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君はどこに行きたいの?

 一晩寝ても猫族を狼族に変える方法など思い付くはずもなく、行き詰った人間がする行動として乃三花は散歩に出る事にした。

 せっかくニューヨークにいるのだから、目の前にはセントラルパークがあるのだから、観光しなくてどうする、というただそれだけである。


 乃三花の祖母は、温泉に来たならば五回は風呂に浸からねば勿体無い、と、羽を伸ばすための一泊旅行を湯あたり起こすぐらいのハードなものに変えるのだ。

 その薫陶を受けた初孫である乃三花なのだから、何かが起きてもただでは転ぶことはしない。今回も、絶対に元を取ってやる、そんな気概ばかりだ。


「私の行動を見越したようなポロワンピースもスリッポンもあるし」


 乃三花は紺色のワンピースに着替えると、豪勢な部屋を出てそのまま建物の出口へと向かった。

 ところがエントランスに踏み出す一歩手前で、乃三花は今回の依頼主の一族らしき男性五人に囲まれたのである。

 乃三花が祖母の知り合いの家に行った時、何もいなかったはずの庭に出た途端に数匹の犬達に一瞬にして囲まれた時のようにして。


 ジョーンが手下をアダムの屋敷に住みこませて乃三花達の監視をすると昨夜アダムに忠告されていた通りだと、乃三花は自分を囲んだ男達を見回して溜息を大きく吐いた。


 ジョーンはイタリア系アメリカ人。

 アダムがわざわざ乃三花に教えてくれた通り、黒服姿の男達は考えるまでもなくマフィアやファミリーという単語を想起させる存在である。


 しかしながら黒服を着た青年達は、昨夜会ったジョーンの肉親には見えなかった。否、彼らを見た事でジョーンの異彩が見えたのだ。


 彼らは同じ白人人種であるが、ジョーンはフェンリルの息子という名にふさわしい北欧の顔立ちであるが、青年達は黒髪に黒い瞳というどうみても南欧人だ。

 これでは映画やドラマの、マフィア、という一族らしくはない。


 イタリアマフィアは同郷の者で構成されており、異国での同郷人の暮らしを守るための組織が犯罪組織化したものでは無かったか?

 ジョーンが乗っ取った?


 乃三花が小首を傾げた途端に彼女を囲む男達がざわついた。

 そこで乃三花は彼等の血筋について考える事を止めて、自分の逃亡ルートだけを考えるべきだと身構えた。


 目の前の男性達は、全員が日本人男性の平均身長程度より少し高い程度の身長に日本人男性みたいな細身な体をしている。武闘派などという印象よりも日本に来て女の子にばかり声をかけそうな軽い印象しか与えて来ない。しかし彼らがジョーンと同じ人狼でなくても、とりあえずマフィアの構成員なのは事実なのだ。


 彼らは映画やドラマ以上の立ち回りが出来るはずと、乃三花は結論付けていた。

 彼らが黒服を着ていなくとも、乃三花は同じ判断をしただろう。

 伊達に乃三花は警察官の娘をしていない。

 父親の仕事上いかにもな方々に挨拶される事が時々あるからか、危険な人達について嗅ぎ分ける事が出来るようになってしまったのである。


 最初は保育園の時だったと乃三花は思い出す。


「お父さんに、いつもご苦労さん、てオジサンが言っていたと伝えてくれるかな」


「ごくろうさんは失礼なんだって。おつかれさまって言うもんだよって、パパが」


 五歳児の自分は強かったなあ。

 乃三花は目の前に出来た壁に対して怯んだ自分に対し、五歳児の自分を取り戻せと叱咤した。

 脅えるな、何もわかんな~いで逃げろ!!


「Where are you going ?(どこにいくのかな?)」


 乃三花の思考は固まった。

 けれど、彼女を囲む五人の黒服のそのリーダーらしき人は、とても優しい人だと思った。

 乃三花を英語が理解できない人間と見做したからか、乃三花に対してとってもゆっくりはっきりな聞き取りやすい英語で話してくれたのだ。


「せんとらるぱーく」


 乃三花は五歳児となり、公園がある方向へと指を差した。

 五人は同じ動作で公園方向へと振り返り、同じ動作で再び乃三花を見下ろす。


「パスポート、ある?無いよね」

「無いとおまわりさんにつかまるよ」

「怖い所に連れていかれるよ」

「お部屋に戻ろうか」


 男達は次々に乃三花に話しかけて来て、乃三花はやはり黒服の人達は優しいな、と感激した。このぐらいだったら乃三花でもヒアリングできる。ので、乃三花は素直に了解の印でうんうんと頭を上下させて応え、素直に与えられた監禁場所に戻ることにして踵を返した。


 そして乃三花は自分の監禁部屋があるフロアに辿り着いたそこで、無理にでも散歩に出るべきだったのでは、と自分の失敗に気が付いてしまった。


 お巡りさんよりも怖いマフィア系の人狼に監禁されているなら、公園で職質されて不法滞在者として日本に強制送還されるを狙った方が良かったのでは?と。


「あちゃ。失敗したなあ」


「だねえ。私を誘えばどこにだって連れて行ってあげるのに」


 乃三花の部屋の前にはいつもの冬物スーツ姿のアダムがいた。

 腕を組んで仁王立ちしているその姿は、浅はかな行動を取った乃三花を叱るというよりも、置いてきぼりにされて不機嫌、そっちの方らしく感じた。


 また、数分前に黒服でも季節に合った生地によるスーツ姿のお兄さん達を見て来たばかりだったため、乃三花は珍しくアダムにすまない気持ちとなっていた。

 だが、乃三花の口からはいつもの口調でいつものような台詞しか出なかった。


「死ぬまで監禁言わなかった?」


「私がフェンリール如きに監禁される妖精だと?」


「おいおい。昨日までの設定どうした」


「私は君に何を言ったのかな?」


 乃三花はこの館にアダムに連れ込まれてからの一連のアダムの台詞を思い出し、彼が彼女の願いならばなんでも叶える、と言った事を思い出したのだ。


「しくった。昨日のあのディナーの時に、お家帰りたいって叫べば終わってたか」


「それは無理だな。我々はフェンリールと契約した。契約は履行されるまで契約者を拘束するものだ」


「やっぱ使えないじゃない」


 ぷくっとアダムは頬を膨らませた。


 成人しきった男性を可愛いと思う日が来るとは!!

 だがこの顔も良い!!


「じゃあ、ええと、私にお小遣いちょうだい。それで、公園に行ける服が買える店に連れて行ってくれる?」


「そんなに公園に行きたいのか?」


「あなたとね。公園に行ってもおかしくないポロシャツとスラックス。あと、」


 アダムの靴は適当に買った合皮の靴だったと思い出し、乃三花は足元を見下ろしたが、そこで彼女は動きを止めた。


「靴。いい革靴履いてた。私が適当に買った奴じゃない」


 乃三花が顔を上げれば、乃三花の視線を避けるようにしてアダムが顔を背けた。

 乃三花はアダムの胸元を掴むと、ぐいっと自分へと引き寄せる。


「自分で手に入れられたんだ?」


「靴は自分で履いた。服は君が着せてくれたから、かな?」


「そういうことにしましょう。で、あなたにカジュアルな格好とかさせるのは、可能なのかな?それも今回の依頼が完了しなきゃダメ?」


 きゅっと乃三花の手がアダムにつかまれ、アダムの胸元から手が外される。

 乃三花がそこに何の抗議もしないのは、自分の手首に痛みなど一つも感じなかっただけでなく、アダムは彼女の手を持ち上げただけじゃなかったのだ。

 彼は乃三花の右手を持ち上げて、手の甲に軽く口づけた。


「どこまでも御供しましょう。お姫様」


「くふ。心臓が止まりそうだ。推し眩しすぎ」


「君は色々台無しにするよね。妖精以上だ!!」

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