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シリアルキラーと勘違い

 薄暗い山小屋に拉致された男、一瑠(いちる)は、仰向けになって血を流している。


 彼は貧乏な家庭に生まれ虐待されていた。


 暴力に耐えきれず、中学生になってからは街に出てしまう。


 義務教育すらまともに受けていないため将来のために勉強する時間なんてなく、その日暮らしを続ける。


 犯罪に手を染めることもせず何とか食いつなぎ、ささやかな日々に満足していたのだが……終わりは唐突にやってくる。


 成人になってすぐに一瑠は拉致され、山奥に(さら)われてしまう。


 身動きが取れないように拘束されると、大ぶりのナイフを腹に突き刺される。


「うんぎぃぃぃっ!!」


 あまりの痛みに涙を流しながら叫んだ。


 腹を刺してきた相手は月に1回、若い人を殺すことに快感を覚えるシリアルキラーだった。運悪く標的として狙われてしまったのだ。


「痛いか? 泣き叫んでもいいぞ? 誰も来ないがなっ!」


 不快な笑い声を上げながらシリアルキラーは叫ぶ。


 記念するべき100人目となる男を前にして興奮している。股間は大きく盛り上がっていて今にも爆発しそうだ。


 一瑠の意識は朦朧(もうろう)としていて、幸いなことに痛みは感じていない。


 霞む目にシリアルキラーの姿が映った。


 腹に刺さっているナイフを横に動かして内臓を取り出す。手が血で真っ赤に染まったのを気にせず、シリアルキラーは近くに置いてあるバーベキュー用の網に乗せて火をつけた。


 ジューっと肉の焼ける音がする。


「新鮮な内臓を食べられるのは狩人の特権だなっ!」


 シリアルキラーは小躍りしながら焼けるのを待っている。


 魔術の儀式をしているようだ。


(俺は……同じ人間に……食われるの…………か)


 悔しい。一瑠は心の底から思い、立ちあがろうとするが力は抜けていく一方だ。声すら出せない。


 死んでも呪ってやる。


 そんな恨み言が通じたのか、小屋に警察がなだれ込んできた。


 シリアルキラーが持っているナイフを向けて叫んでいる。もう耳すら機能していないので何を言っているのか一瑠にはわからないが、聞こえたとしても碌でもないことを言っていただろうことは理解していた。


 現場に来た警察官は拳銃を抜いて構える。

 手は震えていて顔は恐怖の感情を浮かべていた。


 警察官の視線は、死にかけの一瑠とバーベキュー用の網に乗った肉を行き来している。人を食う異常な光景を見て怯えているのだ。


 シリアルキラーが一歩近づくと、警察官はトリガーに人差し指が触れる。


「近づくな! 両手を挙げろ!」


 そんな命令に従うぐらいなら100人も殺していない。抗えない欲望が警官を殺せと背中を押し、シリアルキラーはもう一歩前に出る。さらにナイフを振り上げると、怯えた警察官は発砲音した。硝煙の匂いがする。


 狙いなんて定まっていなかったが、距離が近かったこともあって額に穴が開いている。


 即死だ。シリアルキラーはナイフを落として、力が抜けたように倒れた。同時に腹を切り裂かれて内臓を取り出された一瑠も力尽きる。


 偶然にも被害者と加害者は同時に死んだのだ。


 それが一瑠にとって、更なる不幸を呼び寄せることになる。


◇◆◇◆◇◆◇


 腹を割かれて死んだ一瑠は、緩やかに上り坂となっている細い道にいる。左右は崖になっていて本人の意思と関係なく足は動いて前に進んでいる。手や体、顔は動かせない。眼球すら固定されたままだ。


(俺は殺されたはず。ここは死後の世界? ん? 前に人が?)


 何も出来ないながらも人を発見した。


 だが喜ばしい相手ではない。


(俺を殺したヤツだ! ここにいるってことは撃たれて死んだのか! ざまーみろ!)


 一瑠は内心で嗤い、思いつく限りの罵倒を浴びせる。ただ学がないため、「バーカ!」「アホ!」「クズ!」といった短い単語ばかりだ。今時の小学生ですら、もっと複雑な言葉を選ぶだろう。


 しばらく歩いていてもゴールは見えない。


 話すことは出来ず、自由は奪われており、景色も変わらないので飽きてくる。


 それでも延々と歩く。


 時間感覚なんて大分前に失っていて、憎き相手と一緒に前へ進む。


 体感で三日目、ようやく頂上に着いた。


 シリアルキラーはそのまま進むが、一瑠は足が止まる。


 前に出たくても動かない。


 自由は奪われたままだ。


「次は二人か」


 声がした方を向くと、側頭部から二本の捻れた角の生えた化け物が立っていた。全体の形は人間に似ているが肌は赤く、身長は三メートル近い。鬼のようだ。黒いオーラを纏っていて理屈ではなく感覚で生物としての格の違いを感じる。


 目には大きな隈があって数日は寝ていないため、瞬きが多い。気を抜けばすぐに意識を失うだろう。


 後ろには腰から黒い羽を生やした女が控えていて、赤い鬼に二枚の紙を渡した。


「生前の罪をお裁きください」


 黒い羽の女は恭しく言うと後ろに下がる。


「名前は一瑠。同族を殺したことはないか……他の細かい部分は見なくてもいい。こいつは輪廻の輪に突っ込む」


 読み上げた紙を投げ捨てた赤い鬼は、シリアルキラーの頭を掴んで持ち上げた。


 そこまで来てようやく、腹を切り裂かれて死んだ一瑠は抗議しようとして口を開こうとする。


(待ってくれ! 一瑠は俺だ! あいつは殺人犯だぞ! 少なくとも俺を殺しているんだから人違いだ! 気づいてくれっ!)


 しかし一瑠は唇すら動かせなかった。自由を奪われているため、心の声は外に出ない。


 その間にも事態は進んでいき、シリアルキラーは上空に投げ捨てられ、そのまま重力に逆らうようにして登っていく。


 大量殺人犯は、その罪を償うことなく新しい人生を歩むこととなった。


「次、お前だ」


 一瑠の足が勝手に動いて間に進み、赤い鬼の前で立ち止まった。


「ふむ、狩人か。名前の通りに同族を狩り続けたようだな。男は殺して焼き肉に、女は陵辱してから皮を剥いで殺すと…………詳細を見るまでもない。お前の魂は汚れきっている。輪廻へ戻る前に罰を与えよう。ふむ、何がいいか」


 一瑠をシリアルキラーと勘違いしたまま、赤い鬼は眠たい目をこすりながら思考している。


 仕事を増やされたこともあって軽くでは終わらない。重い罰が下るだろう。


(俺は誰も殺していない! 神か、何だか分からんが、心の声ぐらい聞いてくれよ!!)


 抗議をしても無駄に終わってしまった。


 赤い鬼は判決内容を言う。


「お前には、同族を傷つけると自身に跳ね返る加護を与えよう、さらに女の体に入れてやるから、自分がやってきたことを体験してこい。そして己の罪を認め、心の底から反省するまで、死んだ方がマシな運命にしてやる。ありがたく受け取れ」


 自由を奪われている一瑠は声を出そうとするが、なにもできない。


 赤い鬼に左胸を貫かれ、魂を崖に向かって投げ捨てられてしまう。


(クソッ、俺が何か悪いことをしたのか? してないだろ! どうして世の中はこんな理不尽なんだよ……)


 一瑠は意識が薄れていき、主観としては二度目となる死を迎えた。

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