TS転生(全裸だった)
鉄の錆びたような匂いが鼻孔を突いて、一瑠は強制的に意識が覚醒した。
重い瞼を上げると、目の前に床があった。年季が入っていて色あせている木製のフローリングだ。傷も付いていて物が散らかっている。まるで家捜しにあったようだ。
手を突いて起き上がると壁に鏡があった。
全裸の少女が映っている。白銀の髪に透き通るような白い肌。目鼻立ちもはっきりしており、額に血の跡が付着していることもあって儚い美しさを感じる。体毛はなく、くびれのある体と成長しきっていない膨らみかけた胸が女性だと主張していた。
(あの鬼は俺の魂を見知らぬ少女の体に入れたのか? ……一体何者だったんだ? 神と呼ぶにはあまりにも威厳がない。だが人間というには存在感が強かった。上位次元の存在、もしくは悪魔や妖怪の類いか?)
考えても答えは出てこないが、立ち止まっているわけにはいかない。
赤い鬼――エンがした勘違いに怒りは沸いてくるが、今、叫び散らしたところで意味がないことぐらい、一瑠もわかっている。
まずは、ここがどこなのか把握しなければならない。室内を見渡す。
高級そうな革張りのソファ、ガラスのテーブル、大型のテレビ、観葉植物などあるが、倒されるか、破壊されていた。さらに窓は割られていて、まるで強盗に入られたような光景である。
そこでようやく、一瑠は自分が危険な場所にいるかもしれないと気づく。
額にこびりついている血を触れると固まっていて、ある程度の時間が経過しているとわかった。
(もしかして強盗に入られて死んだ体に俺の魂が入った……?)
運が良ければ強盗は逃げた後かもしれないが、期待しすぎるのは良くない。
世の中は都合良く出来ていないし、理不尽な事だらけ。一瑠は幼い頃からそう悟っており、今の状況を楽観的には受け止められない。
室内に他人がいないか調べよう。そう思った一瑠は、開きっぱなしのドアから隣の部屋を覗く。
「っっっ!!」
思わず声を出しそうになったので、とっさに一瑠は手で口を塞いだ。
壁、床、天井が血で真っ赤に染まっていた。男女合わせて四人の死体がある。部屋着を身につけていることから、住民が殺されていたとわかる。
ガタッと背後で音がした。
一瑠が振り返る。
「なっ……」
平たい円形の物体が浮かんでいた。大きさは10cmほどだろうか。中心には目の代わりにカメラが一つあり、全裸の少女をじーっと映している。
物体を浮かすようなプロペラは存在しない。また空気を出して浮いているわけでもなく、一瑠は原理不明の機械に警戒し、一歩後ろに下がると転がっているスタンドライトを手に持って構えた。
少しでも動けば叩き落とすつもりだ。
「警戒しないで。私はすべてを見通す目を持つアルゴス。味方よ」
「自ら味方だって名乗るヤツは敵であることが多い。信じられないな」
夜の町を歩き回っていたこともあって、一瑠は人間を簡単に信じない。疑っている。だが同時に訳の分からない場所に飛ばされ、状況が全く分からず少女の体に入れられたこともあって、味方であって欲しいとも願っている。
それが即座に攻撃せず状況を把握しようとする判断を下す結果となったのだ。
「声がすると思ったら、お前生きていたのかよ」
一瑠がいる寝室は出入り口が二つある。
一つは空中に浮かぶアルゴスがいるところだ。もう一方にはスキンヘッドの男が立っていた。ランニングシャツにハーフパンツといったラフな格好である。筋肉は異常なほど盛り上がっていて返り血を浴びていて真っ赤だ。
警戒しながら一瑠は視線をやや下に下げると、小さな斧を握っているのに気づく。刃の部分は青い色の光をまとっている。よく見れば柄の部分は金属で、ジーといった機械音を出していた。
(アニメで見たブレード兵器みたいだ。俺が知らないだけで作られていたのか?)
スキンヘッドの男は一瑠の姿を見て、欲情で濁った目になった。
下半身が盛り上がって興奮していることがわかる。
「殺したときはもったいねぇと思ったが、生きているなら問題ないな。仲間が来るまで遊ばせてもらおうじゃねぇか」
少女に負けるなんて思っていないスキンヘッドの男は、斧を手放した。刃に付いていた光は消えて床に転がる。
ガチャガチャと音を立ててベルトを外そうとしたので、一瑠は前に出てスタンドライトを頭に叩きつける。
電球が割れて直撃はした。さらに蹴りを入れようとして姿勢を変えようとしたところで、激しい痛みに襲われて血を吐き出してしまう。
「ガハッ、ゴホッ、ゴブッ……」
ヨロヨロと後ろに下がって、一瑠は膝を突く。
痛みで顔を歪めながらスキンヘッドの男を見る。怪我はなく、肌すら傷つけられていない。
「頭はサイボーグ化していてな、拳銃ぐらいなら弾く。その程度の攻撃では何も感じないぞ」
話ながらベルトを外してハーフパンツを脱いだ。上も脱いで下着一枚の姿になっている。
操の危機だが一瑠は下腹部が痛くて動けない。ナイフで腸を取り出されたことを思い出し、それをきっかけにしてエンの言葉が脳内に蘇る。
(アレは同族を傷つけると自身に跳ね返る加護を与えたと言っていたが、もしかしてその加護が発動したのか? クソ! こんなの呪いじゃないかッ!)
エンに感じていた怒りが、静かで暗い憎しみに変わる。一瑠は生き残ったら必ず復讐してやると誓う。この気持ちは、消えることはないだろう。
一瑠は気づいていないが、与えられたのは加護だけではない。少女の体に入ったのも、目の前に襲いかかろうとする男がいるのも、すべてはエンが転生させるついでに世界へ関与し、そうなるように事前に仕組んだのだ。
予定ではこの後、スキンヘッドの男にもてあそばれてから監禁され、何十、何百と言った男の相手をされる。さらに商売として生身の体が使えなくなると、サイボーグ化の実験台にされてしまい、激しい痛みを感じても気絶することすら許されない日々を送ることとなる。
それでもエンは罪を償ったと認めない。
完全にサイボーグ化させてからは、何度も殺される運命を用意していた。エンは地獄のハッピーセットを用意できたと自負しており、それ故に運命をイジった後は一瑠を監視などせず、絶えずやってくる魂の処理に時間と意識を裂いている。
そういった経緯もあって、仕組まれた危機的状況は続く。
逃げ出すチャンスは今が、最初で最後なのだが、痛みによって一瑠は動けない。
反り立つブツを見せつけている男が近づいている。
無抵抗な獲物を前にして完全に油断しており、警戒が疎かになっていた。
一瑠は生きることを諦めていない。
もうすぐ来るであろうチャンスをじっと待っている。