表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

一緒に帰ろうか

 乃三花(のみか)を触る痴漢の足首を蹴り払った青年は、乃三花と同じ制服を着た同じ高校の生徒であるだけではなく、昨年は乃三花と同じクラスだった真名谷(まなびや)(がく)であった。

 真名谷(まなびや)は乃三花が知っていた好青年のこの字も無いぐらいに、彼のその高身長を生かして痴漢に対して見下げ果てた目線で睨みつける。


 物凄い威圧感、怖えぇ。


 乃三花は真名谷に対し、助け船と感謝するよりも素直に見たまま評していた。

 心の中で。

 痴漢男は小さく悲鳴を上げると椅子から立ち上がり、あたふたという表現そのままに隣の車両へと逃げていく。


 痴漢男よりも確実に年下の高校生男児だろうが、細身でも高身長で鍛えてそうな子に睨みつけられているのだ。寝たふりまでして少女に痴漢して来る男など、精悍そうな青年に睨まれたら心底脅えて逃げるしかないだろう。


 乃三花の隣に真名谷が座る。


「ちょっと?助けてもらってありがとうだけど、誤解されんの嫌なんだけど?」


「自意識過剰。隣に座ったぐらいで誰も誤解しないよ」


「ならいいけど。早坂が煩いからさ」


「君こそ誤解してんなよ」


「誤解も何も、幼馴染の彼女でしょ?真名谷君と喋っただけで肩をぶつけて来るわ、お取り巻きの方々とあからさまにクスクスぷーされるわで、迷惑だったよ?」


「ごめん。でも誤解だよぉ」


 両手で顔を覆って乃三花に謝って来た真名谷の声は、シオシオとした情けないものだった。そこで乃三花はクスッと笑う。

 彼女は真名谷と早坂の本当の関係も知っているのだ。


 小学校から一緒の幼馴染の早坂は真名谷に恋をしており、真名谷が嫌がろうと彼の恋人と公言して彼に付きまとっているという事を。

 乃三花以外にも早坂に嫌がらせされている女子もいれば、同じ嫌がらせを受けた仲間として情報は回って来るものだ。一緒に帰るような友人にはならなくとも。


「モテる人は辛いね」


「うっせ」


 乃三花は隣に座る真名谷を改めて観察し、イケだな、と結論付けた。

 真名谷は強面系であろうと顔立ちは整っている。また、彼は中学時代は学年二位という秀才であり、髪型が長めのスポーツ刈りにしている理由のように運動能力も高い。昨年は水泳部が無いのに水泳大会の選手に選出されて県大会に出場していた。


 田舎は都会よりも生徒数が少ないがために運動の出来る生徒が大会に駆り出されるという、漫画や小説の世界しか有用しなさそうな「助っ人システム」が本気で機能しているのである。

 よって、学校の使い勝手の良い優等生真名谷が、校内において人気者で有名人となっているのは当たり前だ。


 さらに早坂が彼に近づく女子にことごとく噛みつくのは、彼の家が大きな寺の住職を代々しているため、真名谷家と言えば狸二穴(まみにあ)町で顔役的存在、つまり狸二穴(まみにあ)町の名家で金持ちであるからだ。


 乃三花は当初、名家だろうが狸二穴(まみにあ)町程度だろ、とは思ったが、毎年父方の先祖の墓参りに詣でるデカい寺が真名谷家だと知ってからは田舎の名家は侮れないと思っている。

 逆に、あの屋敷に住みたい女子の気持ちわかる、ぐらいである。

 乃三花は、屋敷、と言う建築物について洋物も和物も好物なのだ。


「そうやって彼女~とか揶揄うの、小学生かよ」


「少しぐらい弄ったっていいじゃない。去年の私はお陰さまで早坂に嫌がらせされまくりだったんだからさ」


 真名谷は姿勢を正すと、乃三花を真っ直ぐに睨みつける。

 その眼つきは先程の痴漢へ向けた視線ではない。まるで不貞腐れた犬が飼い主を恨んでいる目つきだと乃三花は思い、自然に彼女の口元も目元も緩む。


 あれ?真っ赤になって顔を背けた。


「――悪かった」


「いや。まじ謝んないで。言ってみただけで責める気なんかちっとも無いから」


「お前、ほんっと嫌な奴」


「真名谷君は良い奴すぎるね。隣クラスの私を助けてくれるなんてさ」


「昨年は同クラだろ?でもって路線は一緒。呉越同舟って奴だよ。そんで、今日は家まで送るよ。引っ越して来た君は知らないかもだけど、あいつヤバ男だから」


「知っている人?」


「この町では有名人。親父が小学校で校長やってるのに、息子はあれでさ。いや、親父が偉い公務員さんだからいけないのかな」


 乃三花は乾いた笑い声をあげていた。

 痴漢の身の上は他人ごとじゃ無いではないか、と。

 乃三花の父親は都内の本庁にお勤めの方で、母親は区役所の役職付きの方だ。

 その娘である自分の所業と言えばと彼女が思い返せば、親の期待を裏切った時点であの痴漢男と同族だと自分を笑うしか無いのである。


「大丈夫だよ。行きも帰りもしばらく俺が一緒にするから、安心して」


 真名谷は乃三花の笑いを誤解したらしい。

 乃三花は別に痴漢男と遭遇する未来に脅えた訳じゃ無かったが、昨年同じクラスというだけの人間に優しい真名谷には好感を抱いた。


「――優しいんだね」


「別に優しくなんかないよ。俺は阿須戸(あすと)が心配なだけで、ええと、乃三花でいいか?俺も(がく)で良い」


「よくないよ。乃三花と呼びたきゃ、さんつけろ」


 好青年は舌打ちをして、スマートフォンをカバンから取り出した。

 あからさまな、お前とは話を止めた、と言う真名谷の振る舞いだと乃三花はおかしく思ったが、真名谷はもっとおかしな行動を取った。

 乃三花にスマートフォンを差し出したのだ。


「IDを交換してくれる?しばらく一緒に行動するなら、待ち合わせとか色々出来た方が良いっしょ。アストロノミカル、さん、さま?」


「――そうきたか。いいよ、乃三花で」


「じゃあ、俺は学で」


 乃三花の名前はアストロノミカル(天文台)をもじって名付けられている。

 小学校の課題で名付けの由来を調べた時、彼女は両親から若かりし頃の二人の出会い、大学の星座の会で、デートには池袋にあるビルのプラネタリウムだった、等々延々と聞かされた。以来、乃三花は他者に自分の名前が天文台になることを知られる事を恥ずかしく思っている。


 なのに真名谷には気付かれていたのか、と、乃三花は苦々しく感じた。

 しかし彼こそ駄洒落みたいな名前でもあるので、それで彼は乃三花に親近感を抱くからこそ乃三花に親切なのかとも思い当たった。


 そこで乃三花はもしかしたらと閃いた。

 そうだ、自分が鬱々と悩んでいる、自分の情熱によって起きた自分の身の上の不幸について、変な名前同士である親切な彼に頼ってみてはどうだろうか、と。


「――嫌か?」


「道々相談したい事がある。それ聞いて、それでも、だったら、交換してくれる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ