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エレベーターの扉が開くと見知らぬ世界でした  作者: 藍川 峻
第1章 洞窟の妖術師
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【第1部 迷宮の妖術師】第7話「奈落」

「先が明るくなってるな」

 しばらく歩くと、ランタンを持って先頭を歩いていた竜司が云った。

 そこは広大な空間だった。洞内の幅と天井までの高さは学校の体育館よりも一回り大きい。

「うわあ、広いな。市民体育館くらいはあるんじゃないか?」という悠が感想を漏らした。

「まだ先に続いているみたいね」

「あ、川が流れてますよ」

 美音の指さす先には、幅5メートルほどの川が流れていた。振り向くと彼らが歩いてきた通路の出入り口が見える。その左斜め上から水流が迸り出て、滝のように下に流れていく。進行方向が下流になるようだ。

 ランタンを持たない美音たちがそれらを見て取れたのは、この空間が淡い光で満たされていたからだ。試しにと竜司がランタンをオフにしても、日の入り直後のような薄明かりがある。

 周りをよく見ると、岩壁がほの明るい光を発しているように見える。近付いてみると、岩壁自体ではなく、そこに付着した苔のような植物が光を放っている。

「これは、あれ、ヒカリゴケってやつか?」竜司の疑問に悠が答える。

「ヒカリゴケって、自分で発光しているんじゃないんだ。でもこれは発光してるよな」

「ヒカリゴケの進化版か?」

「似て非なるもの、ってことだろうな」

「なんにせよ、明るいのはありがたい。今日はこの辺で野営しよう」

「え、こんなとこでか? 魔物に襲撃されたりしないか? 馬あたまみたいなやつが他にもいるかもしれないぞ」

「見張りを立てるのは大前提だな。大体、もういい時間のはずだぞ」

 美音がスマホの電源を入れる。悠や竜司は自分のバッグから腕時計を取り出す。風呂に入る前に入れていたものだ。

「あ、まだ23(11)時なんですね。もっと歩いてるかと思ってました」

「もう少し進んで四方が見晴らせるところでテントを張ろう」

 50メートルほど進んで通路からいきなり敵が攻めてきても十分迎え撃つ準備が出来るくらいの距離を稼いでから荷を下ろした。

「それにしても、こんなところでmont-bellの紙袋を持って歩くってのはなかなかシュールだよな」

「竜司はアタックザックだからまだ良いけど、おれなんてタウンユースのデイパックだぞ」

「私なんか、トートだよ。しかもロングスカートで歩くところじゃないわ、ここは」

「完全に想定外だからなぁ。まあ、とにかく落ち着けるようにしよう。譲と美音でテントを張ってくれ。優莉は二人をサポートしてくれ」

「もうボクたちだけで大丈夫ですよぉ、ねえゆずっち」

「でも僕はこのサイズは初めてですね」

「まあ、とりあえずやってごらん」優莉が云いながら2人に畳んでカバーに収納されているテントを渡した。「ポールとペグも入っているよ」

「よし、俺らは飯の準備をしよう」竜司は一番大きい鍋を持って川に向かった。

「おい、迂闊に近づくなよ。何がいるかわからないぞ」慎重派の悠が声を掛けた。

「大丈夫だ。透明度が高いから、何もいないことが見える。問題は水に余計な物が混じってないかだが…」

 てを水に浸してみる。「冷て。ただの地下水かな」鍋に軽く水を入れると、竜司はひと口含んだ。舌などに異常がないことを確認してから飲み下した。「うん、大丈夫そうだ」

 その様子を見ていた優莉が声を掛けた。「夕食頂いたのに、また食べるの?」

「あれから3、4時間経ってるんだ。普通でも腹が減るのに、今日は歩いたり逃げたりしたからな」

「私は要らないわよ。さっき食べ過ぎたわ」

「ボクもいいでーす」

「じゃ、2人は朝多めに食べてくれ」

「部の備蓄用に食料沢山買っといて良かったわね」

「だが量は有限だからな。明日で脱出できなかったら、戻ることも考える必要があるだろうな。それじゃ俺らは力を付けて見張りをすることとしよう。勿論交代制でな」


「牛あたまと馬あたまと云えばさ」アルファ米の炊き込みご飯を食べている時に、悠が切り出した。「東洋にもいるんだよね」

「牛頭馬頭のことですか?」そういう話題に即座に反応できるのは譲だけだ。

「ゴズメズ? 何それ、聞いたことない」

「そう、牛あたまで牛頭、馬あたまが馬頭。その名の通り、牛頭も馬頭も頭が牛や馬、身体は人間となっている。2人とも地獄の獄卒で、2体セットで牛頭馬頭(ごずめず)と呼ばれたりする」

「はい、はーい」と云って美音が手を挙げた。

「はい、藤咲くん」

「ゴクソツってなんですか?」

「いい質問ですね。ゴクはもちろん地獄の獄、ソツは兵隊の事を云うのが普通だけど。まあ、地獄の看守兼刑罰執行人、ってところかな」

「ここはテストに出ますか、先生」

「そうだな、出すことにしよう」

「えーっ」

 たまらず優莉が吹き出した。「こういう時は息ピッタリだよね」

「何のテストだよ」と竜司がツッコんだ。「牛頭と馬頭がセットだと? そう云う、牛あたまも出てくるフラグめいたことは云わないでくれ」

 と、美音が欠伸をした。「そろそろ寝ませんか?」

「そうだな、悪いが今日は雑魚寝だ。4人なら十分入れるだろ」

「新堂先輩、今日も僕のシュラフ使ってください」

「ありがとう、譲くん。お言葉に甘えるわ」

「じゃ、最初の1時間は譲に頼む。その後、悠と俺で2時間ずつ、最後に譲が1時間な2交代ってところかな」

 見張りの順番を決め、竜司は松明に火を着けた。「ちょっとした動物除けになるだろ。問題は朝まで保つかだ」

「3本あったから大丈夫だろ。じゃ、譲、頼んだ」

「はい、おやすみなさい」


 いつ敵性の生き物に襲われるかわからない。だから眠れる時に眠るべきなのだが、悠は結局全く寝付けないままだった。身体は疲れているはずだが、考えるべきことが多過ぎた。戦闘になれば竜司に頼らざるを得ない。ならば自分は頭脳労働を、と思うのだが、今は情報が少な過ぎる。RPGなら村人に訊ねるのが王道だろうが、言葉が通じないからそれも叶わない。

(転移もので言葉が通じるってのは、それだけでチートだよな)

 結局1時間を待たずに悠はテントから這い出た。

「譲、代わるよ」

「でも、まだ1時間経っていませんよ」

「いいよ、どうせ寝られなかったし。ところで、竜司はどこに行ったか知ってるか? テントにはいなかったようだが」

「ちょっと離れたところで、拳法の稽古をしてくるって云ってました。一日一回はしないと気持ち悪いんだそうです」

「ああ、そうだったな」悠は竜司の日課を思い出した。「譲たちは寝ていたから気付かなかっただろうけど、新歓夜行の時も夏の合宿の時もやってたんだぜ」

「そういうストイックなところが強さの秘訣なんでしょうね」

「ストイックねぇ……」思い起こされる普段の言動は軽ふざけなものばかりで、悠が持つストイックのイメージとは違う気がする。「ただ、やりたいことをやってるだけだと思うけどな」

「さすが幼馴染みですね」

「俗に云う腐れ縁だよ。まあ、そろそろ寝ときな。きみには明け方にも見張りをやってもらうんだから」

「はい、おやすみなさい」

 譲はテントに入り、悠は焚き火に薪を足した。

 程なくして、再びテントの出入り口のファスナーが動く音が聞こえ、悠はそちらに顔を向けた。ジャージ姿の優莉が出てくるところだった。歩いてきた優莉は置いてあった椅子を折りたたまれていた状態から開いて腰掛けた。

 一年生の2人は、それぞれ尻を乗せるスペースしかない小さくて軽い簡易的な椅子を買っていた。それを見張り番のためにと出していたのだ。

「どうした? 眠れないのか?」

「うん……少しウトウトしたとは思うんだけど、浅い眠りだからちょっとした物音にも目が覚めちゃって」

「テント泊にはもう十分に慣れたと思ったが」

「いつもと状況が違うでしょ」

「白湯しかないけど、温かいものでも飲んでリラックスしたらいいんじゃないか?」

「じゃ――少しだけもらうわ」

 悠は焚き火のそばに置いていたアルミのやかんを手に取ると、紙コップに白湯を注ぐ。なるべくたくさん入れてやろうと思っていたが、半分くらいでそうと察して止めた。優莉がわざわざ「少し」と云ったのは、おそらくトイレが近くなるのを危惧したからだろう。

「ありがと」と云って紙コップを受け取り、優莉は唇を湿らす程度の湯を含んだ。「温かい」

「でも、こんな、暑くも寒くもない時期で良かったよな」

「そうね。そこも()()()のかな、呼び込んだ人は。本当にいるのかわからないけど」

「いや、あんなエレベーターを使ったような手の込んだやり方は、偶然次元の隙間に入った、ていうのとは違うだろ。召喚者はいるはずなんだよ」

「なら、なんで私らを放っておくのかな。何かトラブルでもあったのかしら」

「さあなあ。とにかくもっと情報が欲しい」悠の思いはまたしてもそこに行き着く。焦りすら浮かべた悠の表情(かお)を見て、優莉は優しい声で云った。

「情報が少なかったら、考えても仕方ないよ。明日のためにも、今日はもう頭も休めた方がいいわ」

「――そうだな」

 2人はしばし黙って、なんとなく洞窟内を見回した。

「あ、洞窟と云えばさ」先に声を発したのは優莉だった。「昔、悠とりょうちゃんと洞窟に潜ったことあったよね。もっとずっと小さいやつだけど」

「ああ、日原(にっぱら)の鍾乳洞な」

 悠と優莉が小学5年生、竜司が6年生の時、ボーイスカウトの体験入隊と云うのに参加したことがあった。鍾乳洞探検というのがその時のテーマで、東京都あきる野市の日原(にっぱら)鍾乳洞にヘルメットを被って潜ったのだ。今いる洞窟とは全く違っていて、人ひとりくぐるのがやっと、と云う場所が幾つもあるし、岩壁はもっとゴツゴツしていた。

「あの時はまた竜司がやらかしたんだよな」

「係の人が止めるのも聞かずにどんどん先に進んじゃって」

「洞窟を出てから親父さんにこっぴどく叱られてたよな」悠は笑いながら云った。つられて優莉も笑い出したが、すぐにはっとして云った。「しっ、静かに。人が寝てるんだから」

「夜中に男女が語り合ってるのに、話題が人の黒歴史を掘り起こすことだなんて、不粋がすぎるんじゃねーか?」

 不意に竜司が現れた。

「うわっ、竜司、だから足音を殺して歩くなって」

「だから悠、声が大きいって」

 ―― 「なにやってんだか」テントの中で、美音がぼそっと云った。その声は、すでに寝息を立てている譲の耳には届かなかった。

「じゃ、俺は寝るからあとたのむわ、悠。ちゃんと起こせよ」

「りょうちゃんもよ」云ったのは優莉だ。「下手に親切心を出して譲くんを起こさないでいると、かえって自尊心を傷つけたり、やる気を削いでしまうわよ。りょうちゃんなら分かってると思うけど」

「分かってるさ。ナマ云ってる暇があるなら、お前も寝とけ。明日だって何が起こるか分からないからな」

「はいはい、部長の指示には従いますよ。じゃあ、悠、お願いね」

 手を小さく振りながら竜司と共にテントに戻って行った。

 ――結局何しにきたんだ、優莉(あいつ)は?

 女心を理解できない悠がいくら考えても、分かるはずはなかった。



「ここから道が狭くなっているな」

 体育館サイズの大広間から地下流水に沿って歩くこと10分余り、幅4、5メートルの通路が続いていたが、岩壁が迫ってきて遂には並んで歩けなくなった。天井は変わらず高いままだ。マヒカリ苔は此処でも生えていて、ランタンを付ける必要は無かった。目も慣れてきているのだろう。

「仕方ない、一列になるしかないな。悠、殿(しんがり)を頼む」

「お、おう、そうだな」悠は腰に巻いた剣帯に下げた剣の柄を握り直した。「ゆっくり、慎重にな」

「いや、こんなところはできるだけ早く抜けたい」前から来る敵も条件は同じだから1体ずつでしか襲ってこれないだろうが、小柄な敵がいたら複数相手にしなければならなくなる。前後から挟撃されたら最悪だ。自然と竜司の歩く速度が上がっていた。

 30分ほど歩くと前方の視界が開けてきた。

「お、広いところに出たか?」少し離れて後ろを歩いていた悠が訊いた。悠の視界にはまだ全貌が入ってこない。

「広いっちゃ広いんだが…」

 やっと追いついた悠が譲の肩越しに前方を見て、唸るような声を上げた。

「マジかよ――」

 目の前には、大穴が口を広げていた。直径は30メートルくらいか。竜司がランタンを灯して穴の淵に掲げて見たが、底は全然見えない。かなり深そうだと云うことだけが分かる。

 問題は通路で、穴の幅は左右の岩壁に達しており、迂回して進むことはできない。30メートルほど向こうにある対岸に着くための道は一本あった。穴を二分するように岩の道が続いているが、幅は2メートルも無い上に真っ直ぐではなく結構あちこちで折れ曲がっている。走って一気に渡るのは無理そうだ。

「ここは俺が殿に――」

「いや、竜司はそのまま先頭を行ってくれ。向こう側は苔が無いのか暗くて見えない。不測の事態に対応するのは竜司の方がいい」

「――そうだな。とにかくここはさっさと抜けちまおう」

 竜司を先頭に、美音、譲、優莉と前後の間隔を少し開けながら続く。最後の悠が道の半ばまで来た時に、竜司は対岸に辿り着いた。穴の縁は細道より1メートルほど高いところにあった。竜司は重いザックを背負っているにも拘らず身軽に飛び乗った。

その時――

「ヴモーーーーッ」

 何かの雄叫びが響き渡った。5人が通って来た道の奥から姿を現したのは屈強な身体の持ち主。そして頭部は――

「やい悠! やっぱ出ちまったじゃねえか、牛あたま!」

「おれのせいじゃねぇ!」悠も狭い道の上で振り返った。「大体ありゃ牛っていうよりバッファローじゃねぇか?」

「悠長なこと云ってねえで走れ!」云いながらザックを下ろした竜司は腕を伸ばした。後続の美音の手を取ってグイと引き上げた。美音の身体を背後に押しやると、次の譲に腕を伸ばす。

「ヤベエ、ヤツも来たぞ! 優莉、急げ!」

「そ、そうしたいんだけど…脚が…」

 悠が後ろから見遣ると、ロングスカート越しにも分かるほど脚が震えていた。それでも云うことをきかない脚をなんとか動かして一歩また一歩と歩む。おそらく脚がすくんでしまっている。

 まずいな――そう思った悠は「譲、受け取れ!」と叫ぶと右手の紙袋を放り投げた。そして優莉の左に並ぶと右腕を伸ばして優莉の右肩を掴んだ。そして右腕全体で優莉を押すようにしてスピードを上げさせた。

「悠、ごめん」

「いいから、とにかく進むんだ」

 密着しているから2人が並んでも進めたが、それでも道幅ギリギリだ。

 バッファローあたまの怪人は最初の曲がり角まで来ると、その手に持った棍棒を振り上げた。やはり岩製だが、馬頭の怪人が持っていた物より一回り大きい。それを道に向かって勢いよく振り下ろした。

 そこから先は岩壁の支えが無かった。道だった岩塊が崩れ落ちた。

「悠! 崩れてくるぞ!」

「え、橋かよ、これ」

 悠の背後で岩の橋は自重に耐えられず次々と崩れ落ちてゆく。その勢いは激しく、悠のすぐ後ろまで迫った。

「竜司!」悠は叫ぶと右腕を前に振った。投げ出された優莉の身体は加速し、道の端で脚がもつれた。傾く身体を竜司が腕を伸ばして支えた。

「うわあっ!」

 悠の叫びが聞こえ、優莉の足下が不意に消失した。急に腕に負荷が掛かった竜司が「ぐうっ!」と堪える。

「悠!?」振り向いた優莉の視界に悠の姿は無かった。道――橋も無くなっている。

「悠!」「悠パイ!?」「相模先輩!」

「悠ーっ!」優莉は竜司の腕にぶら下がったまま叫んだ。下へ向かって腕を伸ばす。一瞬悠の姿が見えたが、直後悠の身体は奈落に吸い込まれて不意に見えなくなった。

「バカ、危ねぇ!」竜司は腕に力を込めて優莉を引き上げた。その勢いで膝をついた優莉はそのまま四つ這いになって穴の縁から下を覗き込む。しかし視界は10メートルも効かない。竜司がランタンを操作して集光ライトにして照らしても、10メートルから先はふっつりと光も途絶えてしまう。

「え、嘘でしょ――」優莉の唇から呟きがもれる。その声はすぐに悲痛な叫びに変わった。

「悠ーーーー!!」




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