアルゴスの話を聞こうとしていた。
「まずはエンの計画の話ね。本来であれば、あなたは強盗に拉致されて、徹底的に遊ばれた上で地獄の苦しみを味わい、生前の行いを後悔しながら死ぬ予定だったの」
勘違いされただけで、最悪の人生を送りそうだったと知り、一瑠は頬が引きつっている。
「私が入ったことで計画は最初から崩れてしまったけど、まだ完全に逃げ切れたわけじゃない。監視の目が届きにくい防壁の外側に行くわ」
「防壁? 外側? どういうことだ」
アルゴスは一瑠が、この世界に来たばかりで常識すらない状態だというのを思い出した。
「ごめんなさい。説明不足だったわね。この世界について話すわ。まずエンが転生先に選んだのは、あなたがいた日本より進んだ科学技術があり、同時に魔術が存在する世界よ。世界のあり方も大きく違うし、一気に説明しても理解は出来ないと思うから、今は重要なことだけに絞って説明するわ。いいわよね?」
確認を取ったのは、後で聞いてなかったと文句を言われ、信用を損ねる事態を避けるためである。
一瑠は意図までは読み取れなかったが、真摯に向き合ってもらえていることぐらいは伝わった。無言でなずいて許可を出す。