初戦
人通りの多いところまで逃げて、ようやく一息つけた。
何もしていないのに体を狙われたイチカは、ようやく理不尽な出来事に不満が湧き出てくる。
「ライセンスを取っただけで何で狙われるんですか……」
「ワンピース姿の美少女だからじゃない?」
「武器を二つも持っていたんですよ? 普通は警戒しません?」
「見る人が見れば使い慣れてないのは、すぐに分かるわ」
運良く武器は手に入ったが、防具までは買えなかった新人。しかも美少女とくれば、捕まえて売れば安全に金が稼げる。
そういった考えを持つハンターが出ても不思議ではない。防壁外では一定数いるため、早めに実戦を経験して装備を整えなければ、攫おうとしてくる男たちは後を絶たないだろう。
「見た目が問題なら顔を隠せば……」
「無駄とは言わないけど、常に顔を隠せるわけじゃないから、早く装備を調えて強くなった方が良いわよ」
「わかりました。そうします」
アルゴスの説明に納得できない部分もあったが、エンと戦うには強くなる必要があるため、イチカは強くなる方針に反対はしない。
だが本当に強くなれるのか? という疑問は常に残っているため、自信を付けるためにも実戦経験を積んでいくことは重要であった。
◇◆◇◆◇◆◇
イチカたちは都市の外へ出た。
検問などないため、誰にも止められず草原の中を進んでいく。
イチカはAM-15を構え、ライフルのRM-1Kを肩にかけながら、ゴーグルに送られてくる情報を確認している。
都市の外へ出てしまったためアルゴスの索敵範囲は狭まっているが、それでも周囲1km以上の地形や生物の情報を収集できているため、魔物に奇襲される危険は低い。
他のハンターとのトラブルを避けるため、黄色いマーカーがあると離れて単独行動を続けている。
「意外と魔物はいないんですね?」
周辺に赤いマーカーはない。都市は頻繁に魔物から襲撃を受けているイメージのあったイチカは、拍子抜けしたような気持ちになっていた。
「近場にいる魔物はハンターが狩っているからね。防壁外に来るのは打ち漏らした個体だけよ。ま、例外もあるけど」
数体の魔物でも武装していない人にとっては非常に脅威だ。
襲撃が発生すれば数十人の死傷者は出る上に、強姦まで発生する。
またアルゴスが言ったように、ごく稀に大量の魔物が襲ってくるケースもある。その時はハンターだけでなく防壁内の軍隊も投入して戦ったのだが、防壁外の人口が三分の一に減るほどの死傷者が出るほど被害は大きかった。
「その例外を引き当てないよう、自分の運に期待します」
会話を切り上げたイチカはマップを見ながら草原を進んでいくと、ようやく赤いマーカーが出現した。数は10。敵もイチカの存在に気づいていて、こちらに向かって全力で移動している。
すぐに目視できる距離となった。
「狼?」
イチカが疑問に思うのも当然だ。見た目は狼なのだが、体の左右に砲身があった。ハンター達の間ではファイヤーウルフと呼ばれる魔物である。
「急いで魔力を半分解放して! すぐに攻撃が来るわ!」
アルゴスの警告に従ってイチカは魔力量を増やした。AM-15を構えて狙いを定めていると、ファイヤーウルフの砲台から炎の塊が飛んできた。
「狼のくせに遠距離攻撃……!?」
動体視力が強化されているイチカは、驚きの声を上げながらも敵の動きはよく見えていた。初実戦で怯えて体がすくむこともない。
しかし経験が足りなかった。無傷とはいかない。数十の火の玉を回避していくが、地面に着弾すると爆発を起こして巻き込まれてしまう。
吹き飛ばされたイチカは地面を数回転がって止まる。
「いつっ……」
爆風によって軽度の火傷を負っているが、体は動かせる。
立ち上がりながら、落とさないように強く握っていたAM-15を構えて、ファイヤーウルフの姿を見た。
また火球を放とうとしている。撃たせてしまえば次は逃げ切れるか分からない。
狙いなんて定める心理的余裕はなく、イチカは叫びながらトリガーを引いた。
「死ねぇぇっ!!」
女性の体になったストレス、エンのずさんな管理、理不尽な加護……すべてに対して苛立っていたイチカは、生物を殺す嫌悪感なんて吹き飛んでいた。
魔力によって生成された銃弾は、ファイヤーウルフに当たると肉体を貫く。威力は充分だ。数匹倒したところで火球が放たれたが、それらもAM-15の銃弾が当たって空中で爆発する。
狙ったわけではないが、止めどなく放たれた銃弾が偶然に当たったのだ。
「いい調子ね。落ち着けば負けないわ」
背後からアルゴスの声が聞こえて、イチカは少しだけ平常心を取り戻す。
ファイヤーウルフの攻撃は確かに脅威だが、動体視力が強化されているため動きは遅く感じている。次の行動も予測しやすいため、イチカは狙いを定めてトリガーを引く。
「キャウンッ!」
眉間に数発の銃弾を叩き込まれたファイヤーウルフが吹き飛んだ。
生き残っているのは三匹だけ。予想外の反撃をくらって驚き、立ち止まっている。
火球は魔術によって作り出されているため、弾切れになったわけではない。ファイヤーウルフは遠距離からの攻撃をいつでも再開できるが、獲物に当てられる自信がないため動かないのだ。
ファイヤーウルフは人間の女性と交配して子孫を残せるため、魔力が豊富なイチカという極上のメスを見逃したくないという本能が働き、大きく数を減らしているのに撤退はしない。
「グルルルッ」
うなり声を上げながら、ファイヤーウルフのブツが大きくなった。
鈍いイチカでも体を狙われていると察する。
「こいつもかよ……」
「オスなんてそんなもんよ。魔物の討伐数に応じてハンターギルドからお金をもらえるから、ワンピースを卒業したいなら殺しなさい」
武装強化は最優先項目だ。
見逃す理由はなくなった。
自らの処女を狙っている敵に銃口を向けると、イチカはトリガーを引く。ファイヤーウルフも火球を放って反撃してくるが、すべて銃弾によって迎撃され、3匹とも頭や体を貫かれて力尽きて倒れる。
デビュー戦はイチカの完勝という形で終わった。




