簡単にはいきません
アイリンの具合は悪く、歩けはするが支えがないと心許ない。さりげなく坊ちゃんとヴァイスがサポートしてなんとか階段を上り切った。そこで彼女にメイドと同じ格好をしてもらう。事前情報で、リーシャは領地や屋敷のことに一切関心がなく誰が使用人かもわからないらしい。ヴァイスも同意見だった。あとはあたしたちが先に馬車に戻り、頃合いをみて司祭様がリーシャを撒いて合流し、ファイアリー領の教会に立ち寄り、人目を避けてウォーティー家に帰るだけだ。
あと少しで玄関を出られる。その時だった。
「急に土砂降りの雨が降ってくるなんて、せっかく私たちが再会できたというのに最悪ですわ。」
リーシャたちが戻ってきてしまった。
「あなたたち、まだいたの。あらヴァイス、あなたも一緒だったのね。」
「お母様。僕がお二人を引き留めたのです。いろいろと聞きたいことがあったので。」
「そうだったの。あら、背後にいるメイドは?」
「うちの教会の現司祭様に渡してほしいものがあって、彼女にお願いしたんだ。そしたらお二人が快く彼女を同じ馬車に乗せてくれるとおっしゃってくださったんだ。」
ヴァイスがリーシャに見えないようにアイリンを隠してくれていたけど、見つかってしまった。咄嗟に彼が嘘をつく。が、
「ヴァイス、嘘はやめなさい。これはメイドではないでしょう。」
「お母様、何をおっしゃっているのです。僕の専属のメイドではありませんか。」
「それなら尚更おかしいわ。私はあなたのメイドに関しては入念に調べているの。だってあなたがメイドと恋仲になったら一大事ですもの。それにね、私は一度邪魔だと思った者はすぐにわかるのよ。それが暫く会っていないヤツでもね。あなたアイリンでしょう。」
誤算だった。まさかアイリンだとわかってしまうなんて。でも彼女は魔法が使えない。司祭様もこっそりあたしたちの隣に移動している。このまま走れば逃げ切れる。そう思ったのに、
「ふふふ。私は魔法が使えないけれど、旦那様がもしもの時のためにこれをくださったの。」
そう言って彼女は瓶に入った液体を飲んだ。ドット先生の時と同じだ。すると、彼女の体から黒いモヤが大量に出てきた。
「さあ、お前たちやっておしまい!」
黒いモヤは小型の魔物に変わりあたしたちに向かってきた。ヴァイスが叫ぶ。
「お母様、おやめください!どうしてそこまで姉上を憎むのですか!」
「黙れ!ソイツの母親さえいなければ、最初から私が正妻だったんだ!公爵の妻になるために好きでもないアイツと寝たというのに、のこのこと現れてしかもアイツとの子までいた。あたしの計画が台無しよ!しかも病死に見せかけて殺せたと思ったら、娘は歴代最高の魔力持ちですって!本当に憎らしいわ。アイツもお前も!」
魔物は次々と現れてくる。みんなで攻撃はしているが埒が開かない。
「ここは僕が引き受けます。どうか姉上をよろしくお願いします!」
ヴァイスが前に出る。
「あなたがここまで醜い心を持っているとは思わなかった。もう母親とは思えない。姉上に危害は加えさせない、今ここでお前を倒す!」
ヴァイスが魔法を放つ。すると放たれた魔法が龍になった。炎龍だ。炎龍の炎が魔物を蹴散らす。大丈夫、彼ならきっと勝てる。あたしたちは急いで馬車に乗り込んだ。