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エレベーターの扉が開くと見知らぬ世界でした  作者: 藍川 峻
第1章 洞窟の妖術師
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【第1部 迷宮の妖術師】第8話「魔術師の声」

「え、何……」急に美音が辺りをキョロキョロと見回した。そしていきなり大声を上げた。「本当ですか!」

 驚いた他の3人は美音を見つめた。

 美音は無邪気な笑顔を見せ、涙を流す優莉に云った。「良かったですね、優莉センパイ」

「美音ちゃん――」優莉は怒りを滲ませてかすれた声で云った。「悠が落ちちゃって、何が良かったの?」

「え……そういうことじゃなくて……」初めて見る優莉の険しい顔に気圧(けお)されて、美音は言葉を続けられない。

「こんな時に冗談云わないで」

「冗談なんて……」いつの間にか美音は譲のシャツの袖を震える腕で掴んでいた。

「まあ、待て優莉」竜司は優莉の肩に手を載せて云った。「美音が空気を読めないやつじゃないってことは、お前も知っているだろう」

 そして表情を柔らかくして美音に云った。「美音、落ち着いて最初から云ってくれ。なぜ悠が無事だと云い切れる?」

「え、えと……」

「藤咲さん、落ち着いて」譲が袖を掴む美音の手に自分の手を重ねた。

「うん……て云うか、みんな本当に聞こえないんですか?『彼は無事だ』って」

 ほかの3人は顔を見合わせた。代表して竜司が答える。

「いや、何も聞こえない」

「おじいちゃんみたいな声で――え、そうなの? あたしだけなの? なんで?」美音の言葉の後半は3人に向けたものではなかった。「て云うか、誰ですか、あなたは?」

 三人は驚いた表情のまま再び顔を見合わせた。

「おい、誰と話しているんだ?」

「マホウツカイ? え? あたしの記憶から言葉を選んでる?ってか勝手に人の記憶を探らないでよ」

「魔法使い⁉ もしかして念話とかで話してるの?」反応したのはもちろん譲で、思わず身を乗り出した。

「ちょ、近い」美音は上体を反らして、直前に迫った譲の顔から離れた。明るいところだったら頬が染まっているのを見られたかもしれない。

「あの、頭の中に声が聞こえるんです。云ってることはなんか外国語みたいで全然分からないんだけど、イメージが伝わってくるんです。なんでかあたしにしか伝わらないらしいんですけど――え、なにか怒ってるっぽい」

「美音の声は相手に届いているのか?」

「どうなんでしょう。そう云えば、さっきの質問にもまだ答えてもらってないけど。えっと――あなたは誰ですか?ホントに悠センパイは無事なんですか?」そして美音は目を閉じた。「あ……来たけど、切れぎれでよく……なに?話が進まない、かな。ちょっと集中しますね」

 美音は眼を閉じた。右の人差し指を伸ばして額に当てる。考えたり集中するときの美音の癖で、それを見るたび細くてきれいな指だなぁ、と譲は場違いなことを思う。

「あれ、日本語が混じってる……だから勝手に覗かないでって……うん……」時折、ぶつぶつ云っていたが、目を開くと話した内容を皆に聞かせた。

「まず、悠パイは無事だから、あとで別ルートから合流させるって云ってました」

「悠は本当に無事なのね」

「おじいちゃんはそう云ってました。今は気を失っているから、声を聞かせることができないけど、怪我一つ無いそうです」

「そう……」優莉がほっと息を吐いた。

「さっきもおじいちゃんっぽい声って云ってたけど、相手は年寄りなのか?」竜司が訊いた。

「はい、髪も髯も長くて真っ白なおじいちゃんのイメージが浮かんできます。そして自分は伝説の大魔術師とか云ってました。名前はよく聞こえなかったけど」

「魔術師!」最初に反応したのはやはり譲だ。「じゃあ、その人が――」

「自分で伝説とか云ってる人間は信用できないな」

「合流地点はまだ先だからこのまま進め、とのことでした」

「よくイメージだけでそれだけのやり取りができたな」感心した声で竜司が云った。

「いえ、最後の方はもうほとんど日本語でした、カタコトだけど。あたしの記憶やあたしたちの会話から日本語を勉強したそうです」

「理解が速いどころじゃないですね。さすが大魔術師」

「おまえね、なんですぐに信じてるんだよ。ゲームのやりすぎじゃないか?」

「い、いいじゃないですか。実際ゲームの知識が役立ってるんですし。でもなぜ藤咲さんだけなんでしょう?」譲の声には少なからぬ羨望が混じっていた。

「なんか、魔力がどう、とか云ってたよ」

「じゃあ、僕らには魔力が無いってことなのかなぁ」

「無いのか少ないのか、相性みたいなものがあるのか」そして真剣な声になった竜司が美音に問いかけた。「ところで美音。まだ繋がっているか?」。

「ええ、たぶん」

「これだけは訊いてくれ。譲も云いかけていたが、俺たちをここに()んだのはあんたなのか、って」

 再び美音は眼を閉じた。声に出さずに頭の中だけで質問してみる。返事はすぐに来た。

「違うと云ってます。じゃあ、誰が……ん?.……あまり長く念話?を使っていると……気付かれる恐れがあるから……切るぞ? え、ちょっと、おじいちゃん? おーい」

「どうした?」

「もう聞こえなくなりました」

 竜司は腕を組み、考えこみながら口にした。「さて、敵か味方か――」

「少なくとも敵ではないんじゃないでしょうか」譲が発言した。「相模先輩を助けたのが本当ならですが」

「問題はそこだ。そして『気付かれる』と云ってたが、誰にだ?」

「気付かれたくないものがいる、ということですよね。敵対している者でもいるのでしょうか」

「ここがどういう所かとか訊きたいことはいろいろあったのに、一方的に切りやがって」

 二人の会話を聞いていた美音は、優莉が目の前に立っていることに気付いた。

 優莉は目に涙を(たた)えて云った。「美音ちゃん、ごめんね」そして頭を下げた。涙が目から直接地に落ちた。

「仕方ないですよ、あんなことがあったら、誰だってわたわたしちゃうか、あっけにとられると云うか…」突然のことに美音の方が動転してしまう。「あたしももうちょっと云い方があったかな、って。気にしていませんから。あー、もう泣かないでください」

「私、美音ちゃんのことを信用しないで、ただ当たるだけで……」

「じゃあ、仲直りのハグしてください」

「うん……」

 平均より身長の高い優莉と低い美音が抱き合うと、美音の顔は優莉の胸に当たる。

「うへへ、気持ちいい……」顔はにやけていたが、心中ではもう二度と優莉を怒らせてはいけないと美音は深く刻み込んだ。

 

「さて、そろそろいいか。ほかに手掛かりはないし、とにかく進んでみよう」洞窟の奥を見はるかしながら竜司は云った。

「橋が崩れたってことは、後ろから牛だの馬だのに追いかけられることは無いってことで、いいですよね?」

 譲の言葉に竜司は頷いた。「そうだな。横道がないか気を付けながら行こう」

 大穴のこちら側は幅も高さもそれまでよりは比較的広く、開放感を感じられた。全体的に薄暮(はくぼ)くらいの明るさがあるのが不思議だったので天井を見上げてみて、皆が驚嘆の声を上げた。高さ20mくらいの天井からは水晶の大きな結晶がいくつも突き出ていた。

「多分だが」竜司が天井を見上げたまま云った。「水晶の反対側は地表に露出しているんじゃないか? そして太陽光が――今は月光が――当たると水晶の中で乱反射して明るくなってるんじゃないかな」

 そしてその明るさのおかげで回りの光景が良く見える。そこにはあちこちに岩の柱のようなものが立っていた。洞窟の幅が広いので、歩くスペースは十分にある。

「ねえ、確か石筍(せきじゅん)って云うんだよね」その岩の柱のひとつを指差して優莉が云った。岩といっても色は濃い乳白色で、柱といっても天井までは届いていない。どれも基本は円錐形のようだが、直径や高さはバラバラで、中には形が歪んでいるものもあった。

 誰もすぐには答えなかった。こういう質問や疑問に答えるのは、いつも悠だった。

「あ、そうですね」少しの間のあと、譲が答えた。悠がいない今、代わりを務めるのは自分だと気付いたのだ。「石の(たけのこ)と書いて石筍です」

「そう云えば子供の時行った鍾乳洞でそんな説明を聞いたような」

「石の筍かぁ。上手いこと云うなぁ」美音が感心したような声で云う。

「地中から染み出したカルシウムとかのミネラル分が同じところにポタポタと溜まっていっていつしか高く積もっていったものです」

「雫が溜まるって、あの高さになるにはかなり時間がかかるんじゃない?」周りを見まわして優莉が云う。石筍の高さは様々だが、高いものは3mを越えるだろう。

「多分100年、200年って単位ですよ」

「ずっと前からこの洞窟は存在するんだね。歴史を感じるなぁ。ロマンだよねぇ」

「見通しが悪くなるから邪魔なだけなんだが」ロマンもへったくれも無く竜司が云った。

「そんなにバッサリと斬り捨てなくたっていいでしょ?」

「あの陰に敵が隠れていたらどうするんだ?」

「うう‥‥そうかもしれないけど、敵ってーー?」

「何が出てくるかわからないし、何も出ないかもしれないけど、警戒は怠るな、ってことだ」

 壁にはマヒカリゴケがほの明るい光を放っているが、壁の幅が広がった分全体的には明るいとは云えない。薄暮――黄昏時の光量で、洞窟の先は闇に沈んでいる。

 それからなんとなく言葉少なになって黙々と前に進んだ。

 そして30分は歩いただろうか。唐突に竜司は剣を抜いて歩みを止めた。

「どうしました?」美音が尋ねた。

「何か音が聞こえなかったか?」

「またおじいちゃんですか?」

「違う。実際に聴こえた」

 といきなり正面の石筍の陰から小さな人影が現れた。小型の弓ーー短弓に矢をつがえているのを一瞬で見てとった竜司は優莉の前に出て剣を振るった。切り払われた矢の先が譲の足元に刺さった。

「うわっ」

 竜司は一気に間合いを詰め、剣を振るった。木の枝で作られた粗末な弓を両断すると、敵はなにか叫び声を上げながら洞窟の奥へと走り去った。

「譲、今の奴はなにか解るか?」

「緑色の皮膚に小柄な体、とがった耳と大きい口にとがった歯--見た目はゴブリンっぽいですが……ここはそういう世界なのか…?」

「ゴブリンなら聞いたことがあるぞ」

「メジャーなモンスターですね。大体初心者のレベルアップの餌食になっています」

「やられ役、ってことか」

「高くはないですが知能はあるので、気を付ける必要があります」

「そのようだな。先に弱そうなものを狙ったしな」

「弓矢も自分で作ったのかな」美音が云いながら竜司が斬り払った矢じりに近づいた。

「あ、触んないで! 毒が塗ってあるかもしれない」

「ひゃっ、毒!?」美音は慌てて飛び退(すさ)った。

「日本人には多分グレムリンが分かりやすいかと思いますが--」

「あたし、知ってる!可愛いよね」

「え、私怖い印象しかない」

「水がかかった後の方ですね、怖いのは。そのグレムリンもゴブリンの一種だそうです」

「そんなことまで、良く知ってるわね」

「これは相模先輩の受け売りですよ」

「そっか。今悠がいたらまたペラペラと講釈を垂れてるところね……」優莉はまた沈んだ表情になる。

「ちょっとゆずっち。もっと言葉を選ばないと」

「あ、ああ、すみません」

「いいの、謝ることないわ。大丈夫、合流できるんだもんね」

「きっとすぐできますよ」

「--じゃあ、ここではゴブリンってことにしよう」竜司は振り返って譲に尋ねた。「で、ゴブリンってやつは単独で行動するものなのか?」

「ゲームでは一度に現れるのは2、3匹程度ですが、マンガでは群れて行動したり、洞窟とかで集落を作っている場合がけっこう有りますね。でもダンジョンの中ではあまり見かけないですね」

「え、この洞窟がゴブリンの巣かもしれないってこと?」

「ゴブリンよりはるかに強い奴がいるから、巣ってことはないかと思うよ」

「一匹で来たということは斥候かもしれないな」

「せっこう?」首をかしげる美音に譲が説明した。「偵察をする人のことだよ」

 譲は続けて竜司に云う。「どうしましょうか。迎え撃つなら障害物の多いこの辺りの方が良いかと思いますが」

「俺らにとって邪魔ってことは、敵からも邪魔ってことだもんな。どこまで続いているのかは分からないけど、とりあえず石筍が尽きるところまで行ってみよう。優莉と美音は奴らが来たら隠れろよ」


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