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君のお父さんはまじもん?

「あの陰険ネズが漏らしかけた顔したのは傑作だったからね」


 真名谷が口にした陰険ネズとは、高校一年の時の数学担当だった根津の事だ。

 乃三花が編入した高校は、田舎町の普通校だろうが、それなりな偏差値のある進学校である。けれども通う子供達が自己の確立途上の十代であるならば、乃三花が東京で生活していたというだけで勝手なコンプレックスを抱くものなのだ。


 ついでに全国共通の入試問題よりも学校独自の編入試験問題の方が難しいと聞けば、乃三花にマウントを取られた気になったのかもしれない。


 都会人である彼女は遊んでいたと勝手に誤解され、終にはパパ活で警察に補導されたから地方の祖母宅に下宿することになった、と陰口を叩かれはじめたのだ。


 すると根津はその噂が流れ始めた頃から急に乃三花を目の敵にし、事あるごとにネチネチと嫌味らしきものを乃三花にぶつけるようになったのである。

 乃三花を黒板の前に呼び出した時には、解けねば遊んでいたから基本が無いのだろうと責め、解ければ毎回同じセリフを投げた。


「人生もちゃんと計算していれば、パパに甘えて楽しようなんて浅はかな失敗はしなかっただろうな」


 毎回乃三花は聞き流していたが、夏休み明けの彼女は違った。

 乃三花は人生掛けて完成させた人形関係で苛立っていたため、その日は根津に対して言い返したのである。


「いやあ。私の父さん自慢のインテリヤクザですからね。ちゃあんと甘えて人生楽させて貰ってます。あ、父が先生に会いたいって言ってましたよ」


 根津ははふっと息を飲み、顔色を真っ白に変えた。

 その日から彼が乃三花に絡む事は無くなったが、クラスから完全に乃三花は浮いて、挨拶を交わす相手さえいなくなったと彼女はうんざりと思い返す。


 いいや、真名谷だけは挨拶して来たな、と彼女は彼を見返せば、彼こそ当時を思い返してニヤニヤと笑っている。まるで共犯者だったという風に。


「良く信じたよな。俺はよくもあんな大嘘をって笑いを堪えたけどね」


「こっそりあいつにだけは見せたんだよ。私の愛するパパのご尊顔が映ってるスマホ画面をね。私のパパ、顔がすっごく怖いから」


「嘘。それ見せてくれよ――え?」


「家の前で何をごちゃごちゃしているんだ」


 険悪どころではない地獄の底から響くような暗く低い声が、真名谷と乃三花に襲いかかった。真名谷は乃三花の肩越しを見つめ、目を見開き押し黙った。

 乃三花はうんざりしながら自分の後ろへとゆっくりと振り返る。


 暗かった田舎道しか無い風景だったはずが、いつの間にか阿須戸(あすと)家の玄関前に二人は立っていた。そして、玄関明りを背にした仁王立ちの長身の男が腕を組み、閻魔みたいな怒り顔で二人を見下ろしているのだ。


 濃紺地にピンクのチョークストライプという高級そうで華やかなスーツは春らしいが、春には時季外れとなる秋冬物に多いフランネル生地のものである。

 そのちぐはぐさは、知的に見えるが暴力的な威圧感しか感じない、つまり、身だしなみは洗練されているのに極道系の人にしか見えない男性に似合っているとも言えた。


「お、お父さん、ですか?」


「君のお父さんじゃない」


「何を脅してるの。真名谷君は私を痴漢から守ってくれただけじゃなく、こうして家まで送ってくれたの。父さんは私が心配なら、私を痴漢した男に職質でもしに行ったらいかが?」


「管轄外なことはできん。だが、県警には申し送っとくからそれでいいな。で、君も夜道は危険だから帰りなさい。ハイどうもありがとう」


「え?インテリヤクザって」


「そう、まじもん。私のパパ桜の代紋背負ってる人なの。ヤクザよりも道を極めちゃってる、まさにインテリヤクザ。じゃ、また明日」


 乃三花が真名谷に別れの挨拶をした途端に、彼女はぐいっと玄関の中へと引っ張り込まれ、玄関の引き戸は乃三花を引っ張った男が触れずとも勝手に閉まる。


 乃三花は自分を送ってくれた真名谷に心の中だけで謝った。

 声を出しても真名谷には届かないと知っているからだ。


 きっと彼は狸に化かされた風にして、たった一人ぽつんと暗い夜道に取り残されているだろう、と。


「お祖母ちゃん家を迷い家(まよいが)みたいにあっちこっちに移動させないで」


 乃三花が自分を抱く男を睨めば、彼女の父親の顔はすでに全く違う男の顔へと変わっていた。

 白っぽい金髪で飾られた顔は精悍さもある美しく整った顔立ちで、その顔の中で輝く印象的な両眼は、深い青紫の中に桜色の花も咲いている不思議な虹彩というものだ。


「顔が良い」


 思わずつぶやき見惚れてしまうのは、その顔が、乃三花が持てる技術を全て注ぎ込んで再現した推しの顔であるからだ。

 その素晴らしき顔は自分に見惚れる乃三花をさらに惑わせようというのか、最高の微笑みを顔に浮かべた。


「アダム・ジョスラン」


「あれ?どうした?乃三花?もっと(いと)おしそうに名前を唱えようか」


「確かに(いと)うしいよ。全く。どうしたもこうしたも。私の父の顔に変えたりできるなら、あなたに粘土渡せば自分であれを作れるんじゃ無いの?」


「残念。信奉者が作ってくれるからこそ、我が肉体となり得る。私が復活できたのは、君のひたむきな私への信奉心と奉仕によるものだ」


「いいえ。私はあなたに信奉なんてしていない。私はバトルオブローレンシアの騎士イーオンの担当なの。私が作ったのはイーオンよ」


「ああ。君はイーオン(永遠)を作ったのだ。私というイーオンを」


「だから、違うって」


「違わないし、君は私の為に奉仕しなければいけない。君は私を追い払いたい。私は力を取り戻したい。ならば、君が私に奉仕するのが君の希望を叶える一番の方法だ」


 乃三花はぎゅうと両目を瞑る。

 先日も同じ様な口上に唆され、乃三花はアダムのために一肌脱いだのだ。


「あれはうんざりだった。頭蓋骨を復顔させるなんて!!私は人形師でも自称でしかないし、ちゃんと勉強して人形を作っても無い、単なる人形が好きなだけの人形厨でしかないのに!!」


「だが、あれは解決した。おかげで私は一つ力を回復した」


 アダムはしみじみと口にして、乃三花はやばいとアダムの腕から逃げようとしたが、すでに遅かった。

 再び玄関扉は開き、今度の乃三花はアダムによって玄関扉の向こうへと引き出されてしまったのである。


 先日も連れ込まれた、妖精界、とやらに。

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