ミラータッチ・シナスタジア(1)
次の日の朝方、山田はボーナススキルの件が気がかりで、登校する気になれなかった。
スマートフォンを操作して、荒木たちに通知がいかないよう設定を変えてから、CFUにログインした。そして、すぐにギルドルームに向かった。
スキルの名称は『ミラータッチ・シナスタジア』。山田の持つミラータッチ共感覚を再現するパッシブスキルという説明となっている。
使いこなせれば、敵の弱点を簡単に把握出来て、CFUで大きなアドバンテージを得られるかもしれない。
共感覚(シナスタジア/synesthesia)とは、数パーセントの人間が持つとされる知覚であり、持たない人間からすると特殊な感覚である。
共感覚を持つ人間は、1つの知覚が反応するときに他の知覚も同時に反応するとされている。
具体的には、例えば白黒の文字でも色が付いているように感じる。Aが赤、Bが青、Cが白といったように。
人によってそれぞれで、文字に味や音、匂い、温度を感じる人もいる。
山田のミラータッチ共感覚は、比較的珍しいとされており、視覚と触覚が混ざったような共感覚だ。
基本的には、向き合っている他人の左手が触られたとき、自分の右手が触られたように感じる共感覚である。それゆえ『ミラータッチ』と呼ばれる。
ミラータッチの系統でも感じ方は人それぞれだ。他者の痛みまで感じとることもあり、山田はそのタイプであった。
(俺の共感覚、むしろ不便なのかと思っていたんだけどな)
共感覚が後天的に身に付くことは稀であり、通常は物心がついた頃には持っている感覚だ。
山田も幼児の頃からあったので、慣れてはいるのだが、他者が痛いと自分も痛いというのは不便とも言える。それゆえ、山田は最初はオフに設定していた。
なお、現実の共感覚は、自分で感覚をオフにすることは出来ないとされる。Aを赤と感じる人にとって、どうしたってAは赤らしい。
ミラータッチ共感覚の場合、手の平を下に向けると感度が落ちるという研究結果があるが、あくまで感度が落ちるだけだ。
山田は、現実世界では共感覚が働いていない状態を知らない。便利か不便かと言われても、本人としてはなんとも言い難いところはある。
「なんにせよ、現実世界とは違うから仕組みを覚えないと。えっと、どうやるんだっけか……」
山田がギルドルームに来た理由は、バトル動画を視聴するためだ。山田は、録画されているコロシアムの動画を再生した。
「うん、やっぱり映像でも分かるな。ただ、感度のレベルが低いからか集中してないと良く分からん……」
ミラータッチ共感覚は、映像であっても感じとる。山田にとっては、映画俳優が攻撃を受けると本当に痛いのだ。
しかし、CFUでは取得した感度レベルによる。始めたばかりの時は、スキルをオンにしていても何も感じなかったはずだ。
ダメージを負うことで、該当する属性の感度を得られることは分かっている。山田は昨日の戦闘で、火、水、土、そして物理攻撃に対する感度を得ている。
「ロックオン型のサンダーボルトは目を逸らしても当てられる。しかし、他の攻撃がな。当たる直前に目を閉じるワケにも……」
「あれ?山田?なんでいるの」
モニカが来た。山田は、平日の朝方から誰か来るとは思っていなかった。
「おはよう、モニカ。どうしたんだ?」
「おはよう。あんた、高校生よね?てか、あたしもだけどさ」
「ぶっちゃけサボった」
「マジ?あんた、不良なの?暴走族的な?」
「違うわ!どうしても気になることがあってさ」
「昨日のレアモンスターの件?なんで動画?」
山田は、モニカが朝からログインしている理由を知りたいところもあったが、先に自分の事情を話すことにした。
「隠すような事じゃないんだけど、説明が難しくてさ。共感覚って知ってる?」
「知らない」
「だよな……。えっと、俺さ、簡単に言うと、他人が殴られると俺も痛いんだよ」
「なにそれ、他人の痛みが分かるわけ?凄くない?」
「あー、厳密に言うとな、ちょっと違うんだよ。モニカ、そこから動かないで立ってて……」
山田は少し考えてから、モニカの正面に移動して話を続けた。
「いまモニカが目の前にいるだろ?そんで、モニカの左腕が誰かにへし折られたとする」
「なにその例え。怖いんだけど……」
「……するとな、俺は右腕がへし折られたと感じる。しかし、たぶんモニカほどは痛くない。何故なら俺は、へし折られたことがないからだ」
「自分の経験に置き換わるってこと?」
「うん、変な方向に曲げられたら、そうされた感覚はある。俺は足を骨折したことあるから、その時くらいには痛いと思う。しかし、思い切りへし折られたら、もっと痛いだろ?」
モニカが少し考えている。山田は、まだ質問があると思っているので待っていると、やはりモニカが質問を続けた。
「えっと、熱いとか冷たいとかも感じるの?」
「俺の場合はあるな。ミラータッチ共感覚と言うんだけど、痛みや熱を感じない人もいるらしい。触られてる感じは共通みたいだけど」
「え?そんな何人もいるの?」
「ネットで読んだ限り、ミラータッチ系は100人に1人か2人くらいいるらしい。あまり他人には言わないと思うから、実際のところは良く分からん」
モニカは、共感覚自体を知らなかったので困惑気味だ。とりあえず、山田は話を続ける。
「えっと……。天ぷら屋のおっちゃんは慣れてるから、天ぷら油に腕を少し突っ込んでも熱くないよな。でも俺はそれを見ると、かなりの熱さを感じる」
「変な例えだけど、その辺はなんとなく解ったわよ。で、なんで動画なワケ?」
「あ、そっか。ごめん、映像でも感じるんだよ。それを確認してた」




