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線路は続くよ最寄り駅まで

 電車内から車窓風景は何も見えないが、地下鉄でトンネル内だからでは無い。

 単に外が畑や田んぼが連なる明りの無い世界であるだけである。

 田舎の電車は二両しか連結してはいないのに、それも帰宅というラッシュ時間でありながら、車内には数える程しか乗客がいない。そんな人数でもさらに人との関わり避けたいという風に、一両目の二両目との連結部近くの後方の席に座っている少女は、確かに外見からして町の大体の女の子達とは違っていた。


 県立大林北高等学校の制服を着た彼女の名は、阿須戸(あすと)乃三花(のみか)である。

 彼女の真っ黒の髪は、大昔の修道女のようにザンバラに短く切りそろえられている。しかしその髪型によって彼女の外見はみすぼらしく見えるどころか、彼女の黒目勝ちの大きな目を強調する結果となっていた。


 実際、乃三花は見た目の良い部類の少女である。

 身長が百六十近くあっても大きいと感じるどころか華奢にしかみえないのは、彼女の四肢が長くすんなりしているからであろう。その上彼女の肌は、今どきの子供達のように化粧はしていないのに、赤味も無く陶器のように白く滑らかで透明感があるばかりだ。


 つまり、乃三花への第一印象は、マネキン人形みたいで美しい、だ。

 そんな恵まれた外見の彼女であるのに、表情は鬱々としているものだ。

 それはなぜかと言えば、乃三花は外の暗がりが今の自分の気持そのままの風景だと考えており、昨年の自分の行動に対して自嘲している最中なのである。


 あの時に抱いた情熱に浮かされねば、今の彼女は都内の自宅にいたはずで、地方の四十五分に一本しかない在来線に一人寂しく揺られる事は無かっただろう。


 昨年まで東京住まいだった彼女には、現在の高校に編入して一年は経とうが地元民でないためか高校には当たり前のように女友達がいない。

 友人をそれ程欲しているわけでは無いが、一緒に帰ったりする相手がいるといないとでは面倒に巻き込まれる率が変わるものだ。


 一人だと虐めや嫌がらせのターゲットにされることもそうであるし、今のこの現状こそそうであろうと、乃三花は自分をこんな現状に落とした自分にこそ怒りを抱くしかないのである。


 どうして人間には情熱なんてものがあったのだろう。

 どうして現実では無い存在に恋心を抱ける生き物なんだろう!!

 そのせいで、私は田舎の祖母宅に移住してしまったのだわ!!

 それで私は痴漢されている最中なのよ!!


 乃三花は苛立ちながら、自分が今さらに自分の過去の行動を後悔する気持ちなった現在進行中の出来事へと視線を動かす。

 彼女の太もものあたりに彼女のモノではない手があり、さも自分のモノのように彼女の太ももを指でなぞった。


 ちくしょう。

 大都会と全く違うくせに、痴漢だけは同じにいるよ!!


 乃三花は自分の隣に座る中年男から痴漢を受けているのだ。

 スカスカの車両でありながら乃三花が同世代の塊から離れるようにして座ってしまったがために、乃三花の隣に痴漢が座ってしまったのである。


 乃三花は怒りに震えながら隣の痴漢を横目見る。

 男はどこかの事務員をしているような眼鏡のスーツ姿で、年齢は三十代後半ぐらいのどこにでもいそうな痩せた男だ。

 そして、寝たふりをしている。


 男は熟睡している風に左手を乃三花の右腿に当たるように投げ出しており、いかにも転寝による体のビクつきだという風に、時々びくびくと動いては手の甲や指の関節で乃三花の太ももを撫でてくるのだ。

 だがしかし、触られている乃三花にはそれが不可抗力なのか意識的なものなのかはハッキリとわかっている。


 これは、純粋な痴漢行為だ。

 中指で小円を描くようになぞってくるのだ。

 これを意図的な痴漢行為と言わずしてなんとする。


 だが、男にこのような行為を増長させているのは、乃三花が黙って耐えているからでもある。

 乃三花がすぐに席を立ってしまえば良い話でもあるのだ。

 が、乃三花がそれをせずに黙って耐えているのは、男が考えているほど彼女がおとなしい少女では無いからである。


 大体、やりたいことが出来たからと通っていた中高一貫校を捨て、都内の自宅から地方にある父方の祖母宅に、たった一人で引越ししてしまった子供なのだ。

 お祖母ちゃんいるし、学校はあっちの高校に通うから大丈夫だ、と。

 自己主張を躊躇うわけはない。


 ではなぜか。


 あと、十五分。

 駅に付いたら大声で痴漢だと叫んで椅子から立ち上がる。

 悪評が死んだ後も付きまとう田舎町で、こいつを社会的に殺してやる。


 乃三花はちゃんと報復を計画しているのだ。


 ただ痴漢と騒ぐだけじゃない、鳩尾に蹴りを入れてやる!!


 ダン。


 その音は、痴漢の足首が蹴り払われた音だ。

 痴漢男はバランスを崩して身体を大きく傾かせ、男は、本当に、たった今目が覚めたかのようにして、座席から飛び上った。


 痴漢を蹴ったのは乃三花では無い。


「おじさん。彼女にくっつきすぎじゃね?」


 乃三花は痴漢を蹴った人物へと顔を上げた。

 目の前には数少ない乗客の一人だった青年が立っている。

 乃三花と同じ紺色ブレザーに同じ学校の校章が襟元で光っているので少年という表記が正しいだろうが、百八十近くの身長がある男子は少年と分類できないと乃三花は思った。

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