第57話
「あれは、俺が眠りにつく少し前。大戦争が起きたんだ。相手は宇宙人。はじめはどうすればいいのかなんてまったくもって理解できなかったわけだ」
宇宙の話とかを簡単に説明を挟みつつ、俺は話をつづけた。
「で、この宇宙人、最初は俺らに対して友好的に接していたんだが、だいたい半月ぐらいしてからかな、向こう側の代表の一人が贈り物として小さなカプセルを渡してきたんだ」
昔でいうところのカプセルトイみたいなものだ。
俺が見たのは、その抜け殻、それも手野武装警備での戦闘前ブリーフィングで写真一枚だけだった。
だからはっきりと、これがそうだ、と断言することは難しい。
「で、そのカプセル、手のひらぐらいのもので3時間ぐらい手のひらの上で温めていると、トクントクンと脈打つのがわかるんだってよ。あげた宇宙人はそれから何が起こるかを知っていたんだろうな。なにせそれを贈ったあと3時間、鼓動をみんなが感じ始めたのを確認した後、急に用事がとか、電報がとかであっというまにいなくなっちまいやがった」
そういえば、あれはしいていうならば卵の殻のようなものだったんじゃないだろうか。
植物由来のプラスチックというのも作られていた時代だ。
卵の殻にプラスチック素材を使っている生物があってもおかしくはないだろう。
「それで、破局が訪れたのは宇宙人らがいなくなってから数時間後。国連という大組織のど真ん中からだった。その日俺はたまたま休みの日で、家でテレビを見ていたな。ネットでどこぞの動物園の癒し動画でもみながらな」
たしか、ただただモルモットが草を食べているだけの耐久動画をみていたはずだ。
あの時期、俺の癒しといえばそういうもそもそと食べている動物動画だった。
俺のところにアレが来なかったのは、幸いだっただろう。
宇宙人は友好の証ということでばらまいていたという話だったから、全世界で数千万個は撒かれていたはずだ。
「温めていたものかが中から出てくるのは、ようやく生まれて来たということで感動もひとしおなものだっただろう。だが、それが自身を攻撃仕掛けて来るトンでも化け物だったら話は別だ」
直接は見たことがないが、ブリーフィング時に見た動画の様子を話す。
動画は両手の手のひらの上で温めている様子を、誰かが真正面から撮っているという構図で始まる。
鶏のふ化のように、内側から何かがつつくかのようにして、まず殻が割れた。
そして出てきたのは、針のような鋭い何かを指を付けている、不定形のものだった。
一瞬、ヒッと短い悲鳴のようなものが動画には入っていたが、その直後にまず手のひらにその針をそのまま突き刺し、さらに突然のぎゃあという痛みの悲鳴が響き渡る。
針先からは何かを注入したようで、刺された手は数倍の大きさまで一気に広がり、しかし皮膚が破裂することなく水風船のようになっていく。
ぶよぶよになっていくのは手だけではなく、手から始まり、手首、腕、そして方まで広がっていく。
見た目では直径が5倍くらいまで膨れ上がっていくように見えた。
そのころになると、殻は地面に落ち、叩き落とそうとまだ無事な手で相手を払い落とそうとする。
だが、肩から肩甲骨回りまでが水膨れのような状態になったころ、とたんにあきらめたかのようにだらんと腕は下がる。
殻も、それに合わせるようにガシャンと地面に自由落下する。
だが、あの不定形のそれはどこにも見当たらない。
最初こそ飛びのいて距離をとっていた撮影者だったが、落ち着いたかどうかと思ったのか、撮影を続けながら相手の顔をおぞきこむようにカメラが動いた。
とたん、相手の顔がはっきりと映される。
このころになると、もはや生きてはいない。
当時はそんなこともわからなかったわけではあるが、見た目はまだ右腕全体と、肩甲骨から脇腹にかけてぐらいしか膨らんでいないからほかの部分は普通に見える。
そんな相手が突然顔を見せたが、それもまだ普通の状態だった。
しかし、神経系は既に相手に乗っ取られていて、すでに脳死の状態にある。
ふらふらと無事な方の腕を振って見せて、まだ大丈夫だというアピールをする。
ほっとして話しかける撮影者。
当然、どんな状況になっているのかというのが気になるらしく、腕をつつこうとした。
「……そのとたん、どうなったと思う」
俺はもったいぶってみせるが、二人は続きが気になって仕方がないようだ。
「腕はパンっと破裂し、その中からあの不定形のものがたくさん出てきたんだ。当然、撮影者は驚きカメラを落とし、あとは悲鳴と絶叫が入り混じっただけ。当然、二人とも死んだんだろうな」
俺は話をそう締めくくる。
そして席を立ち、受付のところへと歩きながらも話をつづけた。
「まるで死体を動かしているように見えるから、ゾンビ病とか言われたんだが、その原因が明確だったし、生き返らせるように見せかける、つまり疑似的な生命を与えているもの、ということで、疑似生命体と呼ばれるようになったんだ。生前の記憶をもとに、あの不定形のものが操って、相手を殺し続けているということらしい。どうしてか、といわれたらわからんが、少なくともその対応もAIが最終的に見つけ出してな。見分け方なんかもわかるようになって、ようやく掃討作戦が始まったんだ」
「その作戦が、疑似生命体戦争ってこと?」
アクーリクが聴いてきたので、俺は答えた。
「そういうことだ。全世界に戦線が確保され、俺はその人類側の一員として戦っていた。結局結果まで生きていなかったわけだが、この様子をみていると、無事に人類側が勝ったようだな」
俺はアクーリクへと感想を伝えつつも、結果が出てきた受付へと舞い戻った。




