少しは強くなったイチカ
エイリ武具店を出たイチカは新しい装備を身につけている。
下着の上に魔力起動式スーツとワンピース。頭にはゴーグルを着けていて、両肩には銃が二丁ある。さらに腰には革ベルトを巻いていて、レーザーブレードを二本ぶら下げていた。すぐに抜けるようになっているため、魔物に近づかれてもすぐに対応出来るだろう。
また、おまけでもらった回復ポーション2個は、アルゴスの本体に収納している。重傷を負ったときにイチカは動けないケースが想定されたため、持ってもらうことに決めたのだ。
装備を整えた今、イチカの所持金は2万デロスしかない。
前回の宿は3万デロスだったため、それ以下のホテルだと警備にやや不安を覚える。特に今はエンの影響によって、性別に関係なく襲われる体質であると判明したため、個室でも油断できない。
実際、侵入を試みた半サイボーグ化した男がいたので、杞憂ではない。高い確率で起こる危険だ。
「お金を使いすぎてしまったから、今から狩りに行くのと、安くても警備が整っているホテルを探すの……イチカはどう思う?」
時刻は昼過ぎぐらいなので、都市の外に出てすぐ魔物とであれば、1万デロスは稼げるかもしれない。だが、見つからなければ無駄に終わってしまう。
警備がしっかりしている2万デロスの宿を探す時間はなくなる。
どちらかを選ぶしかなく、アルゴスはイチカに選ばせると決めた。
「警備の薄いホテルは怖いです……」
先ほども同性に襲われたばかりだ。もう他人は信じられない。イチカにとって警備は最優先事項である。
不安が残る場所で泊まるのであれば、寝ずに狩りを続けても良いと思うほどである。
「都市を出て、狩りをしたいです。もしお金が稼げないのであれば、野営をするというのはどうでしょうか?」
「……悪くないわね」
アルゴスに搭載されたカメラは、夜間でも日中のように映像が見れる。また生物を調節した存在であるため、睡眠は不要だ。
索敵機能も高いため、イチカが寝ている間の警戒業務は問題なくこなせるだろう。
また相手が魔物であれば所属している組織を気にせず、遠慮無く電撃で殺せる。禍根も残らない。
「賛成なら問題ないですね。外に行きましょう」
「野営の準備を整えてからね」
二人は近くの店に入ると、テントや寝袋、リュック、照明、スティック食料、水を購入していく。露出が少なく、客も多かったため店員に襲われることはなかった。
残金が3000デロスと残金は心許ない状態になったが、無事に狩りを終えれば宿代ぐらいは稼げるだろう。
後は魔物に出会えるか、どうか。
それだけが懸念点であった。
◇◆◇◆◇◆◇
都市を出てイチカたちは草原を歩いている。
手にはAM-15があり背にはリュックがあった。狙撃用のRM-1Kはアルゴスの腕が持っていて、必要であれば武器の交換はすぐに出来るだろう。
ゴーグルからマップが表示されているが、魔物を示す赤いマーカーはない。
懸念が的中してしまった。
「ハンターが多すぎるわ。これじゃ都市周辺にいた魔物は遠くへ逃げてしまっているわね」
ずっと早朝から狩りをしていたイチカは知らなかったことだが、昼になると、都市周辺の草原にはハンターが増えるため自然と減ってしまうのだ。
「都市から離れて森の中へ行きましょう。そこなら隠れる場所は沢山あるわ」
「わかりました」
魔力で身体能力を強化すると、イチカは全力で走り出した。
速度と体力は人類の限界を超え、高性能のパワードスーツを着ている人間と同じぐらいの能力を発揮している。
近くにいるハンターは追いつけないだろう。
陵辱フラグが立つことすらなく、順調に進んで都市近隣にある森へ入った。
夕方になっていて周囲は薄暗い。ゴーグルのおかげで、まだ視界は確保できているが深夜になれば、それも難しくなる。
「魔物は、そこそこいるわね。周囲に気をつけなさい」
言われるまでもなく、イチカはAM-15を構えて警戒している。ゴーグルに表示されているマーカーも確認しており油断はない。
木の枝が動き顔を上げると、殺人エイプがいた。手には木の棒がある。
落ち着いているイチカは狙いを定めてトリガーを引くと、脳天に当てた。力が抜けた殺人エイプは枝から落ちて地面に衝突する。ピクリとも動かない。
「良い腕ね」
「一匹でしたから」
慢心はしない。イチカは進んでいく。しばらく歩いているとアルゴスが警告した。
「近くに魔物がいるわ」
「マーカーはないですよ?」
赤いマーカーは表示されない。見間違いじゃないかと思ったイチカだが、念のためアルゴスのカメラが向いている方に銃身を向ける。
「ステルス機能持ちよ。そのゴーグルじゃ見つけられないわ」
アルゴスから電撃が放たれると、小さな鳴き声とともに姿が現れる。
一言で言えばカメレオンだ。サイズは4m近くあって大人でも人のみにされてしまう。ハンターからは暗殺カメレオンと恐れられている。
長い舌が伸びてきた。狙いはイチカだ。回避はせず、魔力をスーツに流して防御シールドを発生させると攻撃を防ぐ。
ジャンク品だったが期待通りの動きをしてくれた。
「頭部を狙いなさい!」
指示に従ってイチカがトリガーを引く。
魔術弾が数発放たれ、暗殺カメレオンに向かうが飛び跳ねて回避されてしまった。さらに肌の色が周囲の景色に溶け込んで見えなくなる。
そんな状況でもイチカは慌てない。
目に魔力を集めて様子をうかがうと、景色の一部が歪んでいるのに気づく。
「あそこだ!」
再び撃つと、今度は暗殺カメレオンの胴体に当たった。赤い血が流れて迷彩が解除される。さらにトリガーを引いて頭部に魔術弾を叩き込むと、完全に沈黙した。
「私が教えなくても居場所は分かったの?」
「目を魔力で強化したらわかりました」
「ゴーグルよりも高性能ね。よくやったわ」
珍しく褒められたことで、イチカの表情が緩んだ。
同性でも見蕩れてしまう笑顔だった。




