番外編:CFU-α 企画会議(2)
「勿論、エンジニアの石野嵐太の事だよ、常務。そろそろ時間だな。今日の会議はここまでだ。私は予定があるため失礼するよ」
そう言って社長は席を立った。石野嵐太がどう関係しているのかの説明は無い。
会議室に残る専務と常務が話しを続けている。
「常務、石野嵐太というのは何者です?うちの従業員ではないでしょう?」
「ああ、技術畑の人間でないと知らないのは無理もないですね」
「エンジニアとしては有名な人物だと?私はゲームやIT関連のニュースは、それなりにチェックしているつもりですが……」
「石野は表舞台に出たがらないんですよ。ビットコインを開発したサトシ・ナカモトだって、未だに何者か分からないでしょう?」
「石野も仮想通貨関連のエンジニアかね?」
「いや、人工知能関連というか、そもそも彼を表現するには、天才という言葉では生ぬるい。幅広い分野の技術を持っているはずです。あとおそらく、信じがたいレベルの資産を保有しています」
「資金面の協力も得られる可能性があると?」
「そこは分かりませんがね。石野は10年以上前から、ネット上で技術者向けの質問サイトを運用していて、特にそこで築いた資産が大きい」
「質問サイト?教えてgooとかYahoo知恵袋みたいなWebサービスかね?」
「ええ、それの技術者版ですよ。私も何度か利用したことがありますが、回答者はインセンティブが得られる仕組みとなっています。回答内容の品質に応じてね」
「他の質問サイトでも評価は得られるでしょう?それで莫大な資産?」
「評価されるとポイントが得られる点は同じですが、石野のサービスでは換金可能です。更に、最適な回答者を探すマッチングシステムも優秀なので、回答の品質が非常に高い」
「なるほど。技術者にとっては有用なサービスなんでしょうな。しかし、そのモデル、広告収入で成り立つとは思えませんな。要はユーザーは専門家が中心でしょう?」
「ええ、プログラミングだけでなく様々な分野に手を広げていますが……専務のおっしゃる通り、ユーザーはいわゆる専門家で、基本は広告収入から分配ですね」
「幅広い分野を扱っていても、一般向けでないならPVは知れている。投資や健康の分野でも扱わないと……転職関係はあり得ますか。それでも、広告収入がそれほど伸びるとは思えませんな」
「さすが専務。私の話だけで、そこまで想像しますか。大したインセンティブを得られるはずがないと、おっしゃりたいんでしょう?」
「品質を維持するための運営コストが馬鹿にならんだろう?専門家にはプライドもあるだろうが、どうしたって荒らしや誤解答は防げない。収益なんて、たかが知れてるんじゃないのかね?」
「確かにサイトの総広告収入は、それほどではないはずです。しかし、高品質な回答なら、ちょっとした内容でも1000円以上のインセンティブが得られます。おそらくサービス単体では赤字運営ですよ」
「技術者の仲間意識なり、業界全体のために、多少安くても真面目に回答する。ここはまあ良い。最初は赤字運営なのは、Webサービスは基本そんなものだ。……で、本来の目的は広告収入ではないということかね?」
「石野の目的は、そこで集まるデータ、集合知です。最近ChatGPTが話題ですが、学習データなしではポンコツでしょう?」
「私も使ってみたが、誤った回答をすることも多いな」
「いくらプロンプトを工夫しようが、大規模言語モデルは確率論ですからね。データ不足だと適当な返答になりますよ」
「つまり……石野は人工知能の回答品質を上げるデータの権利を握っていると?」
「そういうことです。専務、ChatGPTがプログラミング出来るという話をご存知で?」
「勿論だとも。ただ、我が社の開発陣からすると、それほど役に立たんという話だったな」
「あれは、主にGitHubにあるサンプルコードを大量に読み込ませたため、偶然プログラミングが出来るようになったと言われています」
「実質、プログラミングしている訳ではないらしいな。小規模なコーディングやデバッグで役に立つとは聞いたが、設計能力は無いため、複雑なコードの出力は出来ない……だったかね?」
「ええ、大規模言語モデルは、所詮は連想ゲームですからね。バグのあるコードを出力することも多い。とはいえ、学習データ次第で品質、正確性は向上します。石野が超天才とはいえ、彼の時間は限られている」
「まず、石野自身がデータを活用して生産性を上げている。勿論そのデータは、他者にも利用価値がある」
「石野は、サービス利用規約に、そこでの質問と回答は、AIの学習データとして利用されるという項目を初めから入れていた。まるで大規模言語モデル等のAIが普及して、学習データの価値が上がるのを予想していたかの如く」
「規約上、権利は石野にあって、他者は学習データとしては使えない。企業によっては、高品質なデータは喉から手が出るほど欲しいわけだ」
「そういうことです。彼は技術のみでなく、先見性も優れていて、思い切った投資も厭わない。暗号通貨にも早いうちに手を付けています」
「うーむ……。最近、ハリウッドの脚本家が権利問題で騒いでいると見たが、石野のサービス利用者は、規約にあるとはいえ、本当に了承済みなのかね?」
「その規約は最初から周知されています。ユーザー登録時に読ませているだけではありませんよ。石野に活用される点については、むしろ光栄と思っている者もいるはずです」
「なるほど、利用者はインセンティブが目的というだけではないのか」
「回答者としては、時給換算したら割に合いませんからね。普通は本業が忙しいですし。運営者が有力な技術者、石野という面は大きい」
「オープンソースやフリーウェアも、私には理解不能なところもあるが、まあ、そんなものなのかね」
「技術者は、自分の生活のためだけに動いているとも限りませんからね」
「石野が支持されていることも、おそらく多額の資産があることも理解した。……が、一人の天才に賭けるわけにもいかん。下手すれば我が社の乗っ取りまであり得るではないか」
「彼のチームは法人化されています。おそらくは業務提携でしょうね」
「契約内容次第でしょうな」
「ええ。ですが、たぶん彼のチームならフルダイブ環境も開発可能です。それを見据えた計画でしょうから……」
「話を進めない手はありませんな。しかし、リスクについて詳しく知る必要がある」
「私が社長に詳細を確認します。石野は数多くの実績があるため、それを前面に出されたら押しきられかねない」
専務と常務は、企画の成長性を感じつつも慎重に判断していく方針に決めた。